第53話:ラーズの願い
第53話「ラーズの願い」
王宮の会議室。重厚な空気の中、アレクサンド王国の重鎮たちが、帝国の脅威を前に青い顔で並んでいた。
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大臣ズA「ついに三傑の一人、華麗なるメンデルが来るだと!? いったいどうするのだ!?」
大臣ズB「しかも帝国の兵力は五万だと!? 非常にまずいではないか!!!」
大臣ズC「コルネ王国の国境を越えさせてはならん! 越えさせたら即コルネは落ちるぞ! もうお終いだ!!!」
会議室に響くのは、建設的な意見ではなく、ただの悲鳴に近い泣き言ばかりだった。
セシリア「……まったく……。お前ら、それしか言えんのか……?」
**ゴンッ!!**
セシリアの脛に、カレンの鋭いヒールがクリティカルヒットする。
大臣ズA「セ、セシリア! 貴様!! 偉い我々に向かってなんという無礼な!!!!」
セシリア「しかしな。毎回『一体どうするのだ?』『非常にまずいではないか!』『もうお終いだ!』の三点セットしか言えんバカが、なぜ偉そうにしているのだ? 偉そうに」
カレン「お前が一番偉そうにしてるのよッ!!!!!!」
「スパーン!!!」
カレンの扇子が、セシリアの後頭部を会心の一撃で撃ち抜いた。
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フルーレ「さすが失礼オブ失礼は健在っすね」
ハナ「まさしく無礼の女王」
シルフィ「非常識の女神と言われるだけのことはありますわ」
ラーズ国王は頭を抱え、大臣たちは顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。そんな中、リノがいつものように聖母のような微笑みで口を開いた。
リノ「皆さん、セシリア様を誤解しすぎですよ? セシリア様は動物には、いえ、人間以外にはとっても優しいんですから」
マキ(リノ……いつもながら、お前のフォローはフォローになっていないぞ……)
セシリア「ふん。メンデルだかなんだか知らんが、私が蹴散らしてくれば済む話だろう。カレン、もういいだろう? こんなバカげた会議より、武器兵糧の整備をしたほうが有意義だ」
カレン「……。はぁ、そうね。大臣の皆様、作戦はすでにお伝えした通りです。騎士団はこれより出撃準備に入ります。……セシリア、行くわよ」
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リノの思念「えへへ、そのままですよ☆ セシリア様にとって、自分の意のままにならない『人間』という存在はすべて敵。それ以外の純粋な生き物や、マキ様のような『神に近い存在』には、とっても忠実ですからねぇ」
マキ(……。……。お前、たまに私のことを、人間から除外してないか?)
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戦略会議の終わり際、ラーズ王が騎士団一行を引き留めた。その瞳には、玉座の主としての威厳ではなく、一人の男としての「切実な私情」が滲んでいる。
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ラーズ王「カレン、今回もマキは連れて行くのか?」
カレン「当然同行していただきます。騎士団幹部の士気に関わる案件ですので、それが何か?」
カレンの冷徹な問いかけに、ラーズ王は視線を泳がせながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。
ラーズ王「あ、いや……今回は大陸十傑も出てくる、かなり激しい闘いになるだろうから、マキにもしもの事があったら、と考えてだな。私が……私が預かろうかと……」
セシリア「お前なんかにマキ様を預けられる訳がなかろう」
その瞬間、会議室の空気が凍りついた。
大臣ズ「貴様!! 国王に向かってなんという事を!! 今すぐセシリアを牢にぶち込め!!」
カレン「大臣の方々も、すっ込んでいてもらえますか? セシリアを牢にぶち込んだら、その瞬間に敗戦が確定するわよ? ……で、国王。マキ様を置いていけと、そうおっしゃりたいわけですよね?」
大臣ズ「むむむっ!! カレンも無礼者だ!! 牢にぶち込め!!」
フルーレ「(小声)それも敗戦が確定するだけっすね」
ハナ「(小声)大臣ズって、戦う前から負けを確定させたいのかな?それとも帝国の間者なのかな?」
シルフィ「(小声)その前にカレン様が本気でキレかかっているのを何とかしないとマズいですわ……フフフ」
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ラーズ王「責任を持ってマキを保護すると約束する! だから、私に預からせて頂けないか!?」
カレン「お断りします! 我々と帯同している方が一番安全です!! 置いていって、もしマキ様が人質にでもとられたら、我々は闘えません!!」
セシリア「ラー……いや、国王よ。お前、私たちが負けると考えておるな?」
ラーズ王「そういう訳ではないが……」
セシリア「まさか……今のマキ様に良からぬ感情を考えているのなら、尚更任せられんな。この変態国王め!」
ラーズ王「違うわ!! 滅茶苦茶言わないでくれ!!そこまで言われるならもう頼まん!!」
セシリア「マキ様はリノに任せるのが一番安全で健全なのだ! お前のような変態国王には任せられん!! ……フフフ、あと、少しは私たちの勝利を信じろ」
ラーズ王「……それは信じとるよ……。だから‥‥絶対に勝て!!」
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マキ「(……ちょっと待て。私に選択権はないのか!? ラーズに面倒を見られるのも嫌だが、リノが安全で健全な訳がなかろう!!!! こっちは『変態魔道士』だぞ!?)」
リノ(思念)『はい、マキ様。今の発言で、お仕置きが確定しましたよ〜♡』
マキ「あ」
リノ(思念)『帰ったら、明日の朝食は「リノ特製・愛情たっぷり甘々フルコース」ですからね。逃がしませんよ……ウフフ』
マキ(……ラーズの元にいた方が、まだマシだったかもしれない……)
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#### 魔道研究所:リノの居室(後の会話)
マキ(……リノ、お前は本当に、私の心境を地獄に突き落とす天才だな)
リノ「うふふ、マキ様。ラーズ王の執着は、愛というより『独占欲』ですからねぇ。マキ様が死ぬとかもしれないと考えているからこそ、最期まで手元に置きたかった……その気持ちも分かりますが、私たちが許しませんよ☆」
マキ(……あぁ、そうだな。……ラーズ。お前の想いも分かるが、私の世話は私が決める。……それに、この『変態魔道士』の世話になる方が、ある意味で生き延びれる気がする……)
リノ「そうそう! 泥舟だろうと、変態魔道士の部屋だろうと、マキ様は私たちのモノですからねぇ♪」
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出陣まであと二日。王宮の空気は緊迫どころか、まるで修学旅行前の教室のような、どこか浮ついた熱気に包まれていた。
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サーヴェル「また出陣だね。次は長くなりそうだから荷物がちょっと多くなっちゃったわ」
ヒナギク「諜報師団は兵糧とかも管理してるから、私のはそこで管理してもらってますよ。荷物けっこう膨れ上がりましたしね」
レイラ&サマンサ「前回が留守番だったから、めっちゃ楽しみ〜! 今度は前線で戦えるんでしょ?」
セイラ「私の荷物もかなり大量になりましたわ。ほとんど青汁関係ですけれどね。まあ、師匠(ハナ様)の装備量に比べれば可愛らしいものです」
エレンが、荷造りをする騎士団の面々を呆然と見渡す。
エレン「あわわ……何でみんなそんなにリラックスしてるんですか??? これから戦争ですよ? 恐くないんですか!? まるで女子会の旅行にでも行くような雰囲気じゃないですかー!」
ハイドンが、部屋の隅でポツリと呟く。
ハイドン「その女子会の雰囲気を、なぜ私の部屋でかもしだしているのか、そろそろ私もツッコミを入れてもよろしいかな?」
副師団長ズ「ダメです」
ハイドン「……そうですか」
部屋の中では、隊長ズがトランプに興じながら、ハイドンを冷ややかに見やる。
隊長ズ「ハイドンさん、まだ諦めてなかったんですか? ここはもう、みんなの部屋ですよ」
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王都は、明後日の出陣を控えて着々と準備が進んでいた。
騎士団の幹部たちは、これから始まる過酷な戦いの前に、束の間の「儀式」を執り行おうとしていた。
**【一次会:リノの部屋】**
幹部のみが招集される、マキ様のための二度目のいくさ。リノ主催の「おかあさんといっしょパーティ」が開催される。そこでは、マキ様を囲み、リノが用意した特製メニューが振る舞われるはずだ。
**【二次会:ハイドンの部屋】**
一次会で温まった参加者たちが、雪崩れ込む先。それがハイドンという名の「被害者の会」集会所である。そこはもはや、戦場への恐怖など微塵も感じさせない、騎士団という名の巨大家族による狂乱の宴会場と化す予定。
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#### 魔道研究所:リノの居室
マキ(……。……。……おい。……出陣前だぞ。……なぜ誰も武器の整備や戦略の最終確認をしないのだ)
リノ「うふふ、マキ様。準備は万端ですよ? 武器の整備はガリクソン様がスパチュラで行い、戦略はカレン様が脳内で終わらせてました。……あとは、私たちとの団欒だけが、彼女たちの『エネルギー源』なのです☆」
マキ(……そうか。私のときは、そのエネルギー源を自分で断っていたのか。……このアホたちのせいで、私の人生観がガラガラと崩れていく音がする)
リノ「いい音ですねぇ♪ さあ、明日は壮行会! マキ様も可愛い服を着て、一緒に楽しむんですよ〜?」
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静まり返ったリノの部屋。安らかな寝息を立てるリノの傍らで、マキは独り、思考の海に沈んでいた。
マキ「相変わらず、自分の心は一切わたしに読ませぬ程の完璧なセキュリティだな……。夢すらこのわたしに読み取らせないとは、たいした徹底ぶりだ……。リノ、恐るべし……」
その鉄壁の守りこそが、リノが「魔道研究所」の主として、そしてマキの最も近くに侍る者としての矜持なのだろう。
マキはふと、昼間の王宮でのラーズとのやり取りを思い出し、口元をわずかに綻ばせた。
マキ「ラーズのやつめ、相変わらずだったな……。あの頃から何も成長しとらんではないか……」
記憶の扉が開き、意識は11年前の、陽光降り注ぐ武闘大会の会場へと飛ぶ。
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#### 回想:11年前 ―― ロザーリア・ラーズ王子杯武闘大会
観客席は、一人の少女が巻き起こす旋風に騒然としていた。
観客「何だこれは!? 圧倒的じゃないか!?」
アカデミー員「首席で卒業したあの天才が、まるで歯が立たないとは……。あの娘はいったい何なんだ!?」
リングの上で、美しい黒髪のポニーテールをなびかせる12歳の少女。
無駄のない動き、凄まじい踏み込み。アカデミーの精鋭を赤子のようにあしらうその姿は、剣を振るうというより、戦場の女神が舞い踊っているかのようだった。
**ガタン!**
貴賓席で、同い年のラーズ・アレクサンド(12歳)が椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
その瞳には、少女の鮮烈な一撃が、消えない焼き印のように刻み込まれていた。
流麗な身のこなし、力強い剣撃。我流とは思えぬ完成された剣術。
ラーズは、その凛とした美しさに、心臓を直接掴まれたような衝撃を覚えていた。
審判「勝者、マキ・クロフォード!」
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表彰式が終わり、マキがさっさと会場を後にしようとしたその時。ラーズが慌てて駆け寄った。
ラーズ「おい、ちょっと待ってくれ! もう帰るのか!?」
マキ「? もう終わりましたよね。何かあるのですか?」
マキの冷淡な視線に、ラーズは一瞬たじろぎ、言葉を詰まらせる。
ラーズ「い、いや……お前、名を何と申す?」
マキ「……大会にも登録していますし、表彰式でも名を呼ばれましたし、試合前にもきちんと名乗っていますが?」
ラーズ「そ、そうか!? で、ではお前の家柄、どこの出だ!? 爵位は!?」
必死に接点を探そうとするラーズだったが、繰り出す質問はどれもマキの神経を逆撫でするものばかりだった。
マキ「……答える必要はないはずですが。家柄が良くないと参加資格がなかったとでも言うのですか?」
ラーズ「ぐっ……ち、違う!」
マキ「……ですよね。それなら私は訓練があるので、用がないなら帰らせていただきます」
ラーズ「あ、ま、待て!! もう少し話を!!」
マキ「……しつこいですよ」
焦ったラーズは、つい口にしてはならない「権力」を盾にした。
ラーズ「な、な、無礼な!! 僕はアレクサンド王国のラーズ王子だぞ!!??」
マキ「……知っていますよ。何回も司会から紹介されていましたし、この大会の主催者として挨拶もしていましたし……」
マキのあまりにも「正論」すぎる返しに、ラーズ王子の顔は真っ赤に染まっていくのだった。
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マキ(……。……。あのアホめ。最初からあんな調子だったな)
現代のリノの部屋で、マキは静かに目を閉じた。
明後日には、その「アホ」が守る国のために、自分たちは再び死地へと赴く。
11年前、ただ強さだけを求めていた少女は、今や変態魔道士にプリンを食べさせられる身となったが、その魂の根底にある「何か」は、あの日のまま変わっていないのかもしれない。
リノ「……むにゃ……マキ様ぁ……あーん……でちゅ……」
マキ「……寝言までそれか」
マキは小さくため息をつき、深く、深い眠りへと誘われていった。
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