姉の場合
私には、双子の妹がいた。
名前はもう、思い出せない。
◆
妹は、とても美しかった。
きらきらの刺繍糸みたいな銀色に朝焼けのようなピンク色の瞳。均一なその顔立ちは王都の子が持つお人形に似ていると良くもてはやされていた。
対する私は全くの平凡。母そっくりの茶色の髪に父そっくりの灰色の目。人の中にすぐに埋もれてしまえる平凡中の平凡だ。同じ母から生まれてはずなのにどうしてこんなにも違うんだろう。そう思って、妬み半分で言葉をぶつけてみたことがある。
「いいな、あなたはきらきらで。双子なのになんでこんなに違うんだろう」
「……知らないことがいいこともあるよ」
一瞬冷たい目をした後、妹はこちらを見ないように目線を逸らした。こういうところは、嫌いだ。
私たちが生まれたのは長閑な農村。両親はだいぶ離れたところからこの村にやってきたと周りの人から聞いたことがある。二人はあまり昔のことを教えてくれなかったので知る人はもうほとんどいない。
両親仲はとても良かった、と思う。両親のことはなぜだかあまり思い出せない。思い出そうとすると靄がかかったような感覚に襲われて、途轍もなく疲れるのだ。
そんな村での平穏が崩れたのは、私が少し熱を出して村唯一のお医者さんのところに泊まってきた時のことだ。
家が燃えて、両親が死んだのだ。原因は何度調べても不明。暖かくしようとして火魔術を暴発させたという説が有力だったが確証は何もない。両親の体は動かそうとするとぼろぼろに崩れていってしまったので、家の残りあとも含めて全部土を被せた。今はもうすっかり綺麗になっていることだろう。
ここで問題が発生した。子どもの私たちをどうするかという問題である。両親が亡くなったばかりということもあって私はずっと妹の手を握っていて、妹も私の手を振り払うことはなかった。途方に暮れる村の人たちに順番で預けられながらどうにか二人一緒にいられないものかと考えていると、私たちの伯父と名乗る人が村を訪れた。
「あの子の忘れ形見だ。君たちさえ良ければ俺の家においで」
少し小さいけどと言いつつ、ふんわり人の良さそうな笑みを浮かべるその人にそっと手を差し伸べられる。その笑顔にこの人は安全な人だと確信し、その手にゆっくり私は手を重ねた。大きくて、きれいで、温かい手だった。
妹は、硬い表情のままそれを見ているだけだった。
◆
伯父の家は小さい、とは言っていたが村で暮らしていた私たちの家よりもずっと大きかった。使用人だという柔らかな笑顔のお姉さんがいて、母のように頼っていいと言っていた。私は彼女にすぐ懐いたが、妹は誰にも心を開かないまま一歩引いてみていたように思う。
いや、妹はもしかしたら全てを信用していなかったのかもしれない。伯父が手配してくれた家庭教師から勉強や行儀作法を学ぶたびに妹の態度はどんどん固くなっていく。
「ねえ、どうしてみんな嫌うの? あんなにいい人たちなのに」
「そう」
「そう、じゃなくって!」
妹はすぐに話すことなどないと言わんばかりにどこかに姿を消す。食事以外で伯父の前に姿を現すことがない妹の様子を伯父はとても心配していた。
「もしかしたら君たちの父に似たのかもしれない。あの子はとても秘密主義だったからねえ」
なんて、教えてもらったその夜。伯父の部屋から悲鳴が聞こえて飛び起きた。慌てて駆けつけてみれば伯父は寝巻きのまま這いずって部屋から出てどこかへと行ってしまう。一体何が起きたのかとわたしが部屋をのぞいてみれば。
——一糸纏わぬ姿の妹が、冷たい目をして立っていた。
「なに、してるの」
思わず言葉が出る。言葉に優しさなど混ぜられず、冷たい色が溢れていく。けれども妹は心底わからないと言いたげに首を傾げた。
「裸で私を好きにしていいと迫っただけよ」
その言葉に何も信じられなくなって、思い切り妹の頬を叩いた。真っ白な肌が赤く染まる。けれども妹はそれに驚いた様子もなく、ただ受け入れていた。
「なんで、なんでそんなことするの!」
「必要だと思ったから」
「理由になってない! なんで、なんでそんなことしたの! 体は大事にしなきゃダメでしょう! それに、伯父さんにも失礼だよ!!」
妹は、少しだけ目を丸くして。
「……ごめんね」
そう、悲しそうに微笑んだ。
翌朝、妹は「神官になる」とだけ書き残して姿を消した。
◆
結局、それから妹と何度も会おうとしたが無理だった。近くの神殿で聞いてみても得られたのは確かにここにいたがすぐにどこかに行ってしまった、という情報だけ。伯父がたくさんの伝を辿って探そうとしてくれていたが、何度試しても何の情報も得られず、いつしか妹のことは話題に出なくなってしまった。
どうしようもなくて、手紙を書いた。月に一度いつか届くようにと気まぐれを愛する風女神様の神殿に奉納した。いつか風女神様が届けてくださると信じて。
そして何年もが過ぎて。私は、明日結婚する。馴染みの商家で働いてる人で、とても信用できる人だ。
伯父は元々使用人のお姉さんと仲を深めていたらしく、妹の一件からたくさんの時間をかけて結婚した。今では小さないとこたちに囲まれて幸せな日々を過ごしている。
だから、伯父から妹に招待状を書いてみてはと言われて驚いたのだ。伯父は妹のことを本当に怖がっていたし忘れようとしていたように見えたから。本当にいいのかと聞けば、初めて出会ったときのような笑顔で言った。
「確かにまだ怖いけど、それでも、君の妹だろう」
そして、私はペンを取った。綺麗なフウセン花の花びらの模様が入った紙と、妹の輝く銀髪のようにきらめく特別なインクを使って招待状を書き上げた。
大事な、大事な私の妹。私の半身。
私は明日結婚します。私とゆっくり時間を歩んでくれて、小さな幸せを大事にしてくれる人と一緒になります。
だから、この手紙が届いたのなら。
「また、私の名前を呼んでください」
——あなたを愛する、イリスより。
イリス:善良で、100人いたら30人ぐらいいそうな容姿。生まれながらにして特殊な体質を持っていたが、どういうわけだか綺麗さっぱり無くなっている。
伯父:一般善良男性。二人とも娘のように可愛がっていた。
妹:イリスの大事な半身。一人だけ特殊な容姿だった。




