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第60話:龍神の覚醒

第60話「龍神の覚醒」



砂塵を割り、エレンの前に現れたのは、一際派手な黒の甲冑を纏った男。二流ホストのような軽薄さと、圧倒的な威圧感を同居させた帝国軍将軍・バッハであった。


---


エレン「ひいいっ!? 何かヤバい感じの人が来たぁぁぁ!?」


バッハ「セシリアよ!! 暴れるのもそこまでだ!! ゼッターランド三傑の一人『華麗なるメンデル様』直属、このバッハが貴様の首を討ち取ってくれる!!」


エレン「あ、あわわ!! あなた将軍なんですかかか、ちょ、ちょっと待ってください!! は、話をしましょう!?」


バッハ(……何だ? この期に及んで話し合いだと? ……何かの策か? いや、セシリアは策など持たぬ猪突猛進と聞いたが……)


エレン「ひ、ひ、人違いなんですっ!! わたしはセシリア様ではありません!! だから、わたしを倒しても何にも良いことありませんからっ!! に、逃がしてもらえませんか????」


マキ(あのへっぽこ、敵将に命乞いを始めおったぞ……)


バッハ「……。貴様……この俺をバカにしているのか……?」


バッハの額に青筋が浮かぶ。彼にとって、眼前の「セシリア(エレン)」の言葉は、最強の騎士による最悪の侮辱にしか聞こえなかった。


エレン「ひいいっ! 更に怒りだした!? ほ、本当なんです!! わたしニセモノなんですよぉ~~~うわあん!!!」


バッハ「貴様ぁ!! そんな大剣を振り回して我が兵を千人近く吹き飛ばしておいて!! セシリアじゃないわけがあるかぁぁぁぁぁ!!!!!」


---


バッハが閃光のような速さで斬りかかる。


**『ガキィィィン!!』**


エレン「きゃああ!! や、やめてください!!!!」


バッハ「この至近距離で受け止めおったか!! さすがはセシリア!! だがこれはどうだ!?」


間髪入れぬ鋭い突き。エレンは大剣を盾にするが、その衝撃に耐えきれず激しく吹き飛んだ。


『ドゴォォッ!!』

背後の大木に叩きつけられ、エレンの口から苦悶の声が漏れる。


エレン「がはっ……!!」


バッハ「美しさと力強さを兼ね備えた我が剣の前には、貴様の剛力など無力!! あの世へ行けぇ!!」


膝をつくエレンに、数十という剣撃の雨が降り注ぐ。防戦一方で、もはや袋叩き。


バッハの渾身の薙ぎ払いが炸裂し、エレンは大剣ごと再び吹き飛ばされ、地面に突っ伏した。


---


マキ(ま、マズイぞリノ!! へっぽこは意識を失った、手助けするのだ!!)


リノ(思念)『やはりバッハ将軍はまだ無理でしたか……仕方ありません!』


リノが助太刀に動こうと一歩踏み出した、その時。


戦場の喧騒をすべてかき消すような、澄んだ、しかし凄まじい「音」が耳をつんざいた。


『キィィイン!!!!!』


それは金属同士のぶつかり合いではなく、魂そのものが震えるような共鳴音。


薄れゆく意識の底で、エレンはその「音」を聞いていた。


かつて、自分の心の中にだけ響いた、懐かしくも恐ろしいあの振動を。


マキ(……!? なんだ、このプレッシャーは……。エレンの体から……何かが漏れ出している……?)


意識の濁流の中で、エレンは懐かしい振動を感じていた。


(……あの宝物庫の時と同じ。セシリア様と組手をして、死を覚悟した時と同じ。共鳴……。同じ『八王の剣』が近くにいる。助かった……。セシリア様が……助けに来てくれたんだ……)


安堵と共に、エレンの意識は深い闇へと沈んでいった。


---


マキ「完全に気を失ったぞ! リノ、早くしろ!」


リノ「……」


マキ「リノ! 何をしておる! 早く助けろと言っておるのだ!」


リノ「……怒っています。龍王が……『邪魔をするな』と激しく。私に「来るな」と怒っています」


バッハ「とどめだ! 鬼神セシリアはこのバッハが討ち取ったり!!!」


横たわるエレンへ、バッハの剣が吸い込まれる。


しかし、その刃が届く直前。激しい風の壁と壮絶な雷の防壁が、暴力的なまでの拒絶反応を示した。


『バチイイイッ!!!!』


バッハ「むうっ!? まだ立ち上がるか!?」


ゆっくりと、エレンが立ち上がる。しかし、その瞳には焦点が合っていない。


まるで夢遊病者のように、それでいて絶対的な強者の余裕を湛えて。


エレン「せっかく静かに眠れると思ったのに……これじゃ寝られないじゃないですかぁ~……あなたが悪いんですね……?(にやり)」


---


一瞬、たじろいたバッハだったが、よく見るとエレンは足元がおぼついていない。


バッハ「死にかけではないか!! 驚かせおって!!」


バッハの連続剣撃。だが、左からの斬撃は風が受け流し、右からの突きは雷が弾き返す。


エレンはただ、ふらふらと歩いているだけに見える。


エレン「……ムダですよぉ……わたしの眠りを邪魔することは……できませんよ……?」


バッハ「な、な、なんだこいつは!? 攻撃がまるで当たらんではないか!?」


マキ(こ、これは龍王が力を貸しているのか……。いや違う。エレンは龍王の力などこれっぽっちも引き出せておらぬ……!)


リノ(思念)『エレンさん本人の力ですよ。臆病でビビリなエレンさんは、最も無防備な「睡眠中」にこそ、最強の防御を張り巡らせるよう身体が指示をしていたんです。しかも、無意識に……てへっ☆』


---


バッハ「おのれ!! とはいえあと一息! これで終わりだ!!!」


渾身の上段構えから、バッハの最大剣速が繰り出される。

だが、エレンはそれを片手の大剣で、羽虫を払うかのように軽く止めた。


『ガキィィ!!!!!』


エレン「わたしの……睡眠を邪魔するひとは……お仕置き……です」


エレンのもう片方の手のひらが、至近距離のバッハに向けられる。


**『ゴバアァァァァァ!!!!!!』**


それは魔法というより、生命の奔流。


龍の咆哮のような凄まじい火焔が、至近距離からバッハを飲み込もうと吹き荒れた。


バッハ「う、うおお!!?? あ、危なかった……! 何なんだこいつは!?」


風と雷を纏い、天からは巨大な牙で噛みちぎるかのような大剣が襲い、正面からは咆哮のごとき火焔。


その禍々しくも神々しい姿は、もはや騎士のそれではない。


バッハ「何だ、こいつ……ま、まさしく龍そのものではないか……」


バッハの脚が、生まれて初めて「恐怖」でガタガタと震え出した。


エレン「……わたしの睡眠を邪魔した者は……お仕置き……します(にやり)」


眠れる龍の逆鱗に触れた剛将。

戦場のパワーバランスは、今、完全に崩壊しようとしていた。


---


バッハは、死の間際のような極限状態で、幼い頃に聞かされたゼッターランドの古いお伽話を思い出していた。


「眠っている龍は絶対に起こしてはいけない。逆鱗に触れた国は、一夜にして龍に滅ぼされてしまったとさ」


目の前には、風と雷を纏い、咆哮のような火焔を撒き散らしながら、「えへへ……」と笑って近付いてくる龍神。もはや将軍としての誇りなど微塵も残っていなかった。


---


バッハ「た、退却だ!! 残った者は皆メトロイドまで退却しろ!!!」


バッハは一目散に逃げ出した。ふと背後を振り返れば、一万五千を誇った兵力は、わずか千騎足らずにまで激減している。


副師団長ズの無慈悲な掃討と、「龍神」エレンの理不尽なまでの破壊力。バッハの頭にあるのは、ただ一点。


バッハ(生きて、生きてメトロイドまで生還できるのか……!?)


その頃、限界を迎えたエレンは、糸が切れた人形のようにバッタリと倒れ伏した。リノはそれを手際よく馬車へ運び入れる。


リノ「エレン様、よく頑張りましたね? ゆっくり寝てくださいね」


眠るエレンの頭を優しく撫でた直後、リノは副師団長ズへ「冷徹な聖女」の顔で指示を飛ばした。


リノ「これより掃討戦に入ります。バッハを捕らえましょう。てへっ☆」


---


バッハは逃げた。国境を越え、ゼッターランド領内に入ってもなお追撃の手を緩めないセシリア直轄部隊に、彼は戦慄を禁じ得なかった。


バッハ「く、狂ってやがる!? わずか五千騎で帝国領まで攻め込んでくるなんて……! セシリアは噂以上にイカれてやがる!!」


しかし、追いつかれる寸前。バッハはついに辿り着いた。彼の本拠地、難攻不落を誇る城塞都市メトロイド。


バッハ「勝った……! ここには二万の兵が控えている……。入城さえすれば、我が勝利だ!!」


---


バッハは声を限りに叫ぶ。「開門しろ! 我はバッハであるぞ!!」

だが、重厚な城門はびくともしない。それどころか、見上げたバッハの顔は、瞬時に土気色へと変わった。


メトロイドの城壁には、帝国の旗ではなく、アレクサンド王国の旗が、誇らしげに何本もなびいていたのだ。


城壁の上から、一人の女性が優雅に扇子を広げ、絶望する将軍を見下ろした。


カレン「あらバッハ将軍、思ったより帰りが遅かったわね? そんなに手こずっていたのかしら?」


バッハ「な、な……お前はアレクサンドの軍師カレン!? なぜ貴様がそこに……!? 帝国の二万の守備兵はどうしたのだ!!」


カレン「うふふ、留守の城を落とすなんて、赤子の手をひねるより簡単だわ。貴方が全軍を引き連れてエレン……あ、いえ、セシリアを追いかけ回している間に、私たちは裏道から失礼させてもらったの」


バッハ「な、な、何が起こっているのだ……これは悪い夢なのか……!?」


正面には追撃してくる「鬼神(中身:エレン)」の部隊。

背後には既に陥落した自らの居城。


バッハ将軍の「華麗なる」はずだった戦いは、あまりにも無惨な幕引きを迎えようとしていた。


---


馬車の中で、エレンは深い眠りの中にいた。


意識はあの日――あの厳かな宝物庫へと引き戻される。


---


#### 宝物庫の「強制契約」


セシリア「よかったな、龍王はお前を主に選んだようだ」


エレン「よ、よくなんかないです~!! こんなだいそれたものを、わたしなんかが……!」


ラーズ「その剣がお主を選んだのだ。騎士団の為に活躍してくれることを祈っておるぞ?」


エレンは震える手で、その禍々しくも美しい「龍王」の剣を抱えていた。


王家の文献を広げたカレンが、氷のような冷徹さで事実を突きつける。


カレン「読ませてもらったアレクサンド王家の文献でも、八王の剣は百年に一本程度しか登場しないわ。多い時でも三本……。それが同じ時代に、七本も主を選ぶなんて」


エレン(……明王は騎士団長様の刀。それにセシリア様の鬼王。そして、わたしの龍王。残りの五本も、もうどこかで主を選んでいるってこと……?)


セシリア「まあ、何かあるんだろう。天変地異とか、世界を巻き込んだ大戦争とか」


カレン「セシリア、あんたが言うと当たるから、不吉なことは言わないで!」


セシリア「むむっ! しかし文献では、最初は八本勢ぞろいしていたのだろう? 世界を巻き込んだ大戦争の時に」


ラーズ「もしもの時には、セシリアとエレン。お主たちも頼んだぞ?」


エレン「ひいいっ!? そ、そんな凄いことにわたしなんかを巻き込まないでくださいよ~!? 尚更受け取れません!! 返品します!!」


---


リノが、背後からふわりと現れる。


リノ「ウフフ……ここまで話を聞いておきながら、返品なんて出来るわけないじゃないですかぁ~? てへっ☆」


セシリア「むむっ! へっぽこエレン、貴様……返品ができると思っておったのか?」


カレン「そうね。八王の剣やそれにまつわる話は、アレクサンドの国家機密そのもの。それを知った上で『はいそうですか』と返品なんて、できるはずがないわ」


エレン(え? ええっ!? じゃ、じゃあ、もしどうしても……返品しなければならなくなったら、わたしはどうなるんですかッ!?)


エレンは縋るような思いで、この中で一番まともだと思っていたラーズ王に泣きついた。


ラーズはエレンの震える肩に手を置き、まるでお菓子でもあげるかのように、慈愛に満ちた笑顔で優しく囁いた。


ラーズ「大丈夫だ。ただ死刑になるだけだ。(満面の笑み)」


……その日、感動のあまり(というより、死の恐怖に涙して)龍王を抱きしめ、嗚咽を漏らしながら家路に着くエレンの姿があった。


---


#### 夢からの帰還


エレンは、冷や汗を流しながら目を覚ました。


リノ「……お目覚めですか? エレンさん」


エレンの目の前には、リノが静かに座っていた。彼女の目には、夢の中で見たあの日の王のような、どこか冷徹な光が宿っている。


エレン「リノ様……わたし、やっぱりセシリア様の代わりなんて……」


リノ「ウフフ。エレンさん、大丈夫ですよ、あなたは今や、我らが騎士団の貴重な戦力なんですから。……さあ、バッハ将軍がこちらを睨んでいますよ?」


エレンが窓の外に視線を向けると、そこには自分の城を背景に、絶望に打ちひしがれるバッハ将軍の姿があった。

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