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名無しの英雄と忘却の手記  作者: クスノキ
第一章 12歳〈子どもの頃〉
8/22

第七話 忘却

 これで一章は終わりになります。少し短めかも。

「あれー?反応がないなぁ。もしかして妹ちゃんの死に様見て死んじゃった?そんなわけないよね~。…ほら、さっさと起きろよ」

 ゲシゲシと、倒れたまま動かないリスィの横腹を魔物は蹴り続ける。が、全く反応を返さないリスィに魔物は飽きてきたようだった。

「ちぇっ。もういいや。こいつ殺して…」

 白けた顔で魔物は血に濡れた鉈を振り上げる。だがその鉈は夜空を指して止まった。


「あれ?俺は一体何を」

 呆けてしまったかのような魔物の声。視線がリスィから外れて虚空を彷徨う。その隙を狙ったかのようにリスィが跳ね起きた。

「あ…は?」

 鉈を振り上げた体勢のまま、口をポカンと開けて間抜けな顏を見せる魔物。リスィは大怪我したままの両足で、主を失い転がっているままの槍のもとへ駆けよった。


「よくも…」

 槍に向かって滑り込むように跳び付き、槍を手に取って両手で構える。リスィが最も慣れている構え。心臓狙い、左半身の構えを取る。

「おま…」

「よくもリズを!」

「えは」

 滑るような歩法で体を前に押し出す。その動きは奇しくもアルミタが魔物相手にやってみせた縮地によく似ていた。槍の間合いに魔物が入る。リスィはこみ上げてくる衝動のままに、槍の穂先を魔物目がけて突き出した。

()()!?」

 突き出された槍ととっさに振り下ろされた鉈が、すさまじい音を立てて衝突する。



 リスィの視界は涙で歪んでいた。近くに転がるモノ。それが妹の成れの果てだとは思いたくない。

 けれどもう現実から目を背けることはできないのだ。妹は、リズは死んだ。そしてリスィは何者かになった。人でありながらしかし、人ならざる何者かに。

 深く切られた足で動けているのがその証拠だ。怪力の魔物と槍で打ち合えているのがその証拠だ。リスィは視覚や聴覚の他にまた別の感覚を手に入れたかのような感覚を味わっていた。その力を耳をすませるように何かを定め、目を動かすように行使し続ける。

 リスィは新たに得た感覚を乱用しながら魔物と戦う。そうでなければあっという間に殺されてしまうだろう。妹のように、むごたらしい死体をさらすことになるのだろう。それはできない。妹の復讐を遂げるまでは、リスィは死ねない。

 本能の部分で扱いを理解できる槍を巧みに操って、リスィはリズを殺した魔物を追い詰める。


「くっ!くっ!くそ!」

 頭狙いの突きは振り上げられた鉈で外される。振り下ろした槍は避けられる。薙ぐように押し出した石突はしゃがみ込んでかわされた。

「な、めるなぁ!!」

 ボコンと魔物の鉈を握る腕が膨張した。今までとは比べ物にならないほどの速度と威力を備えた一打が襲い掛かる。


 リスィは迫りくる鉈の軌道に意識を傾ける。思考が加速し、世界が停滞を始める。恐るべき力のこもった鉈がリスィの腹部に向かってゆっくりと一直線に飛んでくる。その軌道がはっきりと見えた。

 リスィは手元の槍を引き上げた。鉈の動き以上に、槍の動きは緩やかだ。このままでは槍は鉈に触れるだけで、防御などできようはずもない。だがそれでいい。それで十分だった。

 15セルチ。10セルチ。5、4、3、2、1…0。槍と鉈が接触する。同時に新たに目覚めた力を使う。


 世界は鉈の重さを忘れる。


リスィの槍は魔物の鉈を弾き飛ばした。

「!!??!?!」

 まさか守られるどころか、弾かれるとは思っていなかったのだろう。魔物の馬面に驚愕が浮かぶ。


「なんで!」

「ああああああああああ!!」

 驚愕。それはつまり隙だ。リスィは雄叫びを上げながら槍を回転させて魔物に斬りつける。反応が一瞬遅れ、魔物の胸に浅い傷が走った。

「かっ…この俺が人間の子どもごときに」

「黙れぇぇぇぇぇぇ!」

 魔物は短く息を飲み、小さく後退る。その一歩は紛れもない「逃げ」の一歩だった。しかし怒りに支配されたリスィがその逃げを許すはずがない。


「ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 リスィは大きく一歩踏みこむ。魔物が中途半端に鉈をかざす。防がれる。させるものか。リスィはまた力を使う。


 防御することを忘れる。


「ぐ…」

 目的を失って混乱した魔物は手を動かすことを止める。リスィは深々と槍を魔物に突き刺し、すぐ引き抜いた。

「なめるな化け物!」

 続けざま、リスィは力を行使。


 今戦っていることを忘れる。


 魔物は寸の間呆けた顔をする。掲げた鉈がダラリと落ちる。振り回した槍が魔物の喉元に深い傷を作る。だが首を刈り取るには至らない。足りないんだ。何が。技量がだ。


 リスィは己の内側に意識を巡らせる。想像するのは美しい弧を描いて憎き相手の命を奪う槍。求めているのはその方法。その方法はすぐさま思い当たり、リスィは体の力を抜いた。

(余計な(りき)みは刃を曇らせる。心を空に。力を込めるのはほんの一瞬。刃を奔らせろ)

 ピッと槍が鋭い軌道を描いて魔物を通り抜ける。後に続くのは鮮血。魔物の腹に深い傷が入った。

「こふっ…」

 深手だ。魔物は口から大量の血を流す。そうか。魔物でも血は流すのか。今更ながらにそんなことを考えながらも、当然の如く体は止まらない。



「しっ!」

 切る。切る。切る。縦横無尽に刃を巡らせ、その度に魔物の体から血が流れる。

「こ、のぉ。クソガァ!!」

 腕を裂かれ、胸を裂かれ、額を裂かれ、何度も切り裂かれて魔物は全身から血を流す。魔物は命の危機を感じていた。そして冗談じゃないとも。

(どうしてこの俺がこんな目に。俺は、俺たちは!今から魔神様の元で人間を殺して、殺して、殺せるはずだろう!?なのになんでこんなガキに殺されそうに…)


 ()()()()()()()()()()()少女をいたぶって殺していた時に、突如として襲い掛かってきた少年。中途半端に腕が立ち、しかも得体の知れない技を使う。さらに自分に対してよく分からない憎しみすら抱いているというおまけつきだ。

「やって…られるか!」

 悔しいが劣勢だ。魔物は翼を広げて空へ飛び立つ。背中についている羽は飾りではないのだ。実用性を兼ね備えているから、飛ぶことだってできる。

 バサリと翼をはためかせ、魔物の体は浮きあがった。空を飛ぶのは久しぶりだが、無事飛べた。悔しいが撤退だ。魔物は上空から少年の姿を眺める。地上の少年と目が合い、魔物はゾッとした。

「あ゛…?」

 少年の口がかすかに動いて、何か言葉をつぶやいた。と同時に魔物は空中で体勢を崩す。


 空を飛べることを忘れる。


 今まで自分は何をしていた?なぜ空中にいる?どうやってだ。どうやって俺は空を飛んだ。空を飛ぶ方法なんて知らないのに。

 頭の中が疑問で埋めつくされる。魔物は傾き落下した。顔が下を向く。そこで見えたのは憎しみに顏をゆがめ、槍を自分の心臓めがけて突き出す少年の姿だった。


   *


「ごめん。ごめんな」

 馬面の魔物を殺したリスィは、リズの亡骸のそばに跪いて涙を流した。口からこぼれるのは「ごめん」という謝罪の言葉だけ。あれほど愛らしかったリズは見るも無残な姿にされており、原型をとどめていない。それがリスィの心を深く、深く、痛めつける。

 獣型の魔物よりもずっと強い半人型の魔物を倒したことへの喜びなんてまるでない。リスィの中にあるのは強烈な後悔と無力感だけだった。


『背負いし“業”の(わざ)を知ったか』

 どこからか、そんな言葉が聞こえてきた。


「…僕はもう行くよ」

 少しの間リズのそばで泣いてから、リスィは立ち上がった。そして視線を遠くの方へ向ける。そこに見えるのは厭らしい笑みを浮かべた獣のなりをした魔物。

 数は20程だろうか。リスィはごくりと唾を飲みこんだ。

「僕は…」

 手に入れた力が何なのか、その正体はまだ知らない。だが状況が状況だ。…やるしかない。


 リスィは両足を見た。足の怪我はそのまま。なのに足は問題なく動く。これは気味の悪い事この上なかったが、使えるならいいやと思うことにする。

 リスィは槍を構え、魔物の群れに向かっていった。()()。その力の代償が一体何なのかを彼が知るのは、もう少し後のことだ。


   *


「ふぅ」

 背後から奇襲してきた犬の魔物の頭に剣を突き刺してから、アルミタはため息をついた。彼女の周りには何十もの魔物の死体。それらは全てアルミタが一人で成し遂げたことだ。

 日は落ちて、薄暗い闇が広がっている。長い間この道を通ってくる魔物を殺し続けたからかなり疲労が溜まってしまっている。

「はぁ、はぁ。…いい加減一人じゃ限界か。皆のところへ戻ろう」

 道場の門下生たちの集合場所は中央の道場だ。そしておそらく生き残っている町の人のほとんどがそこにいる。


「リズちゃんは無事かな…」

 何より心配なのは妹分のリズのことだ。アルミタの()()()()()()()()()()()()リズ。彼女には戦う力はないし、戦ってほしいとも思えない。

()()で魔物と向かい合ってる時はどうしようかと思ったけど…。逃げきれてるといいな」

 アルミタの独り言が夜の町に木霊した。その独り言の歪さを知るものはこの場に誰もいなかった。



 かくしてリスィの少年期は終わり、青年期の物語が始まる。

これにて第一章は完結です。読んでいただきありがとうございました。第二章は一週間後か二週間後をめどに投稿したいと思います。筆が進めば別ですが、多分投稿タイミングはまばらになるかと。(書き溜めなくなったので)

 第二章は5年後の話となります。

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