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第67話:雷神の降臨

第67話「雷神の降臨」



ツーリアン、アレクサンド騎士団本陣。


深夜の戦略会議を終えたカレンは、吸い寄せられるようにセシリアの治療室へと足を向けた。


---


カレンが静かにドアを開けると、そこには言葉のない悲劇が広がっていた。


眠り続けるセシリアに縋りつき、声を殺して泣き続けるエレン。


椅子に深く腰掛け、己の無力さを呪うようにうなだれるジェームズ。


そして、影の中で岩のように沈黙を守るハイドンとアンドリュー。


カレンは何も言わず、ただ静かに扉を閉めた。


カレン(セシリアごめんなさい‥‥禁じ手を使わせてもらうわ‥‥)


執務室に戻り、疲れ果てた体を椅子に沈めた時、控えめなノックの音が響く。


カレン「どうぞ……。あら? どうしたのかしら。こんな夜更けに仕事の話?」


ブキャナン「失礼します。……いえ、大した用事ではないのですが。温かい紅茶を用意しました。よろしければ、一杯いかがでしょうか」


ブキャナンが差し出した湯気の立つカップ。パスタ屋で見せたあの「優しさ」が、今は冷え切ったカレンの指先を、そして張り詰めた心を、静かに解きほぐしていく。


---


一方、フルーレの幕舎。

夜の静寂の中、ひたすら金属を研ぐ音が響いていた。


サーヴェル「フルーレ様、まだ起きておられたのですか。作戦は明朝です、もうお休みにならないと……」


フルーレ「……いや。サーヴェルさんは先に寝ていいっすよ。この手入れが終わったら勝手に寝るっすから」


フルーレは、愛用の八本の剣を一本ずつ、丹念に、そして執拗に磨き上げていた。


中でも最も手馴染みの良い一本――。


普段は無機質なその刀身が、月光を吸い込んで、まるでおぞましい意思を持っているかのように怪しく輝いたのを、サーヴェルは見逃さなかった。


---


翌朝。朝日がツーリアンの城壁を照らし出したのと同時に、城門の前に場違いなほど明るい声が響き渡った。


メンデル「いやっほーい! カレンちゃんいるかーい? ちょっぴり遊びに来たよ~☆」


そこにいたのは、三万の軍勢ではなく、わずか五百騎あまりの供を連れたメンデルだった。


白馬に跨り、昨日の激闘などなかったかのような涼しい顔で門の前に立つ姿は、まさに帝国の英雄。


カレン「……。……遊びに来た、にしては随分と早起きね。大陸十傑ともなると、寝起きの良さも異常なのかしら?」


城壁の上から見下ろすカレンの瞳に、再び鋭い軍師の光が戻る。


しかし、メンデルの視線は、カレンではなく……その後ろで静かに剣の柄を握る「あの人物」へと向けられた。


メンデル(……昨日のあの感覚。魔剣を怯えさせた『何か』。……確認させてもらうよ、アレクサンドの底力をね)


---


朝日がツーリアンの城門を白く照らす中、メンデルの軽薄な声が戦場の緊張感を逆なでする。


---


メンデル「カレンちゃんにお願いがあるんだけどさ~?」


カレン「フフフ、何かしら? わたしにアポを取るなら、随分と順番待ちになるわよ?」


メンデル「セシリアちゃんを僕に譲ってくれないかな? 昨日のバトルでさ~、僕もう彼女の可愛さにメロメロになっちゃったんだよね~。アハハ!」


カレンの瞳に、氷のような冷ややかさが宿る。


カレン「ふっ……寝言は寝て言ってほしいわね。指名するのは自由だけど、あなたに手に負える子じゃないわよ」


メンデル「アハハ、だよねっ! じゃあさ~、そこのフルーレちゃんご指名で! その次はハナちゃん!」


カレン「つまり一騎打ちで全員倒して決着をつけたいってことなんでしょうけど。展開的に圧倒的有利なわたしたちに、そんな不利な依頼が通ると思っているの? 回りくどい男は嫌われるわよ」


メンデル「アハハ、そこを何とかさ〜」


その時、背後から低く、重い声が響いた。


フルーレ「……いいっすよ。どうせこっちから行く予定だったんすから、手間が省けたっすね」


---


重厚な城門がゆっくりと開き、フルーレとサーヴェル、そして不測の事態に備えた五百騎の剣士団が姿を現した。


メンデル(……フルーレちゃんか、ハナちゃんか、はたまた壊滅の魔道士か。僕の天敵はこの三人に絞られているんだよね~……)


フルーレ「覚悟はいいっすか? 卑怯者のチャラ男くん」


メンデル「卑怯者かぁ~。まあ、そう言われても仕方ないかな。アハハ!」


フルーレが背中から二本の刀を引き抜く。


一本は、周囲の湿気を一瞬で凍りつかせる氷の魔剣『氷牙』。


そしてもう一本――いつも彼女が大切に手入れしている、あの黄色い柄の愛刀。


その瞬間、愛刀の刀身がフルーレの激しい殺気に呼応し、鈍い鋼の色から透き通るような「黄金の輝き」へと変貌した。


ビリビリと大気が震え、ツーリアンの城壁までをも震わせる圧倒的な威圧感が平原を支配する。


メンデル「!! ……まただ。テスラが怯えてる。一発目から当たりだよ……。……『雷の王』……」


メンデルの持つ「テスラ」が、上位の存在を前にした臣下のように、その魔力の波動を小さく萎ませていく。


フルーレ「……絶対に、許さないっすよ……」


---


雷系の魔剣で一、二を争うテスラにとって、目の前にあるのは「一、二」を争う相手ではなく、その頂点に君臨する伝説の雷王の剣。


ツーリアン城壁の上、震える手で欄干を掴むエレンが、その身に宿る「龍王」の激しい共鳴に息を呑んでいた。


エレン(わ、わたしの龍王が共鳴してる……。あの剣も……「八王の剣」なの!?)


かつてバキュラで感じた、あの魂を揺さぶるような波動。


アレクサンド騎士団の中に、自分とセシリア以外にも伝説を冠する者がいた。


その事実に驚愕しながらも、エレンの視線は階下の決闘へと釘付けになる。


---


城門前。大陸十傑・メンデルと、アレクサンド騎士団が誇る「八本の剣」の主・フルーレ。


メンデル「雷を守護とする僕にとって、一番欲しかったのがその『雷王』なんだよね~。フルーレちゃん、僕が勝ったらその剣、ちょうだいね?」


フルーレ「ほざくのもいい加減にするっすよ。……貴様は肉片の一欠片も残さないくらい、刻んでやるっす」


フルーレの周囲で、物理的な火花が散る。極限まで高まった殺気が、大気をチリチリと焼き焦がす。


フルーレ「我が名はフルーレ・フォスター! いざ尋常に!」


名乗りが終わるか否か、フルーレの姿が掻き消えた。


**『キィィィィィン!!』**


瞬時にメンデルの間合いへ踏み込み、黄金の閃光を叩きつける。


メンデル「うおっ! フルーレちゃんもセシリアちゃんに負けず劣らず速いね!」


メンデルは華麗なステップでそれを躱しつつ、鋭いカウンターを繰り出す。


城壁の上で戦況を見守るサンチェスとカムストックは、その次元の違う攻防に震えていた。


サンチェス「す、凄い……。フルーレ様の本気って、あんなに速いのか!? 相手はあの大陸十傑だぞ……」


カムストック「稽古の時の組手は、全然力を出していなかったということか……」


---


しかし、メンデルのステップが徐々に速度を上げ、フルーレを追い詰め始める。


メンデル「アハハ、フルーレちゃんはまだセシリアちゃんには及んでないみたいだね? 純粋な剣技の勝負なら、僕の方が上だよ」


その嘲笑に、フルーレの瞳が金色に輝きだした。彼女は激しくメンデルを睨みつけ、雷王を天へと高々と掲げる。


普段は黄色く透明な刀身が黄金色に光り輝き、雷が鎧のようにフルーレの全身に纏い金色の光りを放つ。


八王の剣に選ばれた者だけが辿り着けるという神域解放モード。


フルーレの雷神モードが今解き放たれたのだ。


フルーレ「……雷霆らいてい!!」


**『スドォォォォォンッッッ!!!』**


鼓膜を突き破らんばかりの轟音と共に、天から巨大な雷柱がメンデルを直撃する。


寸前で回避したメンデルだが、その余裕の表情が初めて強張った。


メンデル「す‥‥凄い、これが八王の‥‥雷王の力なのかい‥‥‥」


フルーレ「スピードと剣技で上回ったセシリア様を……。貴様はこうやって、得意げに嘲笑いながら追い詰めたっすよね?」


メンデル「アハハ……。……めっちゃ怒ってるじゃん」


フルーレ「剣の頂点を極めるには、この(魔法の)やり方は相応しくない……そう判断して今まで使わなかったっすけど。貴様に対してだけは、手加減なんて必要ないっすよ」


フルーレの言葉と共に、雷王の黄金の輝きがさらに膨れ上がり、雷神モードが全開放される。


それはまさに雷神の怒りに触れた人間の末路を見るような光景だった。


マキ「わたしとの組手でも数回しか見せた事のない雷神モードか‥‥相性も相まって、このまま押し切るみたいだな‥‥」


城壁で観戦していたカレン達ですら畏怖や恐怖を感じる最大級の怒り。


フルーレ「……死ね、メンデル!!」


その絶望的な状況の中でありながらも、メンデルは静かに目を閉じ笑っていた‥‥‥。


---


フルーレが再び雷王を掲げ、必殺の追撃を放とうとしたその瞬間――。


ツーリアンの城壁から、それをも上回る特大の火炎魔法がフルーレの足元目掛けて放たれた。


**『ドゴォォォン!!!』**


フルーレ「うわっ!? な、何っすか!?」


寸前で横に飛んでギリギリ躱すフルーレ。


爆煙の中、城壁の上から不敵な笑い声が響き渡る。


「フルーレよ、最初に指名を受けたのはわたしだ。それに、そいつはわざわざわたしに会いに来たんだろう?」


そこには、肩と背中に包帯を巻きながらも、巨大な大剣を軽々と片手で担ぎ、傲然と立つセシリア・ローランドの姿があった。


昏睡していたはずの鬼神が、己の獲物を奪われる屈辱に、その意志の力だけで目覚めたのだ。


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