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第六章 巡る議論【前編】

 綾陽君ヌンヤングンが退出して行くと、フェイジェンが開きっぱなしになっていた扉を閉じる。それを瞬時、目の端に捉えると、シアはナギョンのほうへ向き直った。

「――で、あんたは、どうするつもりだ」

 と尋ねると、「どうするって?」と反問が返る。

「俺に復讐したかったんだろ」

 直線的に問いを重ねると、ナギョンはしばらく考え込んだあと、「分からない」と答えた。

「分からないって?」

「だって……そもそも、どうしてお父様はあなたの暗殺の命令を届けに行く羽目になったの? 全然関係ないじゃない」

「それは……」

 シアは、フィギルの死に際の言葉を思い返す。

 彼は、『幼いシアに、現国王殿下の為に死んで欲しいと望んだ』とは言ったが、言われてみれば確かに、七庶獄事チルソオクサにどう関わったか、というところまでは言わなかった。言ういとまもなく、息を引き取ったのだ。

「……俺も、詳しいことは分からない。ただ、前に義禁府ウィグムブにあった記録を見たら、あんたの父上は当時左補盗庁(チャポドチョン)大将テジャンで、事件捜査に関わったって書いてあった。ほかに事件捜査を担当したヤツの中に、イチョムやチョン・ハンの名前もあったから、謀反事件のでっち上げに加担した、もしくは黙認した可能性は高いと思ってる」

「ウチの父を侮辱するの? お父様はね、曲がったことが大嫌いなのよ。あのお父様が、不正に加担したなんて、考えられない」

「もし、家族を人質に取られてたら?」

「はあ?」

「ソボンに聞いたことがある。あんたんトコ、一番上の姉上が大北テブク派の末端両班(ヤンバン)の家に嫁いでるんだったな」

「そ、……そうだけど」

「二番目の姉上は、キム・ゲシ提調尚宮チェジョサングンの筆頭内人(ナイン)、三番目の姉上は良媛ヤンウォン様だったな。良媛様には御子もいるって聞いてるけど」

「それが何?」

 早くも苛立った口調で返すナギョンを、シアは静かに見つめ返した。

「つまり、あんたの父上にとっては、あんたを除いた娘が全員、イチョムの息の掛かった人間に縁づいてるってことだよ。世子嬪セジャビン様は、イチョムの孫娘だしな」

「何が言いたいのよ」

「七庶獄事の謀反事件……つまり、俺が担ぎ上げられたとされる謀反事件をでっち上げた、不正の中心人物はイチョムだ。ちょくに、『お前の娘たちをしちに取ってるぞ』って言われなかったとしても、あんたの父上にイチョムが、『謀反事件に仕立てることに協力しろ』って言ったら、断れると思うか?」

「それは……でも、その七庶獄事とやらは、本当に謀反事件だったのかも知れないでしょ。だったら、お父様は正当な処罰をなさったんだわ」

「正当な処罰だったら、俺を流刑にした時点で事件は終わってるはずだ。連座で俺の母上や姉上、母方の親戚まで処罰されたんだから、その一年後、俺にわざわざとどめ刺す必要なんてねぇだろ」

「そ、そうだけど……」

「しかも俺は焼き殺され掛けたのに、義禁府の記録には『病死』ってしるされてる。病死でも寿命でも、とにかく焼き殺したはずの俺を自然死で処理しなきゃならないなんて、不自然すぎると思わねぇか?」

 早々(そうそう)に反論が尽きたらしいナギョンは、伏せた瞼の下で、目をウロウロと泳がせている。そんな彼女に、シアは畳み掛けた。

「それに、これは又聞きの話だけど、七庶獄事は最初、単純な強盗殺人事件だった。それが、あれよという永昌ヨンチャン大君テグン推戴謀反事件に変わっちまったって話だ。義禁府の記録にも、捕まった連中は最初、全員が謀反を否定してたのに、頭目が証言を翻して、更に副頭目も、彼自身の家族が目の前で拷問されるのに耐え兼ねて、謀反を認めたって書いてあった。あんたはどう思う?」

 ナギョンは、目線を下げたまま、唇を噛んだ。

 多分、自身の父親(フィギル)が関わっていなければ、『それはおかしい』と即座に口にしただろう。しかし、りにってフィギルが関わっている為、『おかしいことに自分の父が関わっている』などと信じたくないし、言いたくない、と言ったところだろうか。

 しばしの沈黙を挟んだのち、

「しっ、証拠はあるのっ!?」

 半ば逆ギレ気味に問い返して来た。

「証拠だ?」

 鸚鵡オウムがえしに問うて眉根を寄せると、ナギョンは殊更目を剥いてまくし立てる。

「そうよ! イ大監テガムが、そもそも捏ち上げを目論んだって証拠よ! あたしもさっきは頭に血がのぼったまま、イ大監が悪巧みしたとか言っちゃったけど、あんた、決め付けてない!? 巻き添え食ったなら、そう思っても無理ないけど、本当に謀反事件だったのかも知れないでしょ?」

 最後の言葉に含まれた、どこか哀れむような色に、シアは覚えず冷えたわらいを漏らした。

「そっちこそ、父親が絶対に悪事に関わってないって思い込みたいのは分かるけど、こっちには証拠がある」

「証拠って?」

「七庶獄事で謀反事件を偽証するよう頼まれた男に渡された、イチョム直筆の念書だ。偽証が、イチョムの指示によるモンだっていうな」

「嘘!」

「あんたに渡したら握り潰され兼ねないから、ここで見せるのはやめとく。でも、念書のほかに、状況証拠もある」

「どんな証拠よ」

「話せば長くなるし、事実を知れば知るだけ、あんたとあんたの母上の危険度は増す。俺個人としちゃ、それは避けたいんだけどな」

「もう遅いわよっ!! そもそもガッツリ聞いちゃったけど、反正パンジョンって何の話!?」

 痛いところを寸分の狂いなく突っ込まれ、飲み食いしている最中さなかでもないのにせそうになる。

「それに、今手持ちの断片的な情報さえあれば、あたしあとは自分で調べられる環境はあるの。でも、あんたが本当に永昌大君サマなら、それで噂が広まったら嫌なんじゃない?」

 更に、ついさっき脳内で思ったことを、当の本人に指摘され、溜息が漏れた。

(……前にも覚えがあるやり取りだな、コレ……)

 記憶が戻ったあと、トン商団の行首ヘンス・パンシクと交わした会話を思い出す。ただ、パンシクはここまで露骨には言わなかった(露骨でない分、却って恐ろしかったが)。

「……分かった。但し、覚悟しろよ。知ったからには、あんたも立場はっきりさせなきゃなんなくなる。あんたの母上もな」

 側頭部を掻き上げながら、溜息交じりに言うと、「どういう意味よ」と、『キョトン』と喧嘩腰を、程よく混ぜたような声音が返る。

「さっきあんた言ったよな。『反正って何の話だ』って」

「言ったわね」

「あと、俺が本当に永昌大君ならって言ったけど、あんた、俺らの話、どの辺まで信じてる?」

「ど、どの辺までって」

 それまでの勢いが急にしぼむように、ナギョンは何度目かで目を伏せ、視線を左右させる。

「あんたがどう思おうと、俺が七歳まで永昌大君って呼ばれてたのは、紛れもない事実だ。本名が、イ・ウィってこともな。今はその地位を剥奪されてるけど、先王殿下の正妃が俺の産みの母上だってことも、先王殿下唯一の公主コンジュ様が俺の同母の姉上だってこともだ。成り行き上、母上と貞明チョンミョン姉上には生存を明かしてあるし、ほかにも何人か、生存をご存知の姉上がいる。俺の素性についての裏取りは、彼女たちに聞き合わせてくれてもいい」

「……それで、ウチの父が、あんたの失脚事件の捏ち上げに関わったって証拠は?」

「物証はない。あくまでも状況証拠と、あんたの父上の死に際の言葉を俺が聞いたってだけの話だ。それを信じるも信じないもあんたの自由だけど、話す前に言っとく。これでもし、あんたが永昌大君おれの生存をイチョムのトコに垂れ込むなら、あの人の娘でも自由にはしておけない。とは言え、死んでもらうのはさすがに気が進まないから、コトが終わるまで、どっかに監禁させてもらう。全貌知りたいなら、そのつもりでいろよ」

 冷え切った視線で見据えると、ナギョンは分かり易く表情を硬くさせた。そこまで覚悟の要る話だと思っていなかったのだろう。

 仮にも、長年行方不明だった父親が遺体で戻って来たこと自体、軽く考えていたようだ。

「断っとくけど、もし『じゃあ、知らなくていい』とか言っといて、ここ出たあとで嗅ぎ回ってるのが分かったら、あんたの母上ごとふん捕まえてやっぱり監禁だ。こちとら、俺自身だけじゃなく、周りの命と名誉の回復が懸かってる。甘い線引きできるトコ、とっくに越えてるんでな」

 ナギョンは、顔を強張こわばらせたまま、また何度目かで視線を泳がせた。どう答えるべきかを考えているらしい。

「早く決めろよ。これも先に言っとくけど、あんたの母上ごと拉致監禁したとしたら、あんたの姉上たちにも累が及ぶの、忘れんなよ。あんたたちは、イチョムの監視下にあるんだ。ある日突然、行き先も告げずに欠勤したら、そのあとイチョムがどう出るか、考えるまでもないだろ」

「か、考えるまでもないって……いくら何でも、殺したりまでは」

「まず、一人は殺すだろうな。恐らく、一番上の姉上を、だ。そして、あんたたちの耳に入る程度に、その噂を流す。あんたたちが出て来なかったら、もう一人……多分、真ん中の姉上を殺すぞって言う脅迫付きでな」

「そんな、」

「あんた、今の今まで、名目上とは言え官婢クァンビとして生活して、補盗庁ポドチョン茶母タモまでやってたクセに、相当ソートー甘い環境にいたんだな。羨ましいわ」

 はっ、と投げるように息をいて、腕組みする。

「あっ、甘い環境って」

「だってそうだろ? 犯罪捜査に関わるよーなトコにいて、悪事をたくらむやからの行動予測が付かねぇって……実は裏社会見たことねぇんじゃねぇかって、割と本気で疑ってるけど」

「そっ、そんなわけないでしょ!」

「だろーな。独自の情報網があるって豪語するくらいだから、まあ踏み込んだことがない、ことはねぇとは思うけど」

 耳の辺りへ、髪を掻き上げる仕草をしながらあっさりと言うと、ナギョンは今度は拍子抜けの表情になる。

「そんでも、悪人は捕まえて、典獄署チョノクソ〔刑務所〕にでも放り込んどきゃ、出所する頃には勝手に改心する、とかおめでたいこと考えてねぇか?」

 まさに図星だったのか、ナギョンは「んんっ」と喉の奥で呻くような声を漏らした。

「……話が大幅に逸れたから、元に戻すけど。どうするんだ?」

「……どっ、どうするって」

「あんたの父上が、イチョムのたくらみに加担してたか、そもそもイチョムが本当に陰謀を巡らせたのかを、聞くのか聞かないのか。選択肢は二択だ。前者ならその先、協力するんじゃなければ、俺はあんたとあんたの母上をイチョムたちの手が及ばない場所に監禁させてもらう。さっきも言った通り、こっちも命懸かってるからな」

 顎を引くようにしてめ上げると、ナギョンは何度目かで顔を強張こわばらせる。

「後者なら、絶対に嗅ぎ回るな。俺もあんたを信用できねぇから、当面は護衛も兼ねて監視を付けさせてもらう」

「そんな、」

「私生活の監視なんて嫌だ、とか今更言うなよ。何度も言うようだけど、あんたたちは今もイチョムの監視下にいるはずだ。私生活の監視、なんて、今まで通りなんだからな。監視の目が増えるかどうか、ってだけの話で」

「ひどい……」

 ナギョンは眉尻を下げ、泣き出しそうな目でこちらを睨み返した。だが、同情はこれっぽっちも湧かない。

「こっちがいじめてるみたいな顔、しないでくれないか。そーゆー顔で見れば、こっちがオロオロした挙げ句に、あんたの思惑通り、あんたの知りたいことベラベラ喋ると思ってんなら甘いぜ。くどいようだけど、こちとら八歳ん時から常に命張ってんだ。いくらあんたがあの人の娘でも、あんたの糾察キュチャル〔探偵行為〕ごっこに付き合ってやる義理も義務もヒマもねぇ」

 再度、図星を指されたような顔になった彼女は、唇の端を押し下げるように引き結んだ。そして目を伏せ、何度目かの長い沈黙の末に、「考える時間が欲しい」と低い声で告げる。

「どんくらい? 持ち帰りとか言ったら、即はっ倒して寝かせるぞ」

 またしてもその通りのことを言うところだったのか、彼女の眉根にしわが寄った。

「……何でそんなに逃げ道塞ぐのよ」

「こっちの喉元にやいば向けてる人間に、あんたなら手加減すんのか」

「あたし、あんたに刃なんか向けてないけど。今日は刀も持ってないし」

「そーいう意味じゃねぇ。あんたの持ってる手札の使いようによっちゃ、こっちの息の根が止まるって意味だよ。文字通りな。これも何度も言うようだけど、俺だけならともかく、俺が倒れたら周りがどれだけの範囲巻き込まれるか分からねぇんでな。悪いが、言葉のやり取りだけに見えても、こっちはいつも真剣勝負だ」

 まだ納得がいってないのか、彼女の眉間のしわは深くなり、唇が尖る。

「ちょっと大袈裟じゃ?」

「大袈裟だと思うか? 忘れてるみたいだから言うけど、俺は本来なら江華島カンファドの流刑先にいなきゃなんない身だ。殺され掛けて記憶がぶっ飛んで、その自覚もなかったけど、生きてるって朝廷に知れた日には、逃亡罪人として捕縛される。この状況、命懸けじゃなくて何て言えばいいんだ?」

「……そんなの、記憶が戻った時点で出頭すればよかったんじゃ」

「即刻首が飛ぶかも知れないのにか」

「出頭してみないと分からないでしょ」

「それまでにも散々命狙われてたのに、出頭したら文字通り首が飛ぶ以外の何が想像できると思ってんだ? 選択肢増やしても、毒薬賜るか首吊りか、どれ選んでも死以外の結末がないのに?」

「だからって、あたしの行動束縛するとかやり過ぎじゃ」

「いい加減にしろよ」

 ついに、苛立ちが頂点に達し、滅多に出ない低い声が滑り出る。ナギョンが目を見開いた直後には、彼女の胸倉を、容赦なく掴み上げていた。

「あの人の娘だから下手に出てやりゃいい気になりやがって。あんたに自分で選べる権利なんて、始めっからねぇんだよ。ノコノコここにやって来た時点でな」

「どういう、」

「さっきから言ってるだろ。あんたはイチョムに監視されてるはずだ。今頃アイツの間者は、あんたの行動の意味が分からないながらも飼い主んトコに報告に行ってるだろーぜ。ここの場所だって、とっくに割れてる。こんなこと、今更言っても遅いけど、あんたの考えなしな行動のお陰で、こっちはまた一つ、貴重な拠点を失うんだ」

 苛立ちに任せ、彼女を突き飛ばすように解放すると、「誰か!」と外に向かって呼ばわる。

 ナギョンが何か反応するより早く障子戸が開いて、シベクが顔を見せた。

「お呼びでしょうか、大君様」

「すぐに香月楼ここ引き払うぞ。なるべく目立たないように、今夜中に全部(カラ)にしろ」

 多くを説明しなくとも、シベクにはすべて呑み込めているようだった。「は」と短く答えて頭を下げる。

「各自、近場の拠点に散って、そのあとはこれまで通り生活してくれ。何かあったら、ミョンギルを通じて連絡する」

「分かりました」

 返事をしたシベクは、チラリとナギョンに目を向けた。その視線を受け、シアはまた口をひらく。

「コイツは、ひとまずあんたが連れて出てくれるか。守りの堅い拠点に軟禁だ。それと、コイツの母親も、誰かに迎えに行かせてくれ」

「承知致しました、ただちに」

「ちょっと待ってよ!」

 しばし、会話に置いて行かれたナギョンが、悲鳴のような声で割って入った。

「いい加減にするのはあんたよ! 見掛けだけ感謝と謝罪しといて、結局ソレ? ヒトの父親死なせといて、反省する気なんてなかったってことよね!!」

 シアが息を呑むのと、パン! という乾いた音が上がるのとは、ほぼ同時だった。反射で音源を見直すと、明らかにフェイジェンがナギョンを引っぱたいたあとの図が目に飛び込んで来る。

 目を見開いたまま、顔の角度が変わっていたナギョンは、ノロノロと頬に手を当て、フェイジェンのほうへ目を向ける。

「……何するのよ」

「あんた、ここまでの事情、ちゃんと理解できてる? フィギルおじ様がシアを連れて消息を絶たざるを得なかった理由、あたし説明したわよね?」

 ナギョンの『何する』に答えることなく、フェイジェンが冷ややかに告げた。声の温度にされたのか、ナギョンはまたも視線を泳がせる。

「それは……だから、焼き殺す予定だったこの子を結局助けたからで……」

「それで? シアを焼き殺そうとしたのは、一体誰だった?」

「えっと……チョン大将テジャン様と、……イ・ヂョンピョ……」

「ほかには?」

「あっ、あたしの父は、結局助けたんじゃない!」

「助ける前には素直に暗殺の命令をチョン・ハンに届けたし、更にその一年前には、強盗殺人事件を謀反事件にでっち上げるのに手を貸してる。もし、七庶獄事チルソオクサが起きた時、あんたのお父様の愚行がなかったとしたら、今頃シアはまだ王子だったし、あんたのお父様もあんたたち家族と一緒にいたでしょうね」

 イチョムたちが、シアを潰そうと目論んでいた以上、必ずしもシアが未だ王族だったかどうかは分からない。が、フェイジェンは、その場の誰もそれを突っ込むを与えなかった。

「つまり、フィギルおじ様の失踪の原因がシアにあるっていう、綾陽君様の言い分は的外れよ。元々、陰謀企てたほうが十割悪いに決まってるでしょ」

「だから、その証拠がないって言ってるの! 状況証拠ならあるって言い張る割にはそれを話そうとしないし、もうウンザリよ! オマケに一方的に引っぱたくし!」

 当てていた頬の痛みでも思い出したのか、チラッと頬へ目を向けたナギョンは、フェイジェンを睨み付けた。

「一発、叩き返させてもらっていいよね? あたし、悪くないのに叩かれたんだから」

 言うなり、ナギョンは手を振り上げる。しかし、フェイジェンは飛んで来たナギョンの手首を掴み、足許を払った。

 キャッという悲鳴と共に、ナギョンはフェイジェンに右手首を掴まれたまま、尻餅を突く。

「ッ、いった! 何するのよ!」

「だって攻撃されたんだから、防御しなくちゃ」

「何言ってるの!? あたしは何もしてないのに被害を受けてるの! 黙って叩かれるのが筋でしょ!」

「――光海クァンヘ兄上の即位翌年。最初の被害者が出た」

 シアが、出し抜けに口をひらく。ほぼ仰向けに寝そべったまま、こちらを見上げたナギョンは、眉根をピクリと寄せた。

「何の話?」

「どうせ今から軟禁させてもらうんだ。何にも知らないままじゃ、さすがに割に合わねぇだろ」

 吐息混じりに返すと、うなじの辺りに手をやりながら、シアは言葉を継ぐ。

「迎えが整うまで、ちょっと時間もありそうだからな。待ってるあいだの暇潰しだ」

 いつのにか、部屋をあとにしたシベクが消えた室内で、障子戸が閉まっているのを確認すると、シアはまだうずくまったままのナギョンに視線を戻した。


©神蔵 眞吹2026.

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