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第17話:ハナさまといっしょ

第17話「ハナさまといっしょ」


リノの魔道探知は、研究所の壁を越え、魔道研究所の外の広範囲にまでその触手を伸ばしていた。


セシリアとフルーレが夜を徹して剣を交え、シルフィが自身の結界と魔力を研ぎ澄ませている微かな波動。


そして帰還したカレンが、その明晰な頭脳で騎士団の再編をシミュレートしている静かな知性の脈動。


それらは、リノだけでなく、赤ん坊の肉体に閉じ込められたマキも魔道探知で見ていて肌身に伝わっていた。


マキ(セシリア、カレン、シルフィ、フルーレ、リノ……。この五人に、あと一人が加わり、幹部六名が力を合わせれば、当面の間私がこの姿で離脱していても王国は安泰であろう……)


しかしマキはヘイマーの術式もセキュリティは甘いものだと思った。攻撃や防御に関する魔法は封じられてるのに、魔道探知や日常生活や斥候的な魔法は使えるという事が分かった。


マキ(あれ程の魔道士にしてはセキュリティがガバガバというか‥‥まあ、あまりマメな性格ではなさそうだったが‥‥)


チュパチュパ、チュパチュパ……。


リノの思念『マキ様、そろそろ左も吸ってください。偏ると形が崩れちゃいます』


マキ(うむ、そうだな、そろそろ左も……って、貴様いつまで「乳離れ絶対拒否訓練」をやらせる気だーー!!!!)


リノの思念『マキ様、本当に吸い方がお上手になりましたね。吸われるたびに私の魔力がマキ様の中に溶けていくのがわかります』


マキ(褒めて誤魔化すな!!! ……ん? 待て。今、私は「幹部六名」と言ったか……?)


その時、夜の静寂を切り裂いて部屋のチャイムが鳴り響いた。


リノの思念『もう夜の二十一時です。こんな時間にアポなしで来るのは、カレン様くらいでしょうか……』


リノがドアを開ける。しかし、廊下には人影一つなかった。

その刹那、リノの表情が「慈母」から「冷徹な魔道師」へと一変する。


リノ「――防御!」

青白い魔力のオーラが瞬時にリノと、ベッドのマキを包み込んだ。


リノ「誰ですか!? 姿を見せなさい。容赦はしませんよ!?」


**バチィ!!!**


何かがリノの障壁に接触し、火花が散る。同時に「痛っ!!!!」という短い悲鳴が、誰もいないはずのマキのベッドの直前で上がった。


光が屈折し、虚空から一人の女性が姿を現す。


「ひどいよリノ! 障壁に電気属性を混ぜるなんて。手が痺れて動かないじゃないかぁー!?」


リノ「どっちが酷いのですか? 姿を消して、勝手に人の主の寝室に入り込む方が万死に値すると思いますが?」


リノの指先には、いつでも対象を消滅させられる漆黒の魔力が集束していた。


現れた女性は、痺れた手を振りながら、マキの前で片膝を突き、深々とお辞儀をした。


「マキ様、ご無沙汰しております。帰還しておきながら参上が遅れたこと、深くお詫び申し上げます」


マキ(……ハナか)


リノ「ハナ様……。とにかくマキ様から三歩以上離れてください。でないと、次は首を飛ばしますよ?」


ハナと呼ばれたその女性は、両手を挙げて降参のポーズを取りながら、距離を置いた。そして、やれやれといった顔で背後の廊下へ声をかける。


ハナ「カレン様ー。残念ながら、マキ様には記憶はないよ。つい今しがたまで、マキ様がリノの胸を一生懸命吸っている音が、私の『地獄耳』にはっきり届いてたからね。騎士団長としての記憶があるんなら、羞恥心でそんなことは不可能だよ」


廊下の暗がりから、カレンがバツが悪そうに現れた。


カレン「だから言ったでしょう。それにその言い方だと、まるで私が疑って潜入を指示したみたいじゃない。……リノ、ごめんなさいね。ハナがどうしても確かめたいって言い出すから……」


ハナは屈託のない笑顔でリノに手を振る。


ハナ「リノ、改めて久しぶり! 覚えていてくれた? まさか『誰だっけ?』なんて言わないでよねー? 泣くよ?」


リノ「……さすがに、諜報師団長を忘れはしませんよ」


マキはベッドの上で、真紅のベビードレスを揺らしながら冷や汗を流していた。


マキ(すまんハナ……。正直に言うと、一瞬だけ、本当に誰だかわたしは忘れていた……)


王国騎士団・諜報師団長。

ハナ・ランドルフ(20歳)。

東の大国、ゼッターランド帝国の視察という、極めて危険な任務から帰還したばかりの「王国の目」が、このカオスな研究所にさらなる波乱を持ち込もうとしていた。


---



カレンは、リノの潤んだ瞳を見て、居ても立ってもいられないという風に身を乗り出した。


カレン「リノ、本当に私はあなたを疑ったりはしてないのよ! ハナが絶対に怪しい、演技に決まっていると言い出して聞かないから……」


リノ「大丈夫です、カレン様。カレン様のことは心から信じてますから……。でも、まさか潜入調査までされるなんて……」


ハナはバツが悪そうに頭を掻きながら、両手を合わせて謝った。


ハナ「疑ってごめんって! 昼間、商店街でクレープ食べてる二人を観察してたんだけどさー、リノがあまりに楽しそうだったし、マキ様もなんだか意思があるような目をしてたからさ。でも、さっきの『本能剥き出しの食事風景』を見せられちゃ、もう疑いようがないよ。記憶がないって確信できた。もう二度と疑わないよ!」


リノは目尻に溜まった涙を指先で拭い、儚げな表情でハナを見つめた。


リノ「ハナ様……。もう二度と疑わないと、本当に、心から約束していただけますか……? 皆さんから疑われるたびに、私、胸が張り裂けそうで……くすん」


カレン「リノ、待って!? 泣かないで!」


カレンが血相を変えてハナを睨みつけた。


カレン「ほらハナ、見てご覧なさい!! あなたが余計なことをするからリノが傷ついたじゃない! 万死に値するわよ! 二度と私の前に顔を出さないで!!」


ハナ「ひいいっ! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!! リノ、ごめん! 調査費用からお詫びに最高級のスイーツ奢るから! 本当に許して!」


リノ「ぐすん……。ハナ様、もう謝らなくていいです。分かっていただければ……」


三人はようやくテーブルに着き、リノが淹れた香りの良い紅茶を飲みながら、落ち着いて話を始める準備を整えた。


その様子をベッドから見ていたマキは、冷や汗が止まらなかった。


マキ(リノ……恐ろしいやつめ。まさに紛うことなき恐ろしい変態魔道士よ……。最初にカレンを味方につけておかなかったら、今の追求で詰んでいたかもしれん。それに、あの屈辱の『乳離れ絶対拒否訓練』が、まさか完璧なアリバイ工作として機能するとは……。……待てよ。いきなりあのプランを強行してきたのは、ひょっとして最初からハナの潜入を察知して……!?)


マキが戦慄の事実に辿り着きそうになったその瞬間、頭の中に甘く冷たい声が響いた。


リノの思念『――はい、マキ様。お仕置き確定です。紛うことなき変態魔道士とか、酷いことを考えましたね?』


マキ(!!)


リノ『ハナ様の地獄耳を逆手にとって、わざと「あーん」や「チュパチュパ」という音を聞かせて差し上げた私の苦労も知らずに……。いつも通り、音を完全に遮断する魔法障壁を仕掛けた後は、朝までたっぷり、声が出なくなるまで可愛がってあげまちゅねー?』


マキ(うぎゃあぁぁぁ!! 結局私が一番損をしているではないかーー!!!)


リノはカレンたちと談笑しながら、マキの方へチラリと視線を送り、妖艶に微笑んだ。


---



ハナが持ち帰った報告は、王国の平穏を根底から揺るがす衝撃的なものだった。


ハナ「まず、東の大国ゼッターランド帝国がマキ様の不在という情報を確信し始めてる。ボクの耳には、他の国に潜伏させている諜報員たちからも、同様の情報が広まりつつあるっていう報告が次々と入ってきてるんだ」


ハナの表情からいつもの軽薄さが消え、諜報師団長としての鋭い顔が覗く。


ハナ「そして、ボクが急いで帰還した最大の理由……ゼッターランド帝国が三万の軍勢で、西側諸国の同盟国であるタリム王国への侵略を開始した。もう、戦争は始まってるんだよ」


カレンが険しい表情で紅茶のカップを置いた。


カレン「タリムを……。あそこが落ちれば、ゼッターランドはそこを拠点にして、地続きである我が国へ一気に攻め込む算段ね」


ハナ「その通り。彼らは『マキ・クロフォード不在の騎士団は、今は大規模な軍事行動は起こせない』と踏んでいる。タリムを落とすのは、ボクたちへの宣戦布告も同然さ」


カレンは眼鏡のブリッジを押し上げ、軍師としての冷徹な思考を巡らせる。


カレン「わかったわ。明日朝、改めて国王陛下と国防省との緊急会議を設ける。……いよいよ、私たちがマキ様の代わりを証明する時が来たようね」


ベッドの上でその会話を聞いていたマキは、胸を締め付けられるような思いだった。


マキ(お前たち、すまない……。私が敵の術中にはまり、こんな不甲斐ない姿になっているばかりに、国を、そして皆を窮地に立たせてしまった……)


己の無力さを呪い、赤ん坊の拳を握りしめるマキ。その心の揺らぎを、リノの思念が優しく包み込む。


リノの思念『――マキ様、何もご心配なさらずに。外の敵は、あの五人が必ずや叩き潰しますから』


マキ(リノ……。そうだな、私にはあんなに頼もしい部下たちが……)


リノの思念『マキ様はそれよりも、この後私から繰り出される「朝までジェットストリームキス・地獄の責め苦攻撃」の心配をしておいたほうがよろしいかと。』


マキ(!!!!!! 感動を……! 私の純粋な自責の念と感動を、一瞬で汚しおったな、この変態魔道士めぇーー!!!!)


リノ「うふふ、マキ様ったら。そんなに身震いして、今から楽しみでちゅかー?」


リノはカレンたちの前で、マキの頬を優しく撫でながら、その瞳の奥にドロリとした欲望を滾らせていた。


国家の存亡をかけた戦火が迫る一方で、この密室ではマキの貞操と尊厳をかけた、もう一つの「激戦」が幕を明けようとしていた。


---




今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。

個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。

今後とも何卒お付き合いくださると嬉しいです。

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