第66話:セシリア敗れる
第66話「セシリア敗れる」
平原を震わせる神速の交差。互いの動きを完全に見切り始めた二人の戦いは、もはや兵士たちの目には光の束がぶつかり合っているようにしか見えなかった。
帝国兵「あのメンデル様と互角……あれがアレクサンドのセシリア……」
セシリア直轄部隊「セシリア様の本気の剣を受け流している……。あれが『大陸十傑』の力か……」
ジェームズは、目の前の光景に戦慄していた。自分たちが日々受けていた組手が、いかに手加減された「遊び」であったか。
セシリアがかつて口にした「わたしは優しい」という言葉の、真の、そして恐ろしいまでの重みを思い知らされていた。
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しかし、均衡は唐突に、そして残酷に崩れる。
セシリア「わたしは大陸十傑を全て倒すつもりなのだ! 終わりにさせてもらうぞ!!」
セシリアの大剣がさらに加速し、メンデルを暴風のような連撃で追い詰める。
メンデル「マ、マジ~……!?」
防戦一方となり、亀のように固くなるメンデル。勝機はセシリアにある――誰もがそう確信した刹那。
『ドォォォォン!!』
無詠唱で放たれた激しい雷撃がセシリアを襲う。
セシリア「……っ! 面白いことをする奴だ」
メンデル「いくよテスラ、華麗な一撃を頼むよ~」
メンデルの周囲に落雷が次々と降り注ぐ、セシリアはその落雷の雨を掻い潜るように躱し距離を詰める。
そしてセシリアの大剣がメンデルを捉えたかに見えた瞬間、眼前のメンデルの姿が消える。
セシリア「ふん、ちょこまかと‥‥」
メンデルが宙を舞い、オレンジ色に輝く剣を振り下ろす。セシリアは大剣で完璧にそれを受け止めた。……はずだった。
『ズバアァァ!!!』
セシリアの左肩から、大量の鮮血が噴き出した。
セシリア「ぐっ……なん……だと……?」
物理的な剣は止めた。しかし、メンデルの魔剣から放たれた「雷の刃」が、セシリアの大剣を透過してその肉体を深く切り裂いていたのだ。
メンデル「ごめんね。純粋な剣技なら君の勝ちだけど……僕の剣は『宝剣テスラ』。雷系でも一、二を争う魔剣なんだよ」
マキ「くっ‥‥セシリアの大馬鹿者め!!!剣での闘いを楽しむあまり完全に油断しおったわ!!相手は大陸十傑なのだぞ!?」
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ジェームズ「セシリア様!!??」
セシリア「騒ぐなジェームズ!! 大したことはない!! ……メンデル、謝る必要はないぞ。これも実力だ。だが、勝つのはわたしだ!!」
強がるセシリアだが、出血は止まらない。さらに十数回の打ち合いの末、テスラの雷光が今度はセシリアの左脚を無慈悲に貫いた。
セシリア「ぐはぁっ!!」
地面に膝を突くセシリア。
マキ「リノ!! マズいぞ! 一騎打ちなどと言っている場合か、止めろ!!」
メンデル「ごめんねセシリアちゃん。楽しかったけど、これで最後だよ……」
メンデルが悲しそうな笑顔でトドメの一撃を振りかざした、その時。
ボロボロのジェームズがセシリアの前に躍り出た。
『ザシュゥゥゥ!!』
胸から腹にかけて深く切り裂かれ、ジェームズが崩れ落ちる。
ジェームズ「がはっ……セ、セシリア様……逃げて……ください……」
セシリア「ジェームズ!! 貴様、一騎打ちだと言ったろうがぁぁ!!」
メンデル「な……下らないことを。まずは君から消えてもらうよ」
無慈悲に振り下ろされる二撃目。誰もがジェームズの死を確信した。
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メンデル「!!!!! バ、バカな……」
メンデルの目が見開かれた。
セシリアが、その満身創痍の体でジェームズに覆いかぶさり、背中で魔剣を受けたのだ。
背後から噴き出す、これまでにないほどの大量の血。
リノ「セシリア様!!!!」
ジェームズは薄れゆく意識の中、目の前のセシリアにたどたどしく呟やいた。
ジェームズ「‥‥セ、セシリアさま‥‥俺なんかの為に‥‥な‥んて‥‥バカなことを‥‥‥」
セシリア「‥‥‥馬鹿者‥‥お前は‥‥喋るな‥‥部下を守るのは‥‥騎士として‥‥と‥‥当然の義務だ‥‥」
意識を失う前にジェームズが最後に見たのはまるで聖母のように優しく微笑むセシリアの姿。
しかし、瀕死でありながらも直ぐに厳しい指揮官の顔に戻り、リノに指示を出す。
セシリア「リノ……ツーリアンに……撤退しろ……。それくらいの……時間は……わたしが……稼ぐ……」
アレクサンド王国騎士団最強、鬼神セシリア・ローランド。
大陸十傑の一人、メンデルを前に、彼女の誇り高き連勝記録は、あまりにも重い犠牲とともに、いま潰えた。
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平原に漂う濃密な血の匂いと、静まり返る両軍。
最強と謳われたセシリアが地に伏し、ジェームズが物言わぬ肉塊のように転がる。
絶望がアレクサンド軍を飲み込もうとしたその時、風の色が変わった。
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リノ「分かりました、撤退します! ただしセシリア様、あなたも一緒です!!」
リノは腰に帯刀した青い鞘の剣に手を掛けた。リノの瞳に、これまでにない冷徹な殺意が宿る。
辺り一面を焦土に変えかねない「極大魔法」の詠唱。その魔力に呼応し、メンデルは魔剣テスラを構え直した。
メンデル「……おかしいよ、セシリアちゃん。こんな終わり方って、‥‥‥あんまりじゃない?」
メンデルが躊躇しながらも、ようやくトドメの刺突を繰り出そうとした刹那。
『パチッ……』
魔剣を纏っていた雷光が、まるで何かに怯えるようにかき消え、刀身はただのオレンジ色へと戻った。
メンデル「な、なんだい……? テスラが怯えてる……?」
フルーレ「そこまでっすよ?」
ハナ「悪いけど、その人に手を出すならボクが叩き斬るよ?」
守護の盾として現れたのは、フルーレとハナ。
二人の放つ圧倒的な「殺気」と「守護の意志」が、大陸十傑の魔剣すらも一時的に沈黙させたのだ。
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膠着状態を破ったのは、メンデルの背後から響いた絶叫だった。
急使「報告!! メンデル様!! メトロイドからの強襲を受け、ブリンスタが陥落したとの報です!! さらに敵軍はこちらへ向けて進軍中とのこと!!」
メンデルは大きく天を仰ぎ、乾いた笑いを漏らした。
メンデル「……あっちゃー。興醒めだよ。カレンちゃんの『盤面』に完全にはめられちゃったか。……全軍、一旦退却!!」
深追いはせず、即座に軍を引かせる判断。それがメンデルという男の恐ろしさでもあった。三万の帝国軍は、潮が引くように西へと消えていった。
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ハナ「シルフィ!! 早くセシリア様とジェームズを!!」
フルーレ「馬車を早くこっちへ!!」
戦場に悲痛な叫びが飛び交う。リノの手のひらには、まだ行き場のない破壊の魔力が渦巻いていた。
リノ「メンデル軍三万……消えてもらいます……」
セシリア「……やめろ……リノ……撃つな……。ガクッ」
意識を失う寸前、セシリアがリノの手を弱々しく制した。
それは武人としての誇りか、あるいはこれ以上の犠牲を厭う「優しさ」だったのか。
リノ「でも‥‥セシリア様‥‥」
マキ「……リノ。退こう。……我々の負けだ」
快進撃を続けてきたアレクサンド王国騎士団。
初めて喫した「敗北」という苦い味は、夕闇に染まる平原に重く沈み込んでいった。
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西の空が赤く染まる頃、平原での激突を終えた両軍は、それぞれの陣営で重い沈黙と、あるいは激しい動揺の中にいた。
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ブリンスタとツーリアンの間に陣取ったメンデル率いる帝国軍の幕舎。そこでは、撤退の是非を巡り隊長たちが怒号に近い議論を交わしていた。
「退路を断たれる前に、第二の都市ノルフェアまで後退すべきだ!」
「いや、セシリアを欠いた今こそ好機! 逆転してツーリアンを落とすべきだ!」
焦燥に駆られる将校の一人が、椅子に深く腰掛けるメンデルに詰め寄った。
「メンデル様! 陣をツーリアンに寄せ、攻城の構えを見せるべきではありませんか!?」
しかし、メンデルの口元からいつもの軽薄な笑みは消えていた。彼は静かに紅茶を啜り、冷めた声で応える。
メンデル「……あまりツーリアンに近づきすぎたら、全滅するよ。……『壊滅の魔道士』が、常にこちらが射程圏内に入るか捉えているからね」
隊長「しかし! なぜあの時、確実にセシリアにトドメを刺さなかったのですか!?」
メンデル「……。……僕が、気まぐれで彼女を逃がしたとでも思っているのかい?」
メンデルは、自身の震える手元を見つめた。
あの瞬間、魔剣テスラを沈黙させたのは、ハナやフルーレの殺気だけではない。
瀕死のセシリアから放たれた、死をも超越した「意志」の塊。
メンデル「……すまない。少し疲れた。一人にさせてくれないかい」
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一方、ボロボロの直轄部隊を連れて帰還したツーリアンの本陣。
カレンの執務室には、沈痛な面持ちの幹部たちが集結していた。隣室で治療を終えたシルフィが、静かに扉を開く。
カレン「シルフィ! セシリアの容態は!?」
シルフィ「治癒が間に合いました。外傷は塞いでいますが、深い昏睡状態です。当分は安静にさせねばなりませんね。……ジェームズさんは、先ほど意識を取り戻しました」
カレンは短く息を吐き、机の上の地図を叩いた。
カレン「……ありがとう。助かったわ。でも、しばらくセシリアは使えないわね。……さあ、戦略会議を練り直すわよ。この隙にメンデルをどう追い詰めるか――」
その言葉を遮るように、よろよろとした足取りでジェームズが部屋に踏み込んできた。
ジェームズ「カレン様……軍略も大事ですが! セシリア様は死にかけていたんですよ!? 命はあっても、まだ意識が戻らないんですよ……!?」
会議の隅で、エレンは顔を覆い、ずっと肩を震わせて泣き続けている。
カレン「……ジェームズさん。あなたはまだ部屋で安静にしていなさい」
ジェームズ「で、でもですよ! 仲間が、あんな……っ!!」
ハイドン「ジェームズ。お前の気持ちは痛いほど分かる。……だが、今は戦略会議を優先させてくれないか。お願いだ」
メトロイド・ブリンスタの制圧を終え、急行したハイドンとブキャナンの二人が、必死にジェームズをなだめ、部屋の外へと連れ出した。
扉が閉まった後、カレンの手がわずかに震えていたことに、気づいた者は誰もいなかった。
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最強の駒であるセシリアの戦線離脱。
そして、かつてないほどの怒りと哀しみを抱えたアレクサンド騎士団。
カレン(……泣いている暇なんてないのよ。わたしたちが止まれば、彼女の流した血が、本当に無駄になってしまうもの……)
軍師の瞳に、再び冷徹な輝きが宿る。
メンデルとの、本当の「化かし合い」はここからだった。
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