表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/60

第37話:ハイドンの究極の料理

第37話「ハイドンの究極の料理」


### ドルネイ城・晩餐会場


カレン「みんな逃げずにちゃんと現れたわね? さあ、厳粛に記帳を済ませて中に入るわよ」


カレンが黒い漆塗りの重厚なドアを開けると、そこは視界が霞むほど歓迎の香(お焼香の匂い付き)がモクモクと焚かれていた。


フルーレ「うわぁ……完全にアウトっす……」


ハナ「嫌な予感どころか、もう霊柩車が見えてきた気分だよぉ……」


ドルネイ城主「騎士団の皆様、この度はこのドルネイの救済、心より感謝いたしております。そのお礼といっては何ですが、我が街最高峰の料理にて饗させていただきます」


パチパチと炭が爆ぜる音だけが響く静寂の中、料理長がまるで読経のような低音で、一品ずつ丁寧に説明を始めた。


「ドルネイの最上位のお客様にのみ許される、最高級精進フルコースでございます。まずはスープ、ミソシール。続きましてサラダ代わりの、カッパマーキとオシンコマーキ。本日のメインディッシュ、珠玉のカンピョウマーキ。甘味にはイナリズーシ、そして特別にホウレンソウのオヒターシをご用意いたしました」


カレン「(小声)セシリア! あんたがあんなこと言うから、メニュー表通りに出てきちゃったじゃないの!」


セシリア「(小声)私じゃないぞ! これも確かハナが予言のように言っていたはずだ!」


ハナ「(小声)ボ、ボクじゃないよぉ!! これはセシリア様がモロに言ってたじゃないかー!!何でもボクのせいにしないでよー!!」


フルーレ「(小声)そんなことよりこれ、絵面的に茶色と黒と緑しかないっすよ。メインが干瓢巻きって……修行っすか?」


シルフィ「(小声)通常、しきたりでは『精進落とし』が済めば肉や魚も出るはずなのですが……」


リノ「(小声)シルフィ様、残念ですがこの街のルールでは精進落としは七日待たないと落とせませんよぉ。うふふ、七日間これですね」


隊長ズ「(小声)……完全に嫌がらせの道連れだ……俺たちの胃袋はもう死んだ……」


騎士団一同が絶望的な顔をして、カサカサと乾いた海苔の音をさせながらカッパ巻きを咀嚼していた、その時。


ハイドン「……美味い!! 何だこれは、なんて美味い料理なんだ!! 巻き物も全て最高だが、この『ほうれん草の御浸し』……これこそ私が求めていた真実だ! 世界でも最上位に入る美味さだぞ!! 全てが七つ星だ!!」


ハイドンだけが瞳を輝かせ、涙を流さんばかりの勢いでカンピョウマーキを頬張っている。


騎士団一同「………………(絶句)」


ブキャナン「……騎士団の皆さん、ハイドン様はご幼少の頃、ご実家がいつも事業を失敗‥‥いえ、難航されていて、大変貧乏……いえ、厳格な家風でして。お正月やクリスマス、誕生日パーティーでもこの手の料理が振る舞われていたそうです。本人にとっては、これ以上ないソウルフードなのかと……」


セシリアは静かに目を閉じ、聖母のような微笑みと、慈悲深い哀れみを隠しきれない顔でハイドンに語りかける


セシリア「……ハイドン。そんなに美味いか。……私のカッパ巻きも、食うか……?」


セシリアは生まれて初めて、人から食べ物を奪うではなく与える行為をしていた。かわいそうな野良猫を見るような慈愛に満ちた目で自分の皿をハイドンに差し出す。


---


マキ(ハイドン……。お前、ついに「ほうれん草」の呪縛から解き放たれて昇天しかけているな。だが、喜ぶがいい。お前のその「安上がりな舌」こそ、これからの借金返済生活における最大の武器になるだろう……)


リノ「あ、マキ様。中からハイドン様の凄まじい歓喜の覇気が伝わってきますね。よっぽどほうれん草が美味しかったんですねぇ。よかったでちゅね、マキ様」


マキ(リノ……。お前、まさかハイドンの実家のメニューまでリサーチ済みだったんじゃないだろうな……? もしそうなら、この晩餐会は最初からハイドンを籠絡するためのカレンとの共同戦線……!!)


リノ「……さあ、マキ様。私たちも負けずに、ドロドロにすり潰した特製・納豆ペーストをいただきましょうね。あーん」


マキ(……私も七日間、精進料理かぁぁぁ!!!!!)


---


### ドルネイ繁華街・「時計の台ラーメン」


「お通夜晩餐会」の精進料理で心身ともに削られた面々は、城主たちが眠りにつくやいなや、夜の街へと繰り出していた。


セシリア「へっぽこエレン! ぼーっとするな、早く注文するのだ!!」


エレン「は、はいっ! ええと、味噌塩バター3玉盛りが一杯、塩バター六杯、味噌バター六杯、餃子十三皿、焼き飯十三杯……あと、ええい、全部大盛りで!」


カレン「ふぅ……。やっと『生命の輝き』が宿った食事にありつけるわね。あの精進料理、食べてる最中に自分の徳が上がりすぎて、そのまま昇天するかと思ったわよ」


ブキャナン「あの……。王国騎士団の配給もかなりのご馳走だと聞いていたんですが、なぜわざわざ深夜にラーメン屋なんですか?」


カムストック「……ブキャナン。ツッコんではいかん。この人たちに理屈を求めたら負けなんだそうだ」


エレン「え、えっと、改めてハイドンさんとブキャナンさんの歓迎会も兼ねまして、慰労会を始めたいと思います! では、乾杯の音頭をセシリア様にお願いしたいと思い……あ、もう食べてる!?」


セシリアは乾杯も待たず、湯気の立つラーメンを既にダイレクトにがっついていた。


セシリア「む! モゴモゴ……カレン、このスープ、体に染みるぞ! 替え玉頼んでもいいか? モゴモゴ」


カレン「はぁ!? あんたバッカじゃないの!? まだ乾杯も終わってないでしょ! それでもう既に替え玉とか一体何なの‥‥少しは品性を持ちなさいよ!」


その喧騒を横目に、ブキャナンはレンゲですくったスープを見つめながら、あのドルネーイの塔での出来事を思い出していた。


---


### (ブキャナンの追憶)


塔の魔法結界が青白く輝く中、ブキャナンは必死の思いでカレンの前に膝をついた。


ブキャナン「カレン殿にお願いがあって参りました」


カレン「ブキャナンか。自分の上司を魔法結界に閉じ込めておいて、どの面下げてお願いがあると言うの?」


ブキャナン「ど、どうかハイドン様の命をお助け願えないでしょうか!!」


フルーレとハナは顔を見合わせる。


カレン「セシリアに殺されるのを止めてくれって意味?」


ブキャナン「……セシリア殿はハイドン様を殺す気はありません。しばらく見ておりましたが、そう確信しました。むしろ、二人は……楽しそうに戦ってすらいた」


カレン「……でしょうね。ではなぜ、今さら『命を助けろ』なんて言うのかしら?」


ブキャナン「……帝国から、時限式の超破壊兵器が送られてきたのです。ハイドン様はそれを受け入れ、敵将と相討ちになる覚悟を決めておられる。しかし、今こうして結界が解かれたということは、あの方は……セシリア殿だけを逃がし、一人で死ぬ気です! お願いです! どうか、どうかハイドン様を救ってください!!」


カレン「……敵将を助けて、私たちに何の得があると言うの? それに見合う報酬はあるのかしら?」


ブキャナン「……報酬は、ありません。ですが、私の命を差し出します! 私を好きに処分して構わない、だから、どうか……!」


カレンは、はぁ……と呆れたような、それでいてどこか毒気の抜けたため息をついた。


カレン「ハナ、セシリア救出は順調かしら?」


ハナ「ボクの腹心たちはしくじらないよ。もうすぐ出てくるはず」


カレン「ハナ、あなたにハイドン救出も頼みたいのだけど、間に合うかしら?」


ブキャナン「!!!!!」


ハナ「ギリギリか、間に合わないか……どっちにしても、あそこで剣を振ってるセシリア様に水差ししたから、ボクはタダじゃ済まないよね。……ま、わかったよ。行ってくる!」


そう言うと、ハナは赤い残像を残して塔の中へと消えて行った。


その後、凄まじい大爆発が起きたが、ハナは意識を失いかけたハイドンを抱え、文字通り爆炎を突き抜けて飛び出した。爆風と衝撃で二人とも全身血まみれ。


着地の瞬間も、ハナは自分をクッションにしてハイドンを庇った。

駆けつけたシルフィの懸命な処置がなければ、二人の命は繋がらなかっただろう。


ブキャナン「一歩間違えたら、あなたたちまで命を落とすようなことを……」


カレン「ふぅ。さてブキャナン殿。報酬の件だけど……あなたの命なんかじゃ釣り合わないし、そもそもあなたの命なんかいらないわ。……報酬は現金のみ。わかったわね?」


ブキャナン「……あ、ありがとうございます……! お金なら、いくらでも……。一生、いえ、末代までかけてでも、支払わせていただきます……!」


---


### 現在・「時計の台ラーメン」


現実は、チャーシューの最後の一枚を巡ってセシリアとフルーレが箸で火花を散らし、それをカレンが怒鳴りつけながら仲裁(という名の制裁)を加えているカオスな光景だった。


ブキャナン「……本当に、この騎士団はいったい何なんだろうね。敵も味方も、理屈の外側にいる……」


ハイドン「ブキャナン。何を黄昏れている。……この『味噌バターラーメン』という食べ物、ほうれん草が入っていないのに美味いぞ! 貴様も早く食え!」


ハイドンに促され、ブキャナンは苦笑しながら麺を啜った。命の味がした。


---


マキ(ブキャナンよ、お前がその時「報酬は現金のみ」と言われた本当の恐ろしさを知るのは、数日後の徴収日だろうな。……そしてリノ、頼むから私のベビーフードに「ニンニク増し増し」のラーメンスープを混ぜるな。私はまだ乳児なんだ……!)


リノ「あ、マキ様。いい匂いがしてまちゅねー。大きくなったらみんなでラーメン食べに行きましょうね。今はこれで我慢でちゅよ。あーん」


マキ(……せめて、精進料理のほうがマシだったかもしれない……!!)


---


### 「時計の台ラーメン」・カウンターの片隅


ブキャナンは、湯気の向こう側で繰り広げられる「平和すぎる混沌」を眺めながら、ここ数日の出来事を反芻していた。


あの日、シルフィの驚異的な治癒魔法で一命を取り留めたハナとハイドンが搬送された後。病室でハイドンが呟いた言葉が脳裏に蘇る。


「ブキャナン……セシリアは、私が兵を逃がしていたことも、負傷兵を優先的に残していたことも、すべて悟っていたよ」


帝国軍が掴んでいた情報では、セシリア・ローランドは「力押し一辺倒の猪武者」だったはずだ。


しかし、実際に矛を交えたハイドンが感じたのは、暴力的な強さの裏側にある、恐ろしいまでの洞察力。


セシリアが気づいていたなら、当然「氷の死神」カレンが気づかないはずがない。


カレンがあの日、単身で塔に乗り込もうとしたのは、ハイドンの「甘さ」と「武人としての誇り」をすべて計算に入れ、戦わずして彼を投降させるつもりだったのだ。


自分たちの読みは、根底から外れていた。


最強の騎士団長マキが不在であっても、カレンやセシリアはすでにその領域に迫る勢いで成長している。


そして、何よりの誤算は他の師団長たちだ。


戦略級魔法を放ったのはマキではなく、十五歳の少女リノ・ウィリアムズ。


一万人の負傷兵を一人で完治させた、聖女シルフィ・ホワイト。


そして、命を賭して爆炎から敵将を救い出した、諜報のハナ。


自分のような者がいくら知恵を絞ろうが、最初から勝てる相手ではなかったのだ。


マキ・クロフォードという太陽が不在でも、彼女たちはそれぞれが夜空を照らす一等星のように輝き、帝国軍を完膚なきまでに叩き潰した。


(……完敗だ。だが、不思議と悔しくはない。むしろ、この清々しさは何だろうか……)


カレン「フフフ。さっきからごちゃごちゃと、頭の中で戦略会議でもしてるみたいだけど。……結論は出たのかしら? 参謀さん」


ブキャナン「え? いや、そ、そんな、か、考え事なんかしてないっていうか、何ていうか……」


思考を読み透かしたようなカレンの視線に、ブキャナンは思わずたじろいだ。


カレン「まあ、いいわ。この連中と付き合ってたら、深く考えるだけ無駄だってそのうち思うようになるわよ? フフフ、せいぜい胃薬を常備しておくことね」


ブキャナン「……ですね(笑)」


ブキャナンは、自嘲気味に笑った。


この「怪物」たちを相手に策を弄するのはもう終わりだ。これからは、彼女たちが創る「戦争で誰も死なせない世界」という、セシリアが語った夢物語の行く末を隣で見ていたい。


ブキャナンは、一生この人たちに付いていこうと、心に決めたのであった。


--


マキ(ブキャナンよ……。お前がその「清々しい決意」をした今、お前の財布と胃袋の運命はカレンの手の中に完全に握られたな。ようこそ、アレクサンド王国騎士団という名の『底なし沼』へ)


リノ「あ、マキ様。ブキャナンさんの顔が、憑き物が落ちたみたいにスッキリしてまちゅね。これでカレン様の事務仕事も捗りまちゅし、お祝いに明日はハイドン様と一緒に、街のゴミ拾いから始めましょうね」


マキ(ゴミ拾いって……。将軍と参謀を、初手から雑用に従事させる気か! ……まあ、それが彼女たちの流儀か。リノ、私もスッキリした顔をするから、その『謎の離乳食ペースト』を片付けてはくれないか?)


リノ「ダメですよ。完食するまで、スッキリさせてあげませんからね。あーん」


マキ(……私の完敗だ!!!)

今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。

個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。

今後とも何卒長くお付き合いくださる事と、もし気に入られられたらブックマークして頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ