魔本市場の日陰者③
「ふむ……」
今は正午に差し掛かろうとしているタイミング。魔本の査定を頼まれ、今から始めるところだ。
この感じだとお昼ご飯を食べる時間がないかもしれない。手早く済ませたいところだが、仕事が適当になっては元も子もない。気を引き締めて臨まなくては。
……やっぱり、飲食店みたいにラストーダー制度的なのを導入した方がいいのかもしれない。
「紙の痛みは――ないかな」
二冊とも、ぱっと見で装丁に異常はない。
次に呪文紙の確認だ。ぱらぱらとページをめくってみる。破れや汚れ、日焼けした様子はなかった。
品質良し、載っている魔法も汎用性のあるものだ。店頭に出せば手堅く売れるものになるだろう。
これぞ ザ・中級の良魔本だ。
魔本は初級、中級、上級、特級に分類が分かれている。級は魔法の使用難易度、希少性、装丁など様々な要素を加味して決定され、それに伴って販売・買取価格が上下するのだ。
世間一般で使用されているのはほとんどが中級までであり、上級、特級は魔本師やその他上流階級、大規模行動の際でないとお目にかかれない。
ちなみに、このお店に特級の魔本は置いていない。
零細魔本屋では手が届かない代物である。
「査定でお待ちのお客様~!」
店内に私の声が響き渡る。するとすぐに男の子はやってきた。
「いくらになった?」
「こちら二冊で3000リズになります」
一冊が1500リズの計算だ。ちなみに、売り場に出すときは4000~6000リズくらいの値段になる。
「…………」
金額が不満だったのだろうか。男の子はむすっとした顔で言葉を発さない。
「買取、でよろしいでしょうか?」
「あぁ、それでいい」
トレーに3000リズを置くと、男の子はむしり取るようにお金を回収し、ポケットに突っ込んだ。
そしてこちらをじっと見つめてくる。
……な、なに?
「魔本はこれだけしかないのか?」
男の子はそういって視線で店内を示した。
「申し訳ありません……、売り場に出ているもののみが商品になります」
「――わかった、ならいいや」
男の子はそれだけいうと、すぐ私に背を向けた。
カランコロン
ミミズク型の釣り鐘が退店を知らせる。
「帰ったのか?」
エレンが空になった木箱を持ってやってきた。監視と合わせ、そちらの仕事も終わったようだ。
「うん、ありがとエレンさん」
「サリー殿、その……」
エレンは男の子が出ていった入り口を見つめ、言いにくそうに口ごもった。
「そうだよ。私はあの子のことを万引きだと疑った」
先回りして私がそういうと、エレンは「やはりそうか」というような表情を浮かべた。
「まぁ、あんな身なりの子が良さげな魔本を持ってくるのは怪しいからね……」
エレンは私の言葉に無言でうなづいた。
あの男の子の身なりは正直に言ってよろしくない。
持ってきた魔本は品質がよく、彼とはミスマッチだと私は思った。
「う、うむ……」
エレンは気まずそうにそう返した。
エレンはいい人だなぁ。
ああいった人に対する対応って、そのまま人柄に投影できちゃう。優しいと思っていた人が本当は……みたいな、本性があぶり出されてしまうのだ。
「でも、万引きじゃなかったね」
「何も盗らずに出ていったしな」
エレンは安心したという風に何回かうなづいた。しかし、すぐに「いや……」と考える素振り。
「どうしたの?」
「確かにあの少年は何も盗んでいかなかった。しかしだな、この魔本はどうやって手に入れたのだ?」
そういってカウンターに置かれた二冊の魔本を示した。
「これは盗品の可能性がないだろうか。その場合、サリー殿にも何かしら悪影響が……」
エレンが賢い。めっちゃ頼りになる。
「大丈夫大丈夫。彼は盗人じゃないと思うよ」
私が確信をもって答えると、エレンは不思議そうな顔をした。
「彼はね、せどりだよ」




