第二十五話
俺の身体を巡っていた何かは、完全に俺に定着したようで、暫くすると何の違和感すら感じないようになった。
「理乃、今のは何なんだ……?」
隣に座る少女に問いかける。
今この場所では、俺と彼女だけの時間が流れていた。
「傷もなくなってるし、その、突然キスしてくるし……いや、嬉しくないわけじゃないんだけど、と言うか凄く嬉しかったんだけど……っ」
そう言う俺の唇を、理乃はじっと見つめていた。まさかと思って、咄嗟のところで反応する。俺の唇に吸い付こうと接近してきた彼女の顔から逃れると、俺は熱くなる顔を自覚しながら言う。
「な、何するんだよ!?」
「だって……死んじゃったらキスも出来ないって、わかったから……ね?」
「いや、説明になってないよ!?」
だからいいでしょ? とばかりに目を瞑り、唇を俺に突き出してくる理乃。美少女からのキスの催促。これは何の夢だ一体。幸せすぎる状況だが、今はそれ以上に不思議だった。
理乃の身に何が起こったのか、と言うことを、俺は知りたかった。
「理乃は……少なくとも歩けるような状態じゃなかっただろ……なのに今は傷一つないし、それに”わかった”って、それじゃまるで理乃が一度死んでるみたいじゃないか」
「言葉通り……だよ……?」
「っ!?――じゃあ、今俺の目の前にいる君は……!」
「……理乃、だよ。わかるでしょ」
もちろんだ。外見は彼女その物、仕草だって言葉遣いだって、俺の知っている理乃と全く同じ。
わかっている。理乃が理乃だってことははっきりと。
だけど、それとこれとは話しが別だ。
理乃が一度死んでいる? それが事実だとしたら、俺は彼女を守れなかったことになり、彼女はここに存在しないことになる。
「説明、してくれよ……っ」
何が何だかわからなかった。だから彼女の口から全てを聞かせて欲しかった。
そんな俺の態度に、彼女は静かに目を伏せて、そして言う。
「代一は、私のこと嫌いになるかな……?」
「……なるわけないだろ」
まるで何かに怯えているような彼女の言葉に、俺ははっきりとそう断言する。
「理乃、俺は君が好きだ。大好きだ。だから君の身に何があったとしても、俺の君に対する気持ちは変わらないよ」
「……っ!……でも」
「俺の言葉、信用できない?」
「…………わかった。全部話す」
俺の言葉に彼女はそう答えた。
決意を秘めた目で俺の瞳を見つめ、彼女は口を開く。
「――私は……実は人間じゃない……っ」
理乃は淡々と語る。
死の淵に瀕した彼女の身に何があったのかを、俺でも理解し易いように噛み砕いて説明してくれた。
俺は彼女の言葉を、彼女の思いを、一片すら逃さない思いで彼女と対面していた。
理乃の話しを纏めると、こうなる。
空洞内に出現したクリスタルの壁により俺と分断された理乃は、一人で〈ディヴァドラグ〉と戦うことになった。しかし、ダガーでの攻撃は届かず、届いたとしても少しの血を飛ばすだけで何ら効果をもたらさなかった。
〈ホワイト・エンド〉を使おうにも時間が足りなかった。結局、〈ヒーリング・バースト〉に全てをかけることになった。
出来る限り逃げ回り、自分の身体に疲労を蓄積させ、わざと攻撃を掠らせて傷を作り、それでも理乃は最高のタイミングが訪れるまで待ち続けた。
突進を繰り出した〈ディヴァドラグ〉がバランスを崩し、岩に直撃したとき、理乃は決死の〈ヒーリング・バースト〉を放った。巨大な光弾は魔物に直撃し、辺りが土煙に包まれた。
勝った、と気を抜いてしまった理乃は、しかし全くといって良いほどダメージを受けていなかった〈ディヴァドラグ〉の爪攻撃をもろに受け、左腕を切り裂かれてしまった。
何とか逃げ回り形勢を立て直そうとするものの、失血により意識が混濁してきて、ついに彼女は地に伏せた。
その時、俺が現れたのである。
そこからは俺の知るとおり、俺は彼女を安全な壁際に移動させ、そして自分は〈ディヴァドラグ〉との戦いに向かい、そして打ち勝った。
その間の理乃はというと、失血によるショックからかほとんど意識を失ってた状態だったと言う。
そんな朦朧とした意識の最中、彼女の身体は遂に最後のときを向かえ、そして光の粒子となり消えた。
けれどそれは始まりでもあった。
理乃は人間の身体での死を持って、初めて自分の身体の真の姿を悟り、そしてそれを理解したのだという。
理乃は自分が〈聖霊〉であるのだと言った。どうしてかはわからないが、理乃の身体は人間のままこの世界に送られたのではなくて、その過程のどこかで聖霊として再構成されていたらしい。
いわば、今までの彼女は人間の体と言う殻を被っていた。
〈聖霊〉はこの世界に於いて神々の力を濃く受け継いでいる伝説の生物なのだと言う。
その身体は実体を持つことも出来るし、逆に霊体化させることも可能で、極めつけは人間と違って魔力の量に再現がないらしい。
話しを終えると、理乃は何故か瞳を潤ませて、震える声で俺に言う。
「私のこと……嫌いになったでしょ。だって私は人間じゃないんだもん……だけど、だけどね。代一に嫌われても、私はずっと傍にいるよ……! だって私は貴方の――」
力なく微笑む理乃の言葉を、今度は俺が、俺の唇を使って遮る。用はキスだ。ファーストキスに続き、セカンドキスに自分の意思で突入している俺だが、今は不思議と恥ずかしさは感じなかった。
「代一……」
「――〈聖霊〉でも何でも良い。理乃は理乃だから、ずっと俺の傍にいて。今度こそ絶対守るって、俺そう決めたんだから」
「……ありが、とう」
泣き出した理乃の頭を撫でると、彼女は涙を拭いながら嬉しそうに笑った。
〈聖霊〉だか何だか知らないが、理乃は理乃だ。それ以外の誰でもない。俺が命をかけて守ると誓った少女は、確かにここにいる。
「良かった……もう契約しちゃったから、代一に嫌われたらどうしようかと思った……!」
「ん、契約?」
「そう。〈聖霊〉の契約。だから私と代一はずっと一緒にいられる」
幸せそうに微笑む理乃。詳しいことはわからないが、初めにされたあのキスが契約に関わる行為だったのではないだろうか。
理乃と一緒にいられると言うのは俺にも願ったり叶ったりでるので、特に質問はせずに彼女の頭を優しく撫でた。
「それじゃあそろそろ行こうか」
「うん……!」
立ち上がり、言う。
どれだけ時間がたったかは、正直戦闘の連続だったため定かではない。だがそろそろ五時間ぐらいは経ったのではないかと思う。ならば、急いで集合地点である場所まで戻らなくては。
理乃の手をぎゅっと握り、その体温を感じ取りながら出口に向かおうとしたとき、地面に倒れたままだった〈ディヴァドラグ〉二匹の死体が光となり、それぞれ壁の両端に吸い込まれていく。
「なんだろう?」
「……見て」
いったい何なのかと首を傾げていた俺だが、壁の両端にあるドラゴンの模様が光を放ち始め、洞窟内を二つに分断していたクリスタルの壁が粉々に崩れ去り、そして新たに巨大なクリスタルが地面から突き出してきた。
俺と理乃はクリスタルに近づき、それをよく観察してみる。すると、透明度の高いクリスタルの中に、何か剣のようなものが入っているのが見てわかった。
「もしかして……」
と俺は思う。
あれが族長の言葉の意味。俺が〈深獄〉へ入らなければならなかったその理由なのだろうか。
だけど、クリスタルの中におさまっているのなら、どうやって取り出せば良いのだろう。
武器はないし、【守護者のアミュレット】もまだ任意では発動できないようだから、剣を使ってクリスタルを砕くことは出来ない。
「私に任せて……!」
理乃が言い、俺の前に立つ。
彼女は片手を前に突き出して、呪文名と思われる何かを言葉にする。
放たれたのは、光の砲弾である。
巨大な球体がもの凄い勢いでクリスタルにぶつかり、それを砕き、そして最後には眩い閃光を残して消える。
後には粉々に砕けたクリスタルの欠片と、鞘に収められた一本の剣だけが残された。
「す、凄いなこれは……これが〈聖霊〉の力?」
剣を回収した俺が、跡形もなくなっているクリスタルを見てそう言うと、理乃が首を振って否定した。
「……レベルが38になってる。呪文も進化してた」
そういえば、と俺は思い出す。
〈デイヴァドラグ〉ははっきり言って俺たちよりも数段格上の相手だった。そんな魔物を俺は二体も殺している。止めをさしていない理乃でさえそれだけレベルが上がっているのだから、俺の場合はきっとそれ以上に……。
――ステータスを開くときにちょっとわくわくしてしまったのは、俺が男と言う生き物であるのだと言う証拠だと思う。




