野盗_06
「かかってこいよクソガキ」
野盗の頭はニヤニヤと笑いながら近づいていくる。
男は悠然と剣を構える。
その剣は鈍く光り刀身に沿って影のような揺らぎが走る。
アルクは脇腹の傷を押さえながら剣を構えた。
傷はそれほどではない。
この程度で逃げるわけにはいかない。
このために来たんだ。
「むやみに飛び込むなよ」
ファルナはアルクに忠告する。
しかし仇を目の前に沸騰しているアルクには聞こえていなかった。
「うおおおおお!」
間合いを詰めなければ見えない斬撃にやられる。
間合いさえ詰めれば倒せる。
そう考えたアルクは地面を蹴り疾走する。
「遅すぎる」
男は軽く剣を横に振る。
「防げ!」
アルクの頭に殴られたかのようなファルナの大声が響く。
とっさに剣を体の前において防御の構えをとる。
その瞬間に剣に衝撃が走る。
剣には横一文字の斬りつけられたような跡が残る。
「むやみに飛ぶ込むなと言っただろうが!」
ファルナはアルクを叱責する。
ぎりぎり防御できたが運が悪ければあの時点で負けていた。
「冷静になれ。指示を出すからちゃんと防御しろ」
「守ってるだけじゃ勝てないぞ」
「いいから黙って防げ。死ぬぞ」
ファルナの指示に釈然としない気持ちをもちながらもアルクはすぐ防御に移れるよう構える。
その様子を見ながらしばし男は考えていた。
この攻撃を初見で防がれたことがなかったからだ。
しかし、その理由にすぐ思い当たる。
「ん?ああ、そうかお前は1回見てるのか」
合点した男とはすぐさま次の攻撃へ移る。
「だが、いつまでもつかな?」
その攻撃は容赦がなかった。
空を裂く攻撃を連続で飛ばす。
「攻撃くるぞ!」
アルクはファルナに言われるがままに防御と回避に専念する。
「屈んで避けろ!」
頭上を何かが通り過ぎる。
「右に半歩!」
風圧が頬を撫でる。
「前に1歩!受けて左に流せ!」
構えた剣に衝撃が響く。
次々とファルナが指示を出し、アルクは言われるがままに従う。
見えない斬撃を一心に受ける。
回避で体が千切れそうな感覚。
防御で剣が手から弾き飛ばされそうだ。
そして少しでも甘えたらその瞬間に切り刻まれるという予感。
気が付かない間に服が裂け薄く血がにじんでいる。
完全に受けられているとは言い難い。
ギリギリで致命となる攻撃を避けているだけ。
だが男の笑みがわずかに引きつっていた。
「おいおい、なんで避けられんだよ。気味わりぃな」
男は剣先を細かく振る。
連続で斬撃が飛んでくる。
しかしファルナの声がそのすべてに先んじた。
「左、前進、右、受けろ」
短い言葉が次々と頭に響く。
アルクはもう何も考えない。
ただ声に身を預ける。
体が勝手に動いているようでいて昨夜のように操られているのとは違う。
動かしているのは自分の足だ。
「いいぞ。少しずつ詰められている」
僅かずつではあるが男との距離が縮まっていることにアルクも気がつく。
だが妙だった。
これだけ近づかれても男は一歩も退こうとしない。
斬撃を飛ばすばかりで距離を空ける素振りも見せない。
まるで近づかれても構わないとでもいうように。
「舐めてんじゃねえぞ!」
淡々と攻撃を受けるアルクに苛立った男は剣を大きく振る。
さっきとは違い威力の高い斬撃が飛ぶ。
だが大振りのぶんファルナには読みやすかった。
「恐れるな。前に進め」
アルクは斬撃の隙間を掻い潜るように距離を詰める。
右、左、屈め、跳べ。
見えない刃の網の目を糸を通すように抜けていく。
気がつくと切先が届く距離まで近づいていた。
「なんなんだよ!お前は!」
男の顔から笑みが消えていた。
「アルク!攻撃しろ!」
この戦い初めての攻撃を繰り出す。
斬撃の隙間から繰り出した攻撃は男を袈裟に切る一撃となる。
はずだった。
「なにっ!?」
確かに男を捉えたはずの刃が目に見えない壁に阻まれた。
何かに弾かれるような衝撃が腕に返ってくる。
男の体には傷一つついていない。
「は、はははっ!残念だったなぁ!」
引きつっていたはずの男の顔に再び余裕が戻る。
「この剣はなぁ、斬るだけじゃねえんだよ。こっちが斬られることもねえのさ」
男の周りを見えない壁が薄く覆っている。
斬撃と同じ力で男は己を守っている。
「だからお前らがどれだけ近づこうが無駄なんだよ。せいぜい足掻いて死ね!」
アルクは思わず後ずさった。
避けるだけで精一杯だったのにその先に壁があった。
その事実に心が折れかかる。
「……ファルナ。これどうすんだよ」
「あれはエーテルの障壁だ」
ファルナの声は淡々としていた。
「鋼の刃では通らん。あの男の言う通りだ」
「じゃあ手詰まりじゃないか」
「いや。一つだけ手がある」
ファルナは少し逡巡し、説明する。
「エーテルを断てるのはエーテルだけだ。私の刃をエーテルに変える。そうすればあの障壁は斬れる」
「それって……」
「一度きりだ。エーテルはこれで尽きる。使えば後はない」
「外したらどうなる」
「私はただの鈍ら。お前は見えない刃の前に丸裸だな」
淡々とした声に嘘はない。
これが最初で最後の一回。
外せば終わり。
アルクは剣を握り直した。
手のひらの汗を握りしめて押し殺す。
「外さなきゃいいんだろ」
「そのとおりだ」
ファルナが何かを言うと剣からエーテルが迸る。
剣から伝わる熱せられたかのようなエネルギー。
まるで脈動。
猛獣のようなエーテルは収束し刀身が蒼い光を纏う。
その輝きはまるで男の剣を食らいつくそうとしているかのようだ。
その様子をみた男はアルクの持ってた剣がアーティファクトであることに気がつく。
「てめえまさか!」
ファルナが言った。
いや、アルクが言ったのかもしれなかった。
「いくぞ」
男が吼えた。
「舐めんじゃねえぞクソガキィ!」
男は剣を振りかぶりありったけの攻撃を放つ。
空気が幾筋にも裂ける。
アルクは見えない刃の海を疾走する。
迫る斬撃を右へ左へ回避する。
一つもかすらない。
ファルナの感知と自分の感覚が一体になったような感覚。
考えるより先に体が流れていく。
男の一閃がアルクの胴を狙って薙ぐ。
アルクは止まらない。
恐れず滑り込むように抜け、そのまま男の懐へ飛び込む。
大きく見開いた男の目が、驚愕している顔が、視界に入る。
「なっ――」
アルクは蒼く光る刃を下から斜めに切り上げた。
「終わりだ!」
蒼い刃が見えない障壁に触れる。
火花のような光が放たれる。
弾かれる感触はなかった。
紙を裂くようにエーテルの刃がエーテルの盾を斬り裂いていく。
そのまま蒼い光が男の胴を斬り上げた。
「ぐはっ!!」
狂い咲くような血しぶきが舞う。
確実に致命の一撃。
エーテルの障壁が光を放ちながら霧散する。
手からの剣が落ち、男は膝から崩れ落ち力なく倒れた。
「俺が負けるなんて……」
それきり動かなかった。
静かな風の音だけが聞こえる。
アルクは剣を握ったまま肩で大きく息をしていた。
剣の蒼い光が散りはじめる。
「……終わったのか」
「ああ。終わった」
ファルナの声がひどく遠く、弱く、聞こえる。
「ファルナ……声が……」
「言ったろう。エーテルが尽きると」
刀身から光が完全に消える。
手の中の剣が急にただの鉄に戻ったように重く感じられた。
思わずアルクは膝をつく。
今になって脇腹の傷も、胸の傷も、腕の痺れも、すべての痛みが戻ってきた。
体中が悲鳴を上げている。
「おい、大事な仕事が残ってるぞ」
ファルナの声がかすかに頭に響く。
「アーティファクトだ。エーテルが残っている」
アルクは顔を上げた。
倒れた男のそばに装飾の施された剣が転がっている。
「エーテルを抜き取るんだったよな。どうしたらいい?」
「お前がもってれば大丈夫だ。私のことも手放すなよ」
「それだけでいいのか?わかった」
血まみれの剣を杖代わりによろめきながら男の剣のそばへ歩く。
「私はしばらくは喋れん」
ファルナの声が途切れ途切れになる。
「少し、休む」
それきり声は聞こえなくなった。
何度か問いかけるが応えは返ってこない。
アルクは静かになった森の中で野盗の剣を拾い血まみれの剣と共に携える。
「ゴード……」
仇は討った。
喜びはない。
ほんの僅かな達成感。
ただただ疲れた。
長いようで短い敵討ちが終わった。
それだけは確かだった。




