妹の場合
私には、姉がいた。
ちっぽけな、人間の姉が。
◆
魔女というものを知っているだろうか。
神が世界に均衡を齎し、管理する側であるとするならば、魔女は世界に変革を齎すもの。文化をかき乱し、人をかき乱し、滞った生命の流れを正常な流れへと変えるのが魔女だ。
今回も私という魔女が生まれたのは偶然。淀んだ魔力の発生を感知して私という名もなき魔女が生まれた。魔女は性質上母体の魔力を削り取っていくので無事に産まれることが少ないのだが、今回は条件が違った。
この母体は、禁忌である同じ血で交わっていた。
近しい血を持つ者同士が交わることは多々あれど、今回は流石に稀だ。同血同士の交わりは念入りに潰されているはずだがたまにこういったことが起こるので非常に面倒くさい。だが母体の魔力は十分あり、それを喰った。それでも少し足りなかったので、そばにいた双子の姉の魔力を喰らい私という魔女が生まれた。
幸いかな、私の容姿は非常に恵まれていた。興味がないので親たちに何度褒められようとも冷めた目で見ていた。
……というかこの親たちは最低ランクだ。考える中で一番酷い。姉の魔力がないからと言って自分たちの奴隷にして、私を売って豪華な生活をしようなどという考えはありえない。厄災をもたらす魔女だって子どもは大切にするものだ。
親もどきが今日も今日とても姉の世話を放棄する中、私に与えられたものの大半を姉に渡して生かす。魔女は基本的に魔力を喰らって生きるので食物からのエネルギー吸収率というものは悪い。だから、そばにいる姉の魔力を喰らうために全てを姉に渡すのだ。
そんな私の思いをしってか知らずか、じっと姉が私をみる。
「あなたはいいな、きらきらで。双子なのになんでこんなに違うんだろう」
呑気なその言葉に私の怒りもどこかにいく。きらきら、と来たか。それはそうだ。私の色は先祖返りだとか言われているが、実際は喰らった魔力の色で出来ているからそりゃ輝きもするだろう。
「……知らない方がいいこともあるよ」
そう返せば、姉は頬をフウセン花のように膨らませた。
姉が熱を出してよその家に泊まった風の強い日に私は両親を名乗るモドキたちを処理した。熱を出した我が子を心配するわけでもなく、こんなにも手がかかるのであれば産まなければよかったなどと言っているのを聞いてしまったからにはもう処理するしかない。
「わ、私たちが死んだら困るのはあなたたちよ!?」
「お前たちが生きている方が害だ。ああ、そんなことを言うから姉弟同士で交わるのだな。気色が悪い」
「僕たちはたまたま血が繋がっているだけだ! 真実の愛に、そんな俗物的なものはいらないんだ!」
ああ、何と気色悪いのだ。虫唾が走る。真実の愛と言い出す輩は大抵クズだと相場が決まっているし、なによりも禁忌を犯したモノたちがまともであるはずがなかった。
だから、私はぶちまけることにした。
「ふふ、おかしなことを言う。私は知っているぞ」
「お前たちが私たちが胎の中にいてもお構いなしに交わっていたことを」
「お前たちが今でもなお私と同じような子を生み出さんと交わっていることを」
「ああ、たしか……「僕らのこんな姿を見たら、母さんどう思うかな」だったか? 獣の方がもっと慎みがあるなァ」
一言につき、一つの魔法を放つ。
火で焼いた。
風で切り裂いた。
水に沈めて苦しませた。
土の礫で痛めつけた。
そうしてモノたちが一つも言葉を発せなくなったところで、家全体に火をつけた。
「まあ、なんだ。姉は私が守るからそこまで心配しなくていいぞ」
——どうせ、私もこいつらも罪人なのだから。
たった一人の家族ぐらい、守っても許されるだろう。
◆
伯父と名乗る男が現れて、姉共々家に連れて行かれた。顔はとてつもなく善良そうではあるが、こいつもあのモノたちと血が繋がっていると考えると敵意を持たざるを得ない。何もかもが信用できない。
勉強はした。姉がそうじゃないとやだと言うから仕方なく。
姿は見せない。食事の時は一緒に食べたいと姉が手を引くので仕方なく。
贈り物はいらない。必要最低限はもらったが他は全部姉に渡した。
姉の記憶を封じた。もうあんなモノたちの記憶など必要ないなと思ったから。
それでも信用ができない。あの汚れたモノたちと血縁だと言うならば。
「——迫ってみるか」
だから、夜這いをかけた。
だが、伯父と名乗る男は目があった瞬間悲鳴を上げて部屋を出ていった。あっけに取られてしばらくドアを見たのち、ベッドから降りる。顔の造形はいいはずだがやはり平凡でないと興奮しないのだろうかなどと考えていると、姉が呆然とこちらを見ていた。
「なに、してるの」
失望したような、そんな目だった。まあそれでもいいかと首を傾げた。
「裸で私の体を好きにしていいと迫っただけよ」
ぱん、と弾けたような音が鳴った。叩かれたのだと気がついて、そんなに怒ることだったろうかとぼんやり姉を見る。
姉は、泣いていた。
「なんで、なんでそんなことするの!」
「必要だと思ったから」
「理由になってない! なんで、なんでそんなことしたの! 体は大事にしなきゃダメでしょう! それに、伯父さんにも失礼だよ!!」
ぼたぼたと涙をこぼして私にストールを着せた姉の灰色の瞳は、それまで見た中でも一番美しくて。彼女にあんなモノたちの、血が受け継がれていることが嫌で。こんなにも悲しませてしまったことが、少し悔しくて。
「……ごめんね」
そう謝って、この子の前から姿を消すことに決めた。
◆
「そうねえ。そこまでの魔力、そこまでの業があるのであれば名付けだけで完全な魔女になるわね」
姉思いね、と笑うその人に無言で頭を下げる。目の前の御方はご自身の長い髪を指先で持て遊びながら私に目を向けた。
「風女神シルティーナがお前に名前をやりましょう。禁忌の子、親喰らい、そこまで業を重ねても唯一お前を愛した存在がいるのであれば。
全てを薙ぎ倒す風として、風巻の魔女と名乗りなさい」
その一言で、姉に褒められた銀色の髪は緑色に染まる。毛先に銀色を残し、瞳もまた薄く桃色を残して緑に染めていく。ぐるぐると体の中で魔力が変質していくのを感じて、激痛が走るがグッと堪える。
「あら、あらあらあら! 良い子、良い子。一言も痛いって言わなかったわね? ご褒美にあなたの願いを叶えてあげるわ。光女神には止められてるけど……私は風だもの。気まぐれに世界を巡るのであれば、たまには滞ってあげないとね?」
くすくすと笑う風女神様に向けてゆっくりと顔をあげる。私の願いなんてただ一つしかない。
「姉に、イリスに、幸せな人生を送らせてください」
ただ一人、私をどこまでも心配してくれた貴女に。
どうか、幸せを。
◆
そうして、私は魔女になって、あの子の人生から姿を消した。
妹(風巻の魔女):一言で言うならシスコン。魔女ゆえに誰もが信用できなかった。
風女神:わあ♡良い手駒手に入っちゃった♡え、シマキにお手紙?いいわよ〜〜♡
姉:何も知らない。知らなくていい。
伯父:とばっちり。姉妹の両親が姉弟だと知らない。
両親:光属性の魔力と闇属性の魔力だった。やっちまった。




