第80話:鬼神セシリアvs十傑ショパン
第80話「鬼神セシリアvs十傑ショパン」
カレンの本陣を囲む一万の軍勢が見守る中、ゼッターランドが誇る「美」の象徴と、アレクサンドの「剛」の象徴が、ついにその刃を交えた。
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セシリア「我が名はセシリア・ローランド、いざ尋常に!!」
ショパン「我こそはゼッターランド三英雄の一人、ショパン!! いざ参る!!」
互いに名乗りを上げ、抜き放たれた剣が空気を震わせる。
先手を取ったのはショパン。彼は愛刀で緩やかに宙へ円を描くと、その軌跡から弾かれたように地を蹴った。
ショパン「美しき我が演舞、とくとご覧あれ! 『英雄ポロネーズ』!!」
それは、戦場に不釣り合いなほど優雅な軌跡。だが、その速度は音を置き去りにする。
セシリアの眼前に迫る切っ先が、火花を散らして弾かれた。
セシリア「ハッハッハ! 楽しい、楽しいぞショパン!!」
セシリアの剛剣が唸りを上げる。しかし、ショパンはその重厚な一撃を力で受けることはしない。
柳のように身を翻し、踊るような足捌きで全ての衝撃を虚空へと受け流していく。
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ショパン「メンデルを倒したと聞いてどれほどのものかと期待したが……美しくない攻撃だな。忠告しておく、私に力押しは一切通用しない。貴様の負けだ、セシリア!」
セシリア「ハッハッハ! 言いおるわ! まるでわたしが力だけの馬鹿みたいな言い方だな!」
(……いや、違うのか???)
(力押しが服を着て歩いてるような御仁だと思ってましたが……)
その場にいたアレクサンド騎士団員も、敵である帝国兵も、はては背後で紅茶を嗜むカレンでさえも、一瞬だけ心の声が一致した。
だが、次の瞬間、セシリアから放たれた「気」がその場を凍りつかせた。
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セシリアが愛剣「鬼王」を胸の前で垂直に立てる。
そのまま、まるで水面を撫でるように、あるいは舞い落ちる花びらを追うように、ゆったりと、されど淀みない動作で弧を描き始めた。
ショパン「……っ!? 動きが変わった!?」
剛の象徴であったはずのセシリアが、ショパンのそれとは異なる、東方の様式美を思わせる流麗な動きを見せる。
加速と停滞を織り交ぜた不可解なリズム。ショパンの「英雄ポロネーズ」を模倣するのではなく、さらにその先を行くような、幻想的なまでの剣舞。
そのまま流れるようにしなやかにショパンの舞踏の中に入り込み、フワリと大剣がショパンを捉える、が寸前のところで剣で受け止められる。
セシリア「……さすがに流さずに受けおったか。セシリア流剣術・『花鳥風月』……。ふん、まだまだ完成には程遠いな」
その剣撃は、ショパンの華麗なガードを初めて「力」ではなく「理」でこじ開けた。
大陸十傑同士の戦いは、互いの領分を侵食し合う、より高次元な「技術のぶつかり合い」へと突入していく。
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本陣を包囲する一万の兵が、息を呑んでその光景を見っていた。
そこにあるのは、鉄と血の匂いが漂う泥臭い戦場ではない。
二人の大陸十傑が描く、あまりにも鮮烈で、あまりにも残酷な「美」の競演であった。
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セシリア「セシリア流剣術……『岸芷汀蘭』」
剛剣使いの代名詞だったセシリアが、地を這うような低い構えから、一転して「和」の調べを奏でる。
それはかつての異国の言い伝えにある、扇子を用いた舞踊のように、しなやかで、かつ予測不能な軌跡を描く。
ショパン「くっ……! 何だ!? 聞いていた話と違うぞ……っ!!」
力押しを柳のように受け流していたショパンの「英雄ポロネーズ」が、初めて乱れる。
セシリアの刃は、ひらひらと舞い落ちる花びらのように優雅でありながら、その実、一撃一撃がショパンの急所を的確に、そして「おしとやか」に狙い定めていた。
セシリア「……お前は知らんだろうがな。わたしが何千回挑んでも、全く勝てなかったバケモノみたいな相手がいてな。力押しだけでは通用せんし、パターンを読まれてはすぐに半殺しにされまくっておったのだ」
少しだけ遠くを見るような、寂しげな、しかし誇らしげな笑み。
セシリア「これはそのバケモノ対策で、不本意ながら独学で覚えた剣術だ。……まあ、それでも結局、一度も勝てはしなかったがな‥‥‥」
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ショパン「……。貴様の舞踊、不覚にも美しいと思ってしまったが。……戦いに私情を持ち込むとは不謹慎だな。美しくない」
セシリア「……。おお、すまん。バレておったか。だが、そういうお前も何だ、その舞踏は? かなり私情が入っておるではないか。……まるで、『悲しみの輪舞曲』のようだぞ?」
ショパン「……っ! うるさいよ。言い掛かりはよしてくれ……」
図星を突かれたショパンの剣筋が一瞬、鋭い悲鳴を上げる。
かつて地下アイドルのステージで、あるいは同人誌即売会の片隅で、必死に泥を啜って生きた少女。その「美しくも泥臭い生」を護れなかった男の悔恨が、剣の旋律を曇らせていた。
セシリア「まあ良い! 十傑なら、このわたしを楽しませてくれる……そう信じてここまで来たのだ! ショパンよ、楽しませてくれるよな!?」
カレン(……相変わらず、どうしようもないバカよね。相手の心の揺らぎという最大の『弱み』に付け込むことを知らない。……でも、だからこそ、あの子の剣はこれほど澄んでいるのかしら)
軍師の冷徹な眼差しが、一瞬だけ、かつて共に修行した「武の化身」への呆れと信頼に揺れた。
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一方、少し離れたシルフィの陣。
そこでは、「残酷」という言葉すら生ぬるい光景が繰り広げられていた。
風王の剣を抜いたシルフィの攻撃は、もはや「治療」の範疇を超えている。
モーツァルトの四肢を風の刃で刻み、絶命する寸前に超回復で繋ぎ止め、また刻む。
逃げることすら許されない、エメラルドの光に包まれた「終わらない地獄」。
シルフィ「ウフフ……。さあ、次はどの細胞を『再生』しましょうか?」
聖女の微笑みは、風の咆哮と共に、大参謀のプライドを粉々に粉砕していく。
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ーーカレン本陣ーー
カレンの本陣を包囲する静寂を切り裂くのは、二人の十傑が奏でる激越な金属音。
だが、その旋律は「純粋な武」から、泥臭い「本音のぶつけ合い」へと変質していた。
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セシリアの「和」の舞踊が、ついにショパンの鉄壁の演舞を捉え始める。
流麗な軌跡を描く鬼王の刃が、ショパンの衣服を、皮膚を、薄氷を割るように掠めていく。
ショパン「くっ……! まさか、これほどの滑らかさを兼ね備えていたとは……」
防戦一方に追い込まれるショパン。しかし、攻めているはずのセシリアは、心底つまらなそうな顔で吐き捨てた。
セシリア「ショパンよ、いい加減にせんか!! 本気で掛かってこい! さもなくば、ただの踊り子を斬っているようで興が削がれるわ!」
ショパン「……。私は、最初から本気だ……」
セシリア「嘘をつけ!! フルーティの死を引きずっているのが見え見えではないか!!」
ショパンの眉間がピクリと跳ねる。
ショパン「……何か勘違いしているようだな。彼女は資金集めのための働き蜂。ただそれだけの存在だ」
セシリア「ふん、嘘をつけ! 陰キャメガネブスだとかぬかしておったがな、わたしが聞いた話では、貴様がスカウトした地下アイドル時代には、彼女は既にそれなりのメイクをしておったそうじゃないか!」
ショパン「…………黙れ」
セシリア「つまり、だ。貴様は……『陰キャメガネブス時代』から、フルーティを見ておったのだったのだろう!?」
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**「黙れと言っているだろうがぁぁぁぁ!!!!」**
ショパンの絶叫と共に、空気が爆ぜた。「英雄ポロネーズ」の速度が、これまでの比ではない猛烈なテンポへと跳ね上がる。
羞恥か、憤怒か、あるいは図星を突かれた動揺か。その剣筋には、ついに隠しきれない「生」の感情が爆発していた。
セシリア「ハッハッハ! フッ、そうこなくては面白くない!! 来い、ショパン!!」
カレン(……。本当にバカよね。あんなデリケートなショパンの逆鱗に、土足で……いえ、軍靴で踏み込むなんて。……でも、これでようやく『十傑』の真剣勝負になったかしらね)
軍師は呆れ果てたように、しかしどこか満足げに、激化する火花を見つめていた。
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一方、少し離れたシルフィの陣。
そこにはもはや、戦いと呼べるものは存在していなかった。
あるのは、一人の男の崩壊と、聖女による「永遠の維持」である。
モーツァルト「……。……もう、何回……殺されたのか……分からない……」
意識は朦朧とし、精神の輪郭が溶けかかっていた。その時、シルフィの「風王の剣」が、ついに吸い込まれるようにモーツァルトの心臓を深く貫いた。
モーツァルト「がはっ……!! ……。こ、これで……ようやく……死ねる……」
安堵の表情を浮かべ、男の首がガクリと垂れる。……はずだった。
**「ウフフ……」**
不敵な、そして底知れない慈愛を孕んだ笑み。シルフィの手から放たれた極大の全回復魔法が、停止しかけた心臓を無理やり叩き起こし、欠損した細胞を瞬時に繋ぎ合わせる。
モーツァルト「…………!? な、なっ……!?」
シルフィ「心臓を貫いたくらいで死ねるとお思いですか? わたしの回復魔法を甘く見ないでください。……まだまだ。……まだまだ、苦しんでいただきますよ?」
再生したばかりの指先を、冷たい風の刃が再び撫でる。
モーツァルトは悟った。彼女の前では、「死」という救済すら、許可なくしては得られないのだと。
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シルフィの陣。吹き荒れていた嵐が、嘘のように凪いでいく。
エメラルドに輝いていた瞳はいつもの穏やかな色彩に戻り、風王の剣は静かに鞘へと収められた。
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シルフィ「あなたを殺すことは簡単です。でも、それではダメなんです。あなたには、やってもらわないといけないことが山ほどありますわ……」
モーツァルトは、もはや反撃する気力すら残っていなかった。ただ、目の前に立つ聖女の言葉を、魂の奥底で聞き入るしかなかった。
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かつて、戦火に包まれた街があった。ようやく開業に漕ぎ着けた両親の店が、無慈悲な炎に呑み込まれていく。
父「世界中の人達を健康にするのが、俺の夢なんだ!」
健康食品の専門店。当時の商店街の人々は鼻で笑ったが、両親は決して夢を諦めなかった。幼少時のシルフィにとって、それは何よりも誇らしい両親の姿だった。
その誇りである両親を戦火で失い、幼い頃から細々とアルバイトをこなし、住み込みの食卓にはいつも苦い山菜粥が並んだ日々。
寝る間を惜しんで「人を健康にするための回復魔法」を学び続けた日々。
その努力が実を結び、彼女の噂はアレクサンド騎士団中等部へと届き、運命の推薦状を手にすることとなったのだ。
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シルフィ「……あなたの夢は、何ですか?」
モーツァルト「…………」
シルフィ「ウフフ、大方……メンデル様が抜けて空席になった『三英雄』の席、といったところですかね。……お気持ちは分かりますわ」
馬鹿にするでもなく、否定するでもない。ただ、全てを包み込むような微笑み。
シルフィ「自分のためではなく、誰かのため。……それに従事できる方は、本当に凄い方だと思います。ハイドン様やブキャナン様……あの方々が強いのは、それができる方々だからなんだと思いますわ」
圧倒的な「風神」の力を持ちながら、決して自らを誇示せず、ただ仲間のために尽くし続けるシルフィ。
その生き様から放たれる言葉は、効率と野心にのみ生きてきたモーツァルトにとって、物理的な痛み以上の衝撃となって胸に突き刺さった。
モーツァルト「…………。私の、完敗です……」
シルフィ「ウフフ……。投降された方は、もう大切なお味方です。眠っておられるフルーティさんが起きられたら、ご一緒に『青汁』をご馳走しましょうね」
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ふと、幼い頃の自分の声が脳裏をよぎる。
幼きシルフィ「ママ、またあの緑のジュースちょうだい! それと作り方教えてよ?」
母「ウフフ。パパとママはね、大陸ぜーんぶ回って色んな薬草を集めたのよ。そしたら、このジュースができたの」
あの日、両親が夢見た「全人類が健康になる世界」。
シルフィは静かに倒れ伏したフルーティを見守りながら、独りごちる。
シルフィ「……。わたしの大陸制覇は、まだまだ先が長いみたいですね。……ウフフ」
戦場に、どこからか清々しい風が吹き抜けた。
一人の大参謀が折れ、一人の少女が救われる。しかし、まだ「本陣」の戦いは決着を見ていない。
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