第13話:リノのおねえさん
第13話「リノのおねえさん」
リノとカレンによる知略と知略の闘い、それは想像を絶する闘いであったが、激しい闘いの末にリノに軍配が上がった。
安心していたマキを襲ったのは最大の敵カレンを撃退して天敵のいなくなったリノである。百烈キス、ジェットストリームキス、流星キス、マキは一瞬にして天国に落とされた。
マキ(鬼と悪魔‥‥どちらに選ばれても‥‥地獄しかないではないか‥‥ガクッ)
その時、ドアのチャイムがなる
セシリア「リノ! まずいぞ! つい今しがたカレンが帰還したそうだ!! くっ、あの女の鼻を欺くのは容易ではないぞ! 今すぐ対策を練らねば……!!」
セシリアが拳を握りしめて叫ぶが、リノは使い慣れた濡れタオルでマキの太ももを拭きながら、涼しい顔で答える。
リノ「セシリア様、大丈夫ですよ。カレン様とはもうお話は済みましたので」
セシリア「へ? ……えええっ!?」
セシリアが文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
マキ(……はぁ……はぁ……。この、間抜けめ……。呆けた顔をしおって……。副長がこれでは、先が思いやられる……)
リノの思念『マキ様も、今すごく惚けた顔をされてますよ? よだれ垂れてますし』
マキ(う、うるさい!! 誰のせいだと思っている!?)
リノは食事を共にしながら、つい先程にカレンに事の成り行きを話し、彼女を秘密の共有者に引き入れたことを説明した。
セシリアたちは「あのカレンを納得させるなんて、さすがリノだ!」と感心しつつも、嵐が過ぎ去ったことに安堵して、ぐったりしたマキを残して退室していった。
静寂が戻った室内。
リノは食後の片付けを終えると、下を向いたまま動かなくなった。
カレンの前で見せたあの号泣。マキにはわかっていた。あれは単なる演技ではなかったのだ。
「叱ってくれない」という言葉。リノは、マキに怒鳴られ、厳しく罰せられることで、自分を許したかったのかもしれない。
マキ(リノ……。不潔だ、変態だと罵ってきたが、お前はそれほどまでに自分を責めていたのだな……)
マキは一歳半の短い手を伸ばし、リも裾をそっと握った。
マキ『リノ、今日は身体を張って私を守ってくれて本当にありがとう。……すごく嬉しかったぞ?』
リノ「……当然のことをしたまでです」
リノは顔を覆ったまま、消え入りそうな声で答える。まだ元気がない。
マキ『そんなに落ち込むな。私はお前を信頼している。だから……早く元気になってくれ、リノ』
マキが精一杯の優しさと思念を送った、その刹那。
リノがガバッと顔を上げた。その瞳には、涙こそ溜まっているものの、先ほどまでの悲壮感はない。代わりに、ぎらぎらとした「欲望」の炎が燃え盛っていた。
リノ「……そうですよね。私が元気にならないと、マキ様のお世話も滞りますよね。……だから今度は、マキ様に身体を張っていただく番です!!!」
マキ「むぐうっ!? うわっ!? や、やめろ!? また服を脱がせて何を……っ!!」
リノ『マキ様が「嬉しい」なんて言ってくれたから、私、もう我慢の限界です! さあ、今度は「感謝のジェットストリームキス」を朝まで叩き込んであげますからねっ!』
マキ「うわぁぁぁ! さっき終わったばかり……ひぎぃっ! ど、どこにキスして……あ、あああああーーっ!!」
(リノ貴様! 私の感動を! 返せ! このっ、筋金入りの……変態魔道士めぇーー!!)
マキの純粋な親愛の情は、一瞬にしてリノの淫らなガソリンへと変換された。
夜の育児室に、再びマキの甘い絶叫が響き渡る。
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朝方まで続いたリノの「ジェットストリームキス」と、リノの胸を吸わされ続ける「乳離れ拒否訓練」により、マキは腰の力が完全に抜けた状態で、最悪の目覚めを迎えていた。
マキ(身体が……熱い……。リノのやつ、朝まで一睡もさせぬとは……)
そこへ鳴り響くチャイム。セシリアたちかと思いきや、入ってきたのは予想外の人物だった。
カレン「マキ様、おはようございます。昨日はロクにご挨拶もせずに退室したこと、誠に申し訳ございませんでした」
マキ(ひ、ひ、ひいいっ! カ、カレン!? なぜこんな朝早くから!!)
カレンは椅子に座ると、リノが淹れたお茶を啜りながら、殊勝な面持ちで語り始めた。
カレン「昨日、国王陛下への報告の道すがら、ずっと反省していたの。リノ、あなたに無神経なことを言ったことも、マキ様の『記憶喪失』という悲劇を直視せずに疑ったことも……」
リノは、昨日あれほど号泣したのが嘘のような、健気で愛らしい後輩の顔をして応じる。
リノ「カレン様……そんな。私こそ取り乱してしまって。でも、私……カレン様のことを誤解していました。もっと冷たい方だと思っていたのに、本当はとってもお優しくて頼れるお姉さんなんですねっ!!」
カレン「え? ち、違うわよ!? 私はただ、あなたのような優秀な魔道士を失うのは騎士団の損失だと思っただけで……!」
カレンの顔がみるみる赤くなる。リノの「お姉さん」「大好き」という直球の好意に、軍師の鉄壁のポーカーフェイスがガラガラと崩れていく。
リノ「そういうことにしときますね。でも、私……やっと心から相談できるお姉様に出会えた気がして。もう嬉しくて嬉しくて!!」
カレン「ちょ、ちょっとリノ! 顔が近い……! 私、優しくなんてないんだからねっ!!」
マキ(……戦慄だ。マキ・クロフォード、二十三年の人生でこれほど恐ろしい光景を見たことがない……!)
マキはベッドの上で、ブルブルと震えながら確信した。
カレンは確かに、今朝も「不意打ち」でこの部屋を訪れたのだろう。
もしリノが油断していたり、マキに意識がある素振りを見せていたりすれば、即座に追求するつもりだったはずだ。
しかし、リノはそれを逆手に取り、カレンを「頼れるお姉様」という役割に封じ込めた。
一度「優しいお姉様」として振る舞う約束をしたカレンは、もはや後輩のリノを厳しく疑うことができなくなる。
マキ(カレン……お前は負けたのだ。あの変態魔道士の、底知れぬ演技力と人心掌握術にな……。あいつは天才だ。しかし、その才能の全てを『私を安全に蹂躙するため』に使っている……!!)
リノの思念『マキ様、ぜーんぶ聞こえてますよ? 「変態」だなんて、心外です。後でたっぷり、特別な「お仕置き」が必要ですね? 楽しみにしていてください』
マキ(ひぎぃっ!?)
リノの思念が脳内に直接響き、マキの小さな背筋を氷のような恐怖が駆け抜ける。
リノ「あ、マキ様。ブルブル震えて……カレン様に見守られて、喜んでいらっしゃるみたいですね?」
リノが極上の笑顔で、カレンにそう告げた。
カレン「そうか……。マキ様、私が守りますからね。安心してください」
カレンは、リノの手のひらの上で踊らされているとも知らず、慈愛に満ちた目でマキを凝視した。
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リノ「絶対にカレン様も好きになりますって!私のオススメはレーズンバタークリームチーズですっ。今度一緒に行きましょう!」
カレン「……ふふ、リノは本当にスイーツのお店に詳しいのね。なんだか新鮮だわ」
マキ(……信じられん。あのカレンが、あの大軍師カレンが、リノとクレープの話題で和気あいあいと女子会のような空気を醸し出しているだと……!?)
マキはベッドの上で、言葉にできない戦慄に震えていた。
確かにカレンは優秀だが、その厳格すぎる性格ゆえに友人がいないのは有名だった。
マキ自身、彼女を誰よりも信頼していたが、プライベートで一緒にクレープを食べに行こうなどとは夢にも思わなかった。
まさに「天敵」と呼ぶにふさわしい、隙のない女だったはずなのに。
そこへ、騒がしい足音とともにセシリアたちが現れた。
セシリア「マキ様、セシリアが朝のご挨拶に参りました!!……って!? げええっ!!??カ、カレン!? どうして貴様がここにいるっ!?」
「げえっ!? カレン様!?」
セシリア、シルフィ、フルーレの三人が、まるで怪異でも見たかのようにドアのところで固まる。
カレン「久しぶりね、セシリア。それにシルフィとフルーレも。……で、私がここにいてはいけないのかしら?」
カレンが紅茶のカップを置き、静かに首を傾げる。その動作一つに、凄まじい威圧感が宿る。
セシリア「い、いや、いけない訳じゃないが、何でこんな朝早くから……。貴様の仕事はどうした!」
カレン「それはあんたも同じでしょう? 私だってマキ様にお仕えする身。……マキ様のお傍にいたいと思うのは、臣下として当然の権利だわ」
セシリア「むむむ……。そ、それなら良いが……。しかし、あまりマキ様を怖がらせるなよ?」
カレンはふっと目を細め、セシリアたちを射抜くような視線を向けた。
カレン「ところで、貴女たちが揃いも揃って護衛についていながら、マキ様をこんなお姿にしてしまうなんて……。言いたいことは山ほどあるわよ? ……あ、リノは気にしなくていいからねー?」
「ひっ……!」
「う、うぅ……」
セシリアが、あの屈強な傍若無人な副長が、蛇に睨まれた蛙のように怯えている。
マキは更なる震撼に襲われた。セシリアを震え上がらせるカレンも恐ろしいが、そんなカレンを「スイーツ談義」一つで手懐け、「リノは別枠」という特別待遇を勝ち取ったリノの底知れなさは、もはや魔王の領域だ。
マキ(セシリア……不憫なやつめ。お前の「マキ団長を守る」という純粋な忠誠心は、今やカレンの説教という名の盾に使われ、さらにその裏でリノがほくそ笑んでいるのだ……)
リノは、怯えるセシリアたちを横目に、マキの耳元に顔を近づけて小さく囁いた。
リノ『マキ様、賑やかになってきましたね? ……皆様が去った後、今度はカレン様に「おむつ替え」の教育も手伝っていただきましょうか。……あ、もちろん「拭き掃除」の最終チェックは私の特権ですけどね?』
マキ(……リノ、貴様……っ! この地獄のような状況を、さらに悪化させる気かーー!!)
天才軍師、脳筋天然副長、そして変態魔道士。
マキを巡る包囲網は、今や逃げ場のない「鉄壁の育児室」へと進化を遂げていた。
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シルフィがテキパキと準備した朝食の香りが漂い、フルーレが鼻歌交じりに掃除をする平和な光景。セシリアが慣れない手つきでマキに果実水を飲ませ、「マキ様、美味しいですかぁ?」とデレデレになっているのを、カレンが冷ややかに眺めていた。
カレン「楽観的で、呆れるぐらい緊張感がない光景よね」
マキ(こ、こいつは何を言っているのだ! こっちは毎秒が精神崩壊と絶頂の危機、緊張感の連続だ!!)
リノの思念『大丈夫です、マキ様はおりこうさんな子ですから。ほら、いい子にして?』
カレン「……でも、こういうのも、なんだか悪くないかもね‥‥フフフ」
マキ(止めんのかーい!! 毒舌を貫けよ! 絆され始めてるじゃないか!!)
大人五名と赤ちゃん一名という奇妙な食卓は、昨日以上の騒がしさとなった。そこでリノが「カレン様、マキ様に離乳食を食べさせてあげてください」と、爆弾を投下した。
そして‥‥
カレン「マキ様、あーんちてくだちゃいねー? はーい、よくできまちたねー? ちゃんとかみかみできて、マキ様はおりこうさんでちゅねー? うふふ、マキ様は本当に可愛らしいでちゅー、うふふ」
一同、絶句。
スプーンを片手に、頬を染めて幼児語を操る天才軍師。その姿は、マキに負けず劣らず「キャラ崩壊」の極致だった。
マキ(リノ貴様ぁ!! 何かしら入れ知恵したろうがぁぁ!? 誰だこの赤ちゃん言葉の軍師は!!)
リノの思念『マキ様、誠に残念ながら、私は一切何も関与しておりまちぇんよー? 彼女の中に眠っていた「母性(と変態性)」がマキ様の可愛さに刺激されて目覚めただけです。頑張ってくだちゃいねー?』
マキ(き、き、貴様ぁ!! 楽しみやがって!!)
セシリア「……こほん。まあ、なんだ。カレン、貴様に一言言っておくがな!」
セシリアが、カレンの変わりように困惑しつつも対抗意識を燃やす。
セシリア「貴様があの場にいても状況は変わっておらぬわ! あれは不可抗力だったのだ!」
カレン「そうとは限らないわよ? あんたと違って私は戦略的撤退というものを知っているし、少なくとも一撃で全滅という状況は作らないわ。……まあ、お陰でこうして可愛いマキ様を愛でる時間が出来たのは怪我の功名かしら?」
フルーレ「カレン様はいなかったからそう言えるんすよー」
シルフィ「そうですよ、あの広範囲時間停止魔法は反則です。初見ではまず無理です」
フルーレとシルフィの反論を、リノが静かに制した。
リノ「皆さん、落ち着いてください。マキ様が怯えます。……それに、私は既にその魔法を見ました。もう初見ではありません。……次に現れたら、私が必ず打ち破ります」
その言葉には、普段のふざけた様子とは違う、本物の「天才魔道士」としての覇気が宿っていた。
カレン「うん、さすがリノね。次にその敵が現れたら、皆で勝ってマキ様を元に戻そう」
マキ(……カレンめ、いつも憎まれ口ばかり叩いて悪役を買って出おってからに……。それにリノ、本当にお前は、いつの間にこれほど頼もしくなったのだ……。不覚にも少し感動してしまったではないか……)
マキが胸を熱くしていた、その時。
リノの思念『――そしてなんだかんだと騒がしくも、無事に食事も終わり、そして皆様お待ちかねのマキ様お着替えショーが幕をあけるのであった。果たしてどうなるのか???』
マキ(うわあああっ! 何をナレーションのように他人事みたいなことを言っておるんだ!!! 全て貴様のせいであろうが!!! さっきの感動を返せ!!)
リノが取り出したのは、昨日以上のフリルが踊る「真紅の特注ベビードレス」。
セシリアは鼻息を荒くし、カレンは「……そのドレスの構造、学術的に興味があるわ」と瞳を輝かせ、シルフィとフルーレは着せ替え人形を待つ子供のような顔でマキを取り囲んだ。
地獄の「お着替えタイム」が今、始まる。
このあと千年以上の先のこの世界でも「歴史上、最強の大軍師」と語り継がれてるカレンを完全に味方につけたリノであった。
今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。
個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。
今後とも何卒お付き合いくださると嬉しいです。




