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第34話:ハイドン散る

第34話「ハイドン散る」



### ドルネーイの塔・最上階


セシリアは大剣を片手で軽々と担ぎ、目の前の将軍を値踏みするように不敵に笑った。


セシリア「いやはや。噂以上なのはハイドン、お前の方ではないか」


不服そうに、どこか気乗りのしない様子だったハイドンだが、目の前の女から放たれる圧倒的な威圧感に、やむを得ず腰の剣を引き抜いた。


ハイドン「……仕方ない。不本意だが、相手をしてやろう」


セシリア「お前もこんな姑息な策を弄するより、本当は思い切り剣を振るいたかったのだろう? 噂で聞いておるぞ。帝国でも有数の剛剣の使い手だとな」


ハイドン「姑息、か。軍師に言われるならまだしも、貴様に言われるとはな。……よかろう、セシリア。貴様の首だけでも貰い受ける!!」


ハイドンが吼えた。セシリアの大剣ほどではないが、並の戦士では持ち上げることすら叶わぬ重量級の剣を振り上げ、正面から斬りかかる。セシリアはそれを真っ向から受け止めた。


――ガギィィィィィィィンッ!!!


凄まじい衝撃波と振動が広間中に響き渡り、石造りの床に亀裂が走る。


セシリア「ハハッ! 凄い剣圧だぞハイドン!! 面白い、面白くて身震いがするわ! だがまだ本気ではなかろう? 本気でもう一度打ってこい!!」


ハイドン「……呆れたな。噂以上の戦闘狂だ。セシリア、貴様は受けるだけなのか?」


セシリア「お主のような歯ごたえのある奴は、味方にも敵にもなかなかおらんからな。存分に楽しませてもらうぞ。……そうだ、一つ提案がある。お互い交互に全力で打ち込み、最後まで耐え切った者が勝ち、というのはどうだ? 私は魔法は一切使わん。剣だけで、純粋に楽しみ尽くしたいのだ」


ハイドン「……本当に、噂以上の馬鹿者だな。よかろう、その狂気……力でねじ伏せてくれる!」


セシリア「フフフ‥‥我が名はアレクサンド王国騎士団副長、セシリア・ローランド、いざ尋常に勝負!」


---


### ドルネーイの塔・入口(外側)


カレン「な、な、な、何なのよ!! あの生き物はぁぁぁ!!!」


塔の内部から、魔法でもないのに「ドォォォン!」という地震のような衝撃が伝わってくるたび、カレンは頭を抱えて叫んだ。


軍事的な駆け引きも、外交的な妥協も、全てを「物理」で粉砕する同僚の暴走に、胃の痛みが限界に達している。


フルーレ「……あれがセシリア様っすよ。むしろ、魔法を使わないだけ理性的というか、平常運行だと思うっす」


ハナ「そうそう、ボクもいつものセシリア様だと思う。あ、カレン様、この売店で買ったブルーベリーパイ、かなりイケるよ。食べる?」


カレン「ハナ……あんたも平常運行ね。もういいわ、好きになさい……」


カレンは脱力して塔の壁に背を預けた。


マキ(ハイドンよ。同情するぞ。貴様は今、大陸で最も純粋で、最も厄介な「暴力の化身」と向かい合っている。魔法を使わないというのは、セシリアなりの敬意だが……それは同時に、貴様が「物理的に」叩き潰されるまで解放されないという宣告でもあるのだ……)


リノ「あ、今の衝撃、セシリア様のほうがちょっと楽しそうに叩きましたね。次はハイドン将軍の番ですよー。がんばれー」


リノの他人事のような応援が、夜の静寂に虚しく響く。


---


### ドルネーイの塔・最上階


**『ドォォォォン!!』『ガキーン!!!』**


すでに数十回。交互に全力で打ち合うという、狂気じみた「組手」が続いている。


防具は衝撃で歪み、二人とも剣で受け止めきれなかった衝撃が内臓を揺らし、口の端から鮮血を零していた。


満身創痍。しかし、セシリアの瞳はかつてないほど爛々と輝いている。


セシリア「ハハハ! 楽しいな、ハイドン! これだ、これこそが私が求めていた『対話』だぞ!!」


ハイドン「くっ、化け物か、貴様は……! 何なのだ、なぜその華奢な体と細腕で、城門を叩き壊すような一撃を何度も放てるのだ……!?」


ハイドンは戦慄していた。だが、その唇もまた、無意識のうちに吊り上がっていた。


---


#### ハイドンの回想


俺は帝国でも地方の下級貴族、いわゆる「田舎の貧乏貴族」の家に生まれた。


幼い頃から人並外れた膂力に恵まれ、家に代々伝わる無骨な剛剣を手に、泥にまみれて剣を振った。


必死に努力して帝国アカデミーを上位で卒業し、軍に入隊。その剛腕一本で、若くして将軍の地位まで登り詰めた。


だが、三年前の敗戦が全てを狂わせた。


「所詮は下級貴族の成り上がりだ」「地方の貧乏貴族出身だから底が知れている」。


かつて俺を称賛した者たちは、掌を返して俺を嘲笑った。


この戦で全てを取り戻す。あいつらを見返してやる。それだけを胸に、軍師の如く策を弄し、勝利に固執した。……しかし、その結果はどうだ。


軍師カレンには手玉に取られ、目の前の「馬鹿」には力でねじ伏せられようとしている。


---


セシリア「おいハイドン! 何を思い耽っているのだ。私との闘いは、過去の感傷に浸るほど退屈か?」


ハイドン「……! 楽しいだと? お前はなぜ……そんなに楽観的でいられるのだ」


セシリア「ハイドンよ。お前は何かと色々考えすぎるのだ。剣を振るっている瞬間は凄く良い顔をしているのに、止まるとすぐにそんな思い詰めた、つまらん顔をする。……少しは楽しめ! 命のやり取りなど、最高の贅沢ではないか!」


呆気に取られた顔をしたハイドンだったが、やがて腹の底からこみ上げるものを抑えきれなくなった。


ハイドン「……ククク、くはははは! アハハハハ!! お前は、本当の噂以上の馬鹿者だな! ……だが、嫌いじゃないぞ、セシリア!」


セシリア「ふむ。少しは良い顔になったではないか。……さて、次は私の番だったな。……いくぞ! 歯を食いしばれ!!」


---


### ドルネーイの塔・入口付近


カレン「あのバカセシリア! 何をしてるのよ! 戦闘狂を通り越して、もう戦闘フェチになってるじゃないの!!」


カレンは塔の中から響く「楽しそうな」衝撃音を聞き、苛立ちのあまり地面を蹴った。


ハナ「カレン様、それもセシリア様の通常運行だと思うけど……。……あ、それより、さっきからそこに隠れてる人。何か用?」


フルーレ「ハナ、もう少し近づかせてから捕まえればいいのに……。まあいいっす、暇だし私がやるっすよ」


フルーレが剣の柄に手をかけた瞬間、茂みの中から一人の男が転がり出るようにして姿を現した。


ブキャナン「ま、待ってくれ! 隠れていたのは申し訳ない! カレン殿、お願いがあって参った! どうか、私の話を聞いていただきたい!!」


カレン「……ブキャナン? 自分の上司を塔に閉じ込めておいて、今度は何の用かしら?」


カレンの瞳に、冷徹な軍師の光が戻る。


---


### リノの馬車


マキ(ハイドンよ……。まさかセシリアに「楽しめ」と言われて、本当に楽しみ始めるとはな。あの「馬鹿」は、感染するのだ。お前ももう、まともな軍人には戻れまい。……そしてカレン、ブキャナンが来たぞ。この狸が何を差し出すつもりか、お手並み拝見といこうじゃないか)


リノ「うふふ、マキ様。男の人って、殴り合うと仲良くなるって本当なんでちゅね。……でも、マキ様が他の誰かと殴り合って仲良くなったら、リノは嫉妬でその人を消しちゃいますからね? てへっ☆」


マキ(誰とも殴り合わんし、誰とも仲良くならん! そもそも私は乳児だ! 自由を返せ!!)


---


### ドルネーイの塔・最上階


「はぁ、はぁ……くそっ。策でも、力でも……お前らには手も足も出ないとは。情けない……セシリア……私の、負けだ……」


ハイドンはついに力尽き、ガクリと膝をついた。その手から剛剣が滑り落ち、石の床に虚しい音を立てる。


セシリア「ハッハッハ! 潔いなハイドン! お前は強い、情けなくなどないぞ。これほど心地よい打ち合いは、マキ様以来だ!」


セシリアもまた満身創痍。しかし、その顔には満足げな笑みが浮かんでいた。その時、塔を包んでいた禍々しい青い光が霧散し、魔道結界が消滅した。


セシリア「……む? 結界が消えたな。ハイドン、何を企んでいる?」


ハイドン「……結界は解いた。これで外に出られる。セシリアよ、急いでここを去れ。もう……時間がない。最後に貴様のような『馬鹿』と闘えたこと、心から礼を言う」


セシリア「……なんだと? まさか、自決でもするつもりか!? そんなことは私が許さんぞ!」


ハイドン「……この広間には、時限式の超破壊兵器……魔導自爆装置を仕掛けてある。私が意識を失った場合、あるいはこの位置を離れた場合も即座に起動するようになっている。まだ数分はある……。セシリア、お前は早く脱出しろ!」


セシリア「馬鹿者!! お前も一緒にここを出るのだ!!」


ハイドン「……フッ。だから、私はもう助からないと言っているのだ。……たとえ生き延びたとしても、敗軍の将に帰る場所など、帝国にはないのだよ‥‥」


セシリア「帰る場所がないなら、私と一緒に理想を目指せばいいではないか!」


ハイドン「……お前の理想だと?」


セシリア「マキ様は『戦争のない世界』を目指しておられる。その中でも、私の理想はさらにその先……『誰も死なせない戦争で戦争を終わらせる‥‥究極の戦争のない世界』だ。ハイドン、お前はそのために必要な人間なのだ!」


ハイドン「……『誰も死なせない戦争で戦争を終わらせる』……だと? 夢想も甚だしい……」


セシリア「夢想ではない! 現にこの戦に関してはもうハイドンお前はそれをやっている!お前はドルネイにはもう、兵など配置していないのだろう? お前はすでに、兵たちに帝国へ無事に帰還するよう指示を出した。そうであろう?」


ハイドン「‥‥‥‥‥勝手な推測を」


セシリア「……それに、最初にゾイドとドルネイを制圧した時、お前が残した各五千の兵……あれは全て、その激戦で傷ついた負傷兵だった。安静にさせる為に従軍させずに置いていった‥‥そうであろう?」


ハイドン「………………」


ハイドンは絶句した。自分の「甘さ」を全て見抜かれていたことに。


セシリア「勝手な推測ではない。お前は無能でも弱くもない!!お前は強い!!!ただ優しすぎるのだ、ハイドン! 」


ハイドン「戦闘馬鹿かと思えば勘が鋭く思慮深いことも言う……お前は本当に面白い奴だ! お前なら、いつかその理想の世界にできるかもしれん! 」


セシリア「その世界をお前もわたしと一緒に作るのだ!!だからだ、ハイドン、お前は死ぬことは許さん!!死んだらわたしが地獄まで追いかけて殺す!!!!」


ハイドン「……セシリア! お前は早くここを脱出しろ! お前のような人間が、ここで死んではならんのだ!!」


ハイドンはセシリアの足元がおぼつかないことに気づいていた。彼女もまた、出血がひどすぎて、その場に立っているのが奇跡に近い状態なのだ。このままでは、兵器の起動までに二人とも間に合わない。


セシリア「‥‥‥待ってろハイドン‥‥わたしが必ず助けてやるからな‥‥‥」


ハイドン(……こやつ、自分も死にかけのくせに、何を言っているのだ。このままでは、最初の計画通り「道連れ」になるだけではないか……!)


壁の魔導時計が、非情なカウントダウンを刻み続けていた。


---


### ドルネーイの塔・入口付近


カレン「結界が消えたわ! ハナ! 頼んだ

わよ!!」


カレンが叫ぶ。だが、彼女の魔道探知は、塔の最上階で膨れ上がる「破滅の魔力」を捉えていた。


カレン「……っ、ハイドンの奴、なんて物騒なものを仕掛けてくれたのよ!!」


---


### リノの馬車


マキ(ハイドン……。お前が最後に選んだのが「自爆」か。だが、お前はセシリアという男勝りの「お節介焼き」を甘く見すぎているぞ。あいつは、死神の鎌すらへし折って、お前を地獄の淵から引きずり戻すつもりだ……!)


リノ「……うふふ、マキ様。セシリア様の覇気が限界を超えて高まっていますね。塔が爆発する前に、セシリア様が塔を『投げ飛ばし』そうで怖いです……。てへっ☆」


マキ(それだ!! あいつならやりかねん!!)


---


### ドルネーイの塔・崩落の瞬間


ハイドンは、残された最後の気力を振り絞って怒号を上げた。


ハイドン「……さっきからそこに隠れておる奴ら! セシリアの部下なのだろう!? さっさとその『大馬鹿者』を連れて、ここから立ち去れ!!」


その声に呼応するように、天井の影から四人の影が音もなく舞い降りた。ハナが密かに潜り込ませていた、隠行のスペシャリストたちだ。


諜報部隊員「セシリア様、申し訳ありませんが時間がございません!」


諜報部隊員「ハナ様のご命令です、どうかお許しを……!」


セシリア「お前ら離せ!! ハイドン、死ぬな! お前は死んではならん人間なのだ!! 勝手に死ぬことなど私が許さん! 死んだら私が殺すと言っているだろうが!!」


暴れるセシリアを、四人がかりで強引に抱え上げる。彼女もまた出血で力が入らず、必死の叫びも虚しく出口へと運ばれていく。


ハイドン「……早くそいつを連れて行け!! 目障りだ!!!」


遠ざかるセシリアの罵声(?)を聞き届け、ハイドンは、ふぅ、と深く息をついた。


……本当に、噂以上の馬鹿者であった‥‥‥


力攻めしか能がない猪武者に見せかけて、恐ろしいほどの洞察力と分析力。そして、敵である自分さえも「必要な人間だ」と断じる、眩しいほどの独善。


ハイドン「…セシリア・ローランド…最後にあいつと闘えて、本当によかった……。もっと早く、戦場ではない場所で出会えていれば……よかったのかもな……」


ハイドンは静かに目を閉じた。彼の心音と連動した魔導時計が、最後の刻を告げる。


---


**『ドォォォォォォォォン!!!』**


夜空を真っ赤に染め上げるほどの凄まじい轟音と共に、文化遺産ドルネーイの塔が大爆発を起こした。石造りの巨塔が内側から弾け飛び、塵となって崩れ落ちていく。


セシリア「ハイドーン!!!!!!」


救出された直後、遠ざかる視界の中で崩壊する塔を見つめ、セシリアは絶叫した。


セシリア(馬鹿者が……。お前は、生きなければいけない奴だったのに……。わたしの理想の世界を作る為には、絶対に必要な男だったのに‥‥。この、大馬鹿者が……!)


怒りと、悔しさと、そして限界を超えた喪失感。セシリアの意識は、溢れ出る鮮血と共に深い闇へと沈んでいった。


---


### 塔の外・カレンの陣


爆風を腕で遮りながら、カレンは崩れ落ちた塔の残骸を呆然と見つめていた。


カレン「……ハイドン。あんた、最後まで『武人』を貫いたっていうの……?」


フルーレ「セシリア様を無事回収出来たっすよ!!諜報部隊!!シルフィを!! 早く、シルフィを呼んでくるっす!!」


---


### リノの馬車


マキ(ハイドン……。お前の潔さは、この戦記のなかで最も美しい「負け」だったかもしれん。……だが、私の部下をこれほどまでに悲しませた罪、あの世でゆっくり反省するがいい)

今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。

個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。

今後とも何卒長くお付き合いくださる事と、もし気に入られられたらブックマークして頂けると嬉しいです。

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