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第23話:セシリアのペナント

第23話「セシリアのペナント」


ハイドン将軍の本隊が兵糧を求めて近隣都市へ敗走する中、その殿しんがりを務める五百の決死隊と、フルーレ率いる剣士師団がついに激突した。


カレンの本陣には、ハナの部下から次々と戦況が届けられる。


諜報員「ハナ様より報告! フルーレ師団、敵足止め部隊と接触! 交戦を開始しました!」


カレンの隣で遠眼鏡を覗き込んでいたジェームズは、その光景に愕然としていた。


昨夜、宴会で「無愛想なグレー髪のお嬢ちゃん」と呼んでいた少女が、背中に八本の剣を背負い、冷徹なまでに正確な指揮で師団を動かしている。


そのさらに奥では、例の赤髪の少女が戦場を縦横無尽に駆け回っていた。時折、懐からスイートポテトを取り出してはリスのように頬張っているハナ。


ふと、彼女がこちらを向いて「おーい」と景気よく手を振った。


ジェームズ(偶然だ。この距離で、遠眼鏡もなしに俺と目が合うはずがない……!)


カレン「ハナったら、はしゃいじゃって。ほら、ジェームズさんも手を振り返してあげたらどうかしら?」


ジェームズ「はあ!?(なんなんだこの人……遠眼鏡なしでなんで見えてるんだ!? その銀縁眼鏡は魔法道具か何かなのか!?)」


カレン「ふふっ。ここは特等席よ。王国最強の剣技、ゆっくり見学していってね?」


戦慄とともにジェームズが再び遠眼鏡を覗くと、そこには「細切れ肉製造機」の異名に違わぬフルーレの姿があった。


両手の剣を次々と入れ替えながら、舞うような足捌きで帝国兵を無力化していく。


ジェームズ「あっという間に先鋒隊が……。残るは殿の本隊……うっ!!?」


遠眼鏡の円の中に映し出されたのは、ジェームズが長年苦楽を共にしてきた帝国諜報部隊の隊長、そして部下百五十人の姿だった。


おそらく、昨夜の機密漏洩の責任を取るため、死に場所を求めて殿を買って出たのだろう。


カレン「ジェームズさん、どうしたの? フルーレの剣術に見惚れちゃった?」


ジェームズ「……ええ、凄いの一言ですね(……隊長、バカな真似を……!)」


戦場では、ハナの誘導とカレンの指示を受けたフルーレが、完璧な包囲網を完成させていた。


フルーレ「さて……。無駄な殺生はしたくないんで、サクッと終わらせるっすよ」


フルーレがトドメの一撃を放とうとした、その瞬間――。


「ドオオォォォン!!!」


大地を叩き割るような衝撃波と、巨大な斬撃が戦場に轟いた。フルーレは「うわっ!?」と叫び、反射的に後ろへ跳んで回避する。


フルーレ「……ちょっ!? 危ないじゃないすか!! 何やってるんすか、一体!!」


土煙が晴れた先に立っていたのは、身の丈を超える剛剣を軽々と肩に担いだ、セシリア(本物)であった。


セシリア「ワッハハ! フルーレ、貴様だけ楽しむのは許せん! 配置換えのストレスが溜まっておるのだ! 残りの連中は、この私がすべて貰い受けるぞ!!」


フルーレ「なっ!? ……やっぱりこの人、最低だーー!!」


ジェームズの部下たちが「死に場所」として選んだ戦場に、二日酔い上がりの「暴君」が乱入し、台無しにしていく。


---



(セシリア……!?)

遠眼鏡越しにジェームズは、その圧倒的な威圧感に言葉を失った。


昨日の「金髪メガネの下っ端新人」はどこへやら。そこにいるのは、身の丈を超える巨大な剛剣を片手で軽々と操る、戦場を支配する「鬼神」そのものであった。


眼前にフルーレとセシリア、背後にハナ。絶望という言葉すら生ぬるい状況。


ジェームズ(隊長、みんな……本当に申し訳ない。俺が捕まらなければ、こんな化け物たちが揃うことはなかったかもしれないのに……)


足止め部隊の前に悠然と立つセシリアが、剛剣の切っ先を突きつける。


セシリア「副長のセシリアだ。相手にとって不足はあるまい? 今とても虫の居所が悪くてな、すまぬがチリと化してもらうぞ!」


帝国諜報部隊の隊長は、覚悟を決めた。伝説の剛剣使いに討たれるなら、武人として本望だ。


セシリア「我が名はセシリア・ローランド、いざ尋常に……百花繚乱!!!!」


凄まじい轟音とともに、大地が裂けるような斬撃が放たれた。一斉に斬りかかった帝国兵たちが、木の葉のように次々と宙を舞う。


フルーレとハナが「やれやれ」といった様子で自陣を後退させたが、その位置にまで凄まじい風圧が届く始末だ。


ジェームズは、もう見ていられず静かに目を閉じた。


ジェームズ(ああ……みんな死んだ。俺の誇り高き部下たちが……)


次に彼が恐る恐る目を開いたとき、そこには仁王立ちするセシリアと、その周りに転々と倒れる仲間たちの姿があった。


ジェームズ「カレンさん……わがままながらお願いがあります。彼らは私の同胞です。どうか、私も皆の行ったあの世に行かせてください‥‥申し訳ございませんが自決することをお許しください」


カレン「本当に、予想通りのことを言うのね。セシリアの言葉もたまには信じてみるものだわ。ほら、もう一度遠眼鏡でよく見てみなさい?」


ジェームズ「は……?」


困惑しながら再びレンズを覗くと、そこには奇妙な光景が広がっていた。倒れた部下たちの元へ、担架を持った部隊が素早く駆け寄っている。


そして、聖女シルフィ率いる支援師団が、大規模な回復魔法を展開していた。


カレン「ジェームズさん、貴方を見て帝国の諜報部隊がいかに優秀かは分かったの。そんな貴重な人材を、セシリアが殺すわけないじゃない。あの子の剣術は、峰打ちですら敵の戦意だけを完璧に砕くのよ?」


ジェームズが確認すると、倒れた隊員たちは誰一人命を落としておらず、ただあまりの衝撃に気絶しているだけだった。


カレン「私とハナの配下として、これからたっぷりこき使わなきゃ損よ。……ね?」


ジェームズ「……ありがとうございます。……本当に、ありがとうございます」


安堵のあまり膝をつくジェームズ。その様子を見届けたカレンが、凛とした声で全軍に響き渡る号令を下した。


カレン「全軍に伝達! これより我々は、タリム王国王都に入城する!!!」


---


その様子を魔道感知で追っていたマキは、ふう、と胸を撫で下ろした。


マキ(よかったな、ジェームズ。しかし忠告しておく。カレンの配下になるのは精神的に死ぬぞ。どちらかといえば、まだハナの方が人間らしい生活ができる……。まあ、どちらにせよ地獄だがな)


チュパチュパ、チュパチュパ……。


リノの胸を吸いながら、マキは自らの境遇もまた、ジェームズに負けず劣らずの地獄(天国?)であることを再認識していた。


リノの思念『マキ様。……ジェームズさんの心配もいいですが、マキ様は一生、私の管轄からは逃げられませんからね。ハナ様の胸より、私の方が柔らかくて好きでちゅよねー? うふふ』


マキ(ひいいっ! 思考を読むなと言っとるだろうが! この独占欲の塊めーー!!)


タリム救出という勝利の歓喜に沸く騎士団の裏で、マキの尊厳を守る戦いは、入城後も激しさを増していくのであった。


---



タリム王国の王都タリムシティ。その歴史ある王宮の謁見の間には、王国騎士団の四人の師団長が集まっていた。


しかし、その会話の内容は、救国の英雄とは思えないほど世俗的なものだった。


ハナ「意外と、というか街並みと同じく質素な城だよね」


ハナが装飾を眺めながら、悪気なく呟く。


シルフィ「ハナ、そんなことを言わないの。近代化よりも歴史遺産や文化遺産を尊重している国なんだから」


シルフィがたしなめるが、続くフルーレの言葉が追い打ちをかけた。


フルーレ「国王陛下も質素だったよね。見るからに中小企業の中間管理職のサラリーマンって感じで、胃薬が手放せなさそうな苦労人っぽかったし」


カレン「フルーレ! 国王陛下に対して『中間管理職のサラリーマン』はないでしょ! 無礼なことを言わないの!」


カレンが叱責するが、リノがふわふわした笑顔で割って入る。


リノ「カレン様、フルーレ様はきちんと『中小企業の』を付けておられますよ? 私は大企業よりも、下町情緒溢れる中小企業の方が人間味があって好きですから」


シルフィ「リノもさらりと一番ひどいことを言わないの。……あ、カレン様。そういえば、一番失礼なことを言いそうな人No.1で、KYの女王、失礼オブ失礼のセシリア様が、さっきまで一番大人しくてまともだったのは意外でしたね」


シルフィが不思議そうに首を傾げると、カレンはフッと不敵な笑みを浮かべた。


カレン「そこは大丈夫よ。いくらなんでも王族の方々との謁見だもの。こういう時のために配置した『偽セシリア』……いや、今の彼女は『綺麗なセシリア』、あるいは『まともなセシリア』、まさに『真のセシリア』と呼ぶべきかしらね」


---


一方、大臣や貴族たちに囲まれ、名刺交換の嵐に揉まれているのは、影武者のエレンだった。


エレン「タリムの大臣様たちとの名刺交換が終わりません……」


エレンはこちらをチラチラと見ながら、涙目で助けを求めている。その立ち居振る舞いは、本物より遥かに「品格ある騎士」そのものであった。


フルーレ「え? そしたら、本物はどこに行ったんすか?」


---


### タリム王都・土産物店


その頃、本物のセシリアは、鎧を脱ぎ捨て新人の制服に身を包み、温泉街のような活気に溢れた土産店にいた。


セシリア「タリムのペナントでも買うとするか。あと、この『タリム温泉饅頭』というのは美味いのか?」


棚を物色していると、昨日すっかり仲良くなった新人男性騎士たちがワイワイと入ってきた。


「あ、エレンじゃないか! お前も土産選んでるのか?」


セシリア「うむ。この温泉饅頭が気になるのだが、もし不味かったらどうしようかと思ってな。店ごと叩き壊すのも良いかと思っておるのだ」


セシリアは、すっかり板についた(?)「お仕置きしちゃうぞ?」ポーズで首を傾げる。


「アハハ! お前、相変わらず冗談が可愛らしいな。よし、まず俺が買ってやるから、味見してから買えばいいじゃんか」


「俺は違うやつを買うから、それも味見させてやるよ」

「じゃあ、俺はこっちの煎餅にするか」


セシリア「いいのか!? 恩に着るぞ! お前らは特別に、今度私が『可愛がって』やるから期待してろよ?」


セシリアは潤んだ瞳を輝かせ、上目遣いに微笑む。


新人たちは「お、おう! 楽しみにしてるぜ!」と鼻の下を伸ばしているが、彼女の言う「可愛がる」が**「死の五百人組手」**であることを知る者は、この場にはいなかった。


---


その様子を、王宮のバルコニーからリノに抱っこされて眺めていたマキは、深い溜息をついた。


マキ(なんという事だ……。王宮では偽物が名君のように振る舞い、土産売り場では総大将が新人たちに貢がせている。もはやこの遠征、誰が誰だか分からんカオスになっとるではないか……。おい、リノ。私のおむつを替える前に、この歪んだ人間関係をどうにかしろ)


リノの思念『マキ様、そんなことより、温泉饅頭の餡子、一口だけ舐めてみまちゅかー? 甘いものを食べると、もっと私を好きになりまちゅよ?』


マキ(……もういい。勝手にしろ……)


タリム王国の平和は守られたが、騎士団の規律は木っ端微塵に崩れ去ろうとしていた。


今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。

個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。

今後とも何卒長くお付き合いくださると嬉しいです。

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