野盗_05
森に入ると空気が変わった。
湿った土と苔の匂い。
木々が高く茂り、昼間だというのに足元は薄暗い。
枝葉の隙間から差し込む光がまだら模様を地面に落としている。
アルクは慎重に足を進めた。
腰のファルナはさっきから何も言わない。
「なあ、根城ってこの先で合ってるのか?」
「合っている。静かに素早く移動しろ」
頭の中にファルナの声が響く。
人型にはなっていない。
説明が面倒だからと村を出てからはずっと剣の姿のまま。
見つかるリスクは少しでも減らしたほうがよいから、だそうだ。
「もうすぐ着くぞ。見張りがいるだろうから声を抑えろ」
言われてアルクは口をつぐむ。
言葉の通り、しばらく進むと木々の向こうにぼんやりと人影が見えた。
倒れかけた大木にもたれて男が1人。
退屈そうにあくびをしている。
その奥には粗末な木の柵と大小の小屋が見えた。
あれが野盗の根城か。
アルクは木の陰に身を隠した。
心臓が早鐘を打っている。
「どうする。あいつを倒すのか?」
「落ち着け。まず数と位置を確認しろ」
「数?」
「敵がどこにどれだけいるかも知らずに突っ込むつもりか。お前はそんなだから昨日捕まったんだろ」
ぐうの音も出なかった。
アルクは木の陰からそっと根城の様子をうかがう。
小屋は大きいものと小さいものが1つずつ。
見張りが1人。
焚き火を囲んで座っている男が5人。
そのうち1人は地面に寝そべっている。
「見張りを入れると見えるのは6人」
「ほう。ちゃんと数えられるじゃないか」
ファルナの声にわずかに感心するような色が混じる。
「お頭はどこにいると思う」
「……見えないけど奥の大きい小屋かな?」
「悪くない読みだ。だが今は確かめようがない。まず外の連中をどうにかしろ」
アルクはごくりと唾を飲み込む。
「6人を?俺が?」
「一度に相手をするわけがないだろう。1人ずつだ」
「1人ずつって言ったって……」
「見張りから片付ける。音を立てずにやれ」
無茶を言う。
そう思ったがファルナの声はいつも通り淡々としていた。
「いいか、よく聞け」
ファルナが言った。
「昨日のように私がお前の体を動かすことは極力避ける。エーテルが惜しいからな」
「じゃあどうやって」
「どうしたらいいか教えてやるからお前が自分で動くんだ」
「そんなので勝てるのか」
「お前が思っているよりお前の体は使える。ゴードの稽古は無駄ではなかったということだ」
ゴードの名前が出て、アルクの胸の奥が小さく疼いた。
剣の錆が消えて前に見たときと同じように鈍く光る。
「ファルナが青く光ってるのは目立つ気がするんだけどいいの?」
「これは普通の人間には見えないから大丈夫だ」
そういうもんなのか、とアルクは無理やり納得する。
「わかったら行け。まずは見張りからだ。背後の茂みまでゆっくり移動しろ。音が鳴らないように足の裏で地面を探りながら動くんだ」
言われた通りにアルクは身を低くして進む。
一歩ごとに足の裏で地面を確かめ枝や枯れ葉を避ける。
息を殺しても心臓の音が相手に聞こえやしないかと不安になる。
見張りの男はまだこちらに気づいていない。
あくびをして目を擦っている。
すぐ裏まで来た。
あと数歩。
男の背中が手の届きそうな距離にある。
「背中から斬れ。一息だ」
「……殺すのか」
「見張りを生かして騒がれるほうが面倒になる。やると決めたなら迷うな」
アルクは剣を握り直した。
握る手に汗がにじむ。
昨日も人を斬った。
だがあれは体が勝手に動いていた。
今は違う。
自分の手で、自分の意思で、人を殺す。
深く息を吸い、止める。
そして茂みから飛び出した。
男が物音に気づいて振り向こうとする。
だが遅い。
アルクは踏み込みざまに剣を男の背へ突き立てた。
刃が沈む。
昨夜のバターを熱したナイフで切るような滑らかさはどこにもなかった。
肉と骨が刃を阻む。
進むのを拒むように重い。
腕に力を込めてようやく深く押し込んだ。
男からくぐもった声が漏れる。
一瞬待ってから男が動かないことを確認したアルクは剣を引き抜いた。
男は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
手のひらに刃が肉を裂いた生々しい感触が残っている。
たった一撃なのに凄まじい疲労感だ。
いや体が緊張している。
「自分の手で殺したな」
「……ああ」
「昨夜とは違う感覚だろう」
「重かった」
「それが本来の剣であり人を殺すということだ。覚えておけ」
アルクは血のついた刃を見下ろした。
手が震えている。
これは自分の力で為したことの重みだった。
「こいつを茂みに引きずって隠せ。見つかると面倒だ」
そんなアルクをさておくようにファルナは淡々と指示をだす。
言われるままに男の体を茂みの奥へ隠すが意外と重い。
引きずる音が大きく聞こえて何度も手が止まった。
「次だ。焚き火の連中は固まっている。あれをまとめて相手にするのは分が悪い」
「だよな」
「散らすぞ。音で1人をおびき出せ」
アルクは頷いて小石を拾った。
焚き火から隠れる位置で小さい方の小屋へ向かって思い切り投げる。
石が壁を叩き音を立てた。
「おい、今のはなんの音だ」
焚き火の男の1人が立ち上がる。
面倒くさそうに、しかし一応確かめに行く気らしい。
剣を手に小屋の裏手へ回っていく。
「来たぞ」
男が小屋の角を曲がる。
焚き火からの死角だ。
そこには誰もいない。
怪訝そうに男が首をかしげた、その瞬間。
「今だ」
木々の間を抜けアルクは飛び出した。
だが今度は相手が反応した。
野盗は気配を感じた方向へ振り向きざまに剣を振るう。
「うおっ!」
アルクは慌てて後ろへ跳ぶ。
男の剣先がアルクの鼻先をかすめた。
声を上げられたら終わりだ。
「ためらうな」
ファルナの声が冷たく響く。
アルクは踏み込む。
体は勝手には動いてくれない。
動きはぎこちなく剣は重い。
男が剣を横に薙ぐ。
アルクはそれを受ける。
音がして衝撃が腕に走る。
痺れる腕で剣を握り直す。
「前に出ろ。引けば押し込まれるだけだ」
ファルナの声にアルクは歯を食いしばって前へ出る。
男の二撃目を今度は受けるのではなく半身をずらして躱す。
体の横を剣風が抜けていく。
ゴードもしていた動き。
日中の稽古で何度も見たあの体さばきだ。
頭ではなく体が覚えていた。
「そうだ。突き刺せ」
がら空きになった男の胴へアルクは剣を突き出した。
切っ先が深く沈む。
力任せの不格好な一突き。
それでも刃は確かに男を貫いていた。
男が目を見開き口から血を吐く。
アルクは剣を引き抜いた。
男はゆっくりと膝をつき、そして倒れ伏した。
肩が大きく上下する。
心臓が痛いほど鳴っている。
2人目。
それでも、最初のときよりわずかに手は落ち着いていた。
「残りは4人。騒ぎになる前に動くぞ」
その時だった。
「おい!なんかあったのか?」
焚き火のほうから声がした。
おびき出した男が戻らないことを別の野盗が訝しんでいる。
「マズいな。気づかれる前に主導権を取れ」
「どうやって」
「奇襲だ。残りが固まる前に1人減らせ。走れ」
アルクは迷わなかった。
小屋の影から飛び出し焚き火へ向かって駆ける。
気がついた3人の野盗が一斉にこちらを向く。
「なんだこのガキ!」
一番手前の男が驚きながらも剣を抜く。
アルクは速度を落とさず、そのまま体ごとぶつかるように剣を振り下ろした。
男は咄嗟に剣を上げて受けたが勢いに押されてよろめく。
「足を狙え。立てなければ1人分の脅威が消える」
ファルナの指示に従い、アルクは受けられた剣を引いて低く身を沈めた。
そのまま男の脛を薙ぐ。
肉を裂く感触。
男が悲鳴を上げて崩れる。
「この野郎!」
残る2人が同時に襲いかかってきた。
左右からの連撃。
「下がれ!両方を一度に相手にするな!」
アルクは後ろへ跳ぶ。
それを追いかけるように野盗は次の攻撃へ入る。
回避は間に合わない。
左の男が剣を振り下ろす。
受けるしかない。
重い衝撃。
膝が折れそうになる。
その隙に右の男が突きを繰り出してくる。
「避けろ!」
アルクは咄嗟に無理やり体を捻る。
かすめた切っ先が脇腹を抉り焼けるような痛みが走る。
「ぐっ……!」
「アルク左に転がれ!今すぐ!」
考えるより先に体が動いた。
地面を転がる。
さっきまでアルクがいた場所へ両側から剣が叩きこまれる。
味方同士の剣がぶつかりそうになった2人が体勢を崩す。
「立て!右の男から!」
アルクは跳ね起きざまに体勢を崩した右の男へ斬りかかった。
今度は迷いがなかった。
袈裟に振り下ろした刃が男を斬り裂く。
血が舞う。
男が倒れる。
「後ろ!」
振り向くともう剣を振りかぶっていた。
間に合わない。
そう思った瞬間、体の奥に覚えのある熱が走った。
「一度だけだ。使うぞ」
ファルナの声。
刀身に鋭く青白い光が走る。
アルクの体が自分のものでないように軽くなる。
振り向きざまの一閃。
男の剣を弾き飛ばし、返す刀で胴を薙ぐ。
昨夜と同じ流れるような動き。
男は何が起きたかもわからぬまま崩れ落ちた。
「これで残りは少ない。無駄遣いするなと言ったろう」
ファルナの声にわずかな疲れがにじんでいた。
アルクは肩で息をしながら倒れた野盗たちを見回した。
焚き火のそばに足を斬られた男がうずくまって呻いている。
脛を押さえこちらを睨みつけていた。
「おい」
アルクはその男に剣を突きつけた。
「あの偉そうなヤツはどこだ」
男は答えない。
ただ憎々しげにアルクを見上げる。
「言わないなら――」
「待て」
ファルナが止めた。
「大きい小屋の方を見ろ」
アルクが視線を上げて大きい方の小屋を見る。
騒ぎを聞きつけたのか奥の大きな小屋から見覚えのある男が現れる。
派手な装備と腰には装飾の施された一振りの剣。
ゴードを斬った、あの野盗の頭だった。
「なんだぁ?せっかく寝てたってのによ」
男は気だるげに頭をかきながら倒れた手下たちを一瞥する。
そして血まみれで剣を構えるアルクを見て片眉を上げた。
「……おう。お前昨日のガキじゃねえか」
男の口元がゆっくりと笑みの形に歪んだ。
「逃げたガキがわざわざ礼参りか。いい度胸してるな。こちとらお前のせいでガキが全部逃げちまったからよ、イライラしてんだわ」
アルクは剣を握り直す。
脇腹の傷が熱い。
腕は痺れ、息は上がっている。
それでも目は逸らさない。
「ゴードの仇を討つ」
声が震えないように、腹に力を込めて言った。
「お前を倒しに来た」
男は声を上げて笑った。
「はっ、いいぜ。来いよクソガキ。ぶっ殺してやる!」
野盗は腰の剣を抜くとその刀身が鈍く光り始めた。
敵討ち最後の一戦が始まる。




