気分転換へ
「サリー殿、野菜の下ごしらえが終わったぞ」
「ありがとう、じゃあこのトレイに入れておいて」
エレンに指示を出しながら、私は上着の袖をまくった。
私たち二人は今、夕飯の支度をしていた。あの珍客の対応で疲れてしまっていたのだが、午後営業を休むことはさすがにできず、お昼ご飯を食べないまま先ほど一日の営業を終えたのだ。
さすがにくたくたである。ものすごいたくさんのお客が来たわけではないのだが、空腹と昼休憩の間にできなかった業務を無理矢理消化したせいか、疲労感がすさまじい。
すべてはあの商人のせいであった。今思い返してもムカつく言動と顔である。私がこの店を売るはずがないのだ。一昨日来てくれ、という感じ。
ぐしゃ。
「「あ」」
思わずエレンが根を取ってくれた菜のモノを握りつぶしてしまった。エレンがジトッとした目でこちらを見ている。私は「あ、あはは」とあいまいに笑うと、別のまだつぶれていない菜のモノを手に取ったのだった。
「「いただきます」」
二人で食事前のあいさつ。エレンが来てから、これも二人でやるようになった。なんとなく寂しかった食卓も、今は楽しい時間である。
今日のメニューはきのこと菜のモノのソテーと、スープ、そしてパン。飲み物はそれぞれご自由に、という感じ。無論、つぶしてしまった菜のモノもきちんと入っていた。エレンからの無言の抗議が痛い。
「それにしても、あの商人はひどかったな」
エレンは抗議の視線をすぱっとやめると、そう話を振ってきた。私は「ほんとにね……」と返し、ミルクを一気に飲み干した。
まったくもってひどい話である。商談とは名ばかりの嫌がらせに等しい時間だった。
「あの商人、商談を成功させるつもりなかったよね」
「確かに。あれで商会所属なのが不思議で仕方がないな」
「それすぎる!」
エレンの言葉に全力で同意した。それに、あのような者が責任者になっているのが不安で仕方がない。口ぶりからして向かいの店にいることが多いだろう。正直、あまり関わりたくない。
「ご近所付き合い、かぁ」
私は思わず机に両手を投げ出してしまった。面倒くさい。怒鳴ってしまった手前、顔を合わせたら気まずくなってしまうに決まっている。
「苦労しそうだな……」
エレンは眉を寄せた。あまり人を悪くいうことのないエレンも、言動に不快感をにじませている。せどりの少年への対応とはえらい違いである。
気が重たくなってきた。組合の集会とかどうしようかな。
東部ストリートの入り口から一区、二区、三区……と区分けがされていて、ここは三区。向かいももちろん三区。三区集会では絶対に顔を合わせなければならないのだ。
他にも、さまざまな行事が区を単位にして行われる。これは避けられない。
「ほんとに嫌になってきた……」
「うむ……」
二人そろってため息をついた。
――このままではいけない!
どんどん思考が嫌な方向に行ってしまっている。このままでは心身ともに健康に悪い。
うちは二人で営業している零細魔本屋だ。どちらか片方が体調を崩せばお終いだ。
なお、エレンが来る前のことは忘れておくこととする。
あの商人のことを考えて体調を崩すのは癪だ。癪すぎる。
ガタッ。
「エレンさん、気分転換に行こう」
私はズバッと立ち上がると、エレンに向けてそう言った。
「気分転換?」
「そう、気分転換」
ちょうどいい機会だ。考えてみれば、エレンがここに来てから仕事しかしていない気がする。たまには二人で遊びに出かけるのもいいだろう。
「……確かに、ちょうど嫌な気分を振り払いたい気分だな」
エレンはニヤリと笑って、売り場入り口の方に視線を飛ばした。




