第92話:譲れない想い
第92話「譲れない想い」
赤い炎が戦場を焼き尽くさんとする中、シューベルトの脳裏には、かつて「未完成の技」を共に練り上げた、あまりにも眩しく、あまりにも青い日々が蘇っていた。
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追憶:最強と笑顔の約束
「シューベルトは強いね! でも私、最強の剣士になるんだから。そのためには、まずはシューベルトに勝たないと!」
若き日のシューベルトは、肩で息をしながら「冗談じゃねえ……」と毒づいていた。自分の特訓すらままならないほど、彼女――シャルロットはしぶとく、そして貪欲だった。
シャルロット「じゃあ、私がシューベルトの剣術を学べば、どっちも特訓できるじゃない? 私、頭いいー!!」
ああでもない、こうでもない。未熟な二人が知恵を絞り、一つの型を作り上げていく時間。
少し油断すれば追いついてくる友の背中に、シューベルトはいつしか時を忘れるほど夢中になっていた。
だが、ある日、彼女は突拍子もないことを言い出した。
シャルロット「私、アイドルになる! 世界一のトップアイドルに」
シューベルト「バカかお前は……。最強の剣士を目指すのはどうしたよ?」
シャルロット「アイドルって、ただ歌って踊ってカワイイだけじゃないんだよ? 歌や踊りで、人を笑顔に、幸せにできるんだよ?」
シューベルト「んなわけあるか」
シャルロット「私は、最強の剣士になって戦争を終わらせたいってずっと思ってた。でも、アイドルも戦争のない世界を作ることはできるんだよ?」
彼女の瞳は本気だった。
最強の武と、最強の笑顔。その両方で世界を変えるという、あまりにも純粋で、あまりにも「未完成」な夢。
シャルロット「シューベルト! 早く技を完成させるよ!? 世界から戦争をなくしたいんでしょ? だったら私と一緒に目指すんだよ? ね?」
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そして現在。
目の前の「鬼神」は、かつての友と同じ言葉を吐く。
セシリア「エリーゼを見ても分かるように、戦争のない世界を作るには、いろんな力が必要なのだ」
シューベルト「ふざけんな!! そんな夢幻を見てるだけで生きていける世界なんかねーんだよ!! 世界に完成なんかねーんだよ!!」
裏切られた。あるいは、置いていかれた。
その絶望を叩きつけるように、魔剣フレイムから噴き出した炎が『未完成』の型に宿る。
**ドゴォーーーン!!!**
しかし、セシリアの『鏡花水月』は、コンマ数秒の静寂でそのすべてを飲み込んだ。炎を裂き、衝撃を流し、一瞬の隙に琥珀色のカウンターがシューベルトの胸元を貫く。
**ドォォン!!**
シューベルト「ぐっ!!」
衝撃で弾き飛ばされたシューベルト。その際、彼の首から一枚のペンダントが千切れ、地面に落ちてパカリと開いた。
シューベルト「……シャルロット……」
土埃に汚れ、開いたペンダントの中から覗くのは、かつて共に「未完成」の夢を見た少女の面影。
最強の剣士シューベルトが、唯一「完成」させたかった絆の証だった。
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戦場は今、二人の剣士が放つ「未完成」という名の熱量によって、帝都の空を琥珀色と紅蓮に染め上げていた。
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セシリア「世界に完成なんかない、そんなことぐらいとっくに分かっておる。というかわたし自身が未完成なのだ。……まあ、完成など求めてはいないのだがな」
**ドォン! ドゴォ! スドォォン!**
セシリアの言葉を塗りつぶすように、シューベルトの剛剣が唸りを上げる。かつての友、シャルロットと共に歩んだ日々の記憶が、彼の「未完成」にさらなる鋭さを与えていた。
その猛攻は、鉄壁を誇るセシリアの『鏡花水月』の防御を、ついに上回り始める。
お互いの刃が肉を裂き、衝撃が骨を揺らす。しかし、二人の足は一歩も退かない。ダメージを負いながらも、コンマ一秒の隙間に攻撃とカウンターを叩き込み合う。
セシリア「ハハハ! シューベルトよ、お前の『未完成』は、今この瞬間も進化を続けておるぞ!!」
シューベルト「当たり前だろーが! 俺様は最強を目指してるんだ!!!!」
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セシリア「しかし、この『鏡花水月』こそが、最も完成から程遠い技でな。……マキ様には、いつも簡単に破られていたからな……!」
かつて、師であり化物でもあるマキによって、数千回、数万回と叩き折られてきた技。絶望の中で磨かれた「未完成」が、シューベルトの炎を飲み込む。
シューベルトの剛剣を完全に受け止めた瞬間、セシリアの琥珀色のオーラが一点に凝縮され、爆発的なカウンターとなってシューベルトの胴を捉えた。
シューベルト「ぐふっ!! ……バケモノめ……」
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激突する火花。互いの剣が噛み合う感触。
シューベルトは、目の前の「鬼神」と刃を交わしながら、いつしか奇妙な感覚に陥っていた。
必死にシューベルトの背中を追いかけていたシャルロット。
ああじゃない、こうじゃないと笑いながら技を練り上げた、あの日の熱量。
セシリアが浮かべる「戦う喜び」に満ちた不敵な笑みが、ペンダントの中の少女の影と重なり、シューベルトの心に強烈なデジャブ(既視感)を呼び起こす。
セシリア「フフフ、楽しいな……!」
シューベルト「ああ、そうだな……だが勝つのは、俺様だ」
もはやこれは、アレクサンドと帝国の戦争ではない。
最強を志す二人の、「未完成」な魂がどちらにより高く翔べるかを競う、壮絶な魂の対話と化していた。
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セシリア「ハア、ハア……。シューベルト……。ますます気に入ったぞ……。わたしと一緒に高みを目指せ……」
シューベルト「……ハア、ハア……。うるせぇ……。俺様は俺様のやり方で最強を目指す」
**ドォン!!**
執念が形となったかのように、斬れ味を増したシューベルトの『未完成』が、セシリアの『鏡花水月』の揺らぎを捉える。
だが、次の瞬間にはセシリアの琥珀色のオーラが膨れ上がり、未完成の軌道を強引に捻じ曲げた。
セシリア「フフフ……。お前の理想はよく分かった。だが、一人で理想は叶えられないものだぞ……?」
シューベルト「ふん……。テメエとなんざ、まっぴらゴメンだ……」
口では拒絶しながらも、シューベルトの剣撃はさらに加速する。しかし、そのすべてをセシリアは「分かっている」かのように、完全に封じてみせた。
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シューベルト「!!!」
セシリア「わたしはいつか必ず大陸最強の剣士になってやる……。だが、まだまだ完成には程遠い……。だから、お前の力が必要なのだ」
セシリアは剣を構えたまま、戦場にはあまりに不釣り合いな、にこやかな微笑みを浮かべた。
セシリア「わたしの力になれ。目標がないなら……わたしを『推せ』ばいい……。歓迎するぞ?」
その瞬間、シューベルトの視界が歪んだ。
琥珀色の髪も、猛々しい覇気も、シャルロットとは似ても似つかない。
なのに、その瞳に宿る「迷いのない光」だけは、あの日、最強とアイドルの両方を夢見た少女のそれと、残酷なまでに重なった。
シューベルト(……顔は似ても似つかないのに。こいつは、あの日のあいつと同じ目をしやがる……!)
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過去の幻影を振り払うように、シューベルトは吠えた。
シューベルト「悪いが……ゼッターランドは裏切れねーんだよ……。死んでもな!!!」
**ゴォォォォォォ!!!!!**
シューベルトの全身から噴き出す紅蓮の闘気が、黒い雷を纏いながら膨れ上がる。それは国家への忠誠か、あるいは過去の自分への意地か。
魔王モードは臨界点を超え、その圧力だけで周囲の瓦礫が砂へと還る。
セシリア「……。そうか。ならば、全力で引導を渡してやろう!!」
最強の「鬼神」と、意地を貫く「魔王」。
運命の決着は、次の一撃に委ねられた。
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帝都の城門前を焼き尽くさんとする紅蓮の輝き。それは「戦場の貴公子」が、その生命の灯火すべてを注ぎ込んだ、純粋で残酷な「決着」の光だった。
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シューベルト「あと先なんか考えちゃいないぜ……! 今この場で、全力を持ってテメエを倒す! ただそれだけだ……!!」
魔剣フレイムに集約された全身全霊の闘気が、巨大な炎の刃と化す。
放たれた一撃は、もはや剣技という概念すら焼き切る、絶望的な破壊の奔流――シューベルト流剣術、正真正銘、極限の『未完成』。
それを見つめるセシリアは、不敵に、そしてどこか遠くを見るような、少し寂しげな笑みを浮かべた。
セシリア「……マキ様……」
師の影を、あるいは掴めぬ理想の背中を追う者の顔だった。
炎の刃がセシリアに届くかと思われたその刹那。
シューベルトの視界で、セシリアの身体が陽炎のように揺らぎ、魔剣が彼女を「すり抜けた」。
シューベルト「な、何いっ!?」
手応えがない。空を切った炎の余波が地面を爆ぜさせる中、気がつくと背後に琥珀色の影が立っていた。
電光石火。セシリアの放った「鬼王」の強烈な峰打ちが、無防備なシューベルトの背中へと叩き込まれた。
**ドゴォ!!!!**
シューベルト「がはっ……!!」
激しい衝撃と共に、魔王の炎が霧散する。シューベルトはその場に膝を突き、荒い息をつきながら動けなくなった。
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セシリア「理想とは、儚いものだ。掴めそうになったと思えば、すぐに手からすり抜けていく……」
シューベルト「…………殺せ」
セシリア「だから、わたしは完成を好まない。わたし自身の形を、決めてしまいたくないのだ……」
シューベルト「……。……さっさと、殺せ」
勝負は決した。敗北を認めたシューベルトの言葉に、セシリアは静かに首を振った。
セシリア「鏡花水月とは、鏡に映った美しい花、水面に映った美しい月。手に入れたいと願い、どんなに手を伸ばしても、決して掴むことはできない。……だが、それはそこには確かに『ある』のだ」
シューベルト「……何が、言いたい……?」
セシリア「……それで、良いではないか!」
セシリアは、先ほどの寂しげな表情を消し、太陽のようににこりと笑った。
セシリア「平和に形などない。常に形は変わり続ける、だから、わたしは未完成じゃないといけないのだ。……シューベルト、お前もだ。わたしと共に来い!」
セシリアは足元に落ちていたペンダント――シャルロットとの絆の証を拾い上げ、優しく、けれど力強くシューベルトへと手渡した。
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ジェームズ(おぶりながら)「……。……終わった……のか? 嘘だろ、あのシューベルト様が……」
ボロボロのジェームズの背中で、エレンが「……定時……。退勤……。……印鑑……忘れた……」と、幸せそうな(?)寝言を漏らす。
大陸最強の武を競った死闘の結末。
それは、凄惨な処刑ではなく、一人の「未完成」な男への、あまりに真っ直ぐな勧誘だった。
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勝敗は決し、誇りを懸けた最期の幕引きが行われようとしたその時、戦場に響いたのはあまりにも幼く、けれど凛とした声だった。
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シューベルトはセシリアから受け取ったペンダントを握りしめ、静かに目を閉じた。
シューベルト「誘ってくれてありがとよ……。だが、さっき言ったように、俺はゼッターランドを裏切れねえ……」
彼は迷わず魔剣フレイムの切っ先を自らの腹部へと向けた。敗北の責任と忠誠を貫くための自害。
だが、その刹那――ギィィン! と、セシリアの「鬼王」が魔剣を容赦なく弾き飛ばした。
セシリア「逃がさんぞ、シューベルト。お前の命は既にわたしのものだと言ったはずだ」
シューベルト「‥‥‥!?じ、邪魔すんじゃねえ!!生き恥を晒させるな!!」
**『シューベルト! やめなさい!!』**
城門の上から響いた声に、シューベルトが顔を歪める。
シューベルト「……テメエ……何出てきてんだ……! 出てくるなと言ったろうが!!」
そこには、シューベルトのペンダントに収められていた写真そのままの、可憐な少女が立っていた。
セシリア「…………誰だ???」
セシリアは混乱した。自ら調べ上げて得た情報では、それは幼少期の思い出だったはず。しかし、目の前にいるのは「当時のまま」の姿をした少女。
セシリア「シューベルト……。お、お前……まさか……そういう趣味……。へ、変態だったのか……?」
シューベルト「バ、バカ言うな!! こいつはこう見えて俺と同じ24歳だ!!!!」
セシリア(……。誰がどう見ても小学生にしか見えんのだが。わたしより年上……? 嘘だろ……?)
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セシリアが信じられないものを見る目でシューベルトを引かせている中、少女――シャルロットは、その小さな体からは想像もつかないほどの威厳を纏い、一歩前に出た。
シャルロット「我が名はシャルロット・ゼッターランド。このゼッターランド帝国の皇帝だ」
その宣言に、戦場にいたすべての者が息を呑む。
シャルロット「セシリア・ローランド殿。我がゼッターランド帝国の無条件降伏を申し入れる。……首が欲しければ我が身を差し出そう。その代わり、シューベルトは助けてやってほしい!!!」
「最強の剣士」であり「最強のアイドル」を夢見た少女は、今、一国の命運を背負う皇帝として、友の命を救うために自らを差し出した。
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