お仕事拝見②
「じゃあ、お仕事開始!」
エプロンの胸元に引っかけてあった黒縁の丸メガネを装着すれば、視界がぱぁっとクリアになった。
うん、よく見える。
対して目が悪いわけではないので、普段は裸眼で生活しているが、魔本をいじる時は必須である。それだけ緻密で繊細な作業を行うことになるのだ。
あとは動機付け。このメガネをかけるとやる気が出てくる。なんというか、ルーティーンのようなものだ。
工房の真ん中には大きな作業机が一つ置かれている。西の森に生える大木を切り出して作ったものだそうだ。頑丈な作りになっていて、魔力との相性もいい。この作業机ならば高濃度の魔力を浴びても腐ることはない。
師匠が旅に出てから高さは変更した。以前は、作業机の面が私の視線と同じくらいの高さだったのだ。今はちょうど私のへそ上くらいになっている。
作業机には魔本台が置かれており、これに魔本を置いて仕事をする。角度の調節も可能な優れものだ。
さらに、左右には魔本台を照らす照明が二つ、配置されている。エレンと私で左右の照明の角度を魔本台に合わせた。
「サリー殿、何か私に手伝えることはあるか?」
エレンは私の隣に立つとそう尋ねてきた。
「今日は見ているだけでいいよ。しっかりの私の仕事ぶりを観察してほしいな!」
そうしたらエレンも魔本の虜に……。
ぐへへ。
いかんいかん。趣旨ズレがひどいと仕事に差し支える。エレンに魔本の素晴らしさを教えることはもちろんだが、依頼人の要望に応えることが先だ。それこそがエレンへのアピールであるともいえる。
「エレンさん、これが完成予想図だよ」
エレンは「ほう……」とつぶやいてメモを見ている。
私は魔本台に依頼人の魔本を置き、角度を調節した。
「魔本師の仕事、その一。魔本の修正」
壁際に配置された棚。引き出しが大量についているそれは素材の貯蔵棚である。そこからいくつかの素材を取り出し、魔本の元へ戻る。
「今回は装丁の修正だよ」
「確かに、大分痛んでいるな」
「そうだね。ぱっと見ただけでも、閉じ紐の劣化や革表紙に入り込んだホコリ、シミだってついてる。修正しがいがあるよ」
「それに……」
魔本を開いて顔を近づける。そして鼻をうずめた。
「匂いもすごい。多分、これはタバコだね」
優しく魔本を撫でてあげる。心地よい触り心地だ。「大事に扱われてたんだね……」と思わずこぼす。
「サリー殿、そんなこともわかるのか」
「うん。魔本は人を映す鏡だって師匠が言ってた」
魔本を見れば持ち主の事が分かる。師匠の口癖だ。
「ほら見て、この魔本あまり日焼けしていないの。だけど、何回も何回も開いては閉じてを繰り返した形跡がある。だから閉じ紐は劣化してるけど、紙の破れはまったくない」
「だから、この魔本はすっごい大事にされていたものだと思うよ」
持ち主の生活を、歩みを、歴史を、感じられるいい魔本だ。
少し、話過ぎちゃったかな。
そう考えて申し訳なく思ったところ、エレンがおもむろに「そう、か――いい考えだと思う」と呟いた。
思わずエレンの方に振り返ると、彼女は笑ってくれていた。




