第78話:風神の降臨
第78話「風神の降臨」
シルフィの陣。
華やかなアイドルの仮面を脱ぎ捨てたフルーティと、鮮血に染まりながらも微笑みを絶やさないシルフィの死闘は、もはや戦術の域を超え、互いの「生」を削り合う消耗戦と化していた。
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アンチマジックの魔剣は確かにシルフィの結界を紙のように引き裂く。
しかし、シルフィが自らに施す回復魔法までは無効化できない。斬っても、突いても、次の瞬間には傷口が塞がる。
フルーティ「……ハァ、ハァ……。化け物、ですか……?」
シルフィ「ウフフ……。別に恥じることはないですよ? フルーレやハナでさえ、わたしを倒すのは面倒くさいって言っていますから。……ウフフ♡」
一撃で意識を絶つか、即死させない限り、シルフィは無限に蘇る。さらに驚異的なのはその魔力量だ。
通常の回復魔道士ならとっくに魔力枯渇で倒れているはずの回数を超えてもなお、シルフィの瞳には濁り一つない。
それどころか、フルーティから見たら、無限に回復魔法を使えるのではないか?という錯覚にまで陥りそうになっていた。
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フルーティは、肩で息をしながら士官学校時代を思い出していた。
魔法の才能がないことに絶望し、泥をすするような思いで剣を振り続けた日々。
そんな時、風の噂で聞いた「西の大国アレクサンド」にいる同い年の天才剣士――。
(魔法が使えなくても、剣で頂点に立てるんだ。あの人のようになりたい……!)
その憧れだけを支えに、彼女は「フルーティ」という虚像を演じ、裏では血の滲む訓練を重ねて士官学校一の剣士となった。だが、現実は残酷だった。
フルーティ「わたしは……負けるわけにはいかない……!!」
シルフィ「……ウフフ。知っていますよ。だから、わたしも全力を持ってお相手します」
フルーティ「本気でお願いしますよ……。帯刀しているなら抜いてください! それは伊達ですか!?」
シルフィ「……ウフフ。これは騎士団から無理やり支給されたもの。……わたしの本気は『無手』ですわ」
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シルフィが動く。流れるような体術で魔剣の間合いを潜り抜け、掌底や発勁を繰り出す。
その無尽蔵の体力、精密な動き――アレクサンド騎士団の幹部という存在の異常さを、フルーティは肌で感じていた。
フルーティ(無尽蔵の魔力量だけでなく‥‥体力もわたしの想像を遥かに超えている‥‥これが師団長クラスの力‥‥‥)
フルーティの脳裏に、消せない記憶が蘇る。
友人に騙され、多額の借金を背負わされた両親。取り立てを苦にした自殺。
学費が払えず中退せざるを得なかった悔しさ。
そして、今も借金に苦しむ、大好きで優しい祖父母の姿……。
アイドルとして笑い、同人誌を売り、地下で歌い、必死に金を稼ぎ続けた孤独な戦い。
フルーティ「ハァ……ハァ……! 聖女シルフィ……!! 恵まれたあなたなんかに……あなたなんかに、わたしの……わたしたちの苦しみが分かってたまるもんですかぁぁぁ!!!」
絶叫と共に、涙を流しながら剣を振るうフルーティ。
その切っ先は、かつて憧れた「剣士」への想いさえも切り裂こうとしていた。
シルフィ「……ウフフ。……分かってあげるつもり……ですわよ」
悲しみすら包み込むような、底なしの慈愛。
シルフィの微笑みは、もはや慈悲なのか、あるいは最大の恐怖なのか。
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ノルフェアの戦場に、冷酷な不協和音が鳴り響く。
勝利を確信し高笑いする大参謀と、泥濘の中で己の過去と対峙する少女。
そして、静かに「一線」を越えられた聖女の瞳が、かつてない色を宿した。
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**【帝国軍:ショパン本陣】**
諜報員「報告! 避難民に扮した一万の別働隊がカレンの迎撃軍を突破! 現在、カレン本陣を完全に包囲することに成功しました!!」
ショパン「……。ご苦労」
モーツァルト「フッフッフ、アッハッハ!! ショパン様、やりましたよ! これでアレクサンド騎士団は烏合の衆! あとはシルフィを確実に仕留めれば、我々の勝利は確定です!! アッハッハ!!」
狂喜乱舞するモーツァルト。だが、その足元で進行している真実には、まだ気づいていない。
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**【フルーティの追憶】**
貧しい食卓。祖母が申し訳なさそうに差し出す山菜粥。
「エリーゼ、いつも苦いものばかりですまないね……」
「ううん、苦くないよ。ドクダミもオオバコも、健康にいいんだよ!」
地下アイドルの楽園(地獄)。卑劣なマネージャーの要求。
「今日から露出の多い衣装に変えてもらおうか?」
そこへ現れた、眩いばかりの貴公子――ショパン。
「待ってもらえるかな。その子、私が引き取ろう。……借金? 望みの金額を言え。‥‥何だ?私を知らないのか?望みの金額はやるから金輪際二度と彼女に関わるな!!」
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**【アレクサンド騎士団:シルフィの陣】**
大粒の涙を流しながら、必死に剣を振るうフルーティ。しかし、その渾身の突きは、シルフィの指先一つ触れることなく躱される。
**ドンッ!!**
シルフィの鋭い掌底が、フルーティの鳩尾を正確に捉えた。
フルーティ「がはっ……!! ……わ、わたしは……負けるわけには……」
ガックリと膝を着くフルーティ。
シルフィ「ウフフ……。あなたが亡命を装うなら、あなたの大切な祖父母も一緒のはず。……人質に取られているのですね?」
フルーティ「ど、どうして……それを……?」
シルフィ「ご安心を。警備の手薄になったノルフェアには今、ハナの諜報師団が潜入しています。避難民の兵士たちの家族も含め、人質解放に向けて動いていますわ。……うちの『剣士師団長』が、最優先で救出するようにハナに詰め寄っていましたから。きっと大丈夫ですよ」
フルーティ「……。知っていたの、ですね……。す、すみません……。本当に、ごめんなさい……!!」
床に伏し、声を上げて泣き崩れるフルーティ。その姿は、刺客でもアイドルでもない、ただの心優しい少女「エリーゼ」に戻っていた。
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シルフィ「待っていてくださいね。今、特製の青汁の準備をしますから……」
シルフィが慈愛の微笑みを浮かべた、その刹那。
フルーティの背後から、無慈悲な剣先が突き立ち、その細い体を貫通して飛び出した。
フルーティ「がはっ……!?!?……」
シルフィ「フルーティさん!!?」
モーツァルト「……遅いと思って来てみれば、無様に負けた挙句、敵に絆されてまでいる。貴様はもう、用済みだよ」
冷徹な瞳で剣を引き抜く男――モーツァルト。
モーツァルト「後は私が直接シルフィを葬り去り、その後にカレンに止めを刺すとしよう。……計画通りにな」
シルフィ「…………。あなた。…………許しませんわよ?」
シルフィの周囲の空気が、凍りつくような魔力で震え始める。回復の聖女が、初めて「殺意」を持って敵を見据えた。
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シルフィの陣。崩れ落ちたフルーティを抱くことも許されず、戦場に冷徹な風が吹き荒れる。
モーツァルトの非道な一撃が、アレクサンド騎士団で最も穏やかな聖女の「逆鱗」に触れた。
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シルフィは素早い所作で、倒れ伏したフルーティへ遠隔の超回復魔法を叩き込む。
清浄な光が少女の体を包み込むが、貫かれた心臓の鼓動は戻らない。
モーツァルト「無駄だよ、シルフィ。心臓を一突きしたんだ、即死だ。いくら君でも、死者を生き返らせることは出来まい。ハハハ!」
シルフィ「……。よくも……よくも、こんな惨いことを……」
モーツァルト「人の心配よりも自分の心配をしたまえ。君の死は確実だ。私は剣の腕でも、実質ゼッターランドで四番目の実力を誇る。フルーティと同じく、苦しまずにあの世へ送ってあげよう」
モーツァルトが掲げたのは、薄緑の刀身が怪しく光る魔剣。
モーツァルト「ゼッターランドが誇る宝剣の一つ、風の魔剣『ストーム』の力。とくとご覧に入れよう!」
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轟々と唸りを上げる魔剣ストームから、災害級の竜巻が放たれる。数千のカマイタチを孕んだ風の刃が、シルフィの華奢な体を呑み込んだ。
**ズドォォォーーーン!!!!!**
モーツァルト「ハハハ! 細切れになったはずだ!」
しかし、砂塵が晴れたそこに立っていたのは、服の裾さえ乱れていない、無傷のシルフィだった。
モーツァルト「な……!? 結界か!?」
シルフィの手には、いつの間にか一振りの刀が握られていた。柄は薄いエメラルド色。刀身は半透明で、内側から神々しい光を放っている。
シルフィ「……。わたしを相手に、『風』は無駄です。……あなただけは、絶対に許しませんよ」
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シルフィがその刀を掲げた瞬間、戦場の空気が一変した。
モーツァルトが放った嵐の残滓を、そのエメラルドの刀身が吸い込むように次々と取り込んでいく。
先ほどの大参謀の攻撃を遥かに凌駕する、強大で、かつ暴力的なまでの「風」のプレッシャー。
モーツァルトの手にある魔剣ストームが、格の違いに怯えるかのようにビリビリと振動を始める。
モーツァルト「な、何だ……この剣は……!? 属性が喰われている……!?」
シルフィ「……。久しぶりに、力をお借りしますよ……『風王』。あの者だけは、死ぬよりも苦しい治療が必要ですわ」
聖女の背後に、巨大な風の翼が広がる。
癒やしの手は今、悪を断つ「嵐の権化」へと変じた。
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