第57話:愛ゆえに人は苦しむ
第57話「愛ゆえに人は苦しむ」
ハイドン集会所は、もはや「恋愛」という言葉の定義が崩壊する瞬間に立ち会っていた。
壇上のセシリアは、頬を染め、もじもじと指を絡ませながら、まるでお伽話でも語るような仕草で、その凄絶な持論を展開し始めた。
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セシリア「まず、彼氏は強くないといかん。すぐに死んでしまうようでは、彼氏とは言えんからな~……恥ずかしい~♡」
両手で顔を覆い、くねくねと身をよじるセシリア。だが、語られる内容は「生存率」という極めて物騒な基準だった。
セシリア「彼氏とは、言葉だけで愛を語り合うものではない」
さらに上目遣いで、追い打ちをかける。
セシリア「剣や拳で語り合える……それこそが本当の純愛である。副師団長ズ、そうであろう?」
副師団長ズ「え、ええ……そ、そうですね……(何だこの世紀末で拳王伝説みたいな理論は!!??力こそ全て!とでも言い出しそうな恋愛理論っていったい‥‥)」
生贄に捧げられたジェームズは、もはや魂が半分口から出かかった状態で、虚空を見つめながら念仏を唱え始めている。
ジェームズ「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……(俺は……いつから修行僧になったんだ……?)」
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セシリア「長く付き合えば、それは彼氏とも痴話喧嘩することもあり得よう。その時は、真剣に『真剣』を使ってとことん戦って、決着をつければよいのだ。……真剣だけに! (キリッ)」
バチン、と音が出るほどの勢いで、会心の可愛らしいテヘペロを披露するセシリア。
その愛らしさの背景には、真っ二つに割れた大岩や、血を流して倒れる男たちのイメージが透けて見え、ハイドンたちは恐怖のあまり失禁しそうな勢いであった。
マキ(……。……。ほら言わんこっちゃない!! セシリアの恋愛理論なんぞ、こうなることは分かりきっていたであろうに!? ブキャナンよ、お前は本気でジェームズを精神的に『死地』に追い込んだのか!? リノ、早く止めろ!!)
リノ(思念)『ウフフ、ダメですよ~? 面白すぎますっ! てへっ☆』
マキ(……。……。隊長ズめ、ジェームズを「悪魔と契約した者の末路」として、教科書を見るような目で観察しておるわ……。「一歩間違えれば、先ほどの告白ゲームで我らもこうなっていた」という安堵の顔が、余計に腹立たしい……)
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セシリア「ちなみに、私が一番キュンとする瞬間はな……。不意打ちで放った私の抜刀術を、ギリギリで受け流してくれた時だな……もう、抱きしめたくなるぞ♡」
ジェームズ(……殺しに来てるじゃないか……。愛が重いどころか、物理的に重力崩壊してるよ……)
止まることを知らない鬼神の恋バナ。
明日が出陣だという事実を、もはや誰もが忘れかけていた。
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サーヴェル「セシリア様、その……『真剣』以外での愛の表現はないのですか!?」
セシリア「あるぞ! 鎖で繋いで、逃げられないように訓練するのだ!」
一同「「「「やっぱりーーーー!!!!」」」」
ハイドン集会所に、さらなる戦慄が走る。
セシリアの恋愛理論は、もはや「価値観の相違」で済ませられるレベルを突破し、生物学的な危機へと突入していた。
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セシリア「彼氏と別れない(死別しない)秘訣はな、とことん鍛えることだ!! 死ぬ一歩手前で止めて回復させる。それを繰り返すしかないのだ!!」
ジェームズ(……もうやめてくれ。聞けば聞くほど、自分の人生がサバイバルホラーにしか思えなくなり悲しくなってくる……)
絶望するジェームズを余所に、セシリアはさらに胸を張る。
セシリア「優しいわたしは、彼氏と愛弟子には特別サービスをしておるのだ。わたし自ら組手の相手をしてやっておるからな、ハッハッハ!」
ジェームズ「(……それが一番優しくないやつなんだよ……)」
エレン「(……愛弟子って、まさか私のことなんですかね……ガクガクブルブル)」
セシリア「ハイドンとアンドリューも、わたしの彼氏になれば、この特別コースを受けられるようになるぞ?」
ハイドン「はあ!? 彼氏はジェームズがおるではないですか!!??(必死)」
アンドリュー「そ、そうですよ!! ジェームズがかわいそうじゃないですか!!(※本心:道連れにするなッ!)」
必死の抵抗を見せる男たちに対し、セシリアは不思議そうに首を傾げた。
セシリア「お前たちは何を言っておるのだ? 彼氏は別に一人だけでなくて、たくさんいてもいいのだろう?」
ハイドン「そんな訳ないですよ!! セシリア様の彼氏はジェームズだけです(かつてない必死の形相)!!!」
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セシリア「おかしいな。シルフィから借りた恋愛小説では、女は彼氏を何人作っても良い、となってたぞ? ほれ、この本だ」
セシリアがバッグから取り出したのは、ピンク色の表紙……ではなく、どす黒い怨念が漂う装丁の本だった。
* **シルフィ推奨:** 『どろどろ不倫の嵐』『略奪愛~不倫の果て~』
副師団長ズ(うわあ……これ、恋愛小説じゃない……ドロ沼の人間ドラマだ……)
セシリア「あと、フルーレから借りたのがこれだ。なかなか参考になってるぞ」
* **フルーレ推奨:** 『本当にあった学校の怪談』『ホラーハウスの怪』
隊長ズ(これ完全にホラー小説じゃん!! どこに恋愛要素があるんだ!? 吊り橋効果を狙えってことか!?)
セシリア「ハナから借りたこの漫画も参考になったぞ」
* **ハナ推奨:** 『ミスターお菓子っ子』『孤独のスイーツ』
隊長ズ(論外!! 胃袋を掴むとかそういう次元じゃない! ただのグルメ漫画だろ!!)
セシリア「カレンからも、これがいいと勧められたな」
* **カレン推奨:** 『監禁拷問~自白するまで寝かさない~』『はじめての拷問入門』
隊長ズ(**悪意しかない……。** これ完全にセシリア様を唆して、ジェームズを物理的に解体させようとしてるよね!?)
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マキ(……。……。……もう、何をどこからツッコミを入れたらいいのやら……。カレン、お前はもはや恋愛を「自白」と同一視しているのか。そしてシルフィ、お前が一番の諸悪の根源ではないか……?)
リノ(思念)『うふふ、マキ様ぁ。セシリア様の恋愛観が、バラエティ豊かな「地獄」で構成されていて、リノは感動しましたよぉ☆』
マキ(……あのアホ。これらをすべて真に受けて、ジェームズに実践しているのか。……ジェームズよ。……お前が五体満足で元気に生きていくことを、私は切に願うぞ……)
夜は更け、朝が近づく。
だが、この部屋の住人たちの「明後日の出陣」に向けたコンディションは、最悪という言葉すら生ぬるい状態へと仕上がっていくのだった。
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ハイドン集会所は、まさに「戦場」と化していた。ただし、剣と魔法のそれではなく、アルコールと女子トークという名の猛毒が吹き荒れた後の、惨泩たる跡地である。
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床に転がるハイドンや隊長ズは、指を血で濡らし、床にダイイングメッセージを書き残すかのような絶望的なポーズで固まっている。
副師団長ズに至っては、セシリアの恋愛理論という致死量の精神毒に当てられ、泡を吹いて絶命(気絶)したかのような有様だ。
一方で、幹部連中は「セシリアの恋愛理論」という最高の酒の肴を食い尽くし、笑い転げたまま、満足げに酔いつぶれている。
リノもまた、オレンジジュースの糖分にやられたのか、マキの隣で幸せそうに寝息を立てていた。
マキ「……なんという恐ろしい宴なのだ。明日は出陣なのだぞ!? こいつら、帝国と闘う気はあるのか!?」
かつて「鉄の処女」と呼ばれた騎士団長時代のマキからは、天地がひっくり返っても想像できない前夜祭。かつての前夜は、常に冷徹な戦略会議の延長線上にあった。
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#### 回想:若き団長と三人の少女
記憶の中のラーズは、いつも変わらなかった。「行かないでくれ」と喚き、「無事に帰れ」と祈り、そして凱旋すれば「すぐに報告に来い」と、子供のようにマキを追い回していた。
マキ(17歳)が戦地から戻り、騎士団本庁へ一歩足を踏み入れると、決まって真っ先に駆け寄る影があった。
リノ(9歳)「マキ様、おかえりなさい!!!」
マキ「おお、リノ。今帰ったぞ。ほら、今回のお土産だ」
リノ「わーい! 今日はまた違う提灯だー!!」
お土産の御当地提灯を抱えてはしゃぐリノを、マキの左右に控える二人の「天才」が微笑ましく、あるいは呆れたように見守っていた。
副長セシリア(15歳)と、軍師カレン(15歳)。
セシリア「リノは本当にマキ様が好きだな」
カレン「いつも提灯ばかりもらって嬉しいのかしらね。どこかのペナント馬鹿よりはマシだけど。フフフ」
セシリア「ああ!? カレン貴様、叩き斬られたいのか!?」
リノ「マキ様は疲れてるんですっ!! 二人とも喧嘩しないでくださいっ!!」
マキを巡る、いつもの騒がしくも愛おしい日常。だが、そこへ割って入る「邪魔者」の声が響く。
ラーズ「おお、マキ帰ったか!? 戦果の報告を聞きたい! すぐ王宮に参れ!!」
不機嫌そうに頬を膨らませるリノ、即座に抜刀の構えをとるセシリア、そして冷淡な視線で王子の急所を探るカレン。
マキを守る三人の乙女(?)にとって、ラーズは常に最大の「外敵」であった。
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#### 現在:出陣の朝を待つ静寂
マキ(……。……。……フフフ。あいつら、あの頃から何も変わっておらんではないか)
月明かりが差し込むハイドンの部屋。
酔いつぶれた仲間たちの寝顔を見渡しながら、マキは静かに微笑んだ。
かつての戦いは、自分の肩にすべてが乗っていた。
だが今は違う。
自分の「消える運命」さえも、このバカげた宴で笑い飛ばしてくれそうな、そんな確信に近い予感。
マキ(ラーズよ。……お前がいつも案じていた私の背中は、今、こんなにも騒がしい連中に守られているぞ……)
夜明けまで、あと数時間。
重い体を引きずり、死んだ目で泥舟に乗り込む「最強にして最悪」の騎士団の出陣が、すぐそこに迫っていた。
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マキの意識は、昨夜の喧騒と遠い記憶の狭間を漂い、最後にリノの温かな手の感触で現実へと引き戻された。
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#### 回想:王子対最強の取り巻き
11年前。凱旋するたびに繰り返される、もはやアレクサンド王宮の「名物」とも言える光景。
セシリア「おいラーズ! マキ様は私と組手をする約束なのだ! 後から来て割り込むでない!!」
カレン「ラーズ王子、マキ様は私と戦略シミュレーション勝負をする予定なの。悪いけれど後にしてくれる?」
詰め寄る二人の天才を前に、ラーズ王子は顔を真っ赤にして叫ぶ。
ラーズ「セシリア! お前に呼び捨てにされる筋合いはない、無礼だぞ!?」
セシリア「無礼だと? 順番も守らないようなヤツに礼儀で応える必要などなかろう?」
カレン「このバカ(セシリア)の言う通りよ。毎回毎回、帰って早々割り込みばかりしている人に払う礼節は持ち合わせていないわ」
ラーズ「な……いい加減にしろ!! 僕はアレクサンド王国の王子だぞ!!??」
セシリア「王子ごときがこのセシリア様に逆らうとは無礼千万。王子の一人や二人叩き斬ったところで、たいした罪にはならぬだろう!!」
カレン「セシリア、私が許可するわ!!やっておしまいなさい!!このバカ王子を微塵切りにするのよ!!!」
セシリア「うるさい!!お前なんかに言われずとも、このバカ王子を真っ二つにしてくれるわ!!!!」
冗談抜きで振り下ろされた大剣を、ラーズは必死で受け止める。
ラーズ「うおっ!? 本当に斬り掛かってきおった!?」
セシリア「むっ、止めおったか。次で真っ二つにしてくれるわ」
『スパーン!!!』
マキの鋭い張り手がセシリアの後頭部にクリーンヒットする。
マキ「やめないか!! 王子を真っ二つにして、たいした騒ぎにならないわけがないだろう!!」
セシリア「で、でもこいつ生意気なんですよ! 王子のくせに!」
マキ「ラーズよ、戦果の報告をしてやるからさっさと終わらせるぞ!!」
ラーズ「おお、マキ! では行くとするか。お前たちは後回しだ(ニヤリ)」
リノ(9歳)「セシリア、やってしまいなさい!!!!!早くこいつを真っ二つに!!!!!」
セシリア「うるさい!!お前なんかに言われずともこのバカ王子を真っ二つに!!!!……ん???何か変だぞ???」
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#### 現在:朝の静寂と「絶望」
マキ(……。……。セシリアとカレンは、私の取り合いばかりしては喧嘩ばかりしておったな。ラーズが絡むと二人が結託するのは驚きだったが……今も、相変わらずだな)
ニンマリと微笑みながら深い眠りに落ちたマキ。その寝顔に、リノが優しく毛布をかける。
リノ「……マキ様。もう、いなくなるとか考えたりしないでくださいね?」
リノの呟きは、夜の帳に溶けて消えた。
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#### そして運命の「当日」
翌朝。王宮前の広場には、各師団が整然と隊列を組み、出陣の号令を待っていた。
朝日を浴びて輝く鎧、たなびく軍旗。アレクサンド王国の威信をかけた大軍勢が、そこにいた。
しかし。
**……誰も来ない。**
総大将も、軍師も、各師団長(ハナ、シルフィ等)も、副師団長(ハイドン、ジェームズ等)も。
首脳陣が一人として、姿を見せない。
兵士A「……出陣予定時刻、もう1時間過ぎてますよね?」
兵士B「ああ。……まさか、もう別ルートで敵を叩きに行ったとか……?」
その時。ハイドン集会所の窓が勢いよく開き、絶叫が轟いた。
セシリア「寝坊したぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その叫び声は、今日から始まる「大陸制覇への道」が、いかに前途多難であるかを物語っていた。
愛ゆえに人は苦しみ、愛ゆえに人は悲しむ
たしかに奥が深いですねえ、てへっ☆




