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日本家屋

 玄関の扉を開けると、夜の冷気が春人の頬を突き刺した。


 春人は自転車に跨り、夜の闇へと飛び込んだ。街灯の光が次々と背後に流れ去る中、ペダルを漕ぐ足には、先ほどまでの恐怖とは違う、奇妙な衝動が宿っていた。




 じいちゃんの家が見えてくると、春人は息を呑んだ。




 さきの言う通りだった。


 古びた日本家屋の窓から、まるで呼吸をするかのように、淡く、それでいて深淵のような青白い光が脈動している。昼間に訪れた時はただの静かな家だったはずなのに、今はまるで家そのものが巨大な生き物に変貌したかのような威圧感を放っていた。




「……じいちゃん」




 春人は庭の砂利を踏みしめ、玄関へと向かった。鍵は開いていた。じいちゃんが寝込んでから、誰かが訪れた形跡があるのか。




 家の中に入ると、鼻をつくのはいつもの古い木材の匂いではなく、雨上がりの森のような、湿った土と鉄の匂いだった。


 春人は慣れた足取りで奥へと進む。そして、幼い頃から禁じられていた、あの廊下の前に立ち止まった。




 いつもは厳重に閉ざされていた引き戸が、数センチだけ開いている。


 そこから漏れ出る「光」は、まるで春人を誘い込むように揺らめいていた。




「……入るぞ」




 意を決して引き戸を全開にする。


 そこにあったのは、石鹸の材料や、かつてばあちゃんが使っていた道具たちが置かれた……はずの、ただの物置ではなかった。




 床に直接、血のように赤い塗料で書き殴られた幾何学模様。そして、その中心に浮かぶ小さな木の箱。


さっきまで病院のベッドで眠っていたはずのじいちゃんの気配が、その箱から濃密に漂っている。




 その時、背後で気配がした。




「やっぱり、ここに来たわね」




 振り返ると、そこにはいつの間にか背後に立っていたさきの姿があった。彼女は懐中電灯も持たず、暗闇の中で青白い光を反射させる瞳で、部屋の中央を凝視している。




「春人、あなたの家系について、じいさんから何も聞かされていなかったの?」




 彼女の声は震えていた。


「これは『門』よ。この街に溢れる『咎』を封印し、食い止めるための……。そして、その役目を担ってきたのが、あなたの家系なの」




 彼女が指差した先。


 カタカタと音を立てて蓋を開け始めた。中から溢れ出したのは、石鹸の香りに似た、懐かしくも恐ろしい「何か」だった。

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