野盗_03
ゴードが倒れる瞬間を思い出す。
剣が突き刺さる。
ゆっくりと崩れ落ちていく体。
地面を濡らす血。
「逃げろ」という最後の一言。
そして何もできなかった。
自分は無力だ。
――大きく揺れた荷馬車がアルクの意識を現実に引き戻す。
まだ荷馬車は走っている。
頭が割れるように痛い。
殴られたところがズキズキと脈打っている。
体を起こそうとしたが手足を縛る縄がそれを邪魔する。
あれからどれほど時間が経ったのかわからないが外は真っ暗だ。
月の光でかすかに照らされた荷馬車の中を見渡す。
自分と同じように手を縛られた子どもたちが転がされている。
全部で五人。
よく見ると知った顔である。
村にいた子供たちだ。
泣いている子もいればすべてを諦めたような顔もいる。
自分も似たような顔をしているだろうか。
御者席のほうから笑い声が聞こえた。
酒でも飲んでいるのかやけに陽気だ。
話し声からするに野盗が二人。
荷馬車のほうを気にかける様子もない。
アルクは手首の縄を強引に引っ張ったり緩めたりを繰り返した。
縄は食い込むばかりで緩む気配はない。
「キツく縛りやがって」
おもわず悪態をひとりごちる。
なにかないか積まれている荷物を探る。
粗雑な袋に入っているのは食料か金目のものだろうか。
その奥には木箱が積んである。
揺れのせいか蓋が半開きになっていた。
縛られたままの体を引きずって近づくと箱の中に長いなにかが布に包まれているのが見えた。
もしやと思い体を捻ってどうにか布をめくってみるとやはり剣だった。
錆だらけでひどく古いようだ。
なんで剣がこんなところに。
不思議におもいながらもどうにかして掴んで手の縄を切ろうとする。
何度か試すが全く切れない。
錆びていてはダメか。
そうおもったところへ突然声が聞こえる。
「おい、小僧」
アルクはおもわず周りをキョロキョロと見る。
荷台には子供しかいない。
何人かの子どもたちはアルクを怪訝そうに見ている。
他の子どもたちにこの声は聞こえてない?
「こっちだ。箱の中を見ろ」
まさか。
そうおもいながら箱を覗くと剣が鈍く青い光をわずかに放っている。
他の子どもたちは見向きもしない。
自分にしかこの光も声も届いていないのか。
「お前が……喋っているのか?」
「静かにしろ。野盗に聞こえるぞ」
耳を澄ますと御者席から声がした。
片方が何か言っていてもう片方は笑っている。
よかった、こちらには気づいていない。
「剣が喋るなんて……何者なんだお前は」
「ファルナだ」
「それは名前?そうじゃなくて何者なんだって聞いてるんだけど」
「今そういう話をしている場合か」
「……縄が解けない。どうしたらいい?」
「もう一度刃を当てろ」
アルクが柄を握り刃を縄に当てて引くと、さっきとは打って変わって呆気なく縄が切れた。
「さっきは切れなかったのに」
「余計なことを考えるな」
子どもたちはアルクを訝しげな顔で見る。
急に独り言をいいだした自分はきっとショックでイカれたように見えているに違いない。
そうおもいながらも自由になった手足で他の子供たちの縄も切っていく。
「騒ぐなよ」
拘束から解放されて思わず声をあげそうになった子どもたちをアルクが諌める。
一番小さい子は泣き出しそうな顔をしていたが別の子がそっと肩を抱いて落ち着かせる。
幌の隙間から外を覗くと月明かりが街道を薄く照らしている。
村から続く街道なんて数が知れている。
少し歩けば知った場所にでることもできるだろう。
馬車の速度もそれほどでもない。
これならどうにか飛び降りれそうだ。
「お前たちは後ろから飛び降りて逃げろ」
アルクは子供たちに小声で伝えた。
子供たちは頷き後ろへ静かに動き出す。
荷馬車の後ろの布をめくって順番に逃げるよう促す。
一人ずつ静かに転がるように飛び降りる。
着地、立ち上がり、夜道を逃げる。
御者の二人は気づかない。
相変わらず上機嫌に笑っている。
四人が無事に降りた。
残るは一人。
ずっと怯えていた一番小さな子だ。
その子が意を決して縁に立った瞬間、運が悪いことに馬車が大きく揺れた。
荷台の荷物が音を立てて崩れる。
「おい、なんか音がしなかったか?」
「荷物でも崩れたんじゃねえか。それかガキが目を覚まして暴れてるか、だな」
野盗がはなす声が聞こえる。
マズい。
絶対に確認にくる。
「早くいけ!」
瞬間に子供は跳ねるようにして荷台から飛び降りる。
これで子供たちは全員脱出した。
月は出ているがこの暗闇だ。
どうにか逃げられるだろう。
「それで、お前はどうするんだ」
徐々に馬車の速度が落ちる中、ファルナが問いかける。
逃げるか?
いや、もう間に合わない。
「戦うしかないだろ」
「お前が?一人で?」
「他に誰がいるんだ」
ファルナは何も言わなかった。
同時に馬車が停止する。
「俺は戦う。絶対にゴードの仇を討つんだ」
ファルナに囁いた。
返事はない。
野盗が馬車を降りて歩いてくる音が聞こえる。
すぐにでも中を確認しそうだ。
足がすくみそうになるのを歯を食いしばって抑える。
「……馬鹿が」
ファルナが言った。
次の瞬間、手の中の剣が熱を持った。
青白い光が刀身を走る。
錆がまるで剥がれ落ちるように消えていき、代わりに深く蒼く輝き出す。
「これは……」
「小僧。今夜だけだ」
「え?」
「さっさと動け」
アルクは動いた。
いや、アルクが気がついたときには動いていた。
野盗は中を確認しようと荷馬車の後ろの布を上げる。
その瞬間、アルクは爆発したかのような勢いで荷馬車の床を蹴り上げ一息に飛びかかる。
覗き込もうとした野盗を押し倒し、その勢いのままに剣を突き立てる。
まるでバターを熱したナイフで切るかのごとく野盗の体へ剣が刺さる。
血飛沫がアルクを赤く染め上げる。
刺さった剣を捻るように動かすと野盗の口から血溢れ、そして動かなくなる。
「おい?なにがあった?」
御者席に残っていた野盗が物音に気がついたようだ。
ガチャリという金属の音が聞こえる。
おそらく野盗が武器を携えた音だ。
警戒している。
アルクは立ち上がり剣を野盗から引き抜く。
足音から位置を推測。
荷馬車の影から地を這うように飛び出す。
野盗と目が合う。
「お前!クソガキが!」
野盗は素早く剣を構える。
体格は野盗のほうが有利だ。
不意打ちできたさっきのようにはいかない。
野盗は横に薙ぐよう剣を振るう。
アルクはまるで予測していたかのように自然な動きで攻撃を防御する。
剣がぶつかり合う大きな音が響く。
衝撃は手へ伝わるが不思議と痺れない。
野盗の剣をのけた勢いで下段から切り上げるように反撃する。
野盗は大きくバックステップし攻撃を回避。
お互い構え直し対峙する。
「てめえ素人じゃねえな?!なんでこんなヤツが捕まってやがる」
野盗はアルクの見かけとかけ離れた達人じみた動きを訝しげる。
当のアルクも自分の体が勝手に動くような感覚に困惑している。
それを正直にいう理由もないが。
「うるせえ。知ったことか」
じりじりとお互いに近づく。
最初に動いたのは野盗だ。
剣を大きく振り上げ叩き込むように振り下ろす。
体格差を活かした一撃。
受けきれない。
アルクは死を覚悟する。
しかし体は勝手に動く。
まるで体格差など、攻撃の重さなどないかのように振り下ろされた野盗の攻撃を体の横へ受け流す。
勢いで相手の体勢が崩れたところへ素早く剣を横に振う。
剣は鋭く野盗の体を横一文字に切り裂く。
「ぐぅ!」
怯んだところへそのまま返し刀で剣を振り上げる。
「これで終わりだ!」
振り下ろした剣が野盗を袈裟に斬る。
手に伝わる肉を抉る感覚。
吹き上がる血が花のように開く。
致命的な一撃。
野盗の顔が苦痛に歪む。
崩れるように倒れ、そして動かなくなる。
構えたまましばらく待つ。
自分の呼吸音だけが聞こえる。
静かだ。
野盗は動かない。
「勝った……のか?」
「そうだ。よかったな」
ファルナがつっけんどんに返す。
剣を見るといつの間にか光は消え、錆だらけに戻っていた。
アルクはふらふらと道の脇の草の上に座り込んだ。
自分は勝ったんだ。
少しずつ戦いが終わったことを実感する。
緊張が解けたのか、さっきまで剣をもっていた手の震えが止まらない。
まるで厳しい稽古が終わったあとのように体のあちこちが痛む。
さっき子供たちを降ろしてから時間が経ってしまった。
あの子たちは村へ戻れただろうか。
後のことは大人たちに任せるしかない。
そもそも村がどうなったのかわからないが。
剣を立てかけてはなしかける。
「さっき何をしたんだ」
「何もしていない」
「光ってたぞ」
「お前の見間違いだ」
「体もまるで自分のものじゃないみたいだった」
「知らんな」
ことごとく白を切るファルナ。
追求しても無駄だとおもい諦める。
黙って夜空を見ていた。
しばらく、何も考えられなかった。
少しして呼吸が落ち着く。
手のしびれもマシになってきた。
体はズキズキと痛むが我慢できないほどじゃない。
落ち着くと少しずつ起きたことが脳裏に巡る。
ゴードが死んだ。
そのことを今になって改めて実感した。
胸に詰まっているようで、でも不思議と涙は出なかった。
悲しみよりも何もできなかった無力さがなにより堪えた。
ゴードが死んだ。
村は焼かれた。
子供たちは攫われた。
今の自分では何もできなかった。
それだけは確かだった。
ゴードは真剣を持った野盗と互角以上に渡り合っていた。
それに対して自分はどうだ。
さっきの戦いを頭の中で振り返る。
自分だって野盗を二人倒せたじゃないか。
いや違う。
そうさせられただけだ。
どう考えてもあれが自分の実力なわけがない。
剣の動きに体がついていっただけだ。
たった二人の野盗を相手にするのにこの剣の力を借りなければならなかった。
ファルナは何者なんだろうか。
詳しいわけじゃないが喋る剣のアーティファクトなんて聞いたことない。
しかも熟練の剣士としての動きも知っている。
何百年生きているのかわからないがまるで数多の戦いを経てきたような。
考えているうちに瞼が重くなってきた。
戦いの緊張が抜けた反動から体の痛みと疲労が一気に押し寄せる。
どうにかしなければならないことはいくらでもある。
村に戻らなければ。
子供たちはどうなっただろう。
他の野盗も近くにいるかもしれない。
だが体が動かなかった。
草の上に横になる。
気がつくと眠っていた。




