録音用魔道具が出来たので
「試作品が出来たぞ」
エーリッヒとダンを初めて会わせたあの日から十日程の朝。ルーノが先触れも無く訪問して来て、サイの顔を見た瞬間にそんなことを言う。
「ええと、なんの試作品ですか?」
サイが混乱しつつ尋ねると、ルーノがカラカラと笑う。
「さすがに坊主でも分からんか。坊主が言い出したんだろう。きちんとした古語の発音を知らない者たちが多いから魔術が発動しない。という可能性があるのではないのか、と。だからきちんとした発音が出来る者の声を録音して、それを聞かせて覚える魔道具が出来ないかってダンに言ったんだろ」
サイは目を丸くしてポカンと口を開けた。
ドン、と目の前に置かれたのは、前世でも既に見なくなっていた蓄音機のような形をした録音機。
「えっ、もう出来たんですか?」
嘘だろ、とサイは思う。
あんなざっくりした発案で十日ほどで試作品が出来ると言うなんて、ダンとルーノの想像力が凄い。
「まぁ、俺もダンも天才だからな」
サイは本当にそう思って、凄い凄い、と頷く。
「いや、そこまで尊敬の目を向けられると困る。種明かしをすると古代魔道具全集に載っていたんだ」
サイのキラキラした目で見つめられて、ルーノは困惑顔で目を逸らした。ちょっと大人びてる七歳の少年を驚かせようと思ってのことではあったが、本当に尊敬の念を向けられて、ルーノは黙っていられず、種明かしをした。
「えっ、あれにあったんですか?」
録音機、いや蓄音機? どっちでも構わないけど、魔道具はあったのか。
「あった。ただ、全く使い道が思い浮かばない代物だから、魔道具師たちは誰一人として制作しようと思わなかったんだ。この形から分かるように箱になんだか形容し難い形の丸い筒? 丸くなっているが均等な大きさじゃないからな、コレ。この丸い筒と箱が一体化しているからと言って、だからなんだろう、と思っていた。あの本の説明には、音が出ると書いてあっただけだし。音が出るからなんだろうと思ってな」
そういえばこっちの世界、冷蔵庫とか洗濯機とかあって近・現代日本みたいなのに、中世ヨーロッパのようなところもある違和感しかない世界なんだよな。
この国ではローマ数字はあってもアラビア数字が流通して無かったわけだし。
なんて言うか、ちぐはぐ? そう、チグハグした世界なんだ。これが当たり前だって思っていたけれど、よくよく考えてみたらチグハグな印象を与える。
なんて言えばいいのか。
誰かが作った世界。それは近・現代日本を元にして作ろうとしていたけれど、その誰かは、世界を作るのに飽きてしまって、作るのを途中で放棄した。そこでこの世界で生まれた人たちが右往左往しながら、残りの世界を作っている。それが中世ヨーロッパのような雰囲気を与えている。
そんなわけは無いよな、とは思いつつ、そんな印象を与えるんだよな、この世界。
だから洗濯機や冷蔵庫があるのに、掃除機が無い。蓄音機のような物が、なんだか分からない。この世界で生きている人たちは、そんな感じ。多分、サイ自身も前世の記憶が無かったら、そのチグハグさを違和感無く受け入れていたと思う。そう思うと、古代魔道具全集書いた人って、もしやサイと同じように、前世の記憶があったとか、そういう感じなのだろうか。かなり前の本だから、サイが生まれる前どころか、現在生きている人が、著者に会った可能性のある人はゼロだと思うが。
まぁそこは扨措。
つまり、何が言いたいのかというと。
この国では少なくとも音楽は生演奏のみでレコードやCDのような録音した音楽というものは、存在しない。だから魔道具全集にあっても「だからなに?」ってことだったんだろう、とサイは納得した。
「それで興味が無かったけれど、きちんとした発音による古語を覚えて魔術が発動出来るかもしれない、という話になって、この魔道具のことを思い出したわけですか」
「そうだ。古代魔道具全集は古語で書かれている。その説明によると、音を大きく出すことが出来る魔道具らしい。音が大きくなるからと言っても、だからなんだ、ってことで見向きしなかったんだがな。坊主の案をダンから聞かされて、音を大きくすることが出来る魔道具ってことは、風の魔術が関係してくる。ということは、風音具と同じ風の魔術を構築する必要があるな、と思ってな。風音具は相手の声がどんなに遠くても自分の側で聞こえるような魔道具だ。この音が大きくなる魔道具も、音が大きくなるだけではなく、小さくなることも出来るだろう。大きな音、小さな音。自由にして、風音具のように声がすぐ側で聞こえるように魔術を組めば良い。そんなことを考えつつ、作ったんだが。声を移すのが分からなくてな。苦労した」
なるほど。
声を録音する、という発想が無かったわけだから、どんな魔術を組めば良いのか分からない。ということか。でも、試作品が出来た、と言っていたからには、録音出来るわけだよね?
「声をこの魔道具に移すのでしょう? どうやって移すのですか?」
サイは好奇心を隠しもせずに尋ねた。
「それなんだが。この丸い筒の穴が開いているところに、何かを喋る。その喋った言葉がそのまま風の魔術を組み込んだこの箱に伝わる。そしてダンと俺とで考えたのが、喋った者の声・大小の音の大きさ・喋ったときの高低音や発音全てをそのまま閉じ込める。閉じ込めた言葉を今度は、丸い筒の先端から出てくるという方法にした」
ああ、つまり、録音。
どっちかと言うと、アレか、洞窟なんかで大声を出すと、それが響いて聞こえるみたいな。そんな感じか? それだと響く分、そのままにはならないから、山びこの方が近いか? 原理的には、洞窟なんかで大声を出して響くような、山びこのような、その両方を合わせたような仕掛けが箱にある、というところか。
蓄音機の形状した録音機だな、コレ。
ラッパ部分に喋りかけて、それを箱形の方で山びこみたいに反射させる魔術が発動して、再びラッパ部分から喋った内容がそのまま飛び出て来る。魔道具凄いな。魔術を組み込む魔術師も、そんな装置が作れる魔道具師も、どっちも凄い。
「はぁ。凄いですね。喋った声がそのまま聞こえてくるなんて。よく作れましたね」
ルーノは魔道具全集のおかげって言ったが、それでもサイが録音機をざっくり説明しただけで、蓄音機の存在を思い出して作った辺り、ダンもルーノも凄い魔術師と魔道具師と言って良いと思う。
……サイのことを散々子ども扱いして、なんだったらちょっとイラッとするような絡み方をしてくる大人二人だ、と思っていたことを取り消しても良いかもしれない。
「まぁ、俺とダンは天才だからな」
前言撤回。
やっぱりイラッとする。
サイはスルーしておくことにして、試作品の起動を求めた。
「待て待て、もう少しだけ説明させてくれ。この魔道具の箱の方に魔術を組み込むから、そっちに核を使っているんだが、国王陛下経由でホーク子爵領で取れた核を買い取って使っている。改めて見ても、国外で輸入するより質が良い。国王陛下が余っていた予算から買い取った核を、ちょっと安くしてもらって買ったわけだが、正直なところ、それでも今までの核より相場が高い。今までも輸入された核を国が纏めて買い上げて、そこから魔道具師がいくらか国から安くしてもらって買っていたんだが、そうだな、三割くらいは高い金額だった。まぁそれだけ価値があるんだが。本当にホーク子爵領に生えているあの核は、価値が高い。今回は国から買い取ったが、今後は国内だからな。魔道具師とホーク子爵領で直に買取が出来るかもな」
そんなことを言いながら、ルーノは、サイの背中をバシバシ叩いた。いや別に、サイの手柄でもなんでも無いのだが。
「まぁその辺はお父さまとミルヒェンスさんと話し合ってください。私じゃ分からないので」
領地の支出・収益は父であるギィとその補佐をしているラオツァルの領域である。サイはノータッチ。
「まぁその辺は、そうだな。取り敢えずノイズも無い良い核だってことだ」
「ノイズ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「ノイズ。余計なものって意味だな。核は知っての通り、生える。つまり、あんなんでも生きている。それは分かるな?」
ルーノの問いに頷く。核は鉱物みたいだが、生えてるのでおそらく植物。つまり生き物。え、そう思うとビックリだが、アレ、生き物なの? なんか無機物って言われる方が納得いくんだけど。そんなサイの内心に気づかず、ルーノは続ける。
「花なんかで、同じ花なのに、育てる場所で育ち方が違うって分かるか?」
ああ、日向と日陰で成長が違うとか、そういうやつか。こっちでもそうだよね。
「あれですか。太陽が出てるところと出てないところだと、成長の差が出るっていう」
「それだな。核も同じことが起きる。性質は変わらんが、生きているからな。魔術を組み込むに辺り、スムーズに組み込めるのもあれば、中々梃子摺るのもいるわけだ。ダンが言うには、素直に育ったヤツと捻くれて育ったヤツ、らしいが、まぁ言いたいことは分かる。そんで素直に育っていても、掛ける魔術によっては、魔術と相性の悪い核もいるからな。色々あるが、そういう色々がノイズと言う」
勉強になるなぁ、とサイは思いつつ、蓄音機ならぬ録音機を眺めて、早速使っているところが見たい、と期待に胸を膨らませた。
「じゃあ取り敢えず起動させるのは、魔力だ。多くても少なくても皆が持ってるから。手を箱の方へ置くと起動する。魔力を感知する魔術も核に組み込まれてるから置くだけで良い。声の限定はしていない。だから老若男女問わない。魔力で起動させたら手はそのまま箱から離さない。そのまま、丸い筒に何か喋りかけてみてくれ。終わったら箱を二回叩くことで録音が終わったと判断して、今度は丸い筒から録音した声が聞こえてくる仕組みだ。終了する時は箱から手を離せば魔力が無くなるから、動かなくなる」
ルーノが説明しながら使ってみる。
綺麗にルーノの声やアクセントに抑揚が聞こえて来て、試作品は成功している、と思えた。
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