第55話:行き先も分からないまま
第55話「行き先も分からないまま」
アレクサンド騎士団の出陣準備は、佳境を迎えていた。しかし、その光景は、マキの知る「軍備」とはあまりにもかけ離れた、カオス極まるものだった。
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#### 兵糧部隊
ハナ「小麦粉は!? 卵は!? 牛乳は!? 砂糖は!? ぬかりはない???」
ヒナギク「はっ! きちんと確保してます!!」
ガリクソン「むしろ、想定より多めに購入しております!!」
ハナが鋭い眼光で在庫を検品する。
ハナ「見たところ、餡こがないんだけど? 栗やフルーツも指示した数量に至ってないよ?」
ヒナギク&ガリクソン「すぐ買ってきます!!!!」
マキ(……。……。……おい。……いったい何しに行くつもりなのだ。……スイーツ選手権にでも参加するつもりなのか!?)
#### 特殊支援師団
シルフィ「ケールとオオバコ、アシタバは確保しましたか?」
セイラ「ぬかりはありません」
大量の蜂蜜や砂糖を荷馬車に積み込みながら、セイラが事務的に答える。
マキ(ここもだ……。医療系の部材よりも、青汁の食材の方が多いではないか!! 止血剤よりアシタバを優先するな!!)
#### 剣士師団
サーヴェル「フルーレ様、こんなに化粧品を持ち込むのですか?」
フルーレ「スッピンじゃ帝国軍に失礼っすよ。今、エペに化粧水の追加を頼んだっす」
マキ(あのメイクで出陣するつもりか!!?? やめろ!! 戦場がホラーハウスと化してしまう!! 敵も味方も心臓の弱い兵士は戦う前にショック死するぞ!!)
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#### 秘密の訓練所
そして、地獄の訓練所では――。
昼休みが終わり、セシリアによる「締めのモーニングスター」が唸りを上げていた。
アンドリュー「ぐはっ!! ……な、何この温度差は……」
ハイドン「げほっ!!! ……猫に向けていた慈愛を……私にも向けてほしい……」
ジェームズ「ぐふっ!!! ……これぞ、セシリア様の愛情表現……なんですよ……」
エレン「……ジェームズさん、壊れかけてません……?」
セシリア「エレンよ! 今日はスーパー銭湯に行くから、副師団長ズも引きずって連れてこいよ!」
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セシリアの号令により、出陣前の身を清める「スーパー銭湯・合宿」が決定した。
そして、その湯上がりを待っているのは……いよいよ開催される騎士団幹部だけの狂乱の宴。
「マキ様二度目のいくさ・ひとりでできるもん・リノおかあさんといっしょ壮行パーティ」
リノの部屋は、すでに離乳食の甘い香りと、謎のデコレーションで埋め尽くされている。
#### 魔道研究所:リノの居室
マキ(……。……。……リノ。……私は、スーパー銭湯には行かないぞ。……ましてや、その後のパーティ名は何だ。……屈辱以外の何物でもない……)
リノ「うふふ、マキ様ぁ。銭湯でリラックスした後は、皆でマキ様の成長を祝うんですよ☆ ……あ、カレン様が『離乳食に混ぜる高級フォアグラペースト』を持って帰ってきましたよ♪」
マキ(……。……。……フォアグラを離乳食にするな……。……明日、私は生きて出陣できるのだろうか……)
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スーパー銭湯で湯上がりの火照り(と、主にセシリアによる物理的な「清め」)を終えた一行がリノの部屋へ帰宅すると、そこはもはや魔道研究所とは思えない、異様な熱気に包まれていた。
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部屋の正面には、一針一針に執念すら感じる刺繍が施された巨大な横断幕が掲げられている。
『マキ様二度目のいくさ・ひとりでできるもん・リノおかあさんといっしょ壮行パーティ』
マキ「……お前ら、力を入れる所を完全に間違っているぞ……(というか、その横断幕は誰が縫ったのだ……)」
しかし、マキのツッコミなど荒波に消える小石も同然だった。
セシリア「えー、では明日出陣を迎えるにあたり、マキ様に二度目の戦の勝利を送ることを祈願して……カンパーイ!!!」
一同「カンパーイ! いえ~い!!」
出陣前夜。本来なら遺書を書き、剣を研ぎ、静寂の中で覚悟を決めるべき夜。だが、目の前にあるのは、食欲と笑い声が爆発するカオスな食卓だった。
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ハナ「セシリア様! 手羽先はまだまだたくさんあるんだから、ボクの皿から取らなくてもいいじゃないかー!!」
セシリア「ワハハ! お前の手羽先が一番おいしそうに見えたのだ!」
カレン「あら、このコロッケ美味しいわね。ワインによく合うわ!」
フルーレ「このコロッケはわたしの特製っすよ。捏ねるだけじゃなく、隠し味を刻み込んでるっす」
シルフィ「カレン様、このコロッケは青汁にもよく合いますよ? さあ、どうぞ」
マキ(こいつら、緊張感というものは無いのか……。この能天気さはいったい何なのだ……)
呆れ果てるマキの脳内に、リノの蕩けるような声が響く。
リノ(思念)『ウフフ、マキ様。みんな、今回もマキ様と一緒に戦場に行けるのが嬉しいんですよぉー』
マキ(……今回の相手は今までとは違う。大陸十傑だぞ? 負けるかもしれないのだぞ?)
リノ(思念)『誰一人、負ける事なんか考えてないみたいですよー? それに……みんな、マキ様の夢を追いかけてるだけですし』
マキ「……ふん」
(その夢は、私一人が追いかければいい。そう考えていた。……みんなで、か……)
ひとりで抱えていた「平和への渇望」を、今は目の前で手羽先を奪い合っているバカ共が一緒に背負おうとしている。その事実に、マキは心の奥底がじんわりと温かくなるのを感じた。
マキ「(……まったく。……勝手にしろ)」
どんちゃん騒ぎを眺めながら、マキは呆れ返りつつも、その小さな口元に隠しきれない笑みを浮かべていた。
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一次会の盛り上がりが最高潮に達した頃、一同の視線は次なる「戦場」へと向けられる。
リノ「さあ皆様! 一次会はここまでです! 続きは、みんな大好き、『ハイドン集会所』へ突撃しますよー!!」
マキ(……ハイドン。……強く生きろ。明日、お前が戦場に辿り着けることを祈っている)
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「ここを突破されたら、私の聖域は完全に崩壊する」
ハイドンの部屋は、出陣前夜にして、すでにカオスという名の戦場と化していた。
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部屋のあちこちでは、明日の戦を控えた連中とは思えない光景が広がっている。
副師団長ズ:「今回、どの下着を持っていくか」という、騎士団の士気には全く関係のない深遠な議論で盛り上がる。
隊長ズ:100円を賭けた「大富豪」で、負けた側が明日セシリアに突撃するというデスゲームを繰り広げている。
ブキャナン:ソファの隅で、「カリンちゃ〜ん……」とデレた寝言を吐きながら、情報の海に溺れて眠っている。
エレン: 部屋の片隅で、「行きたくない、行きたくない、行きたくない……」と、まるで怨霊のような呪文をブツブツと唱え続けている。
ハイドン「あー……皆さん! ここは私の部屋であって、私はそろそろ就寝しようと考えているのだが?」
限界ギリギリのハイドンが、勇気を振り絞って退去を命じる。しかし、その背後から響いたのは、この部屋の住人にとって「最も聞いてはいけない声」だった。
セシリア「そんなことが許される理由がなかろう? ここは二次会会場に決まったのだぞ?」
シルフィ「ウフフ……♡ 来ちゃった♡」
扉が開かれた瞬間、部屋の空気が一気に「地獄の釜の蓋が開いた」状態に変わる。
一同「!!!??? うぎゃあぁぁぁぁぁ!?」
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エレンとアンドリューがテーブルを整理し、一次会の残骸である大量の酒と料理が運び込まれると、いよいよ二次会の幕開けだ。
ハイドン「えー、二次会の乾杯の音頭を任されたので手短に挨拶を。……憎っくき我が宿敵であり、生涯の敵である帝国軍との戦いの勝利を祈願しまして、乾杯!」
ハイドンの手元には、シルフィが用意したカンニングペーパー。完全に感情が死んだ棒読みの挨拶だった。
騎士団幹部「カンパーイ! いえ~い!!」
副師団長ズ「……カンパーイ……(死んだ目)」
隊長ズ「……ひでえ挨拶だぜ……(大富豪の負けを思い出しながら)」
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#### 魔道研究所:リノの居室(待機中)
マキ(……。……ハイドンが完全に壊れたな。……あれは、明日の戦場よりも過酷な拷問ではないか?)
リノ「うふふ、マキ様。ハイドン様は『諦め』の境地に達したようですねぇ。……さあ、いよいよ夜も更けてきました。次はハイドン様の部屋で、怒涛の女子トークが始まりますよ?」
マキ(……。……。……おい、何で私もそこに連れて行かれるのだ。……。……いい加減、私を寝かせてくれ……)
リノ「ダメです! 壮行会は、騎士団全員の絆を確認する大切な儀式なんですからね☆ ……さあ、マキ様も着替えて……あ、このフリフリのパジャマ、とってもお似合いになりそうですねぇ♪」
マキ(……帝国軍よ。……早く私を連れ去ってくれ……)
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ハイドンの部屋は、もはや「部屋」という空間の定義を超越し、異次元の「公開処刑場」と化していた。
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部屋の隅、一角に追いやられたハイドン、隊長ズ、そして爆睡から叩き起こされたブキャナンは、まるで断頭台の露と消えるのを待つ罪人のように、背筋を伸ばして正座させられていた。
その正面、特等席のソファには、騎士団の女性幹部たちが優雅に陣取り、後方には副師団長ズとエレンが「魂をどこかに置いてきた」顔で並んでいる。
セシリア「わたしは女子というのも常に正々堂々であるべきだと思うぞ? だからかわいこぶりっ子で、媚びるようなあざといポーズとかばかりして男を誘惑してる女を見たら、ボコボコにぶん殴ってやりたくなる!!」
フルーレ「セシリア様、その気持ちわかるっす! メイクとかで素顔の自分を隠して勝負してる女とか見たら、叩き斬ってやりたくなるっす」
ハナ「ボクもそういう女は大っ嫌いだよ! 特に可愛がられたいオーラ全開で甘えながらお菓子をねだる女とか見たら、捕縛して坐禅させて後ろから喝を千回ぐらい入れたくなるよ!」
シルフィ「清楚なふりしてて、その実、キツい性格だったり悪どい女性とか……最低だと思います!」
カレン「あら、同感ね。特に『二重人格』みたいな女、ああいうのはまず無理。取り調べ室で十日くらい寝かさずに尋問してやりたくなるわ」
その瞬間、ハイドンたちは戦慄した。彼女たちの口から飛び出る言葉の数々が、「自分たちが普段見ている彼女たち」の行動を、鏡合わせのように皮肉っているからだ。
ハイドン&隊長ズ「(……小声。これ、デジャヴじゃないのか? 私たちの知っている誰かさんに、全員当てはまっていないか……?)」
副師団長ズ「(……小声。これが、朝まで続くのか……?)」
エレン「(……ツッコんだら負けです。ツッコんではいけない。ツッコんだら殺される。ツッコんだら帝国に攻め込まれる前に国が崩壊する……)」
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夜はまだ始まったばかり。窓の外では月が静かに輝いているが、室内では女性幹部たちの「女子としての正義」が、鈍く光る刃のように振り回されている。
マキ(……。……。……おい。……リノ、カレンの言った『二重人格』という言葉に、一番反応していいのは私だ。……)
リノ(思念)『うふふ、人間は誰もが自分自身の事は分かってないものなんですよ?私も何も知らない子供のふりしてながら、その裏では変態でガールズラブでえっちな女を見たら、ボコボコにぶん殴ってあげたくなりますもん、てへっ☆』
マキ(……帝国軍よ、早く来い。……この部屋の空気は、戦場よりも濃い……)
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セシリアが手羽先を口から出し、次の話題へと移ろうとする気配を見せる。
セシリア「ふん、まあそんな女たちの話はどうでもいい。……それより、明日死ぬかもしれないのだ。……そろそろ、本題に入ろうか?」
部屋の温度が数度下がった。騎士団の「恋」という名の地雷が、今、掘り起こされようとしていた。




