第16話:セシリア様のおふろ同好会
第16話「セシリア様のおふろ同好会」
シルフィは、先を急ぐように早足で道場への道を歩いていた。
シルフィ(どうせセシリア様がめちゃくちゃに暴れているはず。今の騎士団で、あの人の「熱」を正面から受け止められるのは、実質的にフルーレくらいしかいない……)
その後ろを、先程の結界修復のお礼を伝えようとレイラとサマンサが必死に追うが、なかなか距離が縮まらない。
「シルフィ様、歩くのがやたら早くない……?」「回復魔法だけじゃなく、無意識に身体強化魔法も使っているのかしら……」
魔道士師団の副師団長たちですら、その基礎能力の高さに舌を巻く。
ようやく剣士道場へ辿り着いた彼女たちが目にしたのは、二百人を超える負傷兵と、整然と並べられた担架の山。まさに戦場さながらの地獄絵図であった。
「ひ、ひいいっ!?」
悲鳴を上げるレイラたちを横目に、シルフィは流れるような動作で広域回復魔法を展開する。
光が降り注ぎ、苦悶の表情を浮かべていた剣士たちが次々と快方に向かっていく。
その時、道場の奥から「ドオオオン!!」と、大地を揺らすような爆音が響き渡った。
シルフィ「安心してください。ここの結界は、私が今朝張り直したばかりの『特製』ですから。……お二人も見学されますか?」
シルフィが促し、レイラとサマンサが恐る恐る道場を覗き込む。
そこには、強敵を相手に歓喜の笑みを浮かべるセシリアと、嫌々ながらも呆れたような苦笑いを浮かべるフルーレが、もはや人間とは思えない次元で激突していた。
セシリア「フルーレ! 貴様が相手なら、そろそろ私も魔法を混ぜても良いよな!?」
セシリアが叫ぶ。彼女はマキに次いで騎士団で最も「剣と魔法」のバランスが取れた天才だ。
身の丈を超える大刀を振り回しながら、同時に上位の攻撃魔法を詠唱なしで並列発動させていく。
フルーレ「もうっ、勝手にすりゃいいっすよっ!」
対するフルーレは、特性の異なる八本の刀から瞬時に二本を選び抜き、目にも留まらぬ速さでセシリアの魔法ごと斬り伏せていく。
彼女は魔法こそ不得手としているが、純粋な剣術と反応速度においては、マキやセシリアを凌駕するとさえ囁かれる「剣鬼」であった。
爆炎、氷結、そして鋼のぶつかり合う轟音。
副師団長二人が唖然と立ち尽くす中、シルフィだけが穏やかな笑みを浮かべていた。
シルフィ(ああして皆が牙を研ぎ続けているのは、いつか来る『マキ様奪還』の日のため……。リノ、貴方だけじゃなく、私たちも準備は進めているんですよ)
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結界が今にも弾け飛ばんばかりの衝撃波と、道場全体を揺らす爆音。人間離れした二人の戦闘を目の当たりにし、レイラとサマンサは膝をガタガタと震わせていた。
シルフィ「大丈夫ですよ。私がここにいる以上、この結界は無敵です。それに、たとえ貴女方二人が巻き込まれて瀕死の大怪我をしても、私がすぐに全快させてあげますから。ご安心を、うふふっ」
シルフィの慈愛に満ちた(しかし内容が恐ろしい)微笑みに、二人は「ひいいっ!」と短い悲鳴を上げた。一刻も早くこの場から逃げ出そうとしたその時、背後から冷徹な声が響く。
カレン「脳筋の連中はまだやってるの? ほんっと呆れるわね」
振り返ると、そこには書類の束を脇に抱え、これ以上ないほど呆れ果てた顔のカレンが立っていた。
カレン「セシリア! フルーレ! 勤務時間はとうに過ぎているわよ!! いい加減にしなさい、この体育会系バカ共!!」
カレンの鋭い一喝により、ようやく「組手」という名の魔界大戦が幕を閉じた。
セシリア「いやあ、充実した一日だった!! フルーレ、シルフィ、さっそくスーパー銭湯に行くぞ! ……あ、カレンも行くか? 貴様、肩が凝っていそうな顔をしておるぞ」
セシリアが豪快に笑いながら誘うと、カレンは眼鏡の位置を直しながら少し考え込んだ。
カレン「……まあ、たまには私もご一緒しようかしら。リノから聞いたソルトサウナというのも、美容と健康の観点からなんだか気になるしね」
セシリア「よし決まりだ! ……ん? お前ら、リノのところのレイラとサマンサだよな? お前らも一緒に来い! 裸の付き合いこそ騎士の絆だ! な? な? よし行こう!!」
サマンサ「……あの、副長……。私たちは今から報告書の作成という用事が……」
セシリア「タオルとお風呂セットは私の予備を貸すから安心しろ! さあ、遠慮するな!!」
セシリアの有無を言わさぬ腕力に引きずられ、レイラとサマンサの抵抗も虚しく、一行は王都最大の癒やしスポットへと強制連行されていく。
レイラ&サマンサ「ひ、ひいいっ! 助けてリノ様ぁぁ!!」
副師団長二人の悲痛な叫びは、夕暮れの騎士団通りに虚しく響き渡った。
その頃、静まり返った育児室。
添い寝していたマキは、ふと「嫌な予感」で目を覚ました。
マキ(……なんだ。私の大切な部下たちが、今、一斉に良からぬ方向へ向かっているような気がするのだが……。気のせいか?)
マキが隣で眠るリノの寝顔を眺めている間に、王都のスーパー銭湯「王宮の湯」では、王国最強の乙女たちによる「禁断の裸の会議」の幕が上がろうとしていた。
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魔道士師団副師団長のレイラとサマンサは、戦場よりも過酷な「人生最大の危機」に直面していた。
セシリア「ほら、お前たちのタオルだ。最近新調したばかりのやつだから、安心して使えよ? それとこれがお風呂セットだ」
セシリアから手渡されたのは、パステルカラーの可愛らしい猫のイラストがプリントされたタオルだった。
金髪の絶世の美女、しかしどこか幼さを残すルックスのセシリア。
華奢な体格にその猫タオルは「アリ」といえば「アリ」なのだが、先ほどまでの魔界大戦のごとき猛攻を見た直後では、そのギャップが逆に恐怖を煽る。
セシリア「どうしたお前たち、猫は嫌いなのか?」
頬を赤らめ上目遣いに、人差し指を下唇に当てながら首をかしげて聞くセシリア。
レイラ&サマンサ(ひいいっ!?可愛らしいポーズだけど、さっきまでのギャップで恐すぎるぅ!?)
セシリア「さてお前たち! 今からフルーレと『地獄の熱湯風呂我慢比べ勝負』をするから一緒に参加しろ! ……あ、シルフィ逃げたな!?」
レイラ&サマンサ「ひ、ひいいっ! 私たちは……!!」
死を覚悟した二人の前に、救いの(?)手が差し伸べられた。
カレン「あー、セシリア悪いわね? この二人は私とソルトサウナに入ると約束しているの。さあ二人とも、早く行くわよ。グズグズしない!」
レイラ&サマンサ「は、はいっ!(我慢比べよりはマシだけど……怖いよー! リノ様助けて……!)」
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### **ソルトサウナにて**
カレン「何これ!? すごく気持ち良い! 香り付きの青い塩も最高! さすがリノのオススメ、あの子センスありすぎよ!」
カレンが入室した瞬間、先客たちがその威圧感に気圧されたのか次々と退室し、図らずも貸し切り状態となったサウナ内。
カレンは、可愛いウサギさんがプリントされたタオルを腰に置き、上機嫌で歓喜の声を上げていた。
(……今、この騎士団では可愛らしいアニマルタオルが流行っているのか!?)と戦慄するレイラとサマンサ。
だが、カレンの目がふと鋭く光った。
カレン「君たちはリノの側近でしょ? あの子は今、国家の命運を分ける『特別任務』で本当に大変なの。
だから、全力で助けてあげて。……逆に、あの子を困らせるような真似をしたら……分かるわね? 酷いわよ?」
レイラ&サマンサ「ひ、ひいいっ! り、リノ様ぁ〜!!」
逃げ場のない蒸気の中で、二人はリノへの忠誠(と恐怖)を新たに誓うしかなかった。
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### **同時刻・リノの部屋**
リノ「……むにゃむにゃ。ん? 誰か呼びました? ……はっ、私いつの間にか寝てしまって……」
ふと目を覚ましたリノは驚いた。いつの間にか自分に毛布がかけられている。
そして横を見ると、マキが腕枕をされるような形でリノにぴったりと抱きつき、幸せそうに寝息を立てていたのだ。
リノ「……マキ様、かわいい!! 誰かに呼ばれたような気がしたけど……ま、いっか!」
愛の重みに浸るリノ。しかし、その背後にある机では、解読途中の魔導書が月光を浴びて、静かに不気味な魔力を蓄え続けていた。
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騎士団幹部の四人との「スーパー銭湯・王宮の湯」は、まさに壮絶であった。
騎士団女子寮に命からがら帰り着いた魔道士師団の副師団長、レイラとサマンサの二人は、もはや生きた心地がしていなかった。
女子寮の娯楽室や集合食堂では、いつものように若い騎士隊員たちが賑やかに集まり、お茶を飲みながら噂話に花を咲かせている。
しかし、最近の話題はもっぱらマキ団長のことばかりだ。
「大陸全土を揺るがす大戦の準備に入っている」という説や、「東の帝国の王族と政略結婚する」という説。だが、今一番まことしやかに囁かれているのは――。
『マキ団長は、実はあの任務で討ち取られているのではないか』
『不治の病に侵され、隔離されているのでは』
そんな不穏な噂だ。
「実は辺境の任務中に暗殺されたって話、聞いたことある?」
十代の若い隊員たちがワイワイと盛り上がる中、その輪の中にレイラが足を踏み入れた。
レイラ「お前たち、噂で盛り上がるのは構わないけれど、内容が酷すぎるわよ!?」
レイラが憤りを抑えながら強く話題を遮った。
サマンサ「あの任務にはマキ団長に加え、セシリア様、フルーレ様、シルフィ様、そしてリノ様という幹部四人が帯同していたのよ。あり得ない話だと思わない!?」
盛り上がっていた隊員たちは一瞬で静まり返る。
レイラ「貴女たちは、あの幹部の方々の力を直に見たことがあって……? 見たことがあるのなら、絶対にそんな噂は言えない! 私たちは今日、あの方々の力をまざまざと見た!! そう、間近で……。恐ろしい!! あれは、あれはもう人間の域を超えているわ!! うわあぁ!!」
それは絶望的な戦地から生還した者にしか出せない、異様な説得力に満ちた絶叫だった。
シルフィからもらった「くまさんプリント」のハンカチタオルで涙を拭きながら、レイラがさらに続ける。
レイラ「その恐ろしい五人の才能を誰よりも早く見出し、一から徹底的に鍛え上げ、全てにおいて上回るのがマキ団長……。そんな化け物……いえ、お方を討ち取れる者がこの世のどこにいると言うのよ……! ううう、私はリノ様の部下で、本当に運がよかった……」
フルーレからもらった「ネズミさんプリント」のハンカチタオルで鼻をすすりながらサマンサも頷く。
噂で盛り上がっていた隊員たちは、副師団長二人のあまりの気迫(と、手に持っている可愛すぎるタオルのギャップ)に圧倒され、ただ沈黙するしかなかった。
その頃、そんな「最強の伝説」の主役であるマキは、魔道研究所の密室で文字通り「絶体絶命」の危機に瀕していた。
マキ「あんっ! んはっ! や、やめろ!! はぁぁん!!」
リノ「マキ様、百烈キスは、まだ半分も終わってないでちゅよー? ほら、お手々を上にあげて、もっといい声を聞かせてくだちゃいねー?」
畏怖されている五人の部下を束ねる最強伝説の本人が、この部屋の中では「変態魔道士」と「おむつ姿の騎士団長」という、あまりにも救いようのない構図に収まっていた。
今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。
個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。
今後とも何卒お付き合いくださると嬉しいです。




