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第29話:ゾイド二丁目の夕陽

第29話「ゾイド二丁目の夕陽」


### 帝国軍:ハイドン本陣


「ハイドン将軍! カムストック様、サンチェス様、共に敗北! 敵師団長に捕縛されました!」


伝令の悲痛な叫びに、ハイドンの拳は白くなるほど強く握りしめられた。


ハイドン(なんということだ……。私の右腕と左腕を、あんな小娘たちが、たった数刻でへし折ったというのか……!)


さらに追い打ちをかけるように、別の伝令が転がり込んでくる。


「報告! 中央軍、セシリアによって完全に粉砕されております! まるで嵐……いや、天災です! 本陣への到達まで、もはや時間は残されておりません!!」


ハイドンはしばらく沈黙し、天を見上げて目を閉じた。視界の端では、リノの放った火柱とフルーレの爆炎がいまだに天を焦がしている。


(おのれ……カレンめ……。またしても、またしてもこの私に、泥水を啜らせるというのか!)


ハイドン「……撤退だ! 全軍、ドルネイまで退け!! ゾイドは諦める。これ以上の損失は、帝国の存亡に関わる……ッ!」


苦渋の決断。しかし、それはもはや「軍」としての体をなさない、敗走の始まりだった。


---


### 王国騎士団:中央軍セシリア陣営


その頃、戦場の中心地。

そこには、新人の隊服を脱ぎ捨て、本来の黄金に輝く鎧を纏った「鬼神」セシリアが暴れまわっていた。


彼女が剛剣を一閃させるたび、帝国兵の集団が木の葉のように空へ舞い、時折放たれる広範囲爆炎魔法が戦場をクレーターだらけに変えていく。


まさに、かつて単騎で戦況をひっくり返した爆炎の支配者マキと寸分違わぬ、理不尽なまでの暴力。


セシリア「わははは! いいぞ! 50人組手がやり放題ではないか!! 帝国兵、もっと歯ごたえのある奴はおらんのか!」


近衛兵「セシリア様! お願いですから、単騎で敵陣の奥深くまで入り込むのはやめてください! 私たちの心臓が持ちません!!」


セシリア「む、よいではないか。接待だの社交辞令だのでストレスが溜まっておったのだ、少しは発散させろ! さて、次はどの部隊を吹き飛ばしに行こうかな……?」


セシリアが次の獲物を定めた、その時。


近衛兵「セシリア様、緊急の伝令です!」


セシリア「緊急? ハイドンがついに私と一騎打ちをする気になったか!?」


近衛兵「いえ……。ハイドン軍、全軍撤退を開始! 脱兎のごとくドルネイへ向かっております!」


セシリア「……は? もう撤退するのか!? まだ千人くらいしか吹き飛ばしておらんぞ! 全然足りん! よし、今から追撃してあと千人ほどぶちのめしに――」


近衛兵「ダメです! 『ハイドンが撤退を開始した場合は、深追いせず即座にこちらも引き上げること』と、軍師カレン様から厳命されております!」


セシリア「はあああああ!? カレンの奴、何を考えておるのだ!! 今が一番楽しいところではないか!!」


---


### カレンの本陣


カレンは望遠鏡を置き、満足げに微笑んだ。


カレン「ふふ、追い込みすぎると、ハイドンも窮鼠猫を噛むで死に物狂いになるわ。今は『逃げ道』を与えて、恐怖をドルネイまで持ち帰らせるのが一番よ」


ガリクソン「……追い込みすぎて暴れているのは、味方のセシリア様の方だと思いますが」


カレン「あの子は後でリノの部屋で赤ちゃんのオムツ替えとを抱っこさせておけば静かになるわ」


その頃、馬車の中。


マキ(カレン……正解だ。セシリアをこれ以上戦場に置いておくと、地形が変わってしまうからな……。それより、リノが寝言で『おかわり……』と言いながら、私のほっぺたを吸い始めた。助けてくれ。私の顔が、吸引力で変形してしまうーーー!!)


王国の快勝。しかし、マキの受難はまだ終わらない。


---


カレン「全軍に告ぐ! これより我らはゾイドに入城する! 弾薬と食料の補給を終え次第、間髪入れずにドルネイへ進軍するわよ!!」


カレンの号令と共に、王国騎士団の凱旋が始まった。


最前列には、もはや「実質味方」のような顔をしているガリクソンとジェームズが護衛として並び、その後ろを「マキ様絶対保護」の命を受けたシルフィ率いる特殊支援師団が、リノとマキの乗る特殊車両馬車を厳重に囲んで進む。


ハナ、フルーレの師団が続き、最後尾は不機嫌さを隠しきれないセシリアの部隊だ。


セシリア「解せぬ……。なぜ私が一番最後なのだ! 花形の中央軍であったはずだろう!」


近衛兵「それはセシリア様が、戦場を去る間際まで『あと一人! あと一人だけ投げ飛ばさせてくれ!』と往復ビンゴ並みに駄々をこねたからですよ……。あ、セシリア様、街の様子が変です」


セシリア「……む? 何だ、この空気は」


ゾイドの街に入った一行を待っていたのは、割れんばかりの歓声……ではなく、すすり泣くような感動の嵐だった。


街を歩く市民たちが、皆ハンカチで目を押さえながらセシリアの姿を見ては拝んでいる。


「おお……セシリア様だ!」「我らが救世主!!」「先ほどの大広場での演説、一生忘れません!!」「なんて慈悲深い御方なんだ……!」


セシリア「は? 演説? ……おい、私は今入城したばかりだぞ!?」


嫌な予感がしたセシリアは、重い鎧をその場で脱ぎ捨てると、群衆をかき分けて大広場へと突進した。そこで彼女が目にしたのは、神々しい光を背負って演壇に立つ「自分エレン」の姿だった。


---


### ゾイド中央広場


偽セシリア(エレン)「皆さん! 帝国兵の方々にも、家族や国で帰りを待っている人がいます! もし、この戦で敗れた帝国兵が街を訪れたら、どうか温かく迎えてあげてほしい! わたしは……セシリアは、国境など関係なく、心は通じ合えると信じています!!」


その瞬間、広場を埋め尽くした一万人の「帝国兵捕虜」と「ゾイド市民」が、堰を切ったように号泣した。


「俺はセシリア様を『鬼神』だと聞いていた……。だがどうだ、本物は聖女ではないか!!」「あんなに優しく、俺たちの国まで案じてくださるなんて……!」「俺はもう帝国には戻らん! セシリア様について行くぞ!!」「俺もだ!」「わたしもー!!」


本物セシリア「……は? 聖女? 家族? 私、そんなこと一言も……いや、今来たばかり……ええっ!?」


あまりの解釈違いと状況の激変に、セシリアが口をあんぐりと開けて固まっていると、背後から音もなく現れたカレンが彼女の襟首を掴んだ。


カレン「ちょっと! あなた、何ボサッと突っ立ってるのよ! 今ここで本物の『戦闘狂オーラ』を出したあなたが見つかったら、この美しい茶番……じゃなくて、感動の和平工作が台無しじゃない!!」


セシリア「カレン! これはいったいどういうことだ!? エレンの奴、勝手にあんな慈悲深いキャラに改変しおって!!」


カレン「文句は後! ほら、早くこれに着替えて! さっさとこの『騎士団新設部隊・園芸師団長』の制服に変装するのよ!! メガネも忘れないで!!」


カレンから清掃員のような制服とほっかむりと眼鏡、スコップを手渡されるセシリア。


セシリア「はあ!? 園芸師団長だと!? 私は剣を振るいたいのであって、スコップを振るいたいわけでは――」


カレン「だまれ!!」


---


その頃、馬車の中。

ようやく眠りから覚めたリノが、ベッドの上でマキを抱き上げ、窓の外の歓声を聞いていた。


リノ「うふふ、マキ様。外は『聖女セシリア様』への愛で溢れてまちゅねー。平和っていいですねー」


マキ(……カレンよ。セシリアを園芸師団長にするのはいいが、あいつの怪力で土を掘ったら、ゾイドの街が陥没するぞ。……そしてエレンよ、お前の演説のせいで、私の騎士団がどんどん『宗教団体』のようになっていく気がするのは気のせいか……?)


王国の勝利は、思わぬ方向に舵を切ろうとしていた。


---


リチャード「セシリア様! 素晴らしい演説でしたぞ! 老骨に染み渡りました!」


ドーガン「我々がこの地を死守した努力が報われました! あの地獄の籠城戦も、このお言葉を聞くための試練だったのですな!」


二人の老騎士は、偽セシリア(エレン)の聖女のような佇まいに、完全に魂を浄化されていた。


偽セシリア「二人とも、無事で何よりだ。よくゾイドを奪還し、死守してくれた。このセシリア、心より礼を言わせてもらう。本当に……ありがとう。まだ戦時、この先も二人は必要な力だ。だが、今日はゆっくりと休息をとるがいい」


リチャード&ドーガン「セ、セシリア様ぁ……!! う、ううぅ……ありがたき幸せ‥‥」


「鬼神」と呼ばれた上司からの、初めての(偽物による)温かい労い。二人は鼻水を垂らして号泣しながら、天にも昇る心地で控室へと戻っていった。


それを見計らって、カレンが姿を現す。


カレン「エレン、お疲れ様。完璧な仕事だったわ。あなたもしばらくはゆっくり休みなさい。……さて、師団長たちは、お疲れのところ悪いけれど、今からゾイド城主とゾイド市議会のお偉いさんたちとの面会があるわよ」


シルフィ「市議会の方々はともかく、ゾイド城主は王族の末席の方ですよね? エレンを休ませて大丈夫ですか?ウフフ」


ハナ「そうだよ。失礼オブ失礼な本物のセシリア様じゃヤバくない? 相手を鼻で笑って『お前らなんか嫌いだ!』とか言い出しそうだし」


フルーレ「私もそう思うっす。セシリア様には、もうしばらく園芸師団長として、庭の隅でスコップ持たせておいたほうが平和っすよ」


リノ「皆さん、セシリア様を誤解しすぎですよ。セシリア様は人間にはともかく、動物にはお優しい一面もあるんですから。人に見つからないよう、こっそりノラ猫に飯をあげたりして、ノラ猫たちから絶大な支持を得ているんですよ?」


カレン「あら、そうなの? じゃあ決まりね。セシリアには園芸師団長と兼務で、『保護猫師団』を新設して団長に人事異動させようかしら。武器の代わりに『ちゅ〜る』を持たせてね」


セシリア「き、貴様らぁぁぁ!! 私はさっきからここにいるんだぞ! 影が薄いわけではないぞ!!」


園芸師の格好をした本物セシリアが、顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし、周囲の師団長たちは「あ、保護猫団長が鳴いてる」と言わんばかりの冷ややかな、あるいは生温かい視線を送るだけだった。


マキ(リノ……お前、フォローしてるようで一番酷いことを言ってるぞ。セシリアが猫と仲良くしてる姿、想像しただけで私の胃に穴が空きそうだ。……って、セシリア! その園芸用シャベルでカレンを殴ろうとするな! 相手は軍師だぞ、国家予算だぞ!!)


カレン「さあ、行くわよ。セシリア、あなたは喋っちゃダメ。置物のように微笑んでいなさい。猫にエサをあげる時の顔を思い出すのよ」


セシリア「くっ……おのれぇ……!!」


---


### ゾイド城・接見の間


ゾイド城主「……というわけでしてな、固定資産税の優遇措置も国に打ち切られ、修繕費は嵩むばかり。修繕を手伝ってくださったリチャード殿とドーガン殿には『命の恩人』とお伝えしましたが、正確には『抵当権の守り神』でございますな。ははは……(涙)」


城主を筆頭に、評議会や市議会の面々も、王都の中小企業感を遥かに凌駕する「自転車操業の町工場」のような悲壮感を漂わせていた。


セシリア「(小声)……なんなのだ、ここの城主も中間管理職オーラ全開ではないか! しかも潰れる直前の町工場感まで醸し出しおって、見ているこっちの胃が痛くなるわ!」


カレン「(小声)置物は黙りなさいと言ったでしょ」


**ゴンッ!** と、カレンのヒールが再びセシリアの脛にクリーンヒットする。


リノ「(小声)私は大企業より、社長家族と従業員の境目がない一体感のある町工場の方が好きですよ。……倒産する時はみんな一緒ですしね」


マキ(リノ、お前が言うとフォローどころか『心中』の勧めに聞こえるぞ。一番酷いことを言っている自覚を持ってくれ……)


その後、商工組合のような市議会の面々との名刺交換(という名の陳情合戦)も、本物のセシリアがカレンの物理的圧力で沈黙を守ったため、奇跡的に「失礼オブ失礼」な事態を回避して終了した。


---


カレン「みんなお疲れ様。夕食会まで四時間近くあるわ。各自、自由行動にしていいわよ」


「待ってました!」とばかりに、セシリアは休憩中のエレンを捕まえると、騎士団副長の隊服を無理やり押し付け、自分は手慣れた手つきで新人の隊服に着替えた。


そして、向かった先は城下のお土産売り場である。


セシリア「ふむ……。ゾイドのペナントとキーホルダーは基本として、まんじゅう系は『ゾイドの涙』にするか、当店おすすめの『城主の苦悩まんじゅう』にするか……」


若手隊員たち「お、やっぱりここに来たな! 女子隊員たちに聞いたら、エレンが慌てて出掛けたって言ってたからさ。お土産屋だろうってみんなで話してたんだ」


セシリア「おお! お前たちか! 私を待っておったのか? 本当にお前たちは……可愛いヤツらだな!」


セシリアはほんのり頬を赤らめ、小首をかしげて上目遣い気味に隊員たちを見上げた。


若手A「お、おう……(お前の方が……圧倒的に可愛いヤツなんだが……)」


隊員たちはあまりの破壊力に言葉を失い、完全にノックアウトされていた。


---


電柱の影からその様子を盗み見ていたジェームズは、冷や汗を流して驚愕していた。


ジェームズ「無自覚であれとは……。いつ見ても凄まじい威力だな。帝国軍の全軍突撃より被害が大きいぞ」


「なあジェームズ……。あれは本当に無自覚なのか? 狙ってやっているとしか思えないんだが……」


もう一方の電柱の影から呟くガリクソンを見たジェームズは、死んだ魚のような目で振り返った。


ジェームズ「隊長、あんた何やってるんですか。はたから見たら通報されるレベルの不審者ですよ?」


ガリクソン「……ジェームズ。その言葉、そっくりそのまま貴様に返そう」


二人の元帝国諜報員は、王国の「天然戦略兵器」の恐ろしさを改めて痛感しながら、ゾイド二丁目の夕暮れのお土産街に溶け込んでいった。


---


今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。

個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。

今後とも何卒長くお付き合いくださる事と、もし気に入られられたらブックマークして頂けると嬉しいです。

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