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第19話:ひとりでできるもん

第19話「ひとりでできるもん」


レイラ&サマンサ「それではリノ様、ご武運を!無事に帰還してください」


スーパー銭湯「王宮の湯」の玄関前で、レイラとサマンサは涙ながらに手を振り、騎士団女子寮へと帰宅していった。


マキ(あの二人は本当に良い部下だ。心からリノを信頼し、慕っている。しかし、その当のリノの正体が幹部の中でも最も凶悪な変態魔道士だというのを、あやつらはまだ知らない……。まあ、知らぬが仏ということか……)


リノの思念 『マキ様、酷いですっ!! 最も凶悪な変態魔道士だなんて……。ふふふっ、そこまでバレてしまっては、もう隠す必要もありませんねぇ……?フッフッフッ!!』


マキ(ひゃああっ!? 人の思念に勝手に入ってくるなと言っとるだろうが!?しかもついに開き直りおってからに!! そ、その不敵な笑みはやめろ!!)


マキとリノは、セシリアとカレンという最強の護衛に守られながら部屋に戻った。だが、扉を開けた瞬間に広がっていた光景に、マキは目を見開いた。


マキ「な、なんだこれは……!?」


そこには、もはや魔道研究所とは思えない盛大な飾り付けが施されていた。


「マキ様はじめてのいくさ」という極彩色の横断幕。テーブルの上には、これでもかと言わんばかりの肉料理、魚料理、そして浴びるほど用意された酒! さらに、ハナが執念で買い集めたおびたただしい数の最高級スイーツが山を成している。


カレン「まったく、こんな量を作ってどうするのよ……」


カレンは呆れ顔を見せつつも、どこか楽しげだ。


セシリア「凄いぞお前たち! ワクワクしてきたぞ!!」


セシリアは指を下唇に当て、潤んだ瞳をキラキラさせながら上目遣いで料理を見つめている。


マキ(だからそのポーズはギャップが恐いからやめろと言っているのだ……!)


そして、ついに宴が幕を開ける。


セシリア「それでは! タリム王国の救出、ゼッターランド帝国軍の撃破、そしてマキ様のはじめてのいくさを、絶対に、圧倒的な勝利で飾ることを祈願して……乾杯!!」


一同「「「乾杯!!!」」」


幹部たちは全員、頭にふざけたパーティハットを被り、飲めや歌えやの大騒ぎを始めた。


マキ(こいつら、明日には出陣するというのを完全に忘れていないか!? 遠足かキャンプにでも行くつもりなのか……。緊張感ゼロではないか! いや、もはやマイナスだ!! って、むぐうっ!?)


カレン「はーい、マキ様〜? お口をあーんちてくだちゃーい! じょうずにもぐもぐ、もぐもぐちてくだちゃいねー? おいちいでちゅか? あら、おいちいでちゅか?」


マキ(ひいいっ! 助けて!! 変態軍師に言葉で精神を廃人にされてしまうー!!)


ハナ「ねえ、フルーレ。あのカレン様、誰……? 私が知ってるカレン様じゃないんだけど‥‥」


ハナが引きつった笑顔で隣の八刀流師団長に尋ねる。


フルーレ「ハナは初めて見たんだっけ? まあ、いつものことだから気にせずどんどん食べるっすよ!」


シルフィ「リノ、ジュースですみませんが、どんどん飲んでください。私の注いだジュースが飲めないのですか……?(冷たい微笑み)」


セシリア「戦場に着いたら五十人組手し放題なんだよなっ!? 帝国兵なら遠慮なく、何人でも担架送りにできるんだよなっ!? うおー! 楽しみだ!楽しみすぎるっ!」


リノ「私も、マキ様に手を出そうとする無粋な輩に、最上級魔法を大量にぶっ放せるので楽しみですよー(暗黒微笑)」


マキはふと思った。

(こやつら、こんなに仲良かったか? 以前から個々の能力は凄まじかったが、もっと自分勝手で、バラバラに動いていたような気が……。まるで私が赤ん坊になってから、妙な団結力が生まれているような……。むぐうっ!)


カレン「マキ様、またあーんちてくだちゃーい! はーい、もぐもぐ、もぐもぐ。マキ様は本当におりこうさんでちゅねー?」


マキ(うぎゃあー! た、助けてくれえー!! 敵の軍勢に捕まったほうがマシなレベルの精神攻撃だーー!!)


宴はまだ始まったばかりである。「はじめてのいくさ」の儀式は終わり、次はいよいよ「ひとりでできるもん」、そして夜の深淵「リノおかあさんといっしょ」が待ち構えている。


タリム王国の存亡よりも、マキの尊厳の存亡が危ぶまれる夜が更けていく。


---



セシリア「ひっく! このシャンパン、すごく美味しいわぁ。セシリア、うれしいっ! ひっく」


頬を真っ赤に染め、パーティハットを斜めに被った鬼の副長が、普段の厳格さを微塵も感じさせない幼児退行を見せていた。


カレン「ひっく、このタンドリーチキン、すっごくおいちいでちゅ〜。マキ様、またあーんちまちょうね〜?」


軍師カレンもまた、虚空に向かってスプーンを差し出しながら幸せそうに目を回している。


シルフィ「リノ……私のジュースが、飲めないっていうの……? ひっく。飲み干すまで、回復魔法はかけてあげませんよ?あ、これジュースではなく青汁でしたわ?ウフフ‥‥」


聖女シルフィの瞳は完全に据わっており、手にしたグラスからは禍々しいまでの威圧感が放たれていた。


フルーレ「ひっく……ううっ、私なんか毎日毎日セシリア様にいじめられて……。八本のだいじなだいじな刀が、一本ずつ折られそうな勢いで……ひっく」


ハナ「フルーレちゃん泣かないで!! ボクも報告書が一日遅れただけで、あの剛剣で執務室のドアごと叩き斬られそうになった時は泣きながら家に帰ったよ……ひっく」


フルーレとハナが肩を組み、涙ながらに被害者の会を結成している。


セシリア「私、いじめてなんかないもんっ!! みんな大好きだもんっ!! いつも仲良しだもん!!ひっく」


腕を組んで可愛らしくほっぺを膨らませプンプンポーズテーブルに突っ伏すセシリア。


マキ(……誰だこいつら。頼むからこれまでの私の記憶を返してくれ。それに、もう夜中だぞ! 明日は出陣だというのに、こんな二日酔い軍団で大丈夫なのか……!?)


リノの思念『皆さん本当に楽しそうだから、いいじゃないですか。それに明日になれば、嫌でも引き締まりますよ。……あの方々は、そういう人たちですから』


リノが冷めた紅茶を啜りながら、静かに微笑む。そして、全員がゴミ溜めのように床やソファで寝静まった頃、リノの瞳に妖艶な光が宿った。


リノの思念『――マキ様、お風呂に入りましょうか?』


マキ(!!!! い、いや、お風呂はさっき王宮の湯に入ったではないか!? しかも今は深夜だぞ!)


リノの思念『マキ様、今の乱痴気騒ぎで汗をかかれてますから。……綺麗にしてあげないと』


マキ(!!! なぜ……なぜ部屋の鍵を閉めるだけでなく、私の指一本動かせぬほどの厳重な結界と、絶叫すら漏らさぬ防音障壁を張り巡らせているのだ!?)


リノの思念『さてと……。やっと、邪魔者のいない二人きりの時間ですねぇ、マキ様?』


マキ(うわあぁぁ!? や、やめろ! どこにキスして!?……むぐうっ!)


リノの思念『うふふ。マキ様、だ〜いすきっ!! 今夜は寝かせませんからね?』


---


翌朝。王宮の正門前。

夜明けとともに集結した若手主体の二万の軍勢。彼らは「伝説の鬼の副長」と「伝説の大軍師」「四人の天才師団長」に率いられる栄誉に胸を熱くし、整然と隊列を組んでいた。


しかし、肝心の指揮官席はもぬけの殻であった。


数分後。

「まずい!! 寝坊したぁぁぁぁ!!!」


髪を振り乱し、鎧を前後逆に着たセシリアが、血相を変えて馬車へと走り込んでくる。


その後ろでは、カレンが二日酔いの頭を抱え、シルフィが虚ろな目で呪文を唱えながら自分に解毒魔法をかけていた。


そして、最後に現れたリノは、徹夜明けとは思えないほど肌がツヤツヤと輝いており、その腕の中では腰が抜けたようにぐったりとしたマキが、虚空を見つめていた。


マキ(タリム王国よ……。すまん、もう手遅れかもしれん……)


こうして、王国騎士団史上、最も「不穏」で「不謹慎」な援軍が、ついに戦地へと向けて進軍を開始した。


---


王都を出発し、若手主体の二万の軍勢は順調に街道を突き進んでいた。


特注の巨大な馬車の中は、魔法による振動吸収と徹底した防音により、外の喧騒が嘘のように静まり返っている。


チュパチュパ、チュパチュパ……。


規則正しい音だけが室内に響く。


リノの思念『はい、次は右でちゅよー? 飲み残しちゃダメでちゅよ?』


マキ(ええい! なぜ馬車の中でまで「乳離れ絶対拒否訓練」をやらされないといけないのだー!!! 窓の外を見ろ! 兵たちが砂埃に塗れて必死に進軍しておるのだぞ!)


リノの思念『マキ様、そんなに怖いお顔をしないでください。あまりに落ち着かない様子だったから、リラックスしてもらおうとしただけなのに……いけなかったんですか?(しょんぼり)』


マキ(そ、それは……。いや、歩兵や他の馬車で移動している者たちは皆窮屈でキツい思いをしておるのだ! 私たちだけがこんな惚けた……むぐうっ!)


リノはベッドに横たわったまま、マキの小さな体を再びその胸へと優しく引き寄せた。


マキ(やめろ! そんな温もりを……柔らかな感触を与えられたら、また睡魔が……!)


抗おうとするマキだったが、赤ん坊の肉体は本能に忠実だ。


リノの一定の鼓動と甘い香りに包まれ、マキは次第に抗う力を失い、そのまま吸い付くようにして深い眠りへと落ちていった。


リノの思念『マキ様……貴方がずっと緊張しているのは分かっていますよ。せめて戦地に到着するまでは、何も考えずゆっくりしていてください』


リノは添い寝をしながら、マキの柔らかな頭を指先で愛おしそうに撫でる。


その反対側の手では、カレンから渡された作戦資料を、一字一句見逃さぬよう鋭い眼光で読み解いていた。


---


一方、前方の馬車では。

軍師カレンが、地図と睨み合いながら冷徹な思考を巡らせていた。


「帝国軍の司令官はハイドン将軍か……。三年前、マキ様と私で徹底的に叩きのめし、捕らえる一歩手前まで追い詰めた男ね。あの屈辱以来、二度と我々の前には姿を現さないと思っていたけれど、よほどマキ様不在の隙を狙っていたようね。懲りない男……」


「報告! ハナ師団長の部隊より。進軍中の北東街道の安全は確保。このまま速度を維持します。……ただし、タリム王国の東側都市が二つ、既に陥落したとのこと!」


側近が読み上げる諜報結果に、カレンの眉がわずかに動く。


「ハナめ、かなり奥深くまで諜報部隊を先行させているわね。慎重なのは良いけれど……。伝令! ハナに伝えて。諜報部隊が戦闘に入る際は必ず私の許可を得ること。一人も犠牲は出したくないからね」


明日には敵の前衛部隊と接触する可能性が高い。


カレンは他の師団に交互に休養を取らせる指示を出しつつ、揺れる車内で新たな作戦図を描き始めた。


その「軍師の苦悩」も、これから始まる「凄惨な戦場」の予感も、今のマキには届かない。


ただ、大好きな(と言わざるを得ない)リノの腕の中で、幸せそうに寝息を立てるばかりである。

今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。

個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。

今後とも何卒長くお付き合いくださると嬉しいです。

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