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第84話:大軍師の帝都攻略戦

第84話「大軍師の帝都攻略戦」



ショパンずラボのロビーは、もはや騎士団幹部の「ファンイベント会場」と化していた。


隊服姿で不敵に微笑む全身パネル、剣を構えた凛々しいポスター、果てはアクリルスタンドやカレンダーまでがズラリと並ぶ。


そこへ、事務所所属のジュニアアイドルたちがワイワイと群がり、

「カレン様かっこいい!」「リノ様のアクスタ、ラスイチだったよ!」


と、小遣いを握りしめてレジへ殺到していた。


---


ハイドン「な、何という光景だ……。この短時間の間に、一体何があったというのだ……?」


中身は隠居した隠者のようにお堅いハイドンにとって、目の前の光景は、戦況図を読み解くよりも遥かに難解な「混沌」であった。


そこへ、涼しげな顔をしたカレンと、聖母のような笑みを浮かべたリノが現れる。


カレン「ハイドンさん、それに将軍ズ。ようやく来たわね」


ハイドン「カレン様……。この有様は一体……?」


カレン「要件だけ言うわ。このポスターやグッズを、ノルフェアの商業施設に持っていって、特設の販売網を確立してきてほしいのよ」


ハイドン「こ、これを売り捌くのですか……!?(……この人は、帝都クレイドという最大級の要塞戦を前にして、ついにお金儲けに走ったのか!?)」


ハイドンの顔に浮かんだ「不信感」を、カレンは見逃さない。


---


リノ「100%誤解しているお顔をしていますよねっ、てへっ♡」


ハイドン「い、いえ……」


カレン「ハイドンさん、誤解しないで。……フルーレが、偽りのフィギュアのせいで凄まじい風評被害に遭っているのは知っているわね?」


ハイドン「……。ええ、聞いております」


カレン「あの子、ああ見えて凄く繊細なのよ。夜も眠れないほどにね。だから、一日も早くあの『偽物』フィギュアやグッズを全種類回収して、本当の私たちの姿を市民に知ってもらえば、風評被害も解決すると思ったの。……決してお金儲けが目的じゃないわ。安心して?」


リノ「バッハ様、お願いしますねっ! どうかフルーレ様を助けてあげてくださいっ!」


ハイドン「……! そ、そうだったのですか! そんなことなら、このハイドン、喜んでお手伝いさせていただきます!!(私はなんて器の小さい男だ! 一瞬でも疑った自分が恥ずかしい!!)」


---


ハイドンの行動は迅速だった。バッハ、リスト、ブラームスと共に商業施設を駆け回り、わずか二時間足らずで特設コーナーの設置と旧フィギュアの回収を終えた。


しかし。回収された「偽物」の山を前にして、ハイドンは石のように固まった。


**『冷酷非情・鬼悪魔の軍師カレン』**

**『恐怖の魔女・壊滅の魔道士リノ』**


ハイドン「ま、まさか、これを世の中から消し去りたかっただけでは……。確かに金儲けだけが目的ではなかったかもしれないが……」


マキ「ハイドンよ……。この狂気に満ち溢れた集団を甘く見てはいけないぞ。しっかり金儲けも目的に入っておる。……それと、自分の黒歴史の抹消も兼ねてな」


リノに抱っこされたままのマキが、憐れむような目で「純情な元・敵将」を見つめていた。


---


ハイドン、バッハ、ブラームスの三人が、使命感を胸にショパンずラボへ帰還した時。そこには、戦場の最前線でも見たことがないような「異様な熱気」が渦巻いていた。


---


ロビーでは、玩具メーカーの担当者が、剣を構えた将軍たちの姿を一人ずつ念入りに撮影していた。


カレン「あら、随分早かったわね。ハイドンさんたちも、早く着替えて撮影してもらって」


ハイドン「???(な、何なのだ、この展開は……!?)」


理由を尋ねる暇もなく、手渡されたのは新調されたアレクサンド騎士団の隊服。


さらに将軍専用の豪奢なコートとマントだ。三人は流されるままに更衣室へと押し込まれた。


カレン(ふふ、将軍ズは全員イケメン揃いなんだから。女子層を狙わない手はないわね。これで軍事予算の半分は回収できるわ)


ショパン「カレン殿……。流石にこれは予算を大幅にオーバーしてしまうのだが……」


セシリア「何を言うかショパンよ。それならバッハに稟議の通し方を教わるがいいぞ。あいつは予算を毟り取る天才だ」


---


その頃、ゼッターランド帝国の心臓部、帝都クレイドの「皇帝の間」。


皇帝は、机に積み上げられた忌々しい「稟議書」の山を前に、こめかみの血管をピクつかせていた。


皇帝「またバッハからか! ツーリアン、カタリス、ダイロンへの『保護猫センター』『バリアフリー施設』『青汁直売所』……。極め付けは『スイーツショップ』だと!? 何が軍事拠点だ!」


そして、皇帝の目に飛び込んできたのは、ショパン名義で送られてきた「謎の巨大荷物」だった。


皇帝「……ん? ショパンからだと? 奴もようやくまともな進言を……な、何だこれはぁ!!??」


箱を開けた皇帝を襲ったのは、アレクサンド騎士団幹部の不敵な微笑み。


さらには、先ほど撮影されたばかりの将軍ズの「等身大パネル」と「アクリルスタンド」の試供品であった。


皇帝「ショパンのやつ、これを大量生産したいから予算請求だと!? バッハに続いて最高反逆罪だ!! 死刑だ!! 将軍ズの奴らもまとめて市中引き回しにしろ!!」


---


しかし、皇帝の叫びも虚しく。

同時刻、帝都クレイドの街中、路地裏、そして兵舎の壁に至るまで。


そこにはアレクサンド騎士団の美女たちと、凛々しくポーズを決める将軍ズのポスターが、まるで「宣戦布告」のように貼り巡らされていた。


若手兵士「おい……この『ハイドン将軍』のパネル、めちゃくちゃ格好良くないか?」


市民「この『カレン軍師』って、本当に悪魔なのかしら? 凄く綺麗じゃない……」


軍事的な「王手」の前に、カレンによる「イメージ戦略」という名の精神的陥落が、帝都を飲み込もうとしていた。


---


帝都クレイド。本来ならば、アレクサンド騎士団の最終侵攻を前にして重苦しい沈黙に包まれているはずのその街は、今やかつてない「熱狂」という名の濁流に飲み込まれていた。


---


繁華街のデパートから商店街の軒先まで、街の至る所に並び立つ『アレクサンド騎士団幹部』と『将軍ズ』の等身大パネル。


その光景は、もはや占領ではなく「凱旋」に近いものがあった。


帝国兵「……おい、この大剣をこっちに向けて不敵に笑っているのが、あの『鬼神セシリア』か?」


同僚兵「ああ。隣の、肩に大剣を担いで炎を構えているのがエレンだ。……噂と違って、めちゃくちゃ美人じゃないか」


市民たちは任務を忘れた兵士と共に、パネルを取り囲んで噂を交わす。


「壊滅の魔道士リノって、こんなに若くて可愛いの!?」「カレン軍師も、鬼悪魔なんて言われているけれど、絶世の美女じゃない!」


---


一方で、女学生や主婦層を熱狂させていたのは、アレクサンドの隊服に身を包んだ「将軍ズ」であった。


「大陸十傑のメンデル将軍とショパン将軍が、アレクサンドのコートを着てるわ!」「似合いすぎ! カッコいい!!」


剣を片手に不敵に微笑むハイドン、バッハ、ブラームス……。アレクサンドのスタイリッシュな隊服と重厚なマントは、彼らのイケメン度を限界突破させていた。


女性ファンたちは我先にと、お気に入りの「推し将軍」のパネルに殺到し、帝都の治安は別の意味で崩壊しつつあった。


---


だが、全クレイド市民、そして全帝国兵を最も震撼させたのは、一枚の全身パネルだった。


ゼッターランド全域で知らない者はいないトップアイドル、フルーティ。


彼女がアレクサンド騎士団の隊服を纏い、「エリーゼ・スミス」として凛々しく剣を構えている姿。


市民「フルーティちゃんがアレクサンドに!?」


兵士「『騎士団新加入デビュー』って書いてあるぞ……! めちゃくちゃカワイイじゃないか!」


この瞬間、帝国の「象徴」の一つであった彼女がアレクサンド側についたことで、民衆の心は完全に決まった。


帝都のショップは我先にと玩具メーカーへ商品を卸すよう問い合わせ、予約電話が鳴り止まない状態に陥る。


中でも、幹部たちが無邪気にあどけなくセンターを争う「ユニットPRポスター」と、セシリアの「わたし超カワイイ♡」ポスターの予約は、すでに製造が追いつかないほどの異常事態となっていた。


---


帝都クレイドが「推し」の熱狂に包まれる中、作戦の震源地であるショパンずラボの喫茶コーナーには、束の間の静寂が訪れていた。


---


カレン「ハナのくノ一部隊が上手く帝都のあちこちにバラまいてくれたみたいね。近隣都市への展開も完了……呆れるほど仕事が早いわ。フフフ」


ようやくテーブルに腰を下ろしたカレンが、大きく溜息をつく。


その瞬間、まるで見計らっていたかのような絶妙なタイミングで、ブキャナンがそっと紅茶を差し出した。


その光景を横で見ていたモーツァルトは、戦慄を禁じ得なかった。


モーツァルト「これが大陸五指に数えられる大軍師カレン……。なんという緻密な知略と素早い決断。バケモノか……」


だが、モーツァルトはもう一つの恐ろしい事実に気づく。


カレンの閃きに対し、流れるような無駄のない動きで段取りをこなすブキャナンの存在だ。


彼女が指示を出す前に「カレン様ならこう動くはずだ」と先読みして動いている。この二人の連携こそが、戦場を「盤上」に変えているのだ。


---


カレン「モーツァルトさんも一緒に紅茶飲む? ……あ、ブキャナンさん。ロザーリアのラーズ王にも送ってもらえたかしら?」


ブキャナン「最初に送りましたよ。あ、ちょっと他にも確認したいことがあるので、失礼しますね」


ブキャナンが察したように席を外し、残されたのは「氷の軍師」と「敗軍の大参謀」。


カレン「……モーツァルトさん。あなたの敗因は、もうご自身で把握できているかしら?」


モーツァルト「……。はい。一番最初の段階で、ハイドンを捨て駒に使った時点で……私の負けは完全に確定していたようです」


カレン「フフフ。ハイドンさんを、そしてブキャナンさんを手放したことが全ての始まり。そこから今の現状は必然になった。きちんと理解できているみたいね」


カレンの瞳に鋭い光が宿る。


カレン「『勝ちに不思議の勝ちはあっても、負けに不思議な負けはない』。わたしもよく言い聞かされてきたわ」


自らの過ちを認めたモーツァルトに対し、カレンは冷徹ながらも、どこか期待を込めた微笑みを浮かべた。


カレン「敗因をきちんと把握できているなら、あなたはまだまだ高みを目指せるわ。……わたしは厳しいわよ? これからよろしくね」


モーツァルト「……ありがとうございます」


帝国の誇り高き大参謀が、真の意味で「アレクサンドの軍師」に屈し、教えを請うた瞬間だった。


---


一方、アレクサンド王都ロザーリア。


ようやくフィギュアの山を整理し終えたラーズ王の部屋に、第二波、第三波の「荷物」が到着していた。


ラーズ「な、今度は何なのだ!? 等身大パネルにポスター!? アクスタにカレンダー!? しかもまたバッハという奴から、山のような予算稟議書が……!!」


戦況報告よりも先に届く「自軍のアイドルの新グッズ」と「保護猫センターの建設費」。


ラーズ王の胃に穴が開く日は、そう遠くない。


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