第18話:はじめてのいくさ
第18話「はじめてのいくさ」
朝のドタバタとした、もはや「拷問」に近いお着替え会を終え、今日も今日とて真紅のフリルたっぷりなベビー服に身を包まされたマキ。
カレン「はーい、マキ様〜? 今日は軍議に一緒に行きまちょうね〜? おりこうさんできまちゅかぁ〜?」
カレンは頬を染めながら、すっかり板についた赤ちゃん言葉でマキを抱き上げる。
リノの思念『マキ様はおりこうさんでちゅから大丈夫でちゅよね〜? 粗相をしたら、会議室でそのままおむつを剥いじゃいまちゅよ?』
マキ(やかましいわ!! さっさと連れて行け!! この辱め、元に戻ったら百倍にして返してやるからな!!)
そして、ラーズ国王陛下、大臣たち、そして事情を知る騎士団幹部のみが集まる極秘軍議が開催された。円卓の中央、リノの膝の上にちょこんと座らされた「マキ団長」に対し、事情を知らない大臣ズが騒ぎ立てる。
大臣A「帝国軍は三万と聞く!一体どうするのだ!」
大臣B「タリムが落ちたらすぐここにも攻め込んでくるぞ!非常にマズイではないか!」
大臣C「帝国軍が動いたというのに騎士団長があの姿では!もうお終いだ!!」
カレン「静粛に。……昨日申し上げた通り、明日明朝よりタリムへ援軍を派遣します。軍は二万。機動力を重視し、若手を中心とした少数精鋭で編成します」
大臣A「二万だと!? 帝国軍は三万と聞くぞ! 数で負けてどうする!」
大臣B「しかも若手中心だと? 経験不足で全滅したらどう責任を取るつもりだ!」
大臣C「責任は軍師殿が全て負うのだな!?」
カレンは眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、大臣ズに対するイラつきを抑えて言い放つ。
カレン「……二万の内訳ですが、私とセシリア副団長、そして四人の師団長全員が直接指揮を執ります。速度こそが勝利の鍵。国内は熟練の副師団長たちが八万の軍で鉄壁の守りを固めます。文句はありますか?」
「師団長が全員……」「それなら、あるいは……」と大臣たちが気圧される中、ラーズ国王が重い口を開いた。
ラーズ国王「カレンよ。セシリアと師団長全員が進軍するのだな? 分かった。ならば留守の間、マキは我々がこの王宮で厳重に護衛しよう」
カレン「いえ。マキ様は我々と共に、戦地へ帯同していただきます」
ラーズ国王「なに? マキを戦場へ連れて行くというのか!?」
心配を隠せないラーズ国王、なんとかマキを置いていくように説得しようとするが。
カレン「はい。マキ様が共に在ることこそが、我ら騎士団の最大の士気高揚に繋がります。……安全は、私の命に代えても守り抜くと約束いたしましょう」
ラーズ国王「……相分かった。軍師カレン、そなたを信じよう」
正論で説明され、口惜しそうに返事をするラーズ国王。
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軍議の後、リノの部屋。
リノ「カレン様、私のワガママを聞いていただきありがとうございます。やっぱり、マキ様を置いていくなんて耐えられませんから」
カレン「気にしなくていいわよ。リノを出陣させると決めた時点で、こうするつもりだったし。……リノとマキ様は絶対に離れ離れにはしない。それは私自身の願いでもあるの。……私もマキ様を、戦地でもたっぷり愛でてあげまちゅからねー?」
マキ(……戦地でもやる気か!! お前ら、少しは緊張感というものを持て!!)
リノの思念『マキ様をイカせるのは私の務め。これだけは例えカレン様でも譲りません!! 戦地のど真ん中でも、私の百烈キスでマキ様を満足させまくりますからね!!』
マキ(どこが「安全」なのだ!!! 敵の三万の軍勢より、身内の変態魔道士と変態軍師の方が、世界一危険ではないか!! 誰か助けてくれーー!!)
マキの悲鳴は誰にも届かず、王国最強の乙女たちによる「団長帯同・タリム遠征軍」が今、静かに、そして淫らな熱を孕んで動き出そうとしていた。
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王宮の正門前は、かつてない熱気に包まれていた。急な出撃命令により、重厚な鎧の擦れる音、兵糧を積む荷車の軋み、そして若き騎士たちの昂揚した声が響き渡る。
その喧騒の中心で、一際異彩を放つ巨大な構造物があった。セシリアとカレンが細部までこだわり抜き、五頭の駿馬に引かせるその馬車は、もはや移動する「離宮」であった。
セシリア「リノ、中を確認してくれ。戦地への道中、マキ様に不自由はさせんぞ!」
リノに抱かれたマキがその内部に足を踏み入れた瞬間、戦慄が走った。そこに広がっていたのは、見慣れた――あまりにも見慣れすぎた「リノの部屋」そのものだったからだ。
家具の配置からカーテンの質感、そしてあの忌まわしき(?)特大ベッドまでもが完全に再現されていた。
カレン「マキ様が最もリラックスできる環境を整えたわ。リノ、何か足りないものがあったらすぐ言ってね?」
セシリア「おお、見ろ! マキ様が感動のあまりガタガタと震えておられる! なんと愛らしいのだ!」
カレン「ふふっ、そんなに驚いて、可愛いでちゅね〜? 戦地でもいつも通り、おりこうさんで過ごしまちょうね〜?」
マキ(あわわわわ……貴様ら、なんてことをしてくれたのだ!! これでは戦場に向かっている実感が微塵も湧かぬではないか! いつもの……いつもの地獄が継続されるだけではないかっ!!)
リノの思念『うふふ、マキ様。そんなに私のご奉仕が続くのが嬉しいんですか? 環境が変わらないのは、マキ様の「集中力」を高めるためですよ。今夜も、いつもよりたっぷり頑張っちゃいますからね?』
マキ(ひいいっ! 集中したくない! その分野にだけは集中したくないのだ!!)
今夜はリノの部屋で、幹部一同による『マキ様、はじめてのいくさ・ひとりでできるもん、リノおかあさんといっしょ前夜祭パーティ』なる、名前だけで眩暈がするような夕食会が予定されていた。
シルフィとフルーレが最高級の食材を買い出しに走り、王都中を駆け回っている。
一方、その近くでは兵糧担当を兼任するハナの怒声が響いていた。
ハナ「ちょっと! 小麦粉と卵と砂糖が全然足りないじゃないか! 牛乳はどうしたの!? 戦地でスイーツを切らしたら、ボクたちの士気はガタ落ちなんだよ!? あとこのフルーツ! 広告の特売品と違うじゃん! キロ百円も高いのを掴まされて、ボクの諜報網をバカにしてるのか!!」
マキ(……一体こやつらは、タリムに何をしに行くつもりなのだ。ピクニックか? 炊き出しに行くつもりなのか……?)
あまりの緊張感のなさにマキが戦慄していると、セシリアが豪快に肩を叩いてきた。
セシリア「リノよ! 夕食会の前に皆でスーパー銭湯に行くのだが、たまにはお前もマキ様を連れて一緒にどうだ? 景気づけにな!」
リノ「ふふっ、そうですね。遠征に出たらしばらくは入れませんし、行きましょうか。マキ様、お風呂の準備をしに一旦お部屋に戻りますね」
マキ(待て! 私は一言も行くとは言ってないぞ! 昨日の副師団長たちの悲惨な顔を見ただろ! 嫌だ! 絶対に行きたくない!!)
リノの思念『マキ様はやれば出来る子ですから大丈夫でちゅよ〜? お外でお風呂に入るのも、大事な訓練でちゅからね〜』
そして夕刻。出撃前に一言だけでもリノを激励しようと、魔道士師団のレイラとサマンサがキョロキョロとリノを探していた。だが、その背後に「死神」ならぬ「鬼の副長」の影が忍び寄る。
セシリア「おお、お前らは昨日のレイラとサマンサ! 今日もスーパー銭湯に行きたいのか? そうかそうか、熱心なやつらだ! ぜひ一緒に行こう! よし決まりだ、連行しろ!!」
レイラ&サマンサ「ひいいっ! リノ様ぁぁぁ!!(二日連続なんて死んでしまう!!)」
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スーパー銭湯「王宮の湯」の脱衣所。そこは戦場よりも凄惨な、乙女たちの本能がぶつかり合う場所へと変貌していた。
セシリア「ほら、お前たちのタオルだ。今日はパンダさんだぞ、大切に使え」
セシリアから渡されたアニマルタオルを震える手で受け取るレイラとサマンサ。もはやこの「可愛さ」が、処刑前の最後の晩餐のように感じられてならない。
フルーレ「セシリア様、早く『地獄の熱湯風呂十番勝負』やりましょうよ。今日は負けませんから」
セシリア「うむ! 我が肉体の限界、とくと見せてくれるわ!」
カレン「私は今日もソルトサウナよ。……レイラ、サマンサ、あなたたちはどうするのかしら?」
眼鏡を外し、磨き上げられた知性を(物理的な美しさとともに)剥き出しにしたカレンが問いかける。
シルフィ「私は水風呂で精神統一をしますけど……ご一緒します?」
レイラ&サマンサ「わ、私たちは露天風呂に行こうかと……!!」
(無理だ! 熱湯勝負もソルトサウナの説教も水風呂の修行も、今の私たちには耐えられない!)
本能の警鐘に従い、命からがら露天風呂へ逃げ込んだ二人。しかし、そこには先客がいた。セミショートの赤髪を二つ結びにし、アヒルさんタオルを頭に乗せた、アヒル口の華奢な美少女だ。
ハナ「露天風呂ならボクと一緒だね」
レイラ「だ、誰……!?」
サマンサ「ひいいっ! また一人増えてる!」
ハナ「そんなに警戒しなくてもいいよ。ボクもセシリア様に無理やり連れてこられた、君たちと同じ境遇の被害者さ〜。あはは」
その親しみやすい空気に、ようやく人心地ついた二人。露天の開放感も手伝い、三人で和気あいあいと湯船に浸かっていた。……そこへ。
リノ「あら? レイラさんとサマンサさん。こちらに居られたんですね?」
マキを大切そうに抱き上げたリノが、湯煙の中から現れた。
レイラ&サマンサ「リノ様ぁ〜〜〜!!(本物の救世主だ!)」
リノ「なんて声してるんですか。ふふっ、随分とハナ様と仲良くなられたのですね?」
レイラ「は? ハナ様……?」
サマンサ「ハナ様って、あの、他国を震え上がらせている諜報師団長の……?」
ハナ「あれ? 自己紹介してなかったっけ。あはは、ボクは顔を出す仕事じゃないからね。ハナだよ。改めてよろしく」
「ひいいっ!!」と再び硬直する二人。王国の「裏」を支配する怪物が、こんなにも可愛らしく、アヒルさんタオルを乗せて笑っていることが恐ろしくてならない。
セシリア「ハナ、貴様ぁ! 熱湯風呂勝負から逃げおって! 貴様もフルーレと同じく、こちら(肉体派)の人間だろうが!」
湯船の波を立てながらセシリアが追いかけてくる。
リノ「セシリア様、あまり大声を出されると……『マリちゃん』が怯えてしまいます」
セシリア「あ、済まない……! ま、マリちゃん、大丈夫……か? 私としたことが、つい。お前たちも済まなかったな?」
セシリアが唇に人差し指を当て、潤んだ瞳で上目遣いをする。意識せずに見せる、天然ゆえの「守ってあげたくなる」ポーズ。
だが、その華奢な腕が、明日の朝には身の丈を超える剛剣を軽々と振り回し、数百人を担架送りにすることを知っているレイラたちは――。
レイラ&サマンサ「ひいいっ!(そのギャップが一番怖いんですぅぅ!)」
マキ(そこは私も、昔からいつも怖いと思っていたわ……。セシリア、お前、自覚がないのが一番の罪だぞ……)
ベビーバスの中でプカプカと浮きながら、マキは部下たちの狂乱を、遠い目で見つめるしかなかった。
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シルフィ、フルーレ、ハナの三人は、今夜の歴史的奇行パーティ『マキ様はじめてのいくさ・ひとりでできるもん・リノおかあさんといっしょ前夜祭パーティ』の仕込みのため、一足先に湯から上がっていた。
残された露天風呂では、セシリアが再び「天然の猛威」を振るっていた。
セシリア「お前たち、すっかり馴染んだな! 私たちが戦地から戻ったら、レギュラーとして毎日風呂に来い! もう決定だ! 絶対に来い! 必ず来い!!」
可愛らしく潤んだ瞳をさらに輝かせ、頬を上気させて微笑むセシリア。
だが、その言葉の圧力は完全に「恐喝」の域に達している。断ればその瞬間に剛剣で叩き斬られそうな威圧感に、二人は湯船の中で小さく震える。
レイラ&サマンサ「ひえぇぇ……リノ様、助けてくださいぃ……」
カレン「セシリア、嫌がっているでしょう? やめなさいっ!」
ソルトサウナの蒸気に包まれ、銀髪の女神のごとく現れたカレンが制止に入った。アニマルタオルを頭に巻き、凍てつくような鋭い眼光でレイラとサマンサを射抜く。
カレン「あなたたちもあなたたちよ! 断るならキッパリと断りなさい! 騎士団員でしょう! グズグズせずに決断はスパッとする! そして一度決めたなら、後からクヨクヨしない! 分かったわね!?」
レイラ&サマンサ「は、はいっ!!!(軍師殿、怖すぎる!!)」
だが、その直後だった。カレンの表情が、春の陽光が差し込んだかのように一変した。
カレン「……でも、あなたたちは私の心許せる大親友、リノの大切な部下だからね。本当に一緒に来たいなら、遠慮なく甘えていいんだからねっ!」
先ほどまでの氷の軍師はどこへやら、目元をふにゃりと緩ませ、頬を朱く染めてにっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべるカレン。
……正直、この急激な情緒の「落差」は、セシリアの暴力的なまでのギャップとはまた質の違う「恐怖」を二人に与えていた。
レイラ&サマンサ「リ、リノさまぁ……(もう誰を信じればいいの……)」
(カレンよ……。お前のその『飴と鞭』の使い分けならぬ『北風と太陽』の同時発動、これも私は昔から怖いと思っていたのだ。とにかくお前たちは無自覚すぎる。自覚のない天才のギャップというのは、罪作りを通り越して凶器なのだぞ……)
ベビーバスの中で呆然とするマキ。だが、マキが一番恐れている「無自覚な凶器」の真打ちは、すぐ隣で微笑んでいた。
リノ「ふふっ、二人とも、カレン様やセシリア様にこんなに好かれるなんて、光栄なことですね?」
リノはそう言いながら、マキを湯船から引き上げ、タオルで丁寧に、そして執拗にマキの股間付近を拭き始める。
リノの思念『さあマキ様。湯冷めしないうちに帰りましょう。今夜のパーティの後は、私の「超・ジェットストリームキス」が火を噴きますよ。戦地への景気づけに、朝までたっぷり昇天させてあげまちゅねー?』
マキ(ひいいっ! 結局、一番恐ろしくて一番の変態なのは、目の前で聖母のような顔をしている貴様ではないかーー!!)
王国最強の乙女たちによる「前夜祭」は、もはや戦の前祝いというより、マキへの公開拷問のカウントダウンへと変わりつつあった。
今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。
個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。
今後とも何卒お付き合いくださると嬉しいです。




