第61話:帝国の最前線要塞
第61話「帝国の最前線要塞」
城壁の上から優雅に扇子を扇ぐ軍師カレン。その背後には、地獄から戻ってきたかのようなセシリア直轄部隊が静かに、しかし圧倒的な威圧感を纏って到着していた。
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バッハ将軍は、逃げ場を完全に失っていた。
背後からは「鬼神の部隊」、前には「陥落した自城」。
馬車から降りてきたリノが、まるで野良猫に話しかけるような軽さで告げる。
リノ「バッハ将軍、おとなしくご同行願えますか? 悪いようにはしませんので」
バッハ(……こいつ一人なら、あるいは勝てるかも……?)
一瞬、脳裏をよぎった一筋の希望。しかし、その希望は、馬車からフラフラと降りてきた「夢遊病の少女」を見て粉々に砕け散った。
エレン「……あれ? 先ほどの将軍さん?」
眠気まなこで、巨大な大剣を杖のように引きずるエレン。
その姿を見た瞬間、バッハの脳裏には先ほどの「龍神の咆哮」と「無詠唱の雨」がフラッシュバックする。
ガタガタと震え出したバッハは、剣を捨て、おとなしく膝を折った。
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幕舎の中、戦勝報告の場は静まり返っていた。
カレン「みんなお疲れ様。かなりの大手柄よ?」
リノ「大手柄はエレンさんですよ」
エレン「わ、わたしは何もしてませんよ!! 途中から記憶はないですし!! セシリア様が助けてくれたんですよね???」
すると、いつの間にかそこにいた「本物」のセシリアが、鼻を鳴らして否定した。
セシリア「ふん。わたしはこの城の制圧に専念していたのだから、助けるわけがないだろう?」
エレン「ええっ!? でも、八王の剣があの場に、もう一本あったはずですよ!?」
それを聞いたバッハの表情は、もはや絶望を超えて「虚無」だった。
バッハ「同じ顔が二人……。ば、馬鹿な……。では、わたしが死に物狂いで闘って……惨敗したのは、セシリアではなかったというか……?」
セシリア「バッハよ、残念だったな? お前を倒したのは、この『へっぽこ』エレンだ。……弱かったであろう?」
その言葉に、バッハの尊厳は完全に崩壊した。
バッハ「こ、この……バケモノが……『へっぽこ』だと……?」
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その頃、アレクサンド王都。
ハナの諜報師団から届いた速達に、ラーズ王は呆れと感嘆の入り混じった笑みを浮かべていた。
ラーズ「昨晩バキュラ入りしたばかりだぞ……。今日はコルネ領の帝国兵を駆逐する程度の話だったはずが、メトロイドを丸ごと奪取するとは……。あやつらは、地図を書き換えるのが趣味なのか?」
王国史上初の快挙。ラーズは側近たちに告げる。
ラーズ「……まあ、あやつららしい。好きにさせよ」
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一方、メトロイドの幕舎では、セシリアによる「尋問」が行われていた。
セシリア「バッハよ? 答えろ。なぜメトロイドにはペナントが一種類しかないのだ!? 普通、記念品は二種類用意するのが『常識』であろうが!!!」
バッハ「わ、私は……軍事に注力していたので……環境局や地域局にはあまり……」
セシリア「黙れ!! 言い訳をするな!!!!」
バッハ「す、すみません!!(……このセシリアも本物なのか……!? 尋問の内容が軍事機密と一切関係ないぞ!!)」
「本物の鬼神」と「伝説のへっぽこ」。二人の理不尽な力に翻弄されたバッハ将軍の心は、ペナントへの執着という名の狂気によって、完全にノックアウトされたのだった。
ブキャナン「カレン様、バッハ将軍が『もう何でも話すから、ペナントのこと以外で尋問してくれ』と泣いています」
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幕舎の中、冷や汗が川となって流れる尋問室。
「伝説の鬼神」セシリアの尋問は、もはや尋問というよりは「まちづくり改善計画の暴走」と化していた。
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セシリア「バッハよ、なぜメトロイドには街路樹や花が少ないのだ? 殺風景極まりないではないか!」
バッハ「そ、それは……環境局に……言わないと……」
セシリア「まあ良い。植えれば良いだけだ。……では次、これはかなり重要だ。メトロイドの保護猫活動や地域猫活動、そして定期的な譲渡会などはどうなっておる?」
バッハ「あ、あまり活発では、あ、ありません……。(駆除活動を強化していたなんてバレたら……こいつにミンチにされる……!!)」
バッハは必死に息を殺す。この「鬼神」が猫愛好家であるという情報は、帝国軍の諜報網から完全に漏れていた。
もし、街の衛生管理という名目で猫の駆除を行っていたことがバレれば、自分の首など一瞬で飛ぶ。
そこへ、救世主のようにドアが開いた。
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リノ「セシリアさん、尋問官の交替の時間ですよー。続きはわたしがやりまーす」
バッハ(た、助かった……! あの聖女のようなリノ殿なら、まだ話が通じるかもしれない!)
バッハは希望にすがりつくように顔を上げた。しかし、交代したリノが扉を閉めた瞬間、彼女の背後から漂う空気が、尋問室全体を凍てつかせるほどに鋭利なものへと変貌した。
リノ「では代わってわたしが質問しますね~? バッハさん……」
リノの瞳から「てへっ」という愛嬌が消え、まるで獲物を解体する料理人のような冷徹な光が宿る。
リノ「なぜメトロイドのお土産屋さんには、提灯が一つも置いてないのですかぁ~?」
バッハ「……は?」
バッハの脳裏に、なぜ提灯が重要なのかという疑問が浮かぶ暇さえなかった。リノの手が、腰に帯びた剣の柄に触れる。
リノ「わたし、アレクサンド騎士団の軍師補佐として、街の景観には凄くこだわりがあるんですよ。提灯がない街なんて……夜に歩く楽しみがないじゃないですか。死んだほうがマシだと思いませんか?」
バッハ「あ、あわわわ……! 助けて! 殺される! ていうかなぜ提灯なんだ!!」
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一方、幕舎の外では、帰還したばかりの副師団長たちがその様子をうかがっていた。
ヒナギク「……中から悲鳴が聞こえますね」
サーヴェル「尋問というより、もはや『趣味の押し付け』ではないか?」
レイラ「あのバッハ将軍が……泣きながら提灯の図面を描かされている……」
カレン(あらあら、リノは提灯の収集が趣味だからね。バッハさん、セシリアに殴られるより、リノに精神的に追い詰められる方がよっぽど地獄かもね)
バッハ将軍は、軍事機密を吐かされることよりも遥かに恐ろしい、「提灯への異常な情熱」という名の深淵を覗き込んでいた。
もはや、彼が戦場にいたときよりも痩せこけていくのは時間の問題であった。
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メトロイドの駐屯地では、戦いを終えた新人隊員たちが、伝説(と彼らが信じている)の「セシリア様の無双」について熱く語り合っていた。
ファゴット「いや~、セシリア様の凄まじい強さにはマジで痺れたよ! 帝国兵が木っ端のように吹き飛びまくるんだからな~!」
コントラバス「あの連続魔法攻撃もヤバかったぜ! 味方すら逃げ惑う威力……さすがは『鬼神』だ!」
その横で、魂がどこかへ旅立ったような表情で座り込むエレン。彼女の脳内では、数時間前の地獄絵図がループ再生されていた。
ホルン「ファゴット、そういや前に約束してたよな!? エレンが眼鏡外してポニテにしたら、セシリア様にそっくりだからコスプレしてくれって話!」
ファゴット「ああ、あったな! エレン、約束だぞ! 今度やってくれよ!!」
エレンは静かに顔を上げた。その瞳には、先ほどまで戦場を蹂躙していた「龍神」の片鱗が、怒りという形で宿っていた。
エレン「……はあ? それ、本気で言ってます???」
エレンの背後から、黒いオーラが立ち上る。ポニテも眼鏡も関係ない。ただただ、「二度とあんな思いをしたくない」という悲痛な怒りが、新人三人を戦慄させる。
新人たち(ひっ……! な、なんだこの威圧感は!? 怒るんだこいつ……ていうか、セシリア様より怖くないか!?)
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一方、バッハ将軍は、尋問室という名の「理不尽の溜まり場」で、人生最大の試練に直面していた。
* **一時間前:** ハナによる「スイーツがないこと」への激烈なクレーム。
「そんなんだから負けるんだよ! 甘味が足りないんだよ!!」と責められ、バッハは必死に街のパティシエ育成計画を立案させられた。
* **三十分前:** フルーレによる「街の構造」へのダメ出し。
「エスカレーターとかエレベーターがないとか、どんだけだるい街なんすか!」と詰められ、バッハは都市計画の再策定を約束する羽目に。
そして今――。
シルフィ「ウフフ……バッハさん、お強いですね♡ これ、最後に特製の……どうぞ?」
シルフィが差し出したのは、錬金術師たちが「これを入れると何でも味の調和がとれる(※実験用)」と称する、怪しげな調合青汁飲料。
バッハ「げふう……!! す、すみません……もう勘弁してください……!!」
バッハ将軍は口から魂が出かかっている。
彼が一番恐れているのは、軍事機密を奪われることではない。この「アレクサンド騎士団」という、個性の暴走した集団に、これ以上付き合わされることだった。
バッハ(……なぜだ。なぜ私は、街のバリアフリー化とスイーツの普及と、謎の飲み物のテイスターをさせられているんだ……!!)
バッハの心は、すでにメトロイドの陥落よりもずっと深い場所へと沈んでいった。
しかし、そんな平穏(?)な地獄の中、城の外では不穏な鐘の音が鳴り響く。
ついに、帝国中央からの「本物」の使者が、この混沌とした街へ足を踏み入れようとしていた。
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戦略とは、常に「最悪」を想定して組み立てられるもの。
軍師カレンが描いた絵図において、メトロイド奪取はあくまで「多大な犠牲を払ってでも手に入れるべき悲願」であったはずだった。
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カレン(五千の兵で、バッハの二万を足止めする……。数時間は稼いでくれると思っていたけれど、まさか壊滅させて戻ってくるなんてね)
カレンは、メトロイドの執務室の窓から、平穏を取り戻しつつある街並みを見下ろした。
今回の作戦の本質は、エレンを「捨て石」に近い囮として使い、その隙に本隊が間道を抜けて空城を突くというもの。
エレンが五千の兵を率いて死者も出さずに二万の帝国軍を退けた事実は、カレンの精緻な計算を根底から覆す、あまりにも嬉しい「狂い」であった。
カレン「エレン……わたしの想定外や計算外なことをするところまでセシリアそっくりなのね。……あいつ、雑用係を連れてきたと見せかけて、とんでもない『爆弾』を見つけてきたわね。フフフ、まるでマキ様の真似みたい」
冷徹な軍師の口元に、かつてないほど愉悦に満ちた笑みが浮かぶ。
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メトロイド。ここは単なる城塞都市ではない。
ゼッターランド帝国の帝都クレイドから、第二の都市ノルフェア、第三の都市ツーリアンへと続く大動脈が合流する、帝国最前線の「心臓部」である。
膨大な兵糧、最新の魔導兵器、そして整備された街道。
ここをアレクサンドが抑えたということは、帝国の喉元に、いつでも致命傷を与えられる「抜き身の剣」を突きつけたに等しい。
誰もが確信していた。
アレクサンド騎士団はこのメトロイドを徹底的に要塞化し、本国から兵を増強し、ここを拠点として帝都制覇へと乗り出すはずだと。
カレン「……。普通なら、そう考えるわよね」
カレンは地図の上に置かれたチェスの駒を、静かに倒した。
その瞳には、教科書通りの戦略を嘲笑うかのような、不敵な光が宿っている。
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城内では、エレンがようやく眠りから覚め、自分が何をやらかしたのかを知って再び気絶しかけていた。
そしてバッハ将軍は、尋問の末に「提灯」と「スイーツ」の概念に脳を焼かれ、もはや帝国将軍としての記憶を失いかけていた。
すべてがアレクサンド騎士団のペースで進んでいるように見えるメトロイド。
しかし、帝都クレイド。そこでは、自らの「庭」を荒らされたことに激怒する、帝国の真の支配者が動き出そうとしていた。
カレン「さあ、帝国が次に送ってくるのは『力』かしら? それとも……」
軍師の微笑みは、まだ消えていない。




