商談②
「…………」
今なんと?
私の間違いでなければ、この店を買い取りたいと言ったのか。
「――おい、おい。聞いているのか?」
「っ。は、はい。聞いております」
私はつい黙り込んでしまっていたようだ。商人は私の態度に焦れたのか、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
いけないいけない。こういった時の沈黙は、取り返しのつかないことになる場合がある。相手が馬鹿で助かった。浅く息を吐いて気を引き締め治す。
というか、睨みたいのはこっちなんだけども。
「それは、無理な相談です」
きっぱりと、商人の目を見て答える。こういった時に歯切れが悪かったり、視線をきょろきょろさせてしまえば、相手に付け入られる隙になってしまう。噛むのもよろしくない。
大事なことを伝える時はきっぱりと。これ重要。
「なぜだ?」
商人は本当に驚いた顔をしてこちらを見ている。
むしろ私が「なぜだ?」と言いたい。
「……いきなり来て、いきなり店を買いたいといわれて了承する経営者がどこにいるでしょうか。私は見たことありませんよ」
つい語気を強めてしまう。むしろ、これが丁度いいかもしれないと思えてきた。
商人は私の言葉を聞いて「うぅむ」とうなると、それから少しの沈黙。そしておもむろに口を開いた。
「エンバルン商会はこの度、魔本屋の経営に手を広げることにした。それで開店したのが、向かいの店だ。だが、まだ足りない。周辺の魔本屋を買い取り、さらに規模を広げ、系列店を作る予定なのだよ。その為にこの店――土地が欲しい」
そして商人は「金なら言い値で払おう」と続けた。
最初からそう言え最初から。それに礼節が伴っていれば、店を売り払う店主も増えただろう。言い値というのは中々払えるものではないのだ。
その言い値があれば、西部魔本街の高級立地に店を構えることだって難しくないのだろう。
そしてその発言から、商会の大きさや業績が伺えた。
「言い値でも、この店をお売りすることはできません」
「……何?」
商人は眉をぴくっさせると、不機嫌さを隠すこともせずにこちらを睨んできた。それに加えて貧乏ゆすりもしている。
この店は師匠から受け継いだ魔本屋。師匠から託された魔本屋だ。
私はここで人生のほとんどを過ごしてきたのである。いくら言い値であっても手放すことはできない。
それに、まだ私の夢は叶っていないのだ。
この店を魔本でいっぱいにすること。ここに来ればどんな魔本でも見つかると有名になること。胸を張って師匠を待てる店を作ること。そして、それをエレンと共に達成すること。
私の夢であり、私の人生はここで紡がれる。ここで、育まれていくのである。
「お帰りください」
私は平坦な声でそう言うと、すぐに立ち上がった。エレンは私が立ち上がるのを見て、さっと湯呑を回収してしまう。
「し、しかし……」
「帰れと言っているでしょう!」
ピシャリ。
その一言で店内の空気が凍ったようになる。声はすぐ魔本たちに吸収され、店内は静寂に包まれたが、ほどなくして商人の浅い息が音を立てだした。そして、商人は目を見開いてこちらを見ることしかできていない。
私が表情を和らげると、商人は崩れるようにしりもちをついた。
「午後の営業が始まりますので、そろそろ……」
「わ、分かった。失礼する!」
お帰りください、という言葉が発せられることはなかった。




