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第77話:大参謀モーツァルトの罠

第77話「大参謀モーツァルトの罠」




シルフィの陣。後方の安寧は、一振りの魔剣と一人のアイドルの豹変によって、鮮血に染まる修羅場へと変貌した。


---


肩から溢れ出す鮮血。しかし、シルフィは苦悶の表情すら浮かべず、穏やかに微笑を絶やさない。


フルーティ「……。シルフィ様は、わたしが怪しいって思わなかったんですか?」


シルフィ「ウフフ、もちろん思いましたよ。でも、僅かな可能性に賭けてみたかったのです。ウフフ……」


シルフィの肩の傷口が、淡い光と共にみるみる塞がっていく。自己再生の速度は異常だが、フルーティの瞳に焦りはない。


フルーティ「じゃあ、その賭けは負けですね? あーあ、やっぱすぐ治しちゃうんだ。……でも、次はどうかな?」


中性の不思議な輝きを放つ魔剣を構え、フルーティが地を蹴る。その剣筋は迷いがなく、鋭い。


---


シルフィは落ち着いた動作で、眼前に強固な結界を展開する。本来ならば、大軍の魔法攻撃すら弾き返す「嘆きの壁」。しかし――。


**パリン……ッ!**


フルーティが触れた瞬間、結界は霧散するように薄くなり、ガラス細工のように脆く砕け散った。


そのまま魔剣がシルフィの左肩から胸元を深く切り裂く。再び舞い散る血飛沫。


シルフィ「……っ。……無効化魔法、ですね……?」


フルーティ「……当たりです。わたし、魔法が苦手だったんです。っていうか、使えなかった。でも、わたしは『アンチマジック』という稀な魔法の適性者だったんですよ」


シルフィ「……ウフフ。読み通りでしたね。あと、無効化魔法は……れっきとした『魔法』ですよ……?」


皮肉混じりの指摘をしながらも、シルフィの顔色には隠しきれない疲労が滲み始める。


---


フルーティ「あ、また治しちゃった。でも、このままじゃジリ貧ですよ? シルフィ様、わたしの勝ちです」


回復魔法は傷を塞ぐことはできても、削られた精神力やスタミナ、そして消費した魔力を戻すことはできない。


繰り返される再生が、シルフィの生命力を確実に削り取っていく。


シルフィ「ウフフ……。例えわたしを倒しても、このアレクサンドの陣の中から逃げおおせるとは思いませんわ。どうするおつもりなんです?」


フルーティ「フフっ。人の心配をしてる場合じゃないですよ? わたし、剣技だけは士官学校でトップだったんです。……退学しちゃいましたけどね」


大きく魔剣を掲げ、切っ先をシルフィの喉元に向けるフルーティ。

前線の将軍たちへの「癒やし」の供給源が、今、完全に断たれようとしていた。


シルフィ「ウフフ……。さあ、どうしましょうかね……?」


---


ノルフェアの山野に、モーツァルトの「盤面」がじわじわと広がりを見せる。


美学を重んじるショパンと、冷徹な勝利を追求するモーツァルト。その溝は深まりつつも、策はアレクサンドの喉元へと確実に迫っていた。


---


**【帝国軍:ショパン本陣】**


ショパン「フルーティを捨て駒に使う策……。やはり、美しさに欠けるな」


モーツァルト「フルーティ一人の命で、あの忌々しい『癒やしの源』シルフィを討てるのなら、海老で鯛を釣るようなもの。……それで死ねるなら、あの女も本望でしょう」


冷たく言い放つ大参謀。ショパンは愛刀を指でなぞり、沈痛な面持ちで前線を見つめる。


ショパン「勝つため……。それが君の答えか」


モーツァルト「さて。次の策も、計画通りに進んでいますよ?」


---


**【アレクサンド騎士団:カレン本陣】**


戦場から少し離れたカレンの本陣。そこに、血相を変えた諜報部隊が飛び込んできた。


諜報部隊「急報!! カタリスにいた避難民一万が、武装してこの本陣に向かって進軍を開始しました!!」


カレン「……そう。報告ありがとう。また動きがあればお願いね?」


動じない。カレンは優雅な所作でポットから紅茶を注ぎ、立ち上る香りを愉しんでいる。そこへ、沈痛な面持ちのハイドンが訪れた。


ハイドン「……。カレン殿。残念ながら、避難民はやはり偽装された帝国兵でした……」


カレン「何を改まって。そんなの、最初から分かってたわよ」


---


ハイドン「……。つきましては、私が千騎を率いて迎撃に向かいます。許可を頂けないでしょうか?」


カレン「……。最初からそのつもりよ。でもハイドンさん、くれぐれも変な気(自己犠牲)を起こしちゃダメよ? ブキャナンさん、あなたが副将として従軍しなさい。あと四千を加えて、五千で迎撃に当たりなさい」


ハイドン「なっ……!? それでは、カレン殿を守る護衛はわずか百騎になってしまいますぞ!!」


敵の一万に対し、自軍の主力を割いて迎撃に回す。本陣をこれ以上ないほど手薄にするカレンの采配に、義に厚いハイドンは焦りを隠せない。


カレン「ハイドンさん。まさかわたしが、その程度の策で討たれるとでも思っているの? フフフ……」


ティーカップの向こう側で不敵に微笑む軍師。


シルフィが後方で刺され、本陣が空同然となり、主力は挟撃に遭っている――絶体絶命に見えるこの状況すら、彼女の「五線譜」の上の一音に過ぎないのか。


---


ノルフェアの地平線が、偽装された殺意で埋め尽くされる。


一万の「偽りの避難民」と、それを迎え撃つ五千のアレクサンド騎士団。しかし、その最前線に立つ光景は、戦場とは思えぬ静寂に包まれていた。


---


**【帝国軍:ショパン本陣】**


モーツァルト「フフフ! カレンめ、最後方で安全を決め込んでいたのが裏目に出ましたね! 大陸一の大軍師などと騒がれている割に、蓋を開ければこの程度ですか」


盤面を完全掌握したと確信するモーツァルトの笑い声が響く。


ショパン「……。どこまでも用意周到なことだね、君は」


諜報員「報告! 敵将カレンは五千の兵を割いて一万の避難民軍を迎撃する構えです。現在、カレン本陣の護衛は僅か百騎との情報!」


モーツァルト「ショパン様、勝ちましたよ! 五千騎を割いた時点でカレンはフルーティの反乱にも気づいていないということ。……並列で策を遂行させた甲斐がありました。アッハッハ!」


ショパン「……そうか。それは良かったな(どこか冷ややかな視線)」


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**【アレクサンド騎士団:迎撃軍】** 


一万の偽装帝国兵の前に、悠然と、そして孤独に立つ二騎の姿があった。ハイドン将軍と、副将ブキャナンである。


帝国兵「……。アレクサンドの迎撃軍は五千。数はこちらが有利だ、臆するな!」


帝国兵「待て、敵の将らしき者が、たった二人で先頭に立っているぞ……?」


ざわめく帝国兵たち。「モーツァルト様の命だ、耳を貸すな」「勝たねばならんのだ」と自分たちを鼓舞する声が上がる中、帝国兵のリーダー格が一人、前方に進み出た。


帝国兵リーダー「ハイドン様……。この度は騙し討ちのような真似、誠に申し訳ございません。しかし、我らゼッターランドも負けるわけにはいかぬのです。どうか、ご容赦いただきたい」


ハイドンはその謝罪を責めるでもなく、慈父のような穏やかな微笑みを返した。


ハイドン「リーダーよ、気にするでない。私も、お前たちが偽りの投降であることは最初から気づいていた。……だがな、私は説得すれば分かってもらえるという一縷の希望に賭けたのだ。だからあえて、民間人だと報告した」


帝国兵「…………。申し訳ございませんが、引くわけにはいきません。そこをどいていただけないでしょうか」


---


ハイドン「お前たちが引けぬのは分かっている。だから、私はお前たちを説得しに来たのではないのだ」


ハイドンの瞳に、鋭くも悲しい決意の光が宿る。


ハイドン「私の甘さで、我が軍を……カレン殿を危険に陥れた。その落とし前を付けに来たのだ。……リーダーよ、まずは私を討ち取ってくれ。その後は、ブキャナンよ‥‥お前は」


ブキャナン「……ハイドン様」


ハイドン「正々堂々と戦い、カレン殿をお守りするのだ!!!!……さあ!勇敢なる反乱軍のリーダーよ、私の首が欲しければ早く討つがいい‥‥」


ハイドンの叫びが戦場に響き渡る。それは自らの過ちを命で購い、愛する主君への道を死守せんとする、滅びゆく騎士の最後の咆哮であった。


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