第71話:鬼神の目覚め
第71話「鬼神の目覚め」
もはやハイドンの個室は、物理法則すら危うい「超高密度なカオス空間」へと変貌していた。
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#### 職住近接の極み(物理)
最初は隊長ズ、次にエレン、続いて副師団長ズ。そしてついに、バッハ、リスト、ブラームス、さらには新入りのメンデルまでが加わり、帝国時代の『将軍ズ』までもがこの空間に吸い寄せられた。
* **隊長ズ:**
雀牌を混ぜる音とトランプを切る音が絶えない、不夜城の娯楽室状態。
* **副師団長ズ:**
幹部ズの「劇物」のような女子トークとは一線を画す、まとも(?)な恋愛・美容トークに花を咲かせるOLの休日状態。
* **お悩み相談コーナー:**
エレン「ブラームスさん聞いてくださいよー! もうホテルの予約が大変で……」
ブラームス「うん、うん、聞くよぉー! 全部聞くからねー! 君の話なら秒単位で聞くからねー!(必死)」
* **真面目な内政会議:**
バッハ「ブリンスタの保護猫活動の水平展開は……」
リスト「アフターケアはメトロイドの方が充実していたぞ」
そんな喧騒の合間、窓際で静かにスコッチを酌み交わす二人の男がいた。
ハイドン「まさか、メンデル様がこちらに来られるとは夢にも思っていませんでした」
メンデル「僕だってつい数日前までは想像すらしてなかったよ。まさにびっくりな驚きだね」
ハイドン「やはり……セシリア様、ですか? 私もそうですが‥‥」
メンデル「そだね~。あんなに真っ直ぐで純真な瞳で理想を語られたらさ……。あの子、嘘が全くないんだもん。初めてだよ、あんな子は」
ハイドン「フフフ……まさしく。ですが、その純真さに我々全員、始末に困っているのですがね。ハッハッハ!」
かつて、自ら命を絶とうと考えた二人、図らずもセシリアによって強引に生への道に引き戻された奇妙な運命にグラスを傾けていた。
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ふと、雀卓の横でジュースを飲んでいたレイラが、隊長ズと将軍ズに素朴な、しかし鋭い疑問を投げかけた。
レイラ「ずっと疑問だったんですけど……隊長ズの皆さんもハイドンさんも、実力的には明らかに『将軍』クラスじゃないですか。なんでずっと隊長のままだったんです? 帝国の昇進基準ってどうなってたんですか?」
その問いに、部屋の空気が一瞬だけ冷えた。ハイドンがグラスを見つめたまま沈黙する。
メンデル「……アハハ。まあ、ハイドンくんは答えなくていいよ。代わりに僕が答えるね」
メンデルが語り始めたのは、きらびやかな「大陸十傑」という看板の裏側に隠された、ゼッターランド帝国の残酷な雇用システムだった。
メンデル「ゼッターランドの軍隊はね、実力主義って言えば聞こえはいいけど、実は『血統』と『政治力』、そして『特定スキルの使い潰し』で成り立っているんだよ。ハイドンくんたちがどれだけ手柄を立てても上がれなかった理由、それはね……」
語られる、昇級制度の罠と、あまりに貧弱な下位兵士への福利厚生。
アレクサンド騎士団が当たり前のように行っている「保護猫活動」や「仮設住宅の建設」が、帝国兵たちにとってどれほどの「奇跡」に見えていたのか――。
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ハイドンの個室に流れる空気は、メンデルの口から語られる「帝国の常識」によって、驚愕と失笑、そして微かな感動へと塗り替えられていった。
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メンデル「まず士官学校。スタートから身分で振り分けられるんだ。貴族、士族、平民。そこからさらに上・中・下に分かれる。計九種類の学校があるんだよ」
サマンサ「そんなに分ける必要あるんですかね……?」
メンデル「僕はないと思うけどね。学費や寮、食事の値段を分けるためとはいえ、やりすぎだよ」
メンデルは苦笑いしながら、核心に触れる。
メンデル「問題はここから。平民が武功を挙げても昇級しないのはよくある話。でも、貴族や士族でも武功を挙げれば将軍になれるわけじゃないんだよ~」
サーヴェル「それっておかしくないですか? 武人なら武功で階級が決まるのが普通でしょう」
ヒナギク「……例の『総選挙』、ですか?」
メンデル「さすがヒナギクちゃん。そう、ゼッターランド帝国の女性のみが投票する『イケメン選抜総選挙』。隊長や将軍に昇進するには、その選挙で過半数の票を獲得しなきゃならないんだ」
レイラ「ひ、酷すぎる……。まるでホストのランキングじゃん……」
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セイラ「でも、隊長ズの皆さんもかなりのイケメンですよ? 身分が原因なんですか?」
ブキャナン「いえ、ハイドン将軍も含めて、俺たちは全員下級貴族の出ですよ」
エレン「じゃあ、なんで上がれなかったの!?」
メンデル「この隊長ズは、いろんな将軍から『部下にしたい』と引っ張りだこだったんだ。将軍への昇進の話も何度もあった。実力も実績も申し分ないからね。……あとは、本人たちの意思の問題だね」
ハイドン「……。……このバカモノ共は、それをことごとく断りおったのだよ……」
サンチェス「ハイドンさん、バカモノ呼ばわりは酷いなー!」
ハイドン「バカモノにバカモノと言って何が悪いのだ!!」
珍しく不貞腐れて声を荒げるハイドン、しかし。
カムストック「バカモノと言ったやつがバカモノなんですよ! このバカモノー!」
ハイドン「キーッ!! お前ら許さんぞ!!」
まるでドリフのコントのオチのようにドタバタ騒ぎを始めるハイドンとその部下達。
副師団長ズが呆気にとられる中、ブキャナンが静かに、しかし誇らしげに言葉を添えた。
ブキャナン「……つまるところ、俺たちはハイドンさんの部下でい続けたかっただけなんですよ」
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帝国軍上層部からは「無能」と蔑まれ、全く評価されてこなかったハイドン。
しかし、貴族も平民も分け隔てなく接する彼の誠意に惹かれた者は、計り知れない。
帝都の民も、彼が駐屯した数え切れない街の民も、皆ハイドンという男を心から尊敬していたのだ。
その経緯をメンデルが(チャラい感じで)説明し終えると、部屋に鼻をすする音が響いた。
エレン「……くすん。ハイドンさんが素晴らしい人だってこと……最初から分かってましたよぉ……。うえーん!」
ブラームス「ひっ、ひいいっ!? エ、エレンちゃん泣かないで!! 何でも、何でも話を聞くからさ! ねっ!? ねっ!?(必死)」
かつての「龍神グチ地獄」のトラウマからか、エレンの涙に過剰なまでの拒否反応を示すブラームス。
彼の必死すぎるあやし方に、感動的な空気は一瞬で「いつものアレクサンド」へと戻っていくのであった。
かつて、セシリアとカレンが必死にハイドンの自決を制止し、アレクサンドに引き入れようとしていた理由がよく分かる。
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嵐のような激闘から一夜。ツーリアン城の一室で、アレクサンドの「鬼神」が唐突に跳ね起きた。
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セシリア「はっ!? いつの間にか寝てしまっていたのか!? いつからだ!?」
記憶を辿る。土産屋で至高のペナントを購入し、ベンチに座ってその刺繍の角度や布地の質感を厳かに「鑑定」していたところまでは覚えているのだが。
セシリア「はっ!? ペナントは!?」
慌てて手元を確認すると、右手にはしっかりと二枚のペナントが握られていた。
そして左手には……なぜかシルバーのラメが入った、妙に派手なカーディガン。
セシリア「むむっ!? この趣味の悪いカーディガンは、たしか……」
視線を横にずらすと、そこには見舞い客用の椅子に腰掛けたまま、浅い寝息を立てているカレンがいた。
普段の鉄面皮な軍師からは想像もつかない、疲労困憊を隠しきれない寝顔。
部下や敵には絶対に見せない、無防備で、脆い、一人の少女の顔だった。
セシリア(……ふん。起きるのは、もう少し待ってやるか)
セシリアは音を立てずにベッドを抜け出すと、その「趣味の悪い」シルバーのカーディガンをカレンの肩にそっと掛け直し、再び自分もベッドに潜り込んだ。
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手元のペナントを、子供のような無邪気な瞳で見つめながら、セシリアは心の中で独りごちる。
セシリア(大陸中の全てのペナントを揃えて、ミュージアムを作る……。わたしの夢が叶うのは、まだまだ先だな。……全てのペナントが揃う時。それは、全ての国の国旗が並ぶ時か。……あー! めんどくさい! 深く考えるのはヤメだ! ハッハッハ!)
奇しくも、それはどこかの「ちょうちんマニア」と瓜二つの、しかしより壮大なスケールを持つ「大陸制覇」の形だった。
カレン「むにゃむにゃ……。ほんっと……あんたは、バカでいいわね……。むにゃむにゃ……スースー」
セシリア(寝言か……。寝言ですらわたしの悪口を言うとは相当だな。……まあ、お前らしくていいか)
親友の毒舌な寝言に苦笑いしながら、セシリアはペナントを抱きしめたまま、再び深い眠りへと落ちていった。
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その様子を、ドアの隙間から見守っていた影があった。リノである。
彼女は二人を起こさないよう、忍び足で入室すると、枕元のテーブルにそっと水差しと、二人分の夜食を置いて部屋を後にした。
翌朝。結局二人は一度も目を覚まさず、丹精込めて用意された夜食は手付かずのまま冷めてしまった。
だが、空になったトレイを回収に来たリノの顔は、昨日の戦場よりもずっと明るく、嬉しそうに輝いていた。
「ウフフ、お二人とも、本当にお疲れ様でした。……夢の中で、ミュージアムの相談でもしてるのかしらね?」
マキ「ふん‥‥世界中の都市のペナントを買い集めてミュージアムを作るとか、まるで誰かさんと同じ夢だな‥‥かつて真面目に大陸制覇を考えてた私が馬鹿みたいに思えてきたぞ‥‥フフフ‥‥まあこいつららしくていいか‥‥」
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