第58話:ハイドンの動く城
第58話「ハイドンの動く城」
王宮前の広場。出陣予定時刻を大幅に過ぎた静寂は、セシリアの絶叫によって粉々に砕け散った。
「寝坊したーーーー!!!」
窓から飛び出してきたセシリアを先頭に、ハイドン、ジェームズ、アンドリューの副師団長ズが、死人のような顔色でそれに続く。
その直後、軍師カレンと各師団長たちが、髪を振り乱しながら広場へとなだれ込んだ。
兵士たちの顔には「これが我らが伝説の騎士団か?」という困惑が浮かんでいる。だが、その中心に、まだ眠気まなこの「マキ様」を優しく抱きかかえたリノが現れると、空気が一変した。
セシリアは荒々しく大剣を肩に担ぎ、広場の中央に立つと、まだ少し震えている副師団長ズを睨みつけた。
セシリア「貴様ら! いつまでボケーッとしておる!!」
彼女の瞳から、先ほどまでの「恋愛理論を語る乙女」の面影は消え失せ、かつて王都を震え上がらせた「鬼神」の戦意が宿る。
セシリア「これより我らアレクサンド騎士団は、帝国との戦火へと赴く! 守るべき王国の盾となり、憎き敵を叩き斬る!! 全師団、ただちに隊列を整えよ!!」
セシリアの咆哮が王都の空気を切り裂く。
セシリア「全軍、出陣せよ!!」
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泥舟とも揶揄されるこの軍団が、いよいよ国境の海へと動き出す。
マキ様を抱くリノの瞳は、誰よりも冷徹に、そして誰よりも深い慈愛を湛えていた。
五万の大軍が地鳴りのように西へと突き進む。目的地は、ゼッターランド帝国との火種がくすぶる最前線、コルネ王国の城塞都市バキュラ。
地図の上では最短距離の行軍だが、その内実はアレクサンド王国の歴史上、最も騒がしい移動拠点となっていた。
#### 中軍:癒やしの監獄
カレンの執務室馬車に続く、「特製リノ部屋馬車」。そこは外から見れば巨大な軍用車両だが、中身はマキ様を巡る「究極の幼児教育」の現場である。
カレン「マキ様~♡ 今日も可愛らしいでちゅねぇ? は~い、あ~んちてくだちゃいねぇ~? 上手にもぐもぐできまちたねぇ~?」
マキ「……もうやめてくれ。何回も言うが、いったい誰なんだこいつは……」
リノ(思念)『まだ慣れないんですかぁ~?』
マキ「慣れるか!!!!!(※赤ちゃんのフリをしながら絶叫)」
#### 前衛:威厳という名の「動く城」
一方、セシリア本隊の真ん中を行くのは、屈強な馬十頭が牽引する「ハイドン特製・超巨大要塞馬車」である。
元帝国兵「さすがハイドン様の馬車だ! 特製の超巨大要塞のようだ!」
元帝国兵「アレクサンドでもこの高待遇、ハイドン様の人徳と威厳は底知れないな!」
兵士たちの称賛の声が外に響く中、その「威厳の要塞」の内部は、完全に崩壊したサークルルームと化していた。
サーベル「セイラさん、わたしの化粧バッグしらない?」
セイラ「ソファの横にあるじゃないですか?(※冷ややかな視線)」
ヒナギク「私が諜報師団に作らせた『バキュラお買い物&食べ歩きガイド雑誌』が今届きましたよー!」
サマンサ「えーっ、このお店服がいっぱいある! 楽しみ~!」
レイラ「あ、このレストランもおしゃれー!」
奥ではトランプの賭け事に興じる隊長ズ。ハイドンは、その喧騒の中心で小さくなりながら、一筋の希望にすがる。
ハイドン「あー……皆んな聞いてくれ。ここは私の部屋なんだが……そろそろツッコミを入れてもいいかな?」
副師団長ズ&隊長ズ「ダメです!!!!!!(※全会一致)」
ハイドン「……そうですか……」
ハイドンは、ただひたすらに遠くの地平線を見つめた。
その瞳に宿る威厳は、もはや倒産した会社の株券よりも価値を失っていた。
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二日間の進軍を経て、アレクサンド王国騎士団はついにコルネ王国の盾、城塞都市バキュラへと入城した。
最前線の緊張感を予想していたマキの目に飛び込んできたのは、別の意味で強烈な光景だった。
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城の前に到着すると、そこに待ち構えていたのは、太陽の光を反射して輝く頭部を持つ屈強な男――城主ガンプであった。
ガンプ「アレクサンド王国騎士団の皆様、セシリア様、よくぞ参られた! 御威光はここにも強く届いておりますぞ!!」
セシリア「む? 何だこの筋肉ハゲは?」
『ゴスッ』
カレンの鋭いヒールが、セシリアの脛を正確に捉える。
カレン「この方がバキュラ城主のガンプ殿よ!!(笑顔で威圧)」
セシリア「そうか、済まなかった。ハゲにはあまり良い思い出がないものでな!」
ガンプ「ハッハッハ! 構いませぬぞセシリア殿! ちなみにこれはスキンヘッドといってハゲとは違いますぞ? ハッハッハ!」
見渡せば、ガンプの側近も兵士たちも、見事なまでに全員がスキンヘッドで統一されている。ある種、騎士団以上の統率力と言えるかもしれない。
セシリア「ハゲとスキンヘッドの違いがよく分からんな。……そんなことより、わたしは早くペナントを買いに行きたいので話を切り上げていいか?」
『バシィ!!』
カレンの扇子がセシリアの後頭部で鮮やかに弾けた。
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カレン「夕食会は18時、時間厳守よ。それまでは自由行動!」
軍師の号令がかかった瞬間、最前線基地は一瞬にして「観光地」へと様変わりした。
ハイドン「私は服を買いに行くとしよう」
副師団長ズ「「奇遇ですね、ご一緒しますよ(※財布代わりにする気満々)」」
シルフィ「ウフフ……ついて行っちゃう♡」
セシリア「よし! 土産売り場に行ってくるぞ!!」
ジェームズ&ガリクソンが背後を固めるのは、もはや騎士団の形式美である。
隊長ズ「どこか面白そうなところを探してきます!」
エレン「私は静かに眠りにつける場所を探します……(切実)」
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#### 観測者:マキの心境変化
マキを抱きかかえ、慣れた手つきで本屋へと向かうリノ。
マキ(……。……あいつら、緊張感という言葉を知らんのか。……リノ、お前はまた本屋に行くのか?)
リノ(思念)『ウフフ、珍しい魔道書があったら嬉しいですからね~。その後、土産屋に提灯を見に行きますよ♪』
マキ(相変わらずだな……。だが、こういう空気も悪くないと思えてきた。私も毒されてきたものだ。フフフ)
リノ(思念)『ですね、ウフフ☆』
かつて「鉄の処女」として、一分の隙も許さなかったマキ。
だが、今の彼女の瞳には、かつての孤独な決意とは違う、少しだけ柔らかな色が宿っていた。
しかし、この平穏なショッピング・タイムの裏で、帝国の影は確実に、そして静かに忍び寄っていることを、まだ誰も知らない。
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バキュラの街を席巻し、限定ペナントを手に入れたセシリアは、鼻歌混じりで銭湯を堪能していた。
その出口では、まるで要人警護のような物々しさで、エレンと副師団長ズが直立不動で待機している。
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セシリア「すまんな、お前たち待たせたな♡」
風呂上がりの上気した顔で、小首を傾げる「ごめ~ん待った?」ポーズ。
エレン&副師団長ズ「い、いえ……わ、私たちも今来たとこです……(引きつった笑顔)」(心の声:本当は……このまま一生来なくても良かったのに……!!)
一方、城の一室では、軍師カレンとリノが、普段の奔放さからは想像もつかない真剣な面持ちで向き合っていた。
カレン「リノ。自分から進んでその役を買って出たけれど、本当に大丈夫なの?」
リノ「ウフフ……大丈夫ですよ。今回はちゃんと『この子』も連れてきていますし……ね?」
マキ(……『この子』か……。リノがそこまで言うのなら、相応の準備はできているということか……)
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18時。カレンの危惧をよそに、夕食会の幕が開いた。
「今回はまともな食事っぽい」という予感は、料理長の一言で瞬時に打ち砕かれた。
料理長「本日の献立でございます。スープはワカメスープ、サラダはワカメサラダ、前菜はワカメの酢漬け、メインはワカメのソテー、デザートはワカメプリンでございます」
カレン「………………(無言の扇子)」
副師団長ズ「…………(遠い目)」
フルーレ「(小声)……いったい何すかコレ……?」
ハナ「(小声)……すべてがワカメとか、ありえないよ……」
シルフィ「(小声)……ウフフ、ワカメは髪に良いらしいですよ……?」
その時、セシリアの鋭い視線が、上座に座る城主ガンプを射抜いた。
セシリア「ガンプよ……お前、実はスキンヘッドではないのではないか……? もしかして、抗っている最中なのではないか……?」
ガンプ「(ギクッ!)ハ、ハッハッハ……セシリア殿、何を仰る! 私はれっきとした血統書付きのスキンヘッドですよ! ハッハッハ!!」
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凍りつくような空気の中、ただ一人、猛烈な勢いでワカメを口に運ぶ男がいた。
ハイドン「美味い! どれもこれも味付けが絶品ですな!! 特にワカメの酢漬け、この出汁の加減は最高級ですぞ!! 素晴らしい、こんなご馳走にありつけるとは!!」
ハイドンの胃袋は、度重なる女子トークのストレスで麻痺していたのか。あるいは、彼特有の貧かった生立ちからくる「出されたものは全力で食べる」という習性なのか。
その必死かつ純粋な姿に、あの「暴君」が動いた。
セシリア「……。……ハイドン……。わたしのワカメの酢漬け……やろうか?」
人から奪うことはあっても、決して分け与えることのないセシリアが、慈愛と憐れみに満ちた聖母のような瞳で、ハイドンに自らの皿を差し出した。
ハイドン「えっ!? セシリア様、よろしいのですか!?」
セシリア「ああ……。好きなだけ食え。……強く生きろよ……」
その光景は、戦前の団結というよりは、崩壊した精神を労わり合う末期的な互助会のようであった。
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ワカメ尽くしの晩餐で胃袋を「磯」に染めた騎士団一行だったが、やはりそれだけでは足りなかった。
深夜のバキュラ繁華街、湯気のこもったラーメン屋に、伝説の騎士たちの姿があった。
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エレン「醤油とんこつの3玉盛り、チャーシュー増々をひとつ! 並を五つ……あ、他もすべて大盛りで、チャーハンと餃子も人数分! それも大盛りでお願いします!!」
深夜に響くエレンの絶叫。背後ではセシリアが「お腹がすいて死にそうだ!」とテーブルを叩いている。
運ばれてきた山のようなラーメンを前に、軍師カレンが割り箸を割りながら切り出した。
カレン「皆、食べながらでいいから聞いて。帝国領の城塞都市メトロイドを守るバッハ将軍が、国境を越えてこちらに向かっているわ。ハナの諜報師団からの確かな情報よ」
セシリア「(ズルズルッ)カレンよ、替え玉を頼んでもいいか?」
カレン「……。明日、迎撃の部隊を決めて撃退するつもりよ」
セシリア「おーい店長、替え玉二玉、大至急だ!! ……カレンよ、部隊を決める必要はない。バッハなんぞ、わたしが蹴散らしてくれるわ」
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翌朝。作戦を練り、慎重を期すカレンと、即時殲滅を主張するセシリアの間で火花が散った。
セシリア「カレン! なぜわたしが先鋒ではないのだ!!!」
カレン「相変わらずのバカだこと。いきなり総大将を先鋒に出す軍がどこにあるのよ!?」
セシリア「わたしが出向けばすぐに片が付くではないか!!!」
カレン「だからバカだと言ってるのよ!! 指示に従いなさい!!」
一触即発の空気の中、カレンの副官であり「太陽」と称される温厚なマリアが、そっとセシリアの肩に手を置いた。
マリア「セシリア様、落ち着いてください。カレン様は、敵に罠があると予想して、貴女の身を案じているのです。セシリア様はこの騎士団の宝ですから、もしものことがあったら……とお考えなのですよ?」
セシリア「くっ……。……。……引き下がれば良いのだろう! 引き下がれば!!」
あの猛牛のようなセシリアが、マリアの柔らかな言葉に絆された。
カレン(北風)の正論を、マリア(太陽)が包み込む。まさにアレクサンド騎士団の盤石な連携……に見えた。
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しかし、正午に出撃予定だったフルーレ部隊を待たず、午前十時。
バキュラの重厚な城門が、内側からの圧力で悲鳴を上げた。
「開けろ!! 総大将セシリアである!! これより直轄五千騎にて、バッハを粉砕しにゆく!!」
マリアの説得は、セシリアの戦意を「丸め込んだ」のではなく、「冷却時間を短縮させた」に過ぎなかったのだ。
マキ(……。……。あのバカめ。……搦め手に弱いのは昔からだが、結局は自分の本能に従うのがセシリアだ。……。……カレンが激怒する姿が目に浮かぶぞ……)
リノ(思念)『ウフフ、セシリア様らしいですねぇ。……でも、罠があるならちょうどいい。……準備しておいた「この子」を出す手間が省けそうです☆』
地鳴りのような蹄の音を残し、セシリア隊五千が砂塵の向こうへ消えていく。
いよいよ、帝国との本格的な交戦が始まろうとしていた。




