魔道具開発・②
「ブランティス先生、今日もよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。ところでサイ君、少々確認したいことがあります。王城でホーク子爵領に何やら異変が起きた、と噂が上っておりました。王城の図書室を利用しようと出向いた私の耳に入るほどでしたから、余程のことでしょう。サイ君の家のことですから心配になりました。何かお力になれることはありますか」
サイが頭を下げて出迎えると、エーリッヒは挨拶もそこそこにサイを心配する声掛けをした。
「あ、そのことについてお話があります。あと、ご相談も。ブランティス先生のお時間は有りますか」
サイが確認すれば、「もちろんですとも」とエーリッヒは頼もしく頷く。サイの理解度が高いので勉強もやや早いから、今日は勉強時間を相談時間に変えてもなんの問題も無い、とまでエーリッヒは言う。
「では、内容変更ですみませんが」
「構いませんよ。異変が起きて、その相談なのであれば、教える者として聞くことも仕事です」
強く頷くエーリッヒに、どうせなら、とエーリッヒの許可を得てダンを呼ぶことにした。
「ブランティス先生、こちら魔術師のダンさん。ダンさん、こちらがブランティス先生。先生がホーク子爵領に異変が起きたと聞いて、心配してくれたので、折角だから相談に乗ってもらおうと思いました。それでダンさんが居るから一緒に相談に乗ってもらおうと思いまして」
サイが互いを簡単に紹介した後、先ずはエーリッヒにホーク子爵領の異変について報告する。
「つまり、魔道具を作るに辺り、欠かすことが出来ない、他国からの輸入に頼っていた核がホーク子爵領に群生していた、と?」
冷静で穏やかな気質のエーリッヒが、呆然とした顔で確認するので頷く。魔術師でも魔道具師でも無いエーリッヒでも、核の大切さは分かっているようで、ホーク子爵領に群生していると聞いて、このような状態であった。つまりまぁ、ホーク子爵領の異変と言っても過言では無い状況である。
「それは確かに王城でも騒ぎになる異変ですね」
冷静な気質はどこに置いて来たのか、エーリッヒは興奮気味だが、サイは父のギィ、ダンやルーノやラオツァルの動揺っぷりに慣れたので、こちらもか、と達観しただけである。魔導師長と魔導師のことは無かったことにしているのは、態度の悪さのせいだが、別に無かったことにしていても問題無いだろう、とサイは判断している。
「それで、ですね、ブランティス先生」
サイが穏やかに、いつも通りに声を掛けると、エーリッヒは我に返り「なんでしょう」と促す。
「ご相談と言うのは、先生ならばご存知かと思って伺いたいのですが。いえ、知らなくても大丈夫ですが、ご存知であれば、なのですが」
そこで一息ついたサイにエーリッヒも何を言われるのか、と身構えた。だが尋ねられたことに拍子抜けする。
「ブランティス先生は、他国で扱われている数字をご存知無いでしょうか。母さまに尋ねたら、ブランティス先生ならご存知かもしれないわね、と仰られて」
知っていればいいなぁ程度である。
「知ってますよ」
「えっ、本当ですか?」
まさかの即答だった。エーリッヒが図書室でそんな本を見つけたので、読んだことがある、とまで口にして、さすが先生だ、とサイは感動すら覚えた。
「先生、その、他国で扱われる数字ってどんなのなんだ? ですか?」
言葉遣いがめちゃくちゃになりながら、ダンが前のめりになって尋ねる。
「ええと、その数字を魔術師さんが知ってどうするのでしょう?」
エーリッヒはダンの前のめりに慄いて、若干腰が引けている。
「あー、先生は、サイが魔道具師になりたいって知ってるか?」
エーリッヒが引いているのに気づいたダンは、頭を掻いてちょっと冷静になってから、そんなことを口にした。いいえ、とエーリッヒは否定する。
「サイは、魔道具師になりたいそうだ。で。色々面白い発想をしていた。例えば既存の風音具は作り方が少し面倒なんだが、サイが着想した方法だと、かなり楽に作れるのではないか、と予測している。それに数字が関係するんだが、ウルフェ国で使用する数字だと、一か二か三か分からなくなりそうだから、他国では違う表し方なら、間違いが少なくていいか、と」
ダンの説明にエーリッヒは、なるほどなるほど、と二回相槌を打つ。それから紙とペンを取り出して「私が図書室で読んだ本にはですね」と注釈付きで書き出したのは、アラビア数字だった。
アラビア数字ぃいいいいい。
お前、こっちの世界でも生きてたのかっ!
サイは危うく声に出しかけたのをなんとか呑み込んで、エーリッヒが書き出した数字の表し方に懐かしい気持ちで感極まっていた。ゼロからキュウまでを書き出したエーリッヒが、その上にウルフェ国で使用しているローマ数字を書いていく。そういえば、ローマ数字ってゼロは無いからどうすんだ? とサイは思っていると、ゼロは当然呼応しないので書かない。
「この丸はなんですか?」
やっぱりダンが首を傾げる。
「それはゼロと言います。本によると、ゼロと言うのは、無いことを表すのだそうです。私の解釈なので違うかもしれませんが、最初の地点みたいなものだと思うのです」
エーリッヒが言いながら、一歩歩いてみる。
「今、一歩歩きました。その一歩前の地点がゼロ。一歩歩いたここがイチなのではないか、と」
エーリッヒもゼロの概念はよく分からず、そのような説明をしている。
「そうすると、一歩歩いた所で止まって、そこから三歩だと、三歩?」
ダンは全くよく分からないので首を捻る。
「いえ、ゼロが最初の地点なので一歩歩いたところから三歩歩いたなら四歩です」
この辺りは足し算の問題だからなぁ、そうなるね。サイはウンウン、と内心で頷く。
「じゃあ最初の地点から三歩進んでまた三歩戻ると、最初の地点だからゼロ?」
ダンは平民のくせに、と貴族出身の魔術師から蔑まれているが、古語を綺麗に発音出来るから魔術師になれたように、覚えは早いので今度は呑み込んだ。
ローマ数字だとゼロの概念無いもんなぁ。無いのを説明するのも大変だけど説明出来るくらい賢いのはさすがだなぁ。でもダンさんも呑み込み早いのは凄いなぁ。などとサイは思っている。そんなサイの内心など知らず、エーリッヒはダンに「そういうことです」と褒めていた。
「でも、それだとジュウはどう表す?」
あー、ローマ数字はジュウはⅩだもんな。
エーリッヒがローマ数字のⅩの下にアラビア数字の10を書いて示す。
「ん? これゼロというやつだろう? なんで? また最初の地点になるのか?」
「いえ、0から9で数を表すので、それ以上は、10、11と表していくみたいです。0から9で一つ集まったのでその一塊りを10。さらに1を加えると11。という表記になるようですね」
ダンの突っ込みにエーリッヒは、「私が読んだ本を理解出来ていれば」と言いながら説明していく。サイは十進法を読んだだけで理解しているなんて、さすが先生だ、と感動頻り。
「そういうものか。分かった。そういう風に考えていくと、この他国で扱われている数字はいくつでも表せそうだな」
ダンが納得するとエーリッヒも「そうですね。たくさんの数を表せると思います」と同意する。どうやらすっかり打ち解けたようである。
「これなら、番号を割り振るのも簡単だし、間違いも少なくなりそうだ。それでサイの発想力で核に数字を焼き付ける魔術を組むことにすれば、風音具の改良もバッチリだな! その上で元々必要な風音具の魔術を核に施す。それでも今まで風音具にかけていた魔術よりも、術式が減るんだから魔術師の負担はかなり減るぞ!」
ダンがニコニコとサイの背中をバシバシ叩く。
精神年齢は七歳にプラスして前世の年齢だから、大人のサイではあるが、身体年齢は七歳そのもの。それなのに大人のダンから力加減無くバシバシ叩かれて、背中は物凄く痛い。
「ダンさんっ、痛いっ」
堪らず悲鳴を上げると「すまんすまん」と慌てて謝るダンに、唇を尖らせて「力任せに叩かないで」と抗議する。それを見ていたエーリッヒが、ふふと声を上げて笑った。
「なんですか、ブランティス先生」
まだ痛いので膨れっ面をしているサイに、益々笑うエーリッヒ。
「いえ、サイ君は呑み込みの早い賢い子で、大人びていますが、こういう姿を見るとまだまだ子どもなんだなぁと思いまして。でも、こういう姿のサイ君が見られて良かったと思いますよ」
エーリッヒもエーリッヒで、サイは本当に七歳なのか疑惑を抱いていたらしい。前世の記憶が追加されているのだから仕方がない。子どもらしさって言われても、どんな風な態度が子どもらしいのだったか? とサイ自身が考えてしまう。こればかりはもう、大人びている子どもで押し通すしかなかった。
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