第94話:何から伝えればいいのか
第94話「何から伝えればいいのか」
皇帝の間は、平和への第一歩というよりは、新しい「カオス」の拠点となりつつあった。
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エレン「あ、あの……皇帝陛下……エレンです……はじめまして……(ガタガタ)」
シャルロット「はじめまして、シャルロットです、龍神エレン殿ですね?先程は見事な先鋒でのご活躍、拝見させていただきましたよ?」
エレン「へ?は?、わ、わたし全然活躍なんか‥‥‥」
セシリア「ええい、へっぽこエレンめ! ハッキリ挨拶せぬか! 挨拶は道徳の基本だぞ!」
ジェームズ&エリーゼ(……一番道徳から程遠いあなたがそれを言ってもな……)
死線を潜り抜け、ようやく目を覚ましたエレンが、死ぬほど腰を低くして現れた。
そんな彼女に、かつての死闘の相手が声をかける。
シューベルト「よお? 目が覚めたか?」
エレン「ひいいっ!! ジ、ジェームズさん、こ、この怖い人、だ、誰ですかっ!?」
シューベルトに声を掛けられ更に恐怖で怯えるエレン。
シューベルト「はあ? シューベルトだ。忘れたとは言わせんぞ?」
エレン「シ、シ、シューベルトさん!? あ、あの大陸十傑の???」
シューベルト「ついさっき戦ったばかりだろーが……」
エレン「ひ、ひ、ひいいっ!? シューベルトさんとわたしが戦ったんですか???」
まったく噛み合わない会話に半ば呆れ返りながらシューベルトが言い放つ。
シューベルト「……ちっ、覚えてねーのかよ。お前、かなり根性あったし、なかなか良い勝負だったから、せっかく褒めてやろーと思ったのによ‥‥」
極限の恐怖と、寝落ちによる記憶の防衛本能。エレンは自分が大陸最強の武人と互角にやり合ったことを、綺麗さっぱり忘却していた。
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シャルロット「まあ‥‥シューベルトが相手を褒めるなんて……珍しい」
シャルロットがまさに目を白黒させて驚いいていた。
セシリア「まあ、へっぽこエレンはわたしの弟子の中ではまあまあ頑張ってるからな。まだへっぽこだが!」
セシリアの言葉を合図に、ジェームズとエリーゼがテキパキと動き出す。
彼らの手には、「アレクサンド騎士団幹部パネル」や「セシリア・ローランド公認ポスター」。
重厚な皇帝の壁が、またたく間にアレクサンドの「推し部屋」へと改装されていく。
シューベルト「ハイドンのところのジェームズと、トップアイドルのフルーティか。こいつらは知っている」
セシリア「そいつらもわたしの弟子だ」
シューベルト「ふん、剣の素質があるのは俺様も分かってたけどな……」
かつて敵同士だった彼らが、今は一つの部屋で(パネルを貼りながら)談笑する。それは奇妙だが、確かに平和な光景だった。
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そこへ、カレンがノルフェアのアイドルグッズメーカーの担当者を引き連れて颯爽と現れた。
カレン「皇帝陛下とシューベルトさん、早くこのアレクサンド騎士団隊服に着替えてくださるかしら?」
一同「!!!!!!」
カレン「帝国兵や民衆を納得させるには、『シューベルト様が格好良くアレクサンドの服を着ているポスター』が必須なのよ。あとシャルロット陛下も、イメージキャラクターとして撮影させていただきますね」
シューベルト「……。……。……俺様を、広告塔にする気か!?!?」
「最強の剣士」としての誇りが、カレンの「冷徹な広報戦略」によって、今まさに「最強のモデル」へと書き換えられようとしていた。
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平和の訪れとともに、帝都クレイドの戦場は「武力」から「支持率」へとその姿を変えていた。
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クレイド最大のショッピングモール「ショパンずラボ」。その一角にあるアイドルショップに、不審な影があった。
野球帽に眼鏡。どう見ても怪しいその人物――フルーレ・フォスターは、店内の公式ランキングを見て歯噛みしていた。
フルーレ「1位はマキ様、2位はセシリア様……そこまではいいっすよ。何でわたしが5位なんすか……。シルフィが3位で、4位がエレン? 何なんすかこれ……」
しかし、隠しきれない騎士のオーラは「ガチ勢」の目をごまかせなかった。
男性客「あの……違ってたらすみません、フルーレ様ですか?」
フルーレ「……(めんどくさい事になったっすね)……そうっすけど」
その瞬間、店内のボルテージが爆発した。
「本物だ!」「握手会やってくれ!」
押し寄せるファン、並べられる長机。最初は不貞腐れていたフルーレだったが、自分のアクスタやフィギュアが飛ぶように売れ、長蛇の列ができるのを見て、次第に口元が緩み始める。
フルーレ「ふん、やっぱりわたしの時代っすね……」
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だが、平和な時間は長くは続かない。店長を呼ぶ、消え入りそうな声が響いた。
エレン「あの……店長いらっしゃいますか? 新しく出来たシューベルト様のパネルを……」
清掃員のような格好でおどおどする女性。だが、クレイドの民は知っていた。彼女こそが、あの死闘(寝落ち)を戦い抜いた「最強の一般市民」であることを。
男性客「もしかして……エレン様!? このパネルとそっくりだ!!」
男性客「本物のエレン様が来てるぞおおお!!!」
凄まじい「エレンコール」。店内の反対側に急造されたエレンの長机には、フルーレの列を遥かに凌ぐ勢いで行列が伸びていく。
さらに悲劇は続く。フルーレの列に並んでいたファンが、間違えてエレンの列に並んでしまう事態が発生。
男性客「間違えて並んだけど、エレン様の清楚で丁寧な対応に……俺、乗り換えちゃうわ!」
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鬼神をも凌ぐ殺意
フルーレ「(ピキピキ)……エレン、これが終わったら、ちょっと話があるっすけどいいっすか?」
フルーレから放たれる、シューベルトの『魔王モード』すら生ぬるいほどのドス黒い殺気。
エレン「ひいいっ!!? こ、この後、隣(フルーレ様)にも並んでくださいねっ……!?」
男性客「……なんか隣、魔王の城より怖いから帰るわ。エレン様、またね!」
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数時間後。皇居内のアレクサンド騎士団の宿舎には、幽霊のような足取りですすり泣きながら帰還するエレンの姿があった。
マキ「総選挙でもないのにこれか……。やってたらどうなっていたことか。……あ、現時点ではリノは6位だったか‥‥」
リノ(思念)「わたしもちょっとだけエレン様とお話があるので、行ってきますね。てへっ♡」
マキ「やめて差し上げろ!!!!!」
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クレイド制圧から二日が経過した。しかし、アレクサンド騎士団の動きは、軍事的なそれとはかけ離れた方向へ加速していた。
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シャルロット「あの、無条件降伏の和平調停にはいつ出るのですか? 今日でもう二日過ぎましたが……」
カレン「二日目ですか。まだ慌てなくていいですよ」
カレンは手元の書類を優雅にめくりながら、事もなげに答えた。
シャルロット「そ、そうなんですか……(一国の皇帝として、この放置プレイは不安になるのだが……)」
そこへ、戦うこと以上に「楽しむこと」を優先する騎士団の切り込み隊長が乱入する。
セシリア「シャルロット! 今晩の晩ごはんはクレイドの繁華街に行くぞ!!」
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クレイド繁華街、庶民の味方「ホルモン牛牛」。
暖簾をくぐれば、立ち込める煙と脂の香りが帝都の緊張感を吹き飛ばしていた。
エレン「……陛下を下町のホルモン屋なんかに連れてきて、危なくないのですかね……」
カレン「襲う勇気のある暴漢がいたら、の話だけどね」
シャルロットのテーブルには、セシリア、シューベルト、ショパン、メンデルという、一国を数分で焦土に変えかねない「生ける伝説」たちが集結していた。
マキ「あの面子を見知ってても襲いかかるようなイカれた奴は、まあセシリアぐらいのものだが……そのセシリアが既に味方だからな‥‥」
リノ(思念)「桃太郎と犬・猿・キジ、そして『鬼の総大将』が一緒にご飯食べてる絵面ですからね。そこに襲いかかる暴漢がいたら見てみたいですよー、てへっ♡」
マキ「‥‥‥イメージを想像してしまったが、かなり凄まじい絵面だ‥‥‥」
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セシリア「おい! へっぽこエレン! お前もこのテーブルだ! 早く来い!!」
エレン「ひいいっ!!! な、な、何でわたしが!?」
ハナ「一人分空いてるからね、頑張ってね(微笑みながら慈悲はない)」
フルーレ「フフフ、早く行くっすよ(昨日の恨みを込めた目で背中を押す)」
エレン「……。……。労災は……降りるんですかね……」
カレン「降りるわけないでしょ」
大陸十傑の三英雄と、琥珀色の鬼神、そしてゼッターランド帝国の皇帝。
その中心に「へっぽこ」が放り込まれるという、後世の歴史家が「世界で最も胃に悪い晩餐会」と呼ぶであろう、壮絶な焼ホルモンパーティーの火蓋が切って落とされた。
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帝都の夜、煙る「ホルモン牛牛」。
大陸を震わせる「十傑」と「英雄」たちが、一人の少女が焼く網を囲んでいた。
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セシリア「牛ホルモンを20人前、レバー、センマイ、ミノ、テッチャンを10人前、焼き野菜盛りを5皿、キムチを5人前、白メシ大盛り5人前だ! あと、わたしはレバ刺しとセン刺しを食べるが、シャルロットも食うか?」
シャルロット「初めて聞くものばかりでよく分かりませんが、ぜひ」
シューベルト「……何かめちゃくちゃ注文してたが、大丈夫なのかよ」
メンデル「あはは、その心配は全然いらないと思うよー」
ショパン「何やらここの伝統では、ツッコミを入れたら負けらしいぞ」
エレン(……その通りです……)
必死にトングを操り、脂の乗ったホルモンを焦がさぬよう立ち回るエレンの呟きは、虚空に消えた。
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シューベルト「しかし、このホルモン焼きとかいうの、初めて食べるんだが大丈夫なのか……? ていうかなんで外食がこの店なんだ……?」
ショパン「私も初めてだよ……。何やらグロいのばかりだが……」
メンデル「僕も初めてだな〜。まあ、この子たちが食べるものはみんな美味しいから、大丈夫だと思うよ〜」
期待と不安が入り混じる英雄たちの前で、シャルロットが「レバ刺し」を口に運ぶ。
シャルロット「……! このレバ刺しって、こんなに美味しいんだ!? ごま油というやつと塩が、こんなに合うなんて!」
セシリア「フフフ、そうであろう? 焼きレバーもまた美味だぞ。おいエレンよ、まだ焼けぬのか?」
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エレン「……レバーはもう焼けましたよ。他はまだです……(死んだ魚の目)」
シューベルト「おい、エレンとやら。やけに手慣れてるな。食べ慣れてるのか?」
エレン「ひっ! わ、わたしは一般市民ですから、常にこういうのしか食べてきてませんので……!」
シューベルト「そういや一般市民がどうとかぬかしてたな。……本当に何も覚えてねーのか?」
エレン「い、意識があったら、十傑に一騎打ちなんか挑みませんよぉ……」
シューベルト「フッ……。本当に変なヤツだ」
魔王シューベルトに「変なヤツ」と認められる光栄(?)を浴びながら、エレンは網の上の黄金比を完成させた。
エレン「……ホルモン、一斉に焼けました……」
この時、エレンはまだ知らなかった。
網の上で弾ける脂が、この後、戦場よりも凄惨な「争奪戦」の火種になるということを。
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