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魔道具師全体の課題三つ目・クリア?

 それから一ヶ月以上経過した頃。

 ダンから手紙が届いた。

 簡潔にまとめられた手紙には、ようやく魔導師長がホーク子爵領に生えているという核に興味を持った、と書かれてあった。

 今? えっ、今? 発見されてギィを通して王城へ報告を上げたのは一ヶ月以上前。王城から派遣された政務官やら魔導師やらが確認に訪れたのは、それから一週間ほど後のこと。物凄い量の核だと大騒ぎして、偽物ではなく本物ということも認められて、王城からの使者を通して、掌を返したようにホーク子爵領をベタ褒めした国王陛下の直筆の手紙も届いたのに。

 それから既に二週間以上は経過しているというのに今頃、興味を持ったのか。なんでだ。サイは首を捻ったが魔導師長の考えなど分かるわけもない、とそこは捨て置き続きを読む。

 ついては、魔導師長と魔導師一名がホーク子爵領に向かうと共に、ダンも来ることになっている、と書かれてある。その際、魔導師長に何か言われるかもしれないが、君は気にしなくていいから、と書かれ、訪れる日にちを最後に手紙は終わった。

 これからエーリッヒが来て勉強の時間になるので、執事に手紙を託して勉強が終わったら、ギィとローゼリアに時間が取れるか確認しておいてもらう。程なくして勉強時間後なら、と二人が了承した、と執事から話を聞いた。


「ブランティス先生、今日もよろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いします、サイ君。前回話したように、今日から古語の勉強に入ります。サイ君はお母君から古語を習っていると聞いてますから、基本的なことは知っているでしょうが、それでも最初から勉強しましょうね」


 古語の発音もそうだが、数百年前に使われていた実際の言葉である、など歴史も含めた勉強である。家庭教師でも、言語専門だったり歴史専門だったり、地学専門だったり法律専門だったり、という教師が多いのに、エーリッヒは珍しく多岐に渡って理解している人だった。多くの家庭教師を雇うより、一人の人を雇う方が雇う側は金銭面が楽である。

 エーリッヒは、多くの家庭教師を雇わなくても、彼を雇えば多岐に渡る勉強が出来るのだから、人気になるのも分かる。故にエーリッヒを雇う金額は、家庭教師一人分と考えると高い。だが、それは納得出来る金額なので、エーリッヒを頼む家は多かった。


「はい。よろしくお願いします」


 改めて古語を基礎から教えてもらうに辺り、サイは首を傾げた。


「ブランティス先生、分からない部分があります」


 いつものように、ここまでで分からないことは有りますか、と尋ねられたタイミングで、サイは尋ねることにした。


「はい、なんでしょう」


「この部分なのですが、母が教えてくれた言葉とは若干違うような気がして」


 日本語で言えば名詞に当たる部分。ローゼリアから教わった名詞とエーリッヒが発音した名詞が若干異なるような気がした。


「ああ、それですか。サイ君、よく気がつきました。実は、古語の中にはいくつか、男性と女性では異なることがあるのです」


 サイの質問にエーリッヒが驚いたように目を見張ってから、笑って教える。話を聞くに、前世で少しだけ耳にしたことがある「男性形」と「女性形」のようなものに感じた。厳密には違うのかもしれないが、フランス語やスペイン語に、そんな形で名詞が変わったような気がする。誰かが日本語には無い概念で覚えるのが大変だ、と言っていたような記憶が蘇った。


 エーリッヒの話では、一番近いのがその形で。もっと言うと、同じ言葉でも男性用の名詞と女性用の名詞がある、というもの。サイがローゼリアから教わったのは、おそらく女性用の名詞だろう、と。

 前世で聞いたところの「男性形」と「女性形」は、確か、名詞そのものが男性らしいイメージと女性らしいイメージで決まっている、だったような。


「つまり、同じ言葉でも男性と女性ではちょっと違うということでしょうか」


「そうです。分かり易い例えですと、平民は両親を呼ぶとき、父さん・母さんと呼びます。貴族だと、父さま・母さま・父上・母上と呼び方が変わります。この古語の名詞については、そのような形だと思ってくだされば良いでしょう。男性が貴族の呼び方で女性が平民の呼び方のような。ただ、男性と女性で変化するだけで、意味は全く同じです。とは言え、古語はまだまだ未知の言語でして、不明点もありますが」


 つまり、主人公という名詞は変わらず、そこに男性主人公、女性主人公という変化をつけたようなものらしい。


「古語のいくつかの単語はそのような形なのですか。それは貴族だと皆さんご存知のことでしょうか」


 さらにサイが尋ねると、エーリッヒは首を左右に振って否定する。


「いえ。つい最近、古語研究の第一人者と言われている方が発見なさりましたから。そうですね。サイ君が生まれた頃だったかな」


 それは随分最近の話だなと、このときのサイは聞き流していた。これが重要な話だとも知らずに。


「そうでしたか。それだと知らない貴族の人たちも多いのでしょうね」


「そうだと思いますよ。私も知りませんでした。私の場合は、サイ君のように人に勉強を教える立場の人間ですからね。仕事に必要だと思って、勉強に関しての新情報は取り入れていましたから、知ることが出来ただけです。私自身、子どもの頃は男性形と女性形というものは知りませんでしたよ」


 エーリッヒが苦笑いしてそんなことを言うが、それだけ教えることに熱心な先生が家庭教師で良かったなぁ、とサイは思った。そうしてその日の勉強が終わって両親にダンからの手紙を改めて見せつつ、魔導師長と魔導師と魔術師のダンがやって来ることについて話し合うことに。

 そこには意見を聞きたい、とギィが呼んだようで、ラオツァルも居た。


「ミルヒェンス様もいらしたのですね」


 サイがラオツァルに声をかければ、はい、と頷く。休憩時間ではなく仕事時間なので、不機嫌さは全く無い。つくづく仕事とプライベートをきっちり分ける人である。


「手紙を見ていただいたからお分かりだと思います。魔導師長がホーク子爵領に、ようやく来るそうです。どのように対応しましょうか」


 サイは本日の勉強についての報告もそこそこに、両親とラオツァルを等分に見やる。


「この私が王城への報告文書を持参したというのに、今頃になってようやく動き出すなど、相変わらず魔導師長は、動きの鈍い男だな」


 口火を切ったのはラオツァル。この私、と自分への期待値が高いラオツァルだが、プライドが高いのは何もライナージンスだけじゃないということだ。ライナージンスの実力の程は知らないが、ラオツァルの仕事の出来はサイも知っているのでその辺に口出しすることなく、魔導師長への不満を露わにするラオツァルを見た。


「ミルヒェンス様は魔導師長という方をご存知なのですか」


「知っているも何も、身内です」


 サイが疑問を口にすれば、端的な答え。


「身内」


 サイが単語を繰り返す。

 ラオツァルは心底面倒くさそうというか、嫌々ながらも詳しく説明してくれる。ラオツァルの伯父。父の一番上の兄だ、と。魔導師長は家を継ぐよりも魔術師の才能がある、という道を選び、跡取りという自覚無くさっさと家から出て行ったとか。その皺寄せを、二番目の兄が跡を継いで尻拭いをした、らしい。

 そしてそれを知っているのに、そんなことは知らない。とばかりに、フラリと家に来ては何やら面倒ごとを起こすのだとか。迷惑極まりないようである。

 だが、魔術師の才能はそれなりで、気づいたら魔導師長というお偉い立場に立っていたのだとか。プライドの高い魔導師長は誰彼構わず、マウントを取っているようで、面倒な人のようだ。オマケに時間にルーズで約束ごとを気分で破るらしい。

 それを聞いたサイは、ラオツァルが仕事は仕事。プライベートはプライベート、ときっちり分けるのは、その辺りも関係していそうだなぁ、と思う。


「そうだとすると、領地訪問もすっぽかしますかね」


 そんな懸念も浮かび上がった。


「それは大丈夫でしょうね。王城というか、国王陛下に報告済みで、魔導師長への連絡は、国王陛下からだと思います。いくら地位を鼻に掛けるような、鼻持ちならない男でも、国王陛下の機嫌を損ねれば、その大事な大事な地位を奪われることは分かっていますからね。それに、一応魔導師長として核が必要であることは分かってますから。魔道具なんて、とか平然と口にしていますが、その魔道具に世話になっているのは、一度や二度では無いので。核が大量に発見されたことは、気になっていると思いますよ。国を守る結界の綻びを修復するのは魔術ですが、その綻びを探すのは、魔道具を使用していますからね」


 ラオツァルがサラッと、けれど物凄い重要な発言を聞いて、サイは、それなのに、核に魔術を施すことをゴネるってなんなんだろう、と渇いた笑いを浮かべたくなった。


「魔道具が無くても探せるのに、魔道具を頼るのが嫌とか、そんな感じなんでしょうか」


「それです。正解。でも、魔術で探るより魔道具で探った方が綻びを見つけるスピードが段違いなんです。だから魔道具があった方がいいのに、それを認めたくないというか。まぁ魔導師長だけじゃなく、魔導師も魔術師も、殆どがそんな訳の分からないプライドが発揮されて、邪魔をしているだけみたいですね。今回の核の発見も、そんな訳の分からないプライドが発揮でもされて、のらりくらりとしていたのでしょうよ。でも国王陛下直々に持ち込まれた話だから、ようやく重い腰を上げて調査というか、確認に来るというところでしょう。魔力量測定器で魔力量を測るにしても、多分、核がそんなに大きく大量に発見されたなんて、嘘だろう、みたいな思い込みでもあって、面倒くさいのだと思いますね」


 身内だからなのだろう。ラオツァルは辛辣な評価をして、魔導師長の心情を暴露していた。それが本音かどうかは分からないのは確かだが、なんだか信憑性は高い気がする。

 何しろ今頃になってやって来るのだから。行動が裏打ちされているように思う。


「そんな人なんですか。じゃあおもてなしみたいなことは」


「しなくていいんじゃないですか。というか、私の顔を見たら、ふんぞり返るのもやめて、とっとと帰るために、さっさと仕事しますよ」


 きっと色々身内トラブルがあるのだろうな、とサイも黙って聞いているギィとローゼリアも想像ついた。


「ま、長居されて核をタダで手に入れようとか、そんな画策を考え出す可能性もあるでしょうし、核の生えている場所まで、私も立ち会います」


 ラオツァルは、魔導師長が何を言い出すのか分からない性格であるので、手紙に書かれているように気にしないで良いと言いながらも、信用もならないので、見張りとして付き合います、と口にした。但し、休憩時間はきちんと貰います。とも言う辺り、ブレることが無くてなんとなく面白かった。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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