野盗_07
気絶するように眠ってしまった。
いつ眠ったのか覚えていない。
どれくらい経っただろう。
森の中は薄暗くてわからない。
太い木の根元に背を預け2本の剣を抱えたまま座り込んでいた。
体が重い。
傷が沁みる。
腕の痺れがまだ残っている。
捕まったあの朝は荷馬車の床で目を覚ました。
縄に縛られて何もできない自分に目を覚ました。
今は違う。
縄はないし手元には剣がある。
「戻ったぞ」
頭の中に声が響いた。
ぼんやりした頭がゆっくりと覚醒する。
「……ファルナ?」
「そうだ」
淡々として尊大でほんの少し苛立った声。
聞き慣れたそれが当たり前のように戻ってきた。
「生きてたのか」
「何を馬鹿なことを」
「死んだのかと思ってた」
「言ったろう少し休むと。私はただ少し眠っていただけだ」
アルクは膝の上の剣を見た。
ファルナの剣。
そしてもう1本装飾の施された男の剣。
その刀身からはもう光が消えていた。
「エーテルは?」
「回収完了した」
ファルナの声に感情は乗っていない。
ただ事実を確かめているだけの口調。
野盗の剣に宿っていたエーテルは今はもうこの手の中の剣に移った。
男の剣はただの鉄の塊になりファルナは目を覚ました。
そういうことらしかった。
「1つ目の約束は守れたな」
「そうだな。1つ目は契約達成だ」
アルクは小さく息を吐き安堵する。
口の端が緩むのを感じた。
笑ったのかどうか自分でもよくわからなかった。
「村に戻るんだろう」
ファルナが言った。
促しているのか確かめているのか。
「ああ」
膝が震える。
傷が引きつる。
だが不思議と心地よかった。
「傷はどうだ」
「痛いけど歩ける」
「そうか……村に戻ったら手当しよう」
「わかった」
森を出ると空が広かった。
沈みかけた陽が雲の端を橙に焼いている。
夕焼けが目に染みるようだ。
ゆっくりと村に向かって歩きだそうとしたら、不意にファルナから話しかけられた。
「アルク」
「ん?どうした?」
「よくやったな」
「ファルナのおかげだよ。ありがとう」
「そんなことはないさ。誇れ」
それきり会話はなかった。
道を踏む音だけが夕暮れに続いた。
疲れてはいたが足取りは軽かった。
---
村に着く頃には日がほとんど落ちていた。
出発したときとは村の様子が違っている。
逃げのびていた者たちが少しずつ戻ってきているようだ。
遠くで槌を打つ音がする。
焼けた柱を起こす者がいる。
畑の土を均しなおす者がいる。
子供の声もあちこちで上がっている。
村がまた動きはじめたのだと感じる。
アルクに気づいた村人が手を止めて近づいてくる。
あの夜に荷馬車から逃がした子の母親だった。
「よかったアルク。生きてたのね」
「ああ」
女はアルクの体に目を留めた。
服は裂け真新しい傷が幾筋も走っている。
「アルクその怪我……どうしたの」
「これくらい平気だよ」
「平気なわけないでしょう。こっちへ来なさい」
なにか言う前に手を引かれ納屋の前に座らされる。
慣れた手つきで傷が清められ薬を塗られていく。
「ねえアルク。この傷は一体……」
逃げてついた傷でないことくらい見ればわかる。
女の声には隠しきれない不安があった。
アルクはどう答えたものか迷った。
ファルナのことも見えない刃のことも説明できる気がしない。
だから一番伝えるべきことだけを口にした。
「野盗は全部片付けてきた。全員だ。もう誰も村を襲わない」
その言葉に女の手が止まった。
近くにいた村人たちも顔を上げる。
しばらく誰も声を出さなかった。
「あんたが……まだ子供のあんたが。たった1人で……」
アルクは傍らに置いていたもう1本の剣を手に取った。
装飾の施された立派な剣。
野盗の頭が振るっていたものだ。
エーテルを抜かれた今はただの鉄の塊だがそれと知る者が見れば一目であの男のものとわかる。
「これ野盗の親玉の剣だ。売るなり好きにしてくれ」
女は戸惑いながらも両手でそれを受け取る。
「あいつがもう来ないって証になるだろ?みんな安心するとおもって」
女の目にみるみる涙が溜まっていく。
そのままアルクの手を両手で握りしめた。
「ありがとう。ありがとうアルク」
ファルナのことが言えず嘘をついたような居心地の悪さが胸を刺す。
ただ、自分のしたことは間違っていなかったのだと胸の奥が少しだけ軽くなった。
それからアルクはぽつりと聞いた。
「ゴードはどこに埋まってる?」
女の手が止まった。
「……村はずれの木の下だよ。みんなそこに埋めたから」
アルクは頷いた。
---
村はずれの大きな木の下に土の盛り上がりがいくつも並んでいた。
真新しい土。
それぞれに木の杭が1本ずつ打たれている。
野盗に奪われた命の数だけ墓があった。
思っていたよりもずっと多い。
陽はとうに沈み墓地を夕闇が静かに包んでいく。
掘り返したばかりの土の匂いが鼻をついた。
そのうちの1つの前にアルクは立った。
粗末な木の板が据えられている。
ゴードの名前と共に勇敢にも立ち向かったことを称える言葉が刻まれていた。
アルクは膝をついた。
土はまだ柔らかく冷たかった。
この下にゴードがいる。
そう思ってもまるで現実味がなかった。
ついこの間まで木剣を打ち合っていた気がするのに。
「……仇は討ったぞ」
ゴードに報告する。
「1人じゃ無理だった。ファルナがいなけりゃとっくに死んでたよ」
返事はない。
知っている。
「あんたが見てたらまた雑だって怒鳴られてただろうな」
そう言って少しだけ笑った。
笑ったはずなのに目の奥が熱くなった。
「それでも逃げ出さずにあいつに立ち向かえたのはあんたのおかげだ。」
風が木の葉を鳴らした。
アルクは杭を見つめた。
それからゆっくり頭を下げた。
「世話になった。ありがとな、ゴード」
絞り出した声は自分でも驚くほど掠れていた。
それだけ言って立ち上がった。
もう、振り返らなかった。
振り返ればきっと動けなくなる。
そんな気がした。
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家に戻ったがすぐに旅立たずに村の復興を手伝った。
体は傷だらけで休息を求めていたし、村には当然やることが山ほど残っていた。
焼け落ちた家の残骸を片づけ崩れた柵を組み直す。
野盗に荒らされた畑をならし井戸をさらう。
アルクは数日の間はその手伝いに汗を流した。
焼け跡が少しずつ元の形を取り戻していくのを見るのは悪くなかった。
数日後。
アルクは旅の支度をした。
食料と着替え、わずかな硬貨の入った袋。
多くはないが不足もない。
傷の痛みも日に日に薄れていった。
この家にも村にも未練がないわけではない。
だがここにはもうゴードはいない。
それにファルナとの約束が残っている。
荷を背負い家を出る。
村のはずれを抜けアルクは村に背を向けた。
しばらく歩いて一度だけ振り返った。
朝靄の中に村がぼんやりと浮かんでいた。
焼けた村に立ちのぼる煮炊きの煙。
アルクは前を向く。
「で、遺跡とやらはどこへ行けばいいんだっけ?」
「まずは近くの都市に向かう。話はそこからだ」
「了解。それじゃあいきますか」
アルクは目的地へ向けて歩みをはじめた。
喋る剣を旅をする。
錆びだらけのくせに尊大な剣と、まだまだ青臭い未熟な剣士。
これはその1歩目だ。




