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第12話:カレンさまといっしょ

第12話「カレンさまといっしょ」


夕食の準備を整え、セシリアたちの到着を待つ育児室。


嵐の前の静けさの中、リノはいつになく真剣な表情でマキを見つめていた。


リノ「相手はあの天才軍師、カレン様です。隠し通そうとすれば、逆に不信感を買って事態が悪化するのは目に見えています。ですから、現状を正直に説明し、彼女をトップシークレットの共有メンバーに加えるしかありませんよね」


マキは神妙な顔で頷いた。

(……うむ。不本意だが、カレンの知略を味方に引き入れねば、この難局は乗り切れん。確かにそれしかないな)


リノ「となれば、私とマキ様の『親密な関係』もきちんとお話した方がよいでしょう。百烈キスの詳細や、ジェットストリームアタック攻撃の実績なども……」


マキ(うむ……不本意だがたしかにそれしかない……って!? アホかーー!!!! リノ貴様!! それだけは、それだけは絶対にバラすな!!! バレたら私の社会的な死、いや、騎士としての生命が終わるぞ!? って、むぐぐっ!)


騒ぎ立てようとするマキの小さな唇を、リノが強引な口づけで塞ぐ。


リノ「あら? マキ様も私たちの『関係』が終わるのがイヤなんですねー? 嬉しいです! マキ様大好きっ!」


マキ(そんなわけあるかー!!!! 物理的に終わる(処刑される)と言っているのだ!!)


マキが脳内で全力のツッコミを入れた、その時。

静寂を切り裂くように、部屋のチャイムが鋭く鳴り響いた。


リノ「セシリア様たちが来られたみたいですね。開けてきます」


リノは名残惜しそうに唇を離し、何食わぬ顔でドアへと向かう。マキは「赤ん坊」のフリをするため、慌ててシーツの上で指をしゃぶる演技を開始した。


カチャリ、と鍵が回る。

しかし、ドアの向こうに立っていたのは、陽気なセシリアたちではなかった。


冷気と共に部屋へ滑り込んできたのは、小柄な体躯に冷徹な知性を宿した、マキの唯一の天敵。


カレン「おじゃまするわよ……リノ」


リノ「カレン様……」


リノの声がわずかに強張る。ドアの前に立っていたのは、予定を大幅に繰り上げて帰還した軍師、カレン・シュナイゼルだった。


カレン「五日ぶりね、リノ。……元気にしてた? なんだか、部屋の中から『とても賑やかで、不潔な思念』が漏れ聞こえていた気がするけれど」


カレンの鋭い眼光が、リノの背後――ベッドの上で「指をしゃぶっている」一歳半のマキへと向けられた。


かつてない絶望的な沈黙が、部屋を支配する。

果たしてマキとリノの運命は!?


---


リノ「カレン様、いつお戻りに?」


カレン「つい一時間ほど前よ」


リノは極めて冷静だった。淡々とお茶を淹れ、湯気の立つカップをカレンの前に差し出す。その所作には、先ほどまでマキを弄り倒していた変態の片鱗すら見えない。


リノ「随分とお早い帰還でしたね」


カレン「あら? 私が早く帰ってきたらいけないかしら。……何か、困ることでもあるの?」


カレンは椅子に深く腰掛け、翡翠のような瞳でリノを射抜く。その視線は、部屋の隅々、そしてベッドに転がるマキの皮膚の赤みまでをもスキャンしているかのようだ。


リノ「また御冗談を。別に困ることなんてありませんよ。……それで、どうして私のところに?」


カレン「戻ってきて、国王陛下にご報告へ行く前に、マキ様に先に通しておこうと思ってね。でも、マキ様の部屋は閉鎖されていたわ。セシリアたちは揃いも揃って銭湯だし、隊長たちに聞けば『国家機密の特別任務で出張中』なんて抜かしている……」


カレンはゆっくりとお茶を口に含み、ふっと冷たい笑みを浮かべた。


カレン「マキ様が緊急で特別任務に就任し、主立った供も付けずに単身で出張? そんな不自然な話、私に通じると思っているのかしら。そしてリノを訪ねれば、あなたは魔導研究室に引っ越したと言う。来てみれば、この『育児室』のような惨状……。説明を伺いたいわね」


リノ「……こちらまで来られたのなら、私はカレン様に明日まで待てとは申しませんよ」


リノの瞳が、魔道士としての鋭利な光を放つ。


二人の天才による、一歩も引かない刺々しい舌戦。マキはそれを、ベッドの上で「あぶ、あー」と涎を垂らしながら、必死に指をしゃぶって見守るしかなかった。


マキ(カレン……恐ろしい女だ。もはや私が「赤ん坊」になっていることまで予測してここへ来たのか。だが、リノ……頼む! 意識が二十三歳のままだということと、貴様のあの不潔な愛撫のことだけは、何としても死守してくれ……!)


もし「意識がある」とバレれば、カレンは即座にマキを「観察対象」として扱い、自由を奪うだろう。そして「不潔な愛撫」がバレれば……。


カレンはカップを置くと、静かにマキの方へと歩み寄った。


カレン「……それで? そのベッドで転がっている『一歳半の団長様』は、自分の名前くらいは理解できているのかしら。それとも、中身まで完全に蕩けてしまったのかしらね」


カレンの鋭い眼差しが、マキの全身を見つめ、手を伸ばそうとしている。


マキの騎士人生、最大の「演技」が今、試されようとしていた。


---


リノ「そこまで見抜いておられるなら、軽々しく触れるのは不敬ですよ? カレン様」


リノが鋭く制した。その声には、単なる保護者以上の、一線を画すような緊張感が宿っている。


カレン「申し訳ないわね。私も実際には信じ難いと思っていたんだけどね。……まあ、リノ。今のあなたの発言で、マキ様には二十三歳の意識が残っていることは確定したわ」


マキ(ひ、ひいいっ! 一瞬! わずか一言の誘導でそこまで断定するのか!?)


マキは心の中で悲鳴を上げた。さすがは軍師、カレン。リノの「触れるのは不敬」という言葉の裏にある「中身が団長である」という前提を、瞬時に釣り上げたのだ。


だが、リノは動じない。お茶のカップを置くと、カレンを真っ向から見据えた。


リノ「カレン様。私がマキ様に二十三歳の意識があるから、敬意を持って接していると思っているのですか?」


カレン「否定しているけれど、違うの?」


リノ「はい。マキ様には騎士団長だった頃の記憶は残っていないと、私は判断しています。しかし、私のマキ様への敬意は、例え記憶がなくとも、魂が変わらぬ限り永遠に変わらないのです」


カレンは細い眉を寄せ、冷徹に分析を続ける。


カレン「人間が赤ん坊に戻るという現象は古文書クラスの禁忌。なぜあなたが記憶がないと言い切れるのかしら?」


リノ「……ないんです」


唐突に、リノの大きな瞳から、真珠のような大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。


リノ「カレン様……。これは、絶対に、絶対に口外しないと約束していただけますか?」


カレン「……事と次第によるわよ。でも、そんなに辛い話なら、無理に話さなくていいけど」


冷徹なカレンも、普段は鉄壁の理性を誇るリノが突然泣き出したことに、わずかな動揺を見せる。


リノ「くすん……ううう……うえーん! マキ様は、私のことも、名前も、全部忘れてしまったんですぅ……! 何しても‥‥昔みたいに叱ってくれないんですぅ……!!」


マキ(……リノ、貴様……!)


マキは驚愕した。

リノは今、「マキには記憶がない」という嘘を補強するために、「マキに忘れられて悲しんでいる健気な側近」を全力で演じ始めたのだ。


カレン「リ、リノ? 大丈夫……? 泣かないで、悪かった、私が無神経だったわね‥‥」


最強の軍師カレン、まさかの「女の涙」に大苦戦。


しかし、このままリノの「泣き落とし作戦」で、カレンの鋭い観察眼を誤魔化しきれるのか?


---


リノ「ふえぇん! カレン様に謝られたら……なおさら、なおさら私が惨めになりますぅ!! うわあぁぁん! カレン様ごめんなさい、私が付いておきながら……マキ様をこんな、こんな姿に……ごめんなさい、ごめんなさい……っ、ぐすん、ひっく」


カレン「ま、待ってリノ! 私は何もあなたを責めてる訳じゃない! だから泣くのはやめて!!」


あの、数万の敵軍を前にしても眉一つ動かさなかった冷徹軍師カレンが、完全に狼狽していた。


リノのなりふり構わぬ慟哭と、その「自責の念」に、カレンの鋭い追求心はみるみる削り取られていく。


マキ(……リノ、よくやった! あの冷酷非情のカレンも、身内の涙には弱かったのだな! よし、形勢逆転だ。リノ、そろそろ演技をやめていいぞ。そのへんにしておけ?)


マキは心の中でリノのファインプレーを称えた。だが、リノの勢いは止まらない。


リノ「ひっく、ううう……私……マキ様を守れなかった……何にも出来なかった……悔しくて、悲しくて……マキ様に申し訳なくて……本当に、本当にごめんなさい!! ふえぇぇん!!」


マキ(……だからリノ、もう演技は十分だ。リノ? おいリノ、聞いてるのか???)


マキはリノの様子に違和感を覚えた。その涙は、その震えは、もはや演技の域を超えているような――。


リノ「うううぅ……カレン様も、マキ様を私から引き離すつもりなんでしょ!? だから、だからここに来たんでしょ!? 私からマキ様を引き離すということは、私にこれから一生、マキ様への罪滅ぼしすらさせないのと同じ……それなら私、私……もう生きていけません! うわあぁぁん!!」


カレン「リノ、そうじゃない! そんなことしないから! ね? だから私の話を聞いて? 落ち着いて、ね? ね?」


カレンは必死にリノの肩を抱き、あやすように声をかける。


カレンの思考は今や「真相を暴く」ことから「目の前の泣きじゃくる後輩をなだめる」ことに完全にシフトしてしまった。


マキ(……リノ。お前、まさか……)


マキは気づいた。

リノのこの言葉は、半分はカレンを欺くための嘘だが、もう半分は――あの時、ヘイマーの魔法に無力だった自分への、本物の「絶望」と「後悔」なのだと。


そして、その罪悪感があるからこそ、今の「歪んだ献身」という名の暴走に拍車がかかっているのだと。


リノ「……うう、ひっく……。本当に、マキ様を私から取り上げないって、約束してくれますか……?」


カレン「約束する、約束するよリノ。あなたがこれほどまでにマキ様を想っているのなら、私が無理やり引き離すなんて道理に合わない。……申し訳なかった、あなたの忠誠心を疑うような真似をして」


カレンの言葉に、リノは顔を上げ、涙を拭った。その瞳には、一瞬だけ、いつもの「獲物を狙う狩人」の光が混じった気がしたが、カレンはそれに気づかない。


リノ「……ありがとうございます、カレン様。やっぱりカレン様は、お優しいですね」


マキ(……あ、こいつ、絶対最後の一言でカレンを「約束」という名の呪縛にハメたな。恐ろしい……恐ろしいぞリノ……!!)


こうして、最強の軍師は「リノの涙」によって、マキの秘密の一部を見逃すどころか、リノの最大の共犯者(という名の盾)に仕立て上げられようとしていた。


カレンは、自らの知略が通用しない「感情」の濁流に、完全に呑み込まれていた。


カレン「ようやく泣き止んでくれたわね、リノ。……だが、落ち着いて聞いてほしいのよ。マキ様の精神が二十三歳なのか、それとも退行してしまっているのかは、非常に重要な問題なの。正確に調べられていないはずでしょう?」


マキ(し、しつこい!! いつもそうだ!! やはりこやつは私の天敵だ……!)


ベッドの上で、マキは冷や汗を流しながらカレンの鉄壁の論理を恐れていた。


しかし、リノはさらなる「猛毒」を投入する。


リノ「ぐすん……確信はあります。マキ様には記憶はございません……」


カレン「なぜそう言い切れるの?」


リノは、伏せた目から一筋の涙を流しながら、この世の終わりを語るような悲壮な声で紡いだ。


リノ「あの日、動けないセシリア様達には見えてなかったかもしれませんが、私は見ました。マキ様は敵の魔道士に……まず、全裸にされました。そして、動けないことをいいことに、王国一のIカップの胸や、大きなお尻、大人の成熟したあそこまでを、舐め回すように品定めされたのです……」


マキ(げっ!? リノ貴様! いったい何を言い出すのだ!?)


カレン「な、何っ!? そ、そうだったの……!?」


カレンの声が上擦る。理論武装が崩れ、彼女の清廉な倫理観が悲鳴を上げた。


リノ「はい。それだけではありません。二十三歳から、二十二、二十一、二十と年齢が退行していく様を、まるで私に見せつけるようにして辱めました。大きな胸がみるみる萎んでいく様子や、大きなお尻が華奢になっていく様子、大人のあそこがみるみる『ちいちゃな可愛らしいわれめ』になっていく様子を、こと細かに解説しながら……っ!」


マキ(リノ貴様! やめろ!! お前が今、こと細かに解説しているだろうがぁ!!)


カレン「な、なんという辱めを……っ」


カレンは顔を真っ赤に染め、想像を絶する破廉恥な光景(リノの捏造)に耳を塞ぎたい衝動に駆られていた。


リノ「……もしマキ様に二十三歳の自我がお有りならば、部下の前でそのような辱めを受けたのなら、あのプライドの高いマキ様ならば……間違いなく、自ら命を絶たれるはず。そうされていないのは、中身が『赤ん坊』だからなのです」


カレン「う、うん……。確かに、そこまでされたのならば……マキ様の性格なら、そうなるわね。……そうか、記憶はないのね‥‥」


マキ(リノ貴様ぁ!!! 私は今すぐこの場から消え失せて命を絶ちたいわ!! お前の口のせいでな!!)


リノの思念『……もしもそうなってたら、私もお供させていただきますけどね』


リノが思念で、ゾッとするほど重い愛をマキに送る。


カレン「……分かったわ。リノ、あなたを信じるわ」


カレンは、かつてないほどの疲労感と羞恥心にまみれて、降参するように頷いた。


天才軍師カレン・シュナイゼル。

兵法や心理学の深淵を覗き、数多の戦局を左右してきた彼女は、実は「恋愛経験ゼロ」で「破廉恥な話題」には耐性皆無という致命的な弱点を、リノに完全に握られてしまったのだ。


カレン「……じゃあ、私は国王陛下に報告へ行ってくるわね。マキ様については、リノの言う通り、静かな環境で『赤ん坊』として育てるべきだと進言しておくわ」


ふらつきながら部屋を出ようとするカレン。だが、リノは追い打ちをかける。


リノ「ありがとうございます、カレン様。あ、そうだ……これからおむつ替えの時間なのですが、カレン様も『衛生管理』のチェックとして、マキ様のアソコちゃんの拭き掃除、見学されますか?」


カレン「け、結構よっ!!!」


カレンは脱兎のごとく逃げ出した。


マキ(助かった……。リノ、お前のその口、本当に恐ろしいぞ……)


マキが安堵の息を吐こうとした瞬間、リノが不敵に笑いながら覆いかぶさってきた。


リノ「ふふっ。さて、天敵も去りましたし……捏造した『敵魔道士による辱め』、今から私が本物にしてあげますね? マキ様」


マキ「うわあああああ! やめろおおおお!!」

今回もご覧いただいた方がおられましたら、本当にありがとうございます。


個々の登場人物に思い入れが出てくると、いろいろイメージが浮かんでくるものなんですね。


今後とも何卒お付き合いくださると嬉しいです。

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