第十一話 戦闘
「諸君、今日から小隊の配置換えを行う」
やられた。リスィは無表情を保とうとしたが、わずかに崩れる。舌打ちした気持ちを必死で抑えた。
リカルドにクリナスタット大森林の様子を伝えた翌日。リカルドは森に入る前に隊員たち集めた。そこでこの台詞である。
「現在の第一中隊の人数は22名。よって4人小隊を5つに2人小隊を1つ作ることとする」
リスィの胸に嫌な予感がよぎる。そしてそれは見事に的中した。
リカルドは手に持つ一枚の紙を掲げた。小隊の編成とメンバーの名前が書かれた紙だ。そしてそこにはリカルドとリスィが2人小隊となっていることが書いてあった。
*
「一体何が目的ですか?」
クリナスタット大森林の中に入り、人の目が無くなったところがリスィはリカルドに不満を露わにする。
「ん?いや昨日の話で君に興味を持ってな。君のことが気に入ったのさ」
余計なお世話だ。リスィは先ほどの騒然を思い出していた。
「リカルド中佐!」
「なんだね?」
志願兵の中には農村出身で文字が読めない者も少なくはないが、軍隊で自分の名前くらいは勉強させられる。非公式序列の上位にいる志願兵がリカルドに物申した。
「リスィは軟弱で、使いものにならないクズです!そんな奴よりも俺を隣に…」
同じ小隊になったこともないのにひどい言いぐさだ。だがリカルドと組んで余計な荒波を立てたくはない。
断ろう。リスィが手を上げて発言しようとした時、リカルドの鋭い視線が先ほどの志願兵を貫いた。
「君は何様かね?」
「えっ?」
志願兵はリカルドの言葉の意味が分からずに、困惑を露わにする。リカルドはそんな彼に悠然と歩み寄り、拳を握って志願兵の顔を強く殴りつけた。志願兵は顔を起点に大きく一回転し、頭から地面に叩きつけられた。倒れた志願兵はピクリとも動かない。誰が見ても重症だった。場がわざめく。リカルドは場にいる彼らを見下したように言う。
「うげっ!」
「貴様のような一兵卒が私に意見しようと思うな。軍隊では上官の命令が絶対。すなわちこの場においては私が絶対だ。私に意見を言いたい者は前に出ろ。どちらが上か、特別に体に教えてやろう」
リカルドが凶暴さをにじませて言う。彼を温厚だと思いこんでいた兵士たちはリカルドと、倒れて動かない志願兵を交互に見て誰もが口をつぐんだ。
リスィも中途半端に上げた手の形のまま固まってしまっていた。
「くくっ。あれを見てまだ私にそのような口を利けるのだから、君も中々大物だな」
「からかわないでください。昨日話していて、それでさっきのが演技だと分かっただけです」
「ほぉ」
リスィの一歩先を行くリカルドの顔は、リスィの位置からは見えない。だがリカルドの声音から、彼が笑っていることは伝わってきた。
「人の目というものは意外と節穴でね。あれだけ脅しつければ、温厚な顏は偽りで、恐ろしい姿が本性だと勘違いする者がほとんどなんだがね…」
「そうですか」
「ところで、周囲に魔物はいるかな」
リカルドはすでに刀を抜いている。口はよく回っているが、目や耳も周囲の異変を察知しようと、敏感に動いている。リスィもそれに倣い、剣を抜いて周囲に意識を張り巡らせる。
木々の色や風、生命の鼓動と動き。勘。認識できる外界の情報を集める。リスィのいつものやり方だ。魔物の中には色や音を巧妙に隠すものも少なくない。そういった相手を見つけるためには目だけでは足りない。耳だけでも足りない。五感全てを巡らせ、第六感まで感覚を広げなければならない。
だがこれはリスィ自身が編みだした方法ではない。リスィではない誰か、それこそしわがれた声の老人あたりが生み出した技術を、リスィが間借りして使っているだけだ。
忌々しい能力の一部だから、本当は使いたくない。だが生き残るためだ。やむなくリスィはこの技術を使っている。
「…周囲に敵はいませんね。ここにいるのは俺たちだけです」
意識は外界に置いたまま、リスィは端的に答える。リカルドはそれを聞いてコクリと頷いた。
「そうか。ならいいんだ」
リカルドもまた端的に答え、黙々と森の中を歩く。しばし、足音だけが響く沈黙の時間が続いた。
「なんだ?」
最初に異変に気づいたのはリスィだった。目に異常は見えない。けれど耳障りな。不愉快な気分になる音が聞こえる。
「どうした?」
「何か聞こえませんか?」
「何?…いや私には何も聞こえないが」
リカルドは立ち止まり、耳を立てるが聞こえないと首を振る。しかしリスィの耳には耳障りな音がますます大きく聞こえた。
「あ…」
その音は背中の方から聞こえた。
「後ろです!」
リスィは叫ぶ。同時にリカルドがリスィの背面に飛び出し、刀を振るった。ガキンという音と共にリカルドの刀は動きを止められた。
「ちっ!ここまで隠密性の高い魔物が!?」
刀を一度引き、リカルドは後ろに飛びのく。そしてリスィの横に立った。見えたリカルドの横顔には焦りが見える。
「ィ…」
「なんだこいつ…」
「全くだな」
見えた魔物の姿にリスィが呻く。それにリカルドが同意した。異形の魔物に慣れた二人でも、目の前いる魔物は群を抜いておかしかった。
まず存在感が希薄で姿も希薄だ。目の前で透明とはいえ姿をさらしているのに、そこにいるとは思えないほどの気配の薄さ。外見は二足歩行ができるようになった羽根付きカメレオンと言ったところか。大きさは人間と大差ないが、両目が飛び出し、虹彩が渦巻いている。大きく開いた口からは細長い舌が見え、それがまた気味の悪さを助長する。
羽根付きカメレオンは背中に生えた羽でホバリングしていた。リスィの聞き取った音の正体はこれだろう。小刻みに震える羽からほんのわずかな羽音が聞こえる。手にはカメレオンの背丈と同じ長さの二又槍。これまたガラスのように透明だ。だがガラスのように脆いわけではない。リカルドの刀を真っ向から受け止めたのがその証拠だ。
不可視の暗殺者と二人は対峙する。カメレオンは両手をダラリと下げ、無機質な顏を見せている。体は脱力していて、羽ばたく羽に吊られているように見えた。
魔物特有の人間を嘲るような嗤いも浮かべていない。魔物であって魔物でないそのあり方も気味が悪い。
「人型の魔物…」
「人型を知っているのか?」
「昔、一度だけ見たことがあります」
カメレオンから目を離さぬままリスィは答える。妹のリズを殺したのも人型の魔物だった。
「馬頭で人語を介する奴でした」
「そうか…。あれと対峙してよく生き残れたな」
「…」
話せる馬頭。リスィが言っているのは「デーモン」と呼称される魔物だろうと、リカルドは目星をつける。人型の魔物は数が少ないが、その中で最もメジャーな魔物だ。武器を使い、知恵を働かせ、むごたらしく人を殺す。魔神の性格を最も如実に写し取っているのがこのデーモンであると言われている。
デーモンは上位クラスの持ち主であっても、一対一なら喰われる可能性があるほど強い。個体差も大きいが、上位の個体ならリカルドでも一人では難しいだろう。
ではこのカメレオンとデーモンのどちらが強いか。見たことも聞いたこともない魔物だ。デーモンには一見して分かる凶悪さと強さがあるが、目の前のカメレオンにはそれがない。ならばデーモンの方が強いのかといえば、それは違うとしか言いようがない。
(白兵戦ではなく、奇襲に特化した魔物か。どうする…?)
じりじりとリカルドはカメレオンとの距離を詰める。動いた足にカメレオンはわずかに目線を下に落とした。だが体は動かない。目、だけだ。
(他の隊員を呼ぶか?駄目だ。足手まといになるのがオチだ。とすると私一人で戦う?それとも…)
隣にいるリスィに意識を向ける。リスィから怯えの様子はない。人型の魔物と遭遇したことがあり、その恐ろしさを知っていながらこの態度。頼もしいが、リスィの力は未知数な部分が多い。
「キ」
カメレオンの舌がわずかに盛り上がり、声を為す。意味のない声を上げた後、カメレオンの姿が完全に消えた。
「…!?どこだ!?」
「前です!!」
リスィが叫び、刀を前に出すのと、二又槍がぶつかりあったのはほとんど同時だった。手に重い衝撃が走るリカルドは素早く分析を行う。
(膂力は下位のデーモンと同等。だがこの隠密性を踏まえて考えれば、こいつはデーモンより強い!)
とっさに二又槍を刀に挟ませ、跳ね上げる。するとカメレオンはすんなりと槍を手放したようで、槍はそのまま宙を舞った。
軽い音を立てて槍は地面に落ちる。だがカメレオンの姿はない。カメレオンは半透明と透明を行き来している。
「まずいな…」
深い森の中。ようやくリカルドにもカメレオンの発する羽音が聞き取れるようになった。木と木の隙間をくぐり抜けているのか、羽音からカメレオンの位置は特定できない。
攻撃の瞬間に姿が現れるなんて生ぬるいことはなく、無音透明な暗殺者は尻尾を掴ませてくれない。リカルドの背に冷や汗が流れる。
「く…」
「右!」
リスィの声が聞こえた。その声に従い、リカルドは剣を右に薙ぐ。
「ィァ」
確かな手ごたえ。リカルドの右方の景色がかすかに揺らいだ。腕を負傷し、そこから緑色の血液を出したカメレオンが見える。半透明なカメレオンの目とリカルドの目が合う。カメレオンの目がリカルドの後方。リスィの方を向いた。
嫌な予感がリカルドを突き抜ける。
「リスィ!」
「え…」
リカルドはリスィの近くまで後退する。カメレオンはまた透明になったが、流れた血のおかげで動きを追うことができた。
「ふぅんっ!」
上から下に刀を振り下ろす。轟音と共に振り下ろされた刀は、リスィに向かって伸ばされた腕を切断した。
「ァ…ギ」
カメレオンは慌てたように後退し、姿を消す。今度は流れた血も透明になって見えなくなった。
戦況はよろしくない。腕は斬り落としたが、カメレオンの発する羽音は止むことはなく、後手後手に回ってしまっている。
しかし勝てないというわけではない。切り札は、ある。リスィ。リカルドにはできていないカメレオンの感知を彼はやっている。リカルドはリスィを守るように立ち、細く長い息を吐いた。そして小さな声で「すまない」とリスィに詫びる。
「何を…」
「君の五感、借りるぞ」
聞き取れないほどの声だったはずだが、リスィはリカルドのつぶやきを正確に聞き取っていた。やはりリスィは耳がいい。目も同じだ。リカルドは自らのクラスに意識を巡らせ、唱えた。
「『前衛指揮官』のクラスにおいて、『兵士』リスィの感覚を借り受ける!」
「んなっ!」
リスィの驚愕の声。リカルドの言った言葉に対する驚きだろう。しかし驚きたいのはリカルドの方だった。
「これは…」
視界が二重になって見える。声がダブって聞こえる。五感の共有。これは上位クラス『前衛指揮官』。『指揮官』と『剣士』を兼ね備えたクラスの能力の一つだ。『兵士』などのクラスを持つ人間を近い距離から指揮するための力。
リカルドはリスィの感じていた世界に舌を巻いた。朝の森がこれほどまでに色彩豊かだとは思わなかった。静寂に感じていた森からはあちらこちらから音がして、肌に触れる空気は予測不可能な軌道を描いている。
リカルドのそれとは比べ物にならないほどの感覚機能。そしてリスィの視界を通して、リカルドの左方に揺らぎを感じた。
「しっ」
考えるより先に刀を振る。刀はカメレオンの腹部に命中。その腹を深く切り裂いた。
「ィィ」
「逃げられると思ったか」
カメレオンは痛手を負ったことでまた姿を隠そうとしたが、リカルドがそれをさせるわけはなく、続けざまにカメレオンに刃を見舞った。
「キィ…ガ」
瞬きの合間にカメレオンは傷だらけになる。カメレオンは逃げることを止めた。無手の魔物は口から長い舌を弾丸のように伸ばす。リカルドは首をひねってかわす。リカルドは刀を振り上げる。カメレオンの舌が中ほどで両断される。カメレオンの舌が宙に浮く。それは不自然にしなり、リカルドの首に巻きついた。リカルドはとっさに舌を両手で引きはがそうと試みる。
「っ!リカルドさん!」
「うろたえるな!リスィは周囲を警戒し続けろ!」
リカルドの首をカメレオンの舌がギリギリと締め上げる。気道はかろうじて確保したがそのために両手を使ってしまっている。このままではカメレオンの攻撃に対応できない。
地面に落ちた槍が拾い上げられる。カメレオンの失われた腕の先から新たな腕が生え、切った舌もまた伸びる。爬虫類や虫系の魔物によくある高い再生能力。それがカメレオンにもいかんなく発揮されている。
絶体絶命の状況下。そんな中でもリスィはカメレオンから視線を外すことをしない。その事実にリカルドは救われた気持ちになる。肝が据わっている、というレベルではない。リスィは恐怖を感じないのだろうか。
「…そんなわけないな」
昨夜のリスィの目に合ったのは確かな恐怖。つまりリスィには死ぬより怖いものがあるということ。それを知るまでは。
「まだまだ死ねんのよな!」
決意を固め、リカルドは“奥の手”を切った。途端にリカルドの首を絞めていた舌がバラバラに切断される。リスィの視界が舌を切ったものを捉えた。
(ばれたか)
それを思いながら、リカルドはカメレオンとの距離を詰める。そして斬撃。カメレオンの二又槍とリカルドの刀が衝突する。戦闘職でもある『前衛指揮官』のクラスの恩恵で膂力は互角。しかしリカルドの武器はこれだけではない。
リカルドの刀が薄く発光した。指揮官が配下の兵士の感覚を共有できるように、剣士にも特殊な能力がある。
「斬っ!」
一太刀目よりもはるかに速い斬撃がカメレオンを襲う。タイミングをずらされたカメレオンは防御することができずに、刀の一撃をくらう。
「ァ」
その一撃はカメレオンの胴体は真っ二つにした。ズルリとカメレオンの上半身が落ちる。
「まだだ!」
しかしそれで死なないのが魔物というもの。諦め悪く舌を伸ばしたカメレオンを再度油断なく切り裂く。
「ゥァ」
リカルドの全身が淡い光に包まれる。リカルドの動きはますます加速し、カメレオンを切り刻んでいく。
「これは…」
羽が細切りになり、皮膚がはがれ、肉は繊維ごと乱雑に切り分けられ、骨は豪快に断たれる。一匹の魔物が死骸となっていくさまを、リスィは唖然として見ていた。
『中々のやり手だな。これなら複合職につく必要もなかったろうに。剣士単体の方がよほど名を残せただろうよ』
老人の呟き。憎い老人の声といえども、さすがのリスィもそれには同意せざるを得ない。頷きかけたリスィとリカルドの目が合う。
(なぜ)
リカルドの手は止まっていた。魔物はすでに肉片と化していた。はぁ、はぁと息を荒げるリカルドは、納得と驚きの表情をしていた。
戦闘描写は書くのは楽しいけど、やっぱり難しい。




