商談①
「……そちらのお名前と商会名を伺っても?」
私は思わず、そう発してしまっていた。
正直に言って、この商人は馬鹿である。すでにこの商談は失敗に終わっていた。
なぜなら、私に応じるつもりが無いからだ。
そもそも飛び込みの営業、商談などはほとんどが失敗するもの。何回も何回も、時間をかけて沢山回って、どうにか成功するかもというくらいである。取り扱う商品、内容によっては失敗するものと思っていいくらいだ。
そんな飛び込みであるにも関わらず、というか飛び込みではなくてもだが、出迎えた側に自己紹介をしてくれと言われるのはどうなのだ。
先ほど椅子を用意した時だって、こちらが何かいう前に無言でドカッと座り込んだのだ。失礼このうえない。
こちらを舐め腐っている。
商談は魅力的な提案、魅力的な商品が重要だ。しかし、前提として相手に不快感を抱かせないことが大事になる。ぶっちゃけ、愛想がよくて、気遣いができて、商談相手を乗せることに長けていれば、提案・商品の内容に関わらず成功する確率は高まる。
私の言葉に、商人は「仕方がないな」と言いたげにこちらを見ると、大仰に息を吐いて居住まいを正した。
「儂はボルドー・シュッツァ。エンバルン商会所属の商人だ」
「わたくし、サリー・エンバーと申します。当店、エンバー魔本書店を経営しております」
そして、「よろしくお願いします」と続けた。商人はそれを聞いて満足そうにうなづいている。
他人の態度については気にするのか。
とことんアウトな人、である。自分よりも地位が下だと思っている人間が下手に出ているのを見るのが好きなのかもしれない。失礼な上に趣味が悪い。
商人の態度に呆れかえっていると、商人が「それにしても」と口火を切った。
「客がいないではないか。営業が上手くいっていないのか?」
……。
…………。
………………。
はぁ!?
ガタンッ
「……いっつぅ」
驚きと怒りで膝をカウンターに打ち付けてしまった。
これは青あざかも……。
「今は昼休憩の時間なんです。扉に休憩中を示す看板を掛けておいたので、皆様入ってこないのでしょう」
言外に「お前は入ってきたけどな」という思いを込め、平たい笑顔で主張する。
「ふむ」
言葉の意味を理解したのかしていないのか、商人はあいまいな相槌を打つ。
本当に失礼な人だ。これで商談を成功させようとしているのなら、相当なポンコツである。なぜ商会に所属できているのかわからない。
普通、敬語は当たり前。自己紹介も自分から行ったうえに、飛び込み先を褒めるような言葉を投げかけるのがセオリーではないのか。つかみは大事。第一印象は自分のほとんどを決定づけてしまうというのに。
質の悪いからかいにあっているのではないか。そう思えて仕方がない。お茶を出してから私の後ろに控えているエレンも、小さなため息をついていた。
エレンは騎士。礼については十八番だろう。
「早速だが――」
商人は顎髭をもてあそびながら、ゆったりとしゃべりだす。
ずいぶんもったいぶるというか、溜める口ぶりだ。
それに、早速とは何だ、早速とは。
すでに余計な爆弾を落としているだろう。早速なことなどとうに終わっている。なのになぜそんなに余裕な空気を出せるのだ。
……まぁいいか。適当に済まして帰ってもらおう。
これ以上相手に振り回されるのは損である。いらないストレスを貯めてしまうのは得策とは言えない。これから午後の営業もあるのだ。そちらに支障をきたす事態は避けたかった。
論理的思考、落ち着きたい時ほど論理的に。
スーハー、スーハー。
深呼吸。気持ちを落ち着けて商人の言葉を待つ。
「この店を買い取りたいのだ」




