第50話:嵐を呼ぶ女
第50話「嵐を呼ぶ女」
店の中央テーブルで帝国間諜たちが死刑執行を待つ生贄となっている一方で、その奥――重厚な仕切りで完全に区切られた予約席の座敷でも、また別の「限界突破」した者たちが、理性をアルコールに溶かしていた。
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#### モツ鍋屋「極楽亭」・最奥の座敷
そこは、王都の闇を支え、日中の地獄を耐え抜いた者たちだけが辿り着ける「聖域(ただし地獄絵図)」だった。
???「ハッハッハ! ようやく羽根を伸ばせるな!!このほうれん草とキュウリのツマミが美味すぎてビールが止まらん!!」
並べられたジョッキの数は、すでに二十を超えている。
???「もう……毎日ジョギングやらモーニングスターやらで、生きた心地しなかったですからね!! **あの『鬼』がいない間の酒が美味いのなんの!!」
???「私なんて、その鬼から直接組手の相手までやらされて死にかけてるんですよぉぉ〜〜!事務員として入ったはずなのにぃ〜〜 。大好物の『神社エール(ノンアル)』を飲んで、飲んで、飲みまくってぜーんぶ忘れますぅぅ〜〜!」
???「おーい、お前らだけが地獄だと思うなよ〜〜? こっちは『わたし、キレイっすか?』のホラー映画の実体験を毎日8時間フルコースだぜ!?まさに超攻撃型お化け屋敷みたいなもんなんだぜぇ〜?ひゃっはっは! ひっく!」
???「あの、包丁持って襲ってくる人形と、口裂け女のホラーのコラボだからな! ひっく。あ、夢の中にまで出てきて襲ってきたから、さらにもう一つ爪が刀の悪夢使いホラーのコラボだ!あとチェンソーまで入ったら完璧だぜ ハッハッハ!! ひっく!」
???「待て待て! こっちの方も地獄だぞ!? ひっく。毎日、ボスの専属菓子職人をやらされてる俺の気持ちが分かるかぁぁー!? ひっく! ……あのミスお菓子っ子の相手がどれだけ大変か‥‥うおー! モツ鍋に白餡入れたくなってきた!ひっく」
???「やめろぉぉ! 糖分はもう……セイラさんだけで十分だぁぁぁ……。ひっく、あと、もうたくさんなのはあの青汁聖女さんも同じ……ってかぁ?アッハッハ」
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#### 魔道研究所:リノの居室
魔道探知で様子を見ていたマキは、ついに頭を抱えた。
マキ(……。……。……。……おい。……おいリノ。……なぜ、この店にこいつら全員が集結しているんだ。……偶然にしては、あまりにもできすぎているぞ)
リノ「あはは! マキ様ぁ、類は友を呼び、地獄は地獄を呼ぶってことですね☆ 表のテーブルには『鬼』と『副師団長ズ』と『帝国間謀』。奥の座敷には『限界を迎えた謎の怪しい集団』……。これ、仕切りの向こうからセシリア様の声が聞こえた瞬間、座敷の連中、ショック死するんじゃないですか?」
マキ(……それだけではない。誰だ、最後に『白餡を入れたくなってきた』と言った奴は! !!)
リノ「うふふ、カオスですねぇ☆ ……あ、表のセシリア様が、いよいよモツを口に運びましたよ。……あ、噛みました。……あ、甘さに気づきました」
マキ(……座敷の連中、早く逃げろ! 今すぐ窓から飛び降りて逃げろ!! その仕切りの向こう側は、あと数秒で爆心地に変わるぞ!!)
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店内に響く、セシリアのジョッキを置く「トン」という静かな音。
その音は、仕切りの向こう側で大騒ぎしている「???」の面々にも、どこか不吉な予感として届いていた。
???「……。……。……なぁ。……今、どっかで……聞いたことある『威圧感』がしなかったか……?」
???「……よ、酔いすぎですよ。……ここは、安全な……はず……」
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モツ鍋屋「極楽亭」は、今や王都で最も人口密度の高い「地雷原」と化していた。
表のテーブルではセシリアが怒りの導火線に火をつけ、中間座敷では隊長ズが絶望的な放談を垂れ流し……そして、そのさらに奥。
最も格式高い最高級予約席でも、また別の「深淵」が口を開いていた。
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#### 豪華予約席「龍の間」
そこは、防音加工が施されているはずの特等席。しかし、隣の座敷から漏れ聞こえる隊長たちの阿鼻叫喚と「白餡投入宣言」は、そこに鎮座する謎の者たちの神経を逆撫でするに十分だった。
???「……。なんか隣の部屋、うるさすぎるわね。ゆっくり戦略を練りながらモツ鍋を楽しみたかったのに、腹が立ってきたわ」
(冷徹な知性を宿す声が、手にした扇子をパチリと閉じる)
???「そうかなー? まあ、ボクは賑やかなのも好きだけどね。人間、死ぬ前は賑やかな方がいいでしょ?」
(クッキーをかじるような軽い音と共に、ミスお菓子っ子と罵られた幼い声が毒を吐く)
???「……。……ていうか、仕切りごと叩き斬りたくなってきたっす。ナノ単位で切り刻んで、砂利にしてやりたいっす……」
(気怠げだが、放たれる殺気は本物。手元の箸が、すでに真剣のような鋭さを帯びている)
???「フフフ、ダメですよ? 酒の席の愚痴くらいは聞き流してあげてください。……でも、『モツ鍋に白餡』は聞き流せません。甘くするのは、万死に値します。……苦く、苦く、地獄の底のような味にしないと……フフフ……」
(聖母のような微笑みを浮かべながら、手元の小瓶から緑色の液体を鍋に滴らせる)
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#### 全テーブル・同時多発「絶望」
1. **表テーブル:** 甘いモツを噛みしめた**セシリア**が、ゆっくりと拳を固める。副師団長ズが恐怖に震え出す。
2. **中央座敷:** 悪口の限りを尽くしていた謎の一団が、背後に「死」の気配を感じてガタガタと震え出す。
3. **最奥予約席:謎の一団(?)の四人が、ついに立ち上がる。
それぞれの部屋を隔てているのは、もはやただの「薄い紙の壁」でしかなかった。
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#### 魔道研究所:リノの居室
マキ(……。……。……。……。……逃げろ。……全王都民よ、今すぐ城門を出て、隣国まで逃げろ!! アレクサンドの全戦力が、この狭いモツ鍋屋に集結してしまった!!)
リノ「うふふふふ! マキ様ぁ! これぞ正真正銘の『オールスター感謝祭(物理)』でちゅね☆ これが中央のセシリア様と衝突した瞬間、王都は地図から消えまちゅよ!」
マキ(**笑ってる場合か!! 帝国間諜たちが、あまりのプレッシャーに泡を吹いて倒れるぞ!! 早く止めないと、明日からの騎士団運営が『全滅』で終わる!!**)
リノ「あ、セシリア様が立ち上がりまちた。……!!」
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モツ鍋屋「極楽亭」の空気は、沸騰する鍋とは対照的に、絶対零度の殺気へと変貌を遂げていた。
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セシリア「フフフ、男どもよ? 責任持って、このモツ鍋を全て食べるんだぞ?」
セシリアは、あざといほどに可愛らしい「はい、召し上がれ♡」のポーズを決め、上目遣いで諜報員たちの器に山盛りのモツをよそう。
その器から漂うのは、セイラが仕込んだ致死量の糖分の香りだ。
副師団長ズは、もはや現実逃避の域に達していた。
ヒナギクに至っては、静かに目を閉じ「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」と、これから始まる「収穫祭(虐殺)」への祈りを捧げている。
諜報員A「お、お姉さん……ちょっとこの甘いのは無理だって(笑)」
セシリア「お前たちが来てからこうなったのだ。責任を取れ。……それとも、私が注いだものを食べられないというのか?」
うるうると瞳を揺らし、小首をかしげるセシリア。その可憐な仕草とは裏腹に、彼女の背後には巨大な阿修羅の幻影が見え隠れしていた。
諜報員B「じ、冗談キツいなー。これ、まるで罰ゲームっしょ(笑)」
セシリア「つべこべ言わずにさっさと食え。私が『優しく』言っている間に言うことを聞いた方が、身のためだぞ?」
今度は頬を膨らませた「ぷんぷんポーズ」。しかし、その瞳の奥は一切笑っていない。
諜報員C「……。ちょ、おい待てよ。さっきから大人しく聞いてりゃさ、お前……ちょっと可愛いからって、調子に乗ってねーか?」
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その不遜な言葉が発せられた瞬間、セシリアはニコッと、この世で最も美しい微笑みを浮かべた。そして、手に持っていた割り箸を垂直に掲げ、吸い込まれるように振り下ろす。
**「――スパァ!!」**
静かな、あまりに静かな音。
次の瞬間、鉄製のはずの鍋が、まるで豆腐か何かのように、正中線から綺麗に真っ二つに割れた。出汁が溢れ出すこともなく、断面は鏡のように滑らかだ。
諜報員ズ「!!!!!!!」
セシリア「この店にはお前ら三人以外にも、あと五人。バイトにも一人、潜伏させているだろう? この近辺だけで50人もの間諜を放つとは……。何か特別な意味でもあるのか?」
諜報員A「ちっ……! 俺たちの完璧な潜伏がバレていたというのか!?」
セシリア「さて、お仕置きの時間だ。仲間を呼ぶならさっさと全員集めろ。まとめて相手をしたほうが、破壊される店舗もここの一軒だけで済むからな。……フフフ、なかなかの『手練れ』も一人混じっているようだしな」
店長は静かに厨房の奥で十字を切った。ああ、私の店は今日、地図から消えるのだ、と。
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#### 集結する影
諜報員の一人が高周波の笛を吹く。すると、店の扉を蹴り破り、窓から、天井から、チャラついた格好をした三流ホスト風の男たちが次々と雪崩れ込んできた。その数、およそ50名。
副師団長ズ「なぜこんなことに……。せっかくの女子会が、なぜ『掃討作戦』に……っ!」
しかし、彼女たちはまだ気づいていない。
この乱入による「騒音」が、隣の座敷で飲んでいた「???」の面々と、さらに奥の高級席にいた「???」の面々の、逆鱗を派手に踏み抜いたことに。
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#### 魔道研究所:リノの居室
マキ(……。……。……終わったな。50人の諜報員? 違う、50人の『的』だ。……おいリノ。今すぐ、この店を中心とした半径500メートルに避難勧告を出せ。それと、店長の再建費用を王室予算に組み込んでおけ!!)
リノ「うふふ、マキ様ぁ。セシリア様、完全に『狩り』のモードに入ってますねぇ☆ でも、お気の毒なのは間諜さんたちだけではありませんよ。隣の座敷で寝ていた隊長さんたちも、この騒ぎで飛び起きたみたいです」
マキ(……。……。あぁ。……。エレン。お前は絶対に来るなよ。これは、子供が見ていい光景ではない……)
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せっかくの楽しい女子会が、ある人が加わるだけでとんでもない惨劇に変貌してしまう、皆さまもそんな経験ございませんか?
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