第27話:ハイドンの右腕
第27話「ハイドンの右腕」
ハナ「うわあ‥‥めちゃめちゃ混乱しちゃってるじゃん」
帝国軍の左翼は、ハナの言葉通り「組織としての機能」を失いつつあった。しかし、その混乱の渦中で唯一、鉄の規律を保ち、猛然と反撃の牙を剥いている一団があった。
ハナ「……ふふ、やっぱりね。あそこだけ空気の色が違うよ」
ハナは冷静に戦況を見極め、自らその「熱源」へと足を進める。
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### 帝国軍・左翼陣中
カムストック隊長「怯むな! 左翼後退、正面維持だ! 敵は搦め手を得意とする部隊、真正面からのぶつかり合いなら我が隊に分がある! 帝国軍人の意地を見せろ!!」
ハイドン将軍の右腕と称されるカムストックは、自ら最前線で剣を振るい、崩れかけた兵たちの士気を繋ぎ止めていた。
その剛腕から繰り出される一撃一撃が、騎士団の進軍を食い止める。
だが、その背後から、鈴の鳴るような涼やかな声が響いた。
ハナ「みーつけた! やっぱりボクの部下は優秀だね、ちゃんと当たりを引いてくれたよ。ハイドン将軍の右腕、カムストック隊長。……会いたかったよ」
カムストック「……何者だ!」
ハナ「ボクは王国騎士団・諜報師団長のハナ・ランドルフ。よろしくね、カムストックさん」
カムストック「ハナ・ランドルフ……『闇の女王』か!?」
カムストックの顔に緊張が走る。彼女が戦場に姿を現したということは、すでにこの周辺の退路や伏兵の有無は、すべて彼女の手のひらの上にあることを意味していた。
ハナ「そうだよ。……『闇』っていうのは、ちょっと嫌なフレーズだけどね。あ、出来たらさ、カムストックさん。戦わずに降伏してもらえないかな? 無益な殺生はボクも、ボクの主も嫌いなんだもん」
カムストック「……断る。ハイドン将軍を裏切ることはできん。あのお方に一から叩き込んでいただいたこの剣術……。闇の女王を討ち取ることこそが、最大の恩返しと心得ている!」
ハナ「ちぇっ。……やっぱり、そうなるよねぇ」
ハナは「はぁ」と困ったように苦笑いしながらも、その瞳から温度が消えた。彼女は背中に帯びた、漆黒の鞘に収まる短刀へと手をかける。
ハナ「……虎鉄、久しぶりの出番だよ。ボクに力を貸してね」
静かに引き抜かれた刀身は、陽光を吸い込むかのように黒く、禍々しい輝きを放っていた。
カムストックは剣を構え、じりじりと距離を詰める。一方は帝国の正統なる剛剣、一方は王国の闇を司る業物。
一方その頃、宿舎のベッドでは――。
寝言で「マキ様……おむつ……替えてあげます……」と呟きながら、リノがマキの足をギュッと抱きしめていた。
マキ(ハナよ……。早く終わらせてくれ。このままだと私の足が、リノの寝汗で大変なことになる……!)
戦場の緊張感と、ベッドの上の絶望感が交差する中、ついに「闇の女王」が動く。
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### 王国騎士団・カレン本陣
「報告! ハナ様率いる諜報師団、敵左翼軍と交戦中! 現在、ハナ様は敵将カムストックと一騎打ちに入りました!」
伝令の報告を聞きながら、カレンは優雅に紅茶を口に運んだ。
カレン「ふふ、やっぱりね。あの子、最初からカムストックを狙っていたんでしょ。あの執着心、誰に似たのかしら」
隣でその様子を見ていたガリクソンは、気が気ではなかった。
ガリクソン「カレンさん、笑いごとじゃないですよ! カムストックは見た目こそ細身ですが、ハイドン将軍から直々に剛の剣を叩き込まれた実力者です。あの若さのハナ様では、真っ向からぶつかれば押し切られてしまう!」
カレン「あら? ガリクソンさんはハナの心配をしてくれているの? 優しいわね。でも大丈夫よ。相手が『剛の剣』なら、なおさらハナの独壇場だわ」
ガリクソン「え……? どういうことです?」
カレン「ガリクソンさんは『忍者』という存在を知っているかしら?」
ガリクソン「ええ、もちろん。極東の地に伝わる、特殊な訓練を受けた諜報と暗殺のエキスパート集団ですよね。帝国でも伝説のように語られていますが……」
カレン「あの子、その忍者の中でも最大級の流派を受け継ぐ一族の『末裔』なのよ」
ガリクソン「ええっ!? あの、いつもお菓子を食べているお嬢ちゃんが、忍者のトップ……!?」
カレン「ふふ、信じられないわよね。あの子の本来の領分は『暗殺』。相手が何が起きたか理解する前に、その命を刈り取るのが彼女の手法。でもね、あの子は変わり者なのよ。マキ様と出会ってから、あの子は『正々堂々と戦うマキ様』の真似ばかりしたがるようになったの」
カレンは遠く、砂煙が舞う左翼の戦場を見つめる。
カレン「だから今の彼女は、忍者の技を使いながら『正面突破』を仕掛ける、一番厄介な戦い方をするはずよ」
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### 帝国軍・左翼陣中
カムストックは眼前の少女から放たれる「気」の変化に、背筋が凍るような感覚を覚えた。先ほどまでのあざとい少女の面影はない。
ハナ「ボクの名は王国騎士団、諜報師団長ハナ・ランドルフ! いざ、尋常に勝負!!」
ハナの構えは独特だった。腰を極限まで落とし、右手の短刀「虎鉄」を逆手に持つ。
カムストック「……行くぞ!!」
カムストックが地を蹴り、剛剣を一閃させる。空気を切り裂く重低音が響き、真っ向からハナを両断せんとする一撃。しかし――。
**キィィィィンッ!!!**
火花が散る。ハナは力で受けるのではなく、虎鉄の腹で剛剣の軌道をわずかに逸らし、そのままカムストックの懐へと滑り込んだ。
カムストック(速い……! 人間の動きではない!)
ハナ「マキ様なら、ここで『格好いい決め台詞』を言うんだろうけど……ボクは忍びだからね。無言で決めさせてもらうよ!」
ハナの体が独楽のように回転し、虎鉄が漆黒の弧を描く。カムストックの剛の剣に対し、ハナは「音なき刃」で応じる。
その戦いぶりは、まさに月下に舞う死神。
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一方、その頃。
リノの部屋では、眠り続けるリノの腕の中で、マキが静かに天井を見上げていた。
マキ(ハナ……お前、また私の真似をしておるのか。忍者なら忍べと言っているだろうに。……まあ、お前がその道を歩むと決めたのなら、私は止めんがな。……それよりリノ、寝言で私の耳を食うのはやめてくれ!! 痛い! 痛いぞ!!)
戦場の緊迫感など露知らず、マキはリノの「愛情たっぷり(物理)」な寝相と格闘していた。
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### 帝国軍・左翼陣中
「ハァッ、ハァッ……!!」
カムストックは、かつてない焦燥感に駆られていた。自身の放つ、岩をも砕く剛剣。
それが、目前の少女には届かない。彼女の動きは「防御」ではなく、物理的な干渉を拒絶するような「ゆらぎ」であった。
カムストック「面白い! ハナとやら。これほどまでに捕らえどころのない相手、初めてだぞ!」
ハナ「だったら、ボクの仲間になってよ。そうすれば、毎日お相手してあげるよ?」
ハナは軽やかに跳躍しながら、足元に数本の「くない」を突き立てる。
それは単なる攻撃ではなく、カムストックの踏み込みを正確に制御し、彼の「剣の間合い」を奪う結界のようであった。
カムストック「断る! ……そろそろ、決着をつけさせてもらうぞ!」
カムストックが大きく剣を上段に構える。その全身から、ハイドン直伝の凄まじい闘気が溢れ出す。
ハナ「……だね。もう少し楽しみたかったけど、仕方ないや」
ハナは一転して重心を極限まで低くし、影の中に溶け込むような構えを取る。
**「はああああああっ!!!」**
カムストックの渾身の縦一文字。空気が爆ぜ、地面が裂けるほどの一撃。
しかし、ハナはその剣筋の「真横」を滑るように進み、虎鉄の峰で剛剣を弾き上げると、そのまま流れるような動作でカムストックの背後へ回った。
**ドォッ!!**
強烈な衝撃がカムストックの背中を打つ。ハナが虎鉄の柄で放った、寸勁の打撃。カムストックの巨体が前のめりに崩れ落ち、意識を失った。
ハナ「ふぅ……。早くしないと、中央でハズレくじ(ハイドン本陣)を引いたセシリア様が、獲物を探してこっちにまで飛んで来ちゃうからね」
ハナは虎鉄を流麗な動作で鞘に収めると、戦場に響き渡る声で指示を飛ばした。
ハナ「全軍に告ぐ! 左翼は生け捕りにできる者だけを捕縛! 完全に撤退している帝国兵は深追いしなくていいよ。あ、カムストックさんは厳重にカレン様の本陣へ護送して。ボクの『獲物』だから大切にね!」
直轄の忍びたちが音もなく現れ、カムストックを回収していく。
ハナ「さてと……。ボクは今から、タリムで買った大学芋を食べるから。あとはよろしく」
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### カレンの本陣
「報告! ハナ様、敵左翼隊長カムストックを撃破、および捕縛! 現在、左翼の掃討に入りました!」
カレン「あら、さすがに早かったわね。これで左翼は片付いたわ」
ガリクソン「……信じられん。あのカムストックが、一傷も負わされずに『生け捕り』にされるとは……」
ガリクソンは震える手で茶を啜った。
一方その頃、リノの部屋。
マキ(ハナめ……。最後の一撃、私に見せたあの『柄打ち』の応用か。しっかり見ておるのだな。……しかし、大学芋だと? 戦場のど真ん中で大学芋を食う余裕……。やはりあいつも立派な変態よ。……リノ、寝返りを打つのに私を枕にするな! 潰れる! 王国の希望が潰れてしまうーーー!!)
マキの悲痛な叫びを無視して、戦況はさらに加速する。
今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。
個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。
今後とも何卒長くお付き合いくださる事と、もし気に入られられたらブックマークして頂けると嬉しいです。




