お仕事拝見④~閉じ紐~
「ところでサリー殿」
「うわっ」
カリンの種の匂いを楽しんでいる最中、すぐ横からエレンの声が聞こえた。驚いて目を開けると、目の前でエレンが真剣なまなざしを向けている。私はエプロンをパタパタ叩いて佇まいを正し、「な、なに?」と返した。
「その仕事、私にやらせてくれないか」
「え?」
「私に、やらせてくれないか」
エレンの視線は作業机にある瑪瑙のすり鉢に向いているようだ。
「そんなに辛いものじゃないから大丈夫だよ。それに、今日は見てもらっているだけで充分なんだから」
エレン、なんだかやる気あるなぁ。
仕事へのやる気はとてもうれしい。エレンがいることで助かっているのだ。エレンに雑務を頼み、私が魔本に関係する仕事に集中できる時間が明らかに増大した。でも今日は私の仕事ぶりを見てもらわなくてはならない。
しかし、エレンの熱意を無下にするのはよろしくない。「ありがとね」と返し、再び瑪瑙のすり棒を手に取った。
「待ってくれ」
エレンはぐいっと私に寄ってくると、作業机に置いてあった予備のすり棒を手に取った。そして「私もやりたい」と口にした。
「じゃあ、やってみよっか」
私は一歩下がってエレンに場所を譲った。本当は私の仕事を見てもらうつもりだったが、体験してみるのも効果があるだろうと思いなおす。「う、うむっ」とエレンは表情を明るくさせ、すぐに私が空けたスペースに立った。
「種が粉末状になるまですりつぶしてね」
くしゃみには気を付けて、と言い添えると「さすがにそこまで間抜けではないぞ」と返されてしまった。
ちなみに、私は粉末をまき散らした経験がある。
どうせ私は間抜けですよぉっと………。
…………。
ちょっと焦っているような気がするな、エレン。
すり棒を動かすエレンを観察する。表情は真剣そのもので、固く引き結んだ口元はりりしい。その姿だけ見れば仕事に対して真摯に取り組んでいると感じられる。
だが、魔本に興味を持ったがゆえの行動には見えなかった。何かに追われて焦っているような、そんな気持ちを発露させている気がする。
そして、私が思うに居候当初はこのような様子はなかった。草臥れてはいたが、落ち着いていたように思う。
私が今まで気づいていなかっただけかもしれない。しかし、この変化はお使いから帰ってきてからな気がするのだ。
……何かあった?
「んっ」
口をついて出そうになったその言葉をすんでのところで口を押えて止める。
お使いでのことを聞くのは簡単だ。しかし、詳しいことを突っ込みすぎるのははばかられた。エレンへの心配は私からの一方通行であり、エレンの心の奥を開いてしまうのは早いのではないか、と思うのだ。
私たちはまだそのような関係を築けていない。私は今、エレンと初めて会った日の「何も聞いてくれるな」という雰囲気を思い出していた。
「サリー殿、これでどうだろうか」
私が思考にふけっている間に、エレンは作業を終わらせたようだ。私に確認を求めてきている。
「うん、いいね」
カリンの木の種はしっかりと粉末状になっていた。これならば大丈夫だろう。
粉末を小皿に移して水を混ぜる。
「そして閉じ紐を入れて、しばらくつけ置きする」
カリンの木の種を閉じ紐に混ぜ込むことで、魔力の通りがいい閉じ紐作ることができるのだ。いわゆるコーティングである。
「あとは乾かすだけ」
カリンの種の成分が閉じ紐になじむまで、少し時間がかかるだろう。ひとまずそれ待ちだ。私は「一つ目完了ぉ」と続けて息を吐く。
「サリー殿、次は何をするのだ?」
エレンは早くも次の作業に移りたいようだ。こちらをまっすぐ見つめ、視線を外さない。
閉じ紐がつけ終わるまで時間がある。じゃあご期待に応えて次の作業をするとしよう。
「次はねぇ――コーヒー、飲もっか」




