野盗_02
「疲れた…」
アルクは倒れるようにしてベッドに寝っ転がる。
ゴードとの剣の稽古はその後、幾度となく打ち合ったがまるで赤子のようにあしらわれてしまった。
日が暮れた頃に稽古を切り上げたゴードは疲れた様子もなく「用がある」といって村長の家へ向かっていった。
こっちはもう体中がくたくただというのに。
ごろんと寝返りを打つと木剣が目に入る。
今日の打ち合いを頭の中で振り返る。
剣を振る前に考えろ。
言っていることはわかるが簡単なことじゃない。
あの状況から一本取るにはどうやって動いたらよかったのか、頭の中のアルクとゴードが何度か打ち合う。
どうやっても頭の中のゴードは自分の攻撃を防ぎ鋭い反撃を返してくる。
アルクはいまだにゴードからまともに一本取れたことがない。
ゴード本人は謙遜しているがあの歳にしてやはり達人といえるような剣の鋭さだ。
そのゴードをして相当の剣士だろうという自分の父親はどんな人だったんだろうか。
どうして自分を村に残してどこかへいなくなったのだろうか。
遺跡とやらを探索して金を稼ぐトレジャーハンターという仕事を自称していたのだから、どこか近くの遺跡の中で骨になっているのかもしれない。
よほどの剣の実力があってもどうにもならないこともあるのだろう。
まったくなんと無責任な父親なのだろか。
置いていかれた子供としてはそうとしかいいようがない。
たまたまゴードがいいヤツだったから自分を育ててくれているが、そうじゃなかったら今ごろ野垂れ死んでいただろう。
ああ、こんなことを考えても意味がない。
大したことがあったわけでもないのにウダウダとどうしようもないことを考えてしまうのはきっと空腹のせいだ。
そう思ったアルクはなにか食べられるものがないか探そうと疲れた体を起こす。
そのとき、どこかから何かが燃える匂いがした。
アルクはあたりを見渡す。
釜戸も暖炉も火はついていない。
なによりこれは釜戸や暖炉の燃える臭いじゃない。
外だ。
急いで家から飛び出る。
周りを見渡すと空が赤い。
村の入口のほうでなにかが燃えている。
納屋が燃えていた。
その前に人影が動いている。
松明を持った男たちが笑いながら村の中へ入ってくる。
誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「野盗だ!」
アルクは部屋に戻ると素早く壁に立てかけてあった木剣を掴んだ。
こんなものが役に立つだろうか。
一瞬だけ逡巡し心もとないが何もないよりはマシだと思い直しグッと掴んで家を飛び出す。
村の入口へ向かって走り出すと外は焦げた臭いが漂っている。
不快な臭いが言葉にできない嫌悪感と焦燥感をより沸き立たせる。
クソったれ。なんで野盗なんかが。
村の入口に近づくと悲鳴がより鮮明に聞こえた。
四方に逃げ惑う村人たち。
それを下卑た笑い声をあげながら野盗が追い回す。
「うおおおおおおおお!」
瞬間、強烈な怒声が場を支配する。
ゴードの声だ。
視線を向けるとゴードが野盗の男二人を相手にしていた。
野党と対するその姿は老人とは思えない闘志で溢れていた。
こちらは木刀、相手は真剣だというハンデを一つも感じさせない。
野盗の一人が上段から斬りかかる。
剣の重さも相まったその一撃は真剣同士ならばともかく木刀で受けることは不可能だ。
常人ならば絶体絶命の攻撃だがゴードはすでに予測し回避するために動いていた。
素早く横へ抜けるように体を入れる。
相手の剣が横をかすめる。
すれ違うように木刀で頭を打ち抜く。
すぐさまもう一人の野盗が攻撃する。
横へ薙ぐように振り払う。
これを屈むようにして避ける。
野盗の剣がゴードの上半身があった場所を空振る。
下からゴードが鳩尾を突く。
急所を突かれてよろめく男の手から剣を弾き飛ばす。
トドメとばかりに顎を砕くかのような一撃を食らわせる。
日中の稽古と同じ動きだった。
いや、稽古よりも研ぎ澄まされていた。
アルクが近づくとゴードも気がついて声をかけてくる。
「アルク!無事か?!」
「俺は大丈夫。ゴードは?」
「これくらい余裕だ」
ゴードは野盗の剣を拾いあげて状態を確認し使えそうなことを確かめてから服の帯に差し込む。
「アルク、お前はさっさと逃げろ」
「ゴードはどうするんだよ」
「俺のことは気にするな。こんな雑魚に負けるほど弱くない」
俺も戦う、そう言いかけたところで別の野盗たちが集まってきた。
今度は三人。
二人はさっきの野盗と似たような格好をしているが一人は装備が派手だ。
剣も見たことがないような装飾がついた立派なものだ。
「おいおいジジイごときにやられてんじゃねえよ」
派手な格好をした野盗が呆れるように言いながら近づいてくる。
ゴードは拾ったばかりの剣を抜き、いつでも動けるように体に力を漲らせる。
「お前がこいつらのお頭か?悪いな、稽古だとばかりにちょいと小突いたらすぐ寝ちまったんだ」
「おう、気にすんな。木刀相手に負けるようなこいつらが悪い」
そういうと倒された野盗を連れて帰るよう指示する。
横にいた二人は「ヘイ、お頭」とだけ答えて倒れている野盗を引きずるようにして動かしはじめた。
「それで、お頭さんはまだ何か御用かな?」
「もう仕事が終わった頃だとおもって様子を見に来ただけなんだが、どうやらウチの奴らには手に負えないヤツがいるようだからな」
剣を抜き相対する。
「そいつを排除する」
「やってみせろ」
ゴードが先に動く。
真剣をもった彼が防御に回る理由がなかった。
足に怪我をしているとは思えない速さで接近し剣を振り下ろす。
野盗も慣れたように攻撃を受け、お返しとばかりに横へ薙ぎ払う。
ゴードは素早くしゃがむようにして薙ぎ払いを回避する。
そのまましゃがんだ状態から胴を狙って突きを繰り出す。
野盗は躱された薙ぎ払いの勢いそのまま半身をずらすようにして突きを回避し下から切り上げるように反撃する。
ゴードと野盗は何度か攻防を繰り返す。
最初は五分五分のように見えたやり取りだが、少しずつゴードが先を制すようになる。
「おいおいオッサン!どんだけ強いんだよ」
「お前も賊にするにはもったいないな」
野盗は大きく剣を振り間合いを開くようにして下がる。
「まあな。もともとトレジャーハンターだからよ。この剣も遺跡で見つけたやつだ」
そういって野盗が剣を構え直す。
「だからな、使う予定はなかったが奥の手を使わせてもらう」
瞬間、剣が鈍く光り始める。
「あれはアーティファクト?!不味い!」
そういうとゴードは疾走し攻撃をしかける。
今までで一番早く。
次を考えずとにかく素早く一撃を与える、そういう攻撃だ。
だが間に合わなかった。
いや、まだ間に合うはずだったのに間に合わなかった。
「オッサン、ちょっと遅かったな」
まだ数歩の距離が空いた距離から野盗が剣を振るう。
すると、まるで見えない剣に切られたような不可思議な現象が起きる。
剣が届かない距離であるはずがゴードの体から血が吹き出す。
「クソ!ぐぅ……」
攻撃を受けたゴードは体勢を崩す。
致命傷とまではいかないが先ほどまでの勢いはない。
勝機と見た野盗は接近し斬りかかる。
先ほどのような不可視の剣ではない普通の攻撃だがダメージを負ったゴードには十分だった。
ゴードは必死に防御の姿勢を取るが受けきれずにバランスを崩す。
「これで終わりだ」
がら空きになった胴へ剣を突き刺す。
ズブリと刺さった剣がゴードの体を破壊する。
刺さったままの剣を捻るように動かすとゴードの口から血が溢れ出る。
誰が見ても致命の一撃だ。
ゆるりと野盗は剣を抜き、血を払う。
支えを失ったゴードの体は崩れ落ち倒れた。
「ゴード!」
アルクが駆け寄る。
剣の刺さった後からはとめどなく血が流れ出る。
服だけでは吸いきれない血が地面を濡らす。
血で溺れるようにかすかに呼吸する音が聞こえる。
どうみても助からない。
「アルク……逃げろ……」
それだけ言うとゴードの体から力が抜け絶命する。
「ゴード!クソがあ!!」
その瞬間、体中が沸騰するのを感じる。
気がついたときにはアルクは野盗に向かって走り出していた。
怒りが頭を支配する。
怒りが体を支配する。
我を忘れて突撃する。
叫びながら接近してくるアルクを見つけた野盗はそれを見て鼻で笑う。
「うるさいガキだ」
接近したアルクが木剣を振り下ろす。
野盗は慌てる様子もなく合わせるように野盗は剣を払い木剣を弾く。
弾かれた木剣を伝って衝撃がアルクの手に響く。
アルクは木剣が手から飛んでいくのを気合で抑えつける。
「お、やるじゃねえか」
完全に木剣を弾き落としたと思っていた野盗は関心するように言う。
痺れる手で強引に木剣を握りながらも構え直す。
今度は踏み込みと同時に木剣を横へ薙ぐ。
野盗はその剣の太刀筋に置くようにして剣を弾き、今度こそ木剣は手から飛ぶように叩き落とされる。
そして、そのまま流れるように剣の柄でアルクのみぞおちを殴りつける。
咄嗟の防御もできずアルクはその攻撃をモロに食らう。
「かはっ!」
体から空気が押し出され声が漏れる。
体が言う事を聞かない。
倒れそうになるところを必死にこらえる。
「ガキは寝てろ」
野盗はアルクの腕をつかんで地面に叩きつける。
立ち上がろうと歯を食いしばって抵抗するが背中を踏まれて押さえつけられる。
そのまま手を縄で拘束される。
「放せ!」
アルクが叫ぶと地面にこすりつけられた口に砂利が入る。
野盗は聞こえていないかのように縄をきつく締め上げる。
拘束を終えた野盗はアルクを引き起こす。
周りでは村の数カ所が燃えている。
他の村人も農具や薪を手に応戦している。
だが数が多すぎる。
なにより野盗たちは戦い慣れていた。
素人同然の村人では手も足もでなかった。
逃げる村人の中に子供たちの姿もある。
野盗に追いつかれ次々と縛り上げられていく。
――くそ。
力が及ばない。
どうにもならない。
荷馬車の荷台に投げ込まれた。
すでに何人かの子供が縛られて転がっている。
「まだ他にいないか確認しろ」
遠くで誰かが言う声がした。
アルクは荷台の中で必死に縄を解こうとした。
手首に食い込む縄がさらにきつく感じた。
「静かにしてろ」
頭を殴られる感覚。
次の抵抗を考える間もなく、アルクの意識はここで途切れた。




