野盗_04
目が覚めると焚き火が見えた。
周りはまだ暗い。
アルクは体を起こそうとして、全身の痛みに顔をしかめた。
体中が悲鳴を上げる。
頭が割れるように痛む。
炎の近くに女が座っている。
焚き火を眺めたまま微動だにしない。
この女は誰だ?
「起きたか」
女が言った。
振り向きもしない。
声に聞き覚えがあった。
「……ファルナ?」
「そうだ」
女はそう言いながら手元を見た。
アルクの剣が女の膝の上にあった。
立てかけておいたはずの剣がない。
「剣が……人の形に?」
「そうだ」
アルクは状況を理解できず頭を抱えている。
「いや、そもそも喋る剣というのも理解できないんだけど……」
「説明してもいいがお前には理解できん」
ファルナは最初から説明する気がないのかアルクの疑問を切り捨て焚き火に目を戻した。
アルクは呆然としながらもゆっくりとあたりを眺める。
見覚えのある荷馬車。
野盗のものだ。
そしてすぐ傍に野盗のものと思われる血溜まりが2つ。
死体はどこかに動かしたのか見当たらない。
荷馬車を引いていた馬は静かにしている。
パチパチと焚き火が静かに燃える。
寒い季節ではないが夜はいささか冷える。
焚き火の温かさがありがたかった。
傍らには濡れた布があることに気がつく。
おもわず額に触れると湿っていた。
看病してくれてたのか。
しばらく焚き火を眺めた。
少しずつ頭の中が整理されてくる。
あらためてファルナの姿を眺める。
何をするでもなく焚き火の前に座っている。
髪は長くローブのようなものを着ている。
座っているからわかりにくいが背は女性としては高いほうだろう。
薄く光るような白い肌。
高価な器のような、といえば聞こえはいいがまるで作られたもののようだ。
「ファルナは……アーティファクトなのか?」
荷馬車の中で聞けなかったことを改めて質問する。
またはぐらかされるかとおもったが予想外にファルナは答えてくれた。
「そうだな、わたしはお前たちの言葉でいうならアーティファクトだ」
「アーティファクトって……なんなの?」
「各地の遺跡に眠る古代文明の遺産、お前たちには理解できないテクノロジーで作られたモノ。それがアーティファクトだ」
「そういえば、野盗の親玉みたいなやつの剣もアーティファクトだって言ってたな」
「ほう。どんなアーティファクトだ?」
「見た目はちょっと豪華な剣かな。仕組みはわからないけど見えない刃みたいなもので切られてた」
説明しながらゴードが切られたときのことを思い出す。
「見えない刃……なるほど、それはアーティファクトらしいな」
「アーティファクトってみんなファルナみたいに喋るの?」
「そんなわけないだろ。喋るのは私が特別だからだ」
ファルナはこちらを見ずに淡々と答える。
まるで事前に決められた答えを読み上げているかのようだ。
「そういえば、なんでファルナは野盗の馬車なんかに積まれていたんだ?」
「何年か前に私が保存されていた遺跡をこじ開けたバカがいた。そのバカの開けた穴から野盗が私を盗み出したのさ」
「その遺跡を開けた人はファルナをもっていかなかったの?」
「……知らんな。気が変わったんじゃないか?」
急にはぐらかされた。
追求しようとおもったがたぶん意味はないので突っ込むのはやめて別の質問をする。
「人型になれるなら、さっきの戦いもその姿で助けてくれてもよかったんじゃないか?」
「この状態で戦うとエーテルを使うんだ。今はエーテルが足りない」
「エーテル?」
「古代文明で一般に使われていたエネルギーのことだな。私たちアーティファクトの動力源だ。私のいた遺跡は機能が止まっていたからストックが少ない」
「じゃあさっきみたいにファルナで縄が切れるようになったり、俺の体が勝手に動いたのは」
「そう何回も使えないな。あと1、2回くらいだ」
アルクはファルナと錆びだらけの剣を見る。
ぼろぼろに見える剣はあれほどの力を見せた。
しかし、それもあと1回か2回。
「明日は村へ戻るんだろう?今日はもう休め」
そういうとファルナの姿が消えた。
剣に戻ったのだろうか。
焚き火の燃える音が静かになる。
アルクは眠りに落ちた。
---
アルクは街道をゆっくりと村へ進む。
幸いなことに少し歩いたら知っている場所へ出たので道に困ることはなかった。
風が草木を揺らし、遠くで鳥の声がする。
世界はいつも通りだ。
昨夜のことなどまるで何も知らないように。
しばらく進むと村が見えてきた。
風にのってほのかな煙の匂いがする。
入口には焼け焦げた納屋の残骸がある。
「説明が面倒だから人型にはなるなよ」
「わかってる」
村の中へ入ると村人たちが疲れ果てた顔で動いていた。
瓦礫を片付けたり、怪我をしたものを手当している。
「アルク!」
高い声に顔を上げると子供が駆け寄ってきた。
荷馬車から最後に飛び降りた小さな子だ。
抱きついてくるその子をぎこちなく受け止める。
「無事だったか」
「うん。みんな元気だよ」
他の子供たちも次々と近寄って口々に感謝を伝えてくれる。
むず痒さを感じながらもなんだか嬉しくなる。
よかった、とアルクは心底ホッとした。
「ゴードは?」
アルクが子どもたちに質問する。
「……こっちきて」
アルクを村の中央広場へと案内すると、そこには布を被せられた遺体が何体か集められていた。
子どもの一人がその遺体の中から一体を指し示す。
アルクは被せてある布の端を持ち上げる。
見慣れた老人の顔が見えた。
稽古のたびに怒鳴りつけてきたあの顔が、今は何も言わず静かに目を閉じている。
何も出てこなかった。
言葉も。
感情も。
悲しいはずだ。
怒っているはずだ。
なのにただ空虚だった。
何も考えられない。
ボーッとしていると頭の中に声が響いてきた。
「アルク?大丈夫か?」
ファルナの声だった。
思わず喋りそうになるのをこらえて小さく頷く。
布を戻し立ち上がる。
案内してくれた子どもたちに感謝を告げてふらふらと歩きだす。
無意識に歩きだすと気がついたら自分の家についていた。
家の中は昨日となにも変わっていない。
幸いなことに何かが壊れたり盗まれた様子はなさそうだ。
散らかっているのは自分とゴードの問題であって荒らされたわけではない。
ファルナを静かに立てかけ自分も椅子に座り込む。
大きくため息をつき、昨日から置きっぱなしになっていた水を飲む。
ようやく人心地付けた。
「ここはお前の家か?」
「そうだ、俺とゴードの家だ」
ファルナはいつのまにか人型になって椅子に座っていた。
キョロキョロと家の中を見回している。
「いい家だな」
「そうか?散らかってるし汚いぞ」
「でもお前はここに入ってから安心した顔をしている」
そう言われてアルクはハッとしたような顔をする。
「それはそうだけど……家ってそういうもんだろ」
「まあ、ふつうはそうだな」
そう言ったきりファルナは静かになった。
アルクは少し逡巡してから、意を決したような顔でファルナにはなしかける。
「俺はゴードの仇を討ちたい」
言われたファルナはジッとアルクを見る。
「そうか」
それだけ言ってファルナは目線を外す。
「そうか、じゃない。もう一度力を貸してくれ」
「昨夜だけだと言っただろ」
「じゃあ、どうして昨日は俺を助けたんだよ?」
「助けたのはお前だけのためじゃない。他の子どもたちも助けるためだ」
ファルナはため息をつきながら答える。
「落ち着いて考えろ。お前は昨日の今日で頭に血が上ってるんだ」
「わかってる。それでも俺はあいつらを許せない」
「どうしてお前の復讐心なんかのために少ないエーテルを使わねばならん」
アルクはなにも言い返せなかった。
「ファルナが助けてくれないなら……俺一人でもいく」
「死ぬだけだぞ」
「それでもいい」
昨夜勝てたのは自分の力じゃないことくらいわかっている。
それでも、このまま何もしないでいることの方がずっと耐えられなかった。
アルクは立ち上がる。
「待て」
ファルナが言った。
「はぁ……しょうがない」
「助けてくれるのか?」
「勘違いするな。お前のためではない」
「じゃあなんのために?」
ファルナはしばらく黙った。
「交換条件だ。野盗がアーティファクトを持っているといったな」
「そうだ」
「じゃあそのアーティファクトは、いや、アーティファクトに溜められているエーテルを私がもらおう」
「そんなことでいいのか?」
思っていたよりも大した条件でないとおもったアルクは拍子抜ける。
「アーティファクトを売ればそれなりの金になる。少なくともお前がしばらく食うに困らないくらいにはな。エーテルを抜き取ったらアーティファクトはただの鈍らになる。台無しにするんだ、安くはないだろう」
一瞬迷うが、その程度の金がアルクの気持ちを動かすことはなかった。
「わかった。それくらいなら――」
「待て。条件はそれだけじゃない。大事なのはここからだ」
「なんだよ。もったいぶるな」
「とある遺跡を攻略してもらう」
「どういうことだ?」
「まだ誰も攻略できてない遺跡がある。そこを攻略してもらう。理由は聞くな」
「どうして?なんでそんなことを?エーテルを集めて自分で攻略したらいいんじゃないのか?」
「だから言っただろう。どうして、は無しだ」
おもわず思いついたことを質問するアルクにぴしゃりとファルナは答える。
「……俺の実力でそんなとこ攻略できる気がしないんだけど」
「それはわかってる。私のアーティファクトとしての能力も使ってやるし、そこを攻略できるようになるまで私の指導で力をつけてやる」
「つまり、野盗を倒す代わりにファルナの弟子になって強くなって遺跡を攻略しろってこと?」
「そうだ。一応言っておくが地獄のような特訓みたいなものを想像しているなら安心しろ。そんなことはやらんぞ。急がないからな」
「そうなのか?」
「ただ、人よりも強くなることに執着し、人よりも遺跡の攻略に人生を使う。その代わり、遺跡の攻略が終わればお前は人よりも高い能力とそれなりの金が手に入る。そういう話だ。どれくらいかかるかはお前次第だが」
それは今の生活を捨てろという意味でもあった。
だがアルクはゴードの居ない村に執着はなかった。
多少の名残惜しさは感じるが、もともとここで生まれたわけでもないしそもそもどこで生まれたのかもわからない。
残りの人生なにをするのか考えたこともなかったが、今の沸々と煮えたぎる気持ちを押さえつけてファルナの誘いを断るほどのものは思いつかなかった。
「わかった。ファルナ、俺を助けてくれ。その代わり俺が遺跡を攻略してやる」
「交渉成立だな」
ファルナは立ち上がってアルクに握手を求める。
アルクは一瞬ためらうがすぐに応じた。
ファルナの手はひんやりとしていた。
「よし、では早速野盗どもを潰しにいくぞ。居場所はわかる。根城は遠くない」
「なんでそんなの知ってるんだよ」
「お前はどこで私を見つけたんだ?」
言われてからファルナが野盗の荷馬車にあったことを思い出した。
「最初からわかってたなら早く言えって」
「言う必要がなかったからな」
おもわずアルクは小さく笑う。
身支度を整えファルナを腰に差す。
「ありがとうな、ファルナ」
「礼はいらない」
アルクは家をでて村の外へ向かって歩きはじめた。
目指すは近くの森にある野盗の根城だ。




