第70話:リノの大陸制覇の夢
第70話「リノの大陸制覇の夢」
ツーリアンで鬼神がペナントを抱えて爆睡していた頃、アレクサンド王国の首都ロザーリアでは、歴史的な「感情のジェットコースター」が巻き起こっていた。
---
前日の深夜、一羽の鷹が持ち込んだ報告は、王宮内を凍りつかせた。
**『セシリア、大陸十傑の華麗なるメンデルに敗北。現在、意識不明の重体』**
深夜の緊急会議。集まった大臣たちは、教科書通りの「形式美」を繰り広げていた。
大臣A「セシリアの奴、あれだけ大口叩きおったくせに負けおったわ! 大陸十傑とはそれほどまでに化け物だったのか!? 一体どうするのだ!」
大臣B「帝国のど真ん中で大敗だと!? 補給線も断たれ、包囲されたら全滅ではないか! 非常にマズい、マズすぎる!」
大臣C「セシリアのアホ……失礼、あの鬼神抜きで、残りの十傑と戦うなど不可能だ! アレクサンドはもうお終いだぁぁ!」
テンプレのような嘆きが飛び交う中、国王ラーズは一人、バルコニーから東の夜空を見つめていた。
ラーズ「……セシリアですら、大陸十傑には届かないのか。皆……マキ……。頼む、命だけは無事に、ツーリアンから撤退してきてくれ……」
友を、そして最愛のマキを想うラーズの瞳には、かつてない深い憂いの色が宿っていた。
---
そして翌日の夕刻。再び王宮に鋭い鷹の鳴き声が響く。
届けられた羊皮紙を広げたラーズは、その場に固まった。
**『速報:セシリア、大陸十傑・華麗なるメンデルを撃破。アレクサンド王国騎士団、ツーリアンを占拠しゼッターランド帝国西部地区を完全制圧』**
ラーズ「……は? 何だ、これは……。昨日の急報はガセネタだったというのか……?」
昨日まで「もうお終いだ」と嘆いていた大臣ズは、一転して手のひらを高速回転させる。
大臣ズ「おおお! さすがセシリア殿! 最初からやってくれると信じておったぞ!」
大臣A「いやぁ、一時はどうなることかと思ったが、これも王の徳のおかげですな!」
---
街を染める「猫便」の号外
王宮が困惑と称賛に包まれるより早く、ロザーリアの街には「猫便」のチラシが舞っていた。
そこには、デカデカと【速報:鬼神セシリア、帝国英雄を討つ!】の文字。
市民A「おい! 見たか!? あの大陸十傑をセシリア様がぶっ飛ばしたってよ!!」
市民B「やっぱり俺たちのセシリア様は無敵だ! 今夜は祝い酒だぁぁ!!」
街中が、まるで建国記念日のようなお祭り騒ぎに包まれる。
しかし、その頃ツーリアンのベンチで寝言を言いながらペナントを握りしめている「英雄」本人の姿を、王都の誰も知る由はなかった。
ラーズ「(……まあ、無事ならそれでいい。それにしてもセシリア……大陸十傑を倒すまでになるとは‥‥あのヤンキーみたいなジャジャ馬が‥‥‥)」
国王は苦笑混じりに、夕焼けに染まる東の空へ祝杯を掲げた。
---
帝都クレイド。そこには、敗北の屈辱に震える皇帝の怒号が響き渡っていた。
---
皇帝「メンデルめ、無様に負けただけでなく、あっさりとアレクサンドの軍門に降るとは! 騎士の風上にも置けぬ!!」
これまでにないほど怒り狂う皇帝。その玉座の前に、一輪の薔薇を手に、場違いなほど優雅に跪く男がいた。
「フフフ……。ご安心を。この私が、セシリアの首と一緒に、裏切り者メンデルの首も取って参りますので……」
ブロンドの長い髪を靡かせ、陶酔したように笑う騎士。大陸十傑の一人にして、自称「美の化身」。
皇帝「……よもやお前までもが、あの女に負けるのではないだろうな?」
「フフフ……。御冗談を。この私を、あの脳筋なチャラ男と同じと思わないで頂きたいですね」
サラリと髪をかきあげ、鏡を見るまでもなく自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「帝都クレイドを直接攻略するのは、地形的に圧倒的不利。アレクサンド騎士団は、必ず私の守る要衝『ノルフェア』を狙ってきます。その前に、彼らを美しくあの世に送り込んでご覧に入れましょう」
マントをパサリと翻し、ポーズを決める男に、皇帝は冷ややかに問いかける。
皇帝「……いちいち髪をかきあげたり、マントを翻す意味は何なのだ?」
「美しさが溢れているだけです。アレクサンド騎士団は、この三大英雄の一人、大陸十傑の『美麗なるショパン』が、美しく葬り去ってご覧に入れましょう……。フフフ、私は、美しい」
ラメ入りのマントをこれでもかと翻し、ショパンは颯爽とノルフェアへと向かっていった。
皇帝「(……あいつも大概アレだが、実力だけは本物なのが困りものだな……)」
---
一方、戦火の跡が残るツーリアン。
そこには、戦勝の余韻を吹き飛ばすほどの「事務作業」の嵐が吹き荒れていた。
バッハ「ツーリアンにも早急に保護猫センターとバリアフリー、そしてスイーツショップを展開せねば! 計画の立案と企画書の作成……やる事がいっぱいで大忙しだ! ハッハッハ!!」
バッハは山積みの書類を前に、戦場にいる時よりも活き活きとした表情でペンを走らせていた。
ハイドン「バッハよ、私も手伝わせてもらおう。スロープの設置箇所と、猫用おやつの仕入れルートの確保は任せてくれ」
バッハ「おお、ハイドン! 助かるぞ。これで福祉国家への歩みがまた一歩進むな!」
マキ「…………。ツッコミを入れる気も起きなくなってきたぞ」
最強の剣士たちが、血生臭い戦場のど真ん中で「猫と福祉」について熱弁を振るう光景。
マキは、リノの買った「ちょうちん」を眺めながら、深く、深いため息をつくのだった。
---
ツーリアン攻略後の静かな熱狂が冷めやらぬ城内。執務室では、軍師カレンが領土経営の「現実」と向き合っていた。
---
カレン「ツーリアンでの騎士団の居住地の確保はどうなっているの?」
ブキャナン「当面は街外れの幕舎での駐屯になりますが、早急に仮設住宅を建設予定です。バッハ将軍の計画では、ゆくゆくは社宅や寮を完備し、福利厚生を充実させたいとのことですよ」
エレン「幹部の方々の市内ホテルの予約……終わりましたぁ……(フラフラ)」
カレン「お疲れ様、エレン。……今晩の公式な祝勝会は中止ね。セシリアがあの状態で寝てるから。あいつ抜きで勝手にやったりしたら、起きた後に何を言われるか分かったもんじゃないわ。今日は各自、自由にしていいわよ。私も少し休みたいし」
そこへ、申し訳なさそうにメンデルが歩み寄る。
メンデル「カレンちゃん、ごめんね……。僕のせいで、セシリアちゃんがあんなボロボロになっちゃって……」
カレン「……。まあ、あいつが生きてるんだからそこは気にしなくていいわ。逆の結果だってあり得たんだし。これからは、うちの騎士団員として働いて返してくれればいいわよ」
---
メンデルは、合流したばかりのリストと共に執務室を後にした。廊下には、案内役のバッハが待機していた。
バッハ「メンデル様お疲れ様です。休憩所はこちらにご用意しておりますので、ご案内します!」
案内された重厚な扉を開くと――そこには、戦場よりも濃密な「混沌」が広がっていた。
ソファに寝そべって最新のファッション誌を読む者、楽しげにネイルの手入れをする者、雑談に花を咲かせる副師団長ズ。
その奥では、トランプや麻雀で怒号と笑い声を上げながら盛り上がっている隊長ズ。
さらに中央では、
「新しい服が欲しいっす! 買ってくださいよ~!」
「ケーキ! ケーキ買いに行きましょう! もちろんブラームスさんの奢りで!」
と、副師団長ズに完全に包囲され、財布を握りしめて困り果てているブラームスの姿があった。
メンデル「……なんだい……? この部屋は……?」
リスト「ブラームス……君、何をしてるんだい……?」
部屋の片隅。窓際に置かれた小さな椅子に腰掛け、静かに琥珀色のウイスキーを傾けているハイドンが、消え入りそうな声で答えた。
ハイドン「……。……私の、個室です……」
その瞬間、部屋中の団員たちが声を揃えて叫んだ。
隊長ズ&副師団長ズ「「「みんなの部屋です!!!!!」」」
ハイドン「……。……だそうです」
マキ「……。ふん、まだ諦めていなかったのか。往生際の悪いやつめ……」
かつて王都でも繰り広げられた「ハイドンの個室領土紛争」。
ツーリアンの地でも、ハイドンの安住の地は一瞬にして「アレクサンド騎士団のサロン」へと書き換えられたのであった。
---
ツーリアンの街は、占領下にあるとは思えないほど奇妙な活気に包まれていた。
アレクサンド騎士団の進駐は、武力による支配というより、巨大な「文化と嗜好品」の波が押し寄せたかのようであった。
---
ハナ率いるくノ一軍団は、市内のスイーツショップを片っ端から「検分」して回っていた。
ハナ「この店のスイーツは、まんべんなく美味しいんだよ。どれも合格点なんだ。でもね! ボクに言わせれば『これだ!』という華がないんだ。これは凄くもったいないことなんだよ!?」
店長「は、はあ……。さ、左様でございますか。新商品の開発に注力いたします……」
ハナの鋭いダメ出しに、地元の職人たちは冷や汗を流す。一方、別の通りではシルフィが「布教」に勤しんでいた。
シルフィ「こちらのお店で、この特製青汁カクテルを置いていただきたいのですが。今なら青汁クッキーと、青汁ふりかけもお付けしますわ♡」
聖母のような微笑みを湛え、次々とクーラーバッグから緑色の怪しい商品を取り出すシルフィ。
その美しさに気圧され、店主たちは断る間もなく契約書にサインをしてしまう。
---
リノの部屋。マキは窓の外を眺めながら、呆れたように呟く。
マキ「あいつらはいったい何をしようとしているのだ……。この街までスイーツと青汁で埋め尽くすつもりか?」
リノ「ウフフ、マキ様。戦争で収められた街は平和を望んでいるんですよ~。小さな平和から積み重ねるのは大事ですからね」
リノは、今日手に入れたばかりの「ツーリアン」の名が入ったちょうちんを愛おしそうに眺めている。
マキ「ふん……。わたしは他国を占領したことなどなかったからな。平定した後のことなど、セシリアとカレンに任せるつもりで、あまり考えていなかった」
マキは不貞腐れたような、それでいて複雑な表情をしていた。
リノ「わたしの夢は、二つあります、一つは大陸全部のお土産のちょうちんを集めて、ミュージアムを作ることです。それがわたしの大陸制覇ですよ、フフフ」
マキ「アハハ、凄くくだらない夢だな……むぐうっ!?」
唐突に、リノの唇がマキの言葉を塞いだ。
リノ「くだらないなんて言わないでください。もう一つの夢は、マキ様と結婚することです。これは絶対に叶えますので」
マキ「わ、わたしは結婚などしないと言っているだろう!!それに女同士で結婚とかありえん!!(赤面)」
---
その頃、王都ロザーリアのラーズのもとに、カレンからの力強い鷹便が届いていた。
『ゼッターランド帝国西部を制圧したことにより、戦況は完全に互角。我が戦略図において、譜面は既に完結している。帝国全土を制圧するまで、アレクサンドの地は踏まぬ――カレン・シュナイゼル』
ラーズ「カレンのやつ……コルネ王国救出ではなく、最初から帝国制覇が目的だったのだな。だが、くれぐれも無理はしないでくれ。苦境の時は、退却を恥じるなよ……」
一方、ツーリアンの執務室では、カレンが次なる難所に頭を抱えていた。
美麗なるショパンが守るノルフェア。その手前には、ラヴェル将軍のカタリスと、ヴィヴァルディ将軍のダイロン。
二つの要塞都市が互いを補完し合う鉄壁の布陣。
カレン「本当に軍師なんて仕事、引き受けなければよかったわね……。マキ様、あなたがあの時、あんなに必死に頼み込んでくるから……」
カレンの脳裏に、かつてのマキの姿が浮かぶ。
『カレン! お前の力が絶対に必要なのだ! 戦争のない世界を作るために力を貸してくれ! この通りだ!!』
プライドの高いマキが、自分に頭を下げたあの夜。カレンは執務室の照明をぼんやりと眺め、ふっと柔らかく微笑んだ。
それまで誰にも従う事なく、誰にも媚びる事もなく、ただ圧倒的な自分の知識と能力のみを信じて生きてきたカレン。
カレン「仕方ないわね……あんな目をされたら、断れるわけなかったもの。フフフ」
---




